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豪華キャスト、金融エンタメ映画『マネー・ショート』は買いか

2016/3/6
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『マネー・ショート 華麗なる大逆転』3月4日(金)公開
解説
映画『マネーボール』の原作者が描く、リーマンショックの「裏側の真実」とは──。本作は、マイケル・ルイスのノンフィクション『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』を元に、2008年のリーマンショックが起きる直前にサブプライムローンの焦げ付きを予測したトレーダーたちの逆転劇を描く。ウォール街の巨大金融機関を敵に回す4人の型破りな金融マンには、ブラッド・ピットを筆頭に、クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴズリングといったハリウッドを代表する豪華キャストが集結。彼らはいかにバブル崩壊を予測し、どう闘ったのか。驚愕のマネーバトルが繰り広げられる。

 佐々木裕子4.5

傑作! 社会派娯楽コメディ

誰もが「結末」を知っているリーマンショック。そのカラクリに気づいていたトレーダー、銀行家たちがウォール街を出し抜いていく痛快逆転劇……。

邦題からそんな作品を想定していたのですが、この映画のエンドロールを見ながら自分の中によみがえってきたのは、社会人1年目をスタートした日銀で、数十億円ずつ真空パックにされて積まれている兆円規模の現金を、初めて目の前にしたときの感覚でした。

金庫の中に、まるでアマゾンの物流倉庫にある段ボール箱のように積み上がっている、見たこともない金額のお金。その中の1枚が、自分の財布の中の1枚と同じものだとどうしても思えず、その不可解な理由を自分の中で消化できなかった記憶。

その後、間もなく日本は「金融危機」に突入し、私は日銀考査員として(『半沢直樹』の黒崎検査官のように)、銀行に不良債権処理を促す役回りを担当することに。

でも、まだ若かった自分は、山一(山一證券)や長銀(日本長期信用銀行)をはじめ多くの金融機関が破綻していく中で、「この企業に対する貸出は、不良債権と認定すべきですよね」と宣告することが、いったい巡り巡ってどこの誰にどんな影響を与えるのかなんて、本当の意味で理解なんてできていなかった。

まさかこの映画を観終わったあとに、そんな原体験が走馬灯のように頭の中に巡るとは思わず、良い意味で期待を大きく裏切られた映画でした。

金融経済社会の限界。それを少なからず体感し、最後には自分がそういった現実とどう関わっていくか改めて考えさせられる、ある種の余韻を残す社会派の作品。

でありながら、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』的テイストのノリと、ユーモア満載の演出に思わず笑ってしまう娯楽コメディ映画。

そして同時に、クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴスリングの名演・怪演にうならされる珠玉の群像劇でもある。特に、クリスチャン・ベールの「目の演技」には、のっけから釘づけになりました。

この緩急のつけ方と絶妙なバランスはさすが。アカデミー賞脚色賞受賞もうなずけます。

世界的な経済危機を引き起こしたサブプライムローン問題という題材を、映画ならではの娯楽エンターテインメントに仕上げ、重すぎず、でも真摯に社会的に切り取った、アダム・マッケイ監督の傑作だと思います。

ただ一つだけ難を言えば、金融用語がやたらたくさん飛び交うこと。わかりやすく説明する工夫はされていますが、苦手な方は、「クレジットデフォルトスワップ(CDS)」とは何か、だけは事前に押さえていかれることをお勧めします。

(C)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

(C)2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

 佐々木4

金融映画として秀作

充分、1800円払う価値のある力作である。130分間、退屈しない作品だった。

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』には及ばないものの、金融をテーマにした映画としては、秀でている。専門的な用語も工夫を凝らして説明しているため、金融に詳しくなくても楽しめるはずだ。

以前、本コーナーでも取り上げた『ドリーム ホーム』とあわせて鑑賞すれば、サブプライム危機を悪用してしこたま儲けた後に破綻した側(ドリームホーム)と、危機を的確に見抜いて大儲けした側(マネー・ショート)の経験を追体験できるだろう。

両作品を観れば、トランプやサンダースが、人気取りのために「ウォール街批判」を繰り返す背景がよくわかる。

それにしても、原作者であるマイケル・ルイスの才能には驚かされる。

元金融マンのベストセラー作家として、『ライアーズ・ポーカー』『マネーボール』でヒットを飛ばし、今回も熟練の技を披露している。取材力と構想力と分析力と表現力をこれだけ高いレベルで備えた作家はほかにいない。本作の成功も、半分以上は原作の力だろう。

ちなみに、邦題のタイトル『マネー・ショート』は無難ではあるが、どうもインパクトに欠ける。原題の『The Big Short』も、日本版の書籍タイトル『世紀の空売り』もしっくりこない。

タイトルを批判しておきながら、貧弱なアイデアで恐縮だが、「世紀のマネー・ゲーム」といった、スリルを喚起するようなタイトルにしたほうが、より幅広い層を取り込めたのではないだろうか。
 2

 大室4

カタルシス控えめ

サブプライムローン問題に端を発したリーマンショックは日本の景気にも大きな影響を与えました。

ただし、幸か不幸か日本はバブルを経験していましたので、なんとなく「いつか見た風景」という精神的な「免疫」があったような気がします。

また、日本のバブルが「企業へのずさんな融資」という側面があったのに対し、サブプライムローンは「個人へのずさんな融資」です。ですのでバブルが崩壊すると債券回収は一気に個人へやってきます。

当時、住宅差し押さえの競売関係者が来る直前に自殺をした主婦のニュースなどが日本でも話題になりましたが、この問題が現在でも多くのアメリカ人のトラウマになっていることは想像に難くありません。

このような「背景」がある限り、いくらウォール街の裏をかき、大儲けをした人々を描こうにもあまりにも単純な「歓喜のガッツポーズ」という描き方はできないはず……。そんな予想を持って映画館に行きました。

年中Tシャツ短パンのヘビメタ好きのファンドマネージャー、大銀行に相手にされない若手投資家コンビ、偏屈過ぎるヘッジファンド、隠遁生活を送る伝説のトレーダーなど、「過度に個性的な面々」がお澄まし顔のウォール街に一泡吹かすというストーリーの中で、「ガツンと一泡」を強調した演出の方がカタルシスは大きいと思うのですが、予想通りこの映画、勝った後のガッツポーズを諌められる力士のような「自制心」が利いていました。

そんな「カタルシス控えめ」の映画ですが、私にはけっこう魅力的でした。

まず1つは、「演出の巧みさ」。ともすれば難解になりがちな金融知識を要所要所で登場人物が解説してくれますし、スタイリッシュな映像で振り返る「金融業界の現代史」という観方も可能です。

もう1つは、何より「史実がフィクションよりデフォルメがきつい」こと。ローンの申し込み名義が飼っている犬の名前だということが発覚し、このバブルは早晩崩壊すると登場人物が予想するシーンなどは当時の「いい加減」をよく表しており、思わずクスっとしつつもゾッとしてしまいます。

ただし、当時連日のようにサブプライム問題について報じており、「自分事」として捉えていたアメリカ人と違い、私を含め多くの日本人はこの問題についてぼんやりとしか理解していない可能性があります。

金融業界以外の人は、鑑賞前にざっとサブプライム問題について軽く予習をしていくほうがよいかと思います。
 3

 Jordan_2.5

“高値づかみ”では?

アカデミー賞やゴールデングローブ賞などの映画賞授賞式シーズンに入ると、映画というものが過大評価されることが少なくない。この『マネー・ショート』もその一つ。同映画を高く評価する人は明らかな“高値づかみ”ではないか。

現実に起きたリーマンショックの裏側や今なお世界経済に影響する問題を扱っている点は評価できる。アダム・マッケイ監督のファンであれば観たほうがいい。

だが、ブラッド・ピット、ライアン・ゴスリングなど大スターが総出演しているにもかかわらず、彼らの持ち味が活かされず、編集も凡庸で、単なる寄せ集めにしか見えない。結果として、映画の出来はひいき目に見ても並だ。

私はクリスチャン・ベールのファンで、なおかつリーマンショックについてもっと理解したいという目的で観た。

だが、その目的は果たされることはなかった。

クリスチャン・ベールおよびスティーブ・カレルの演技は悪くないのだが、脚本がマズいために精彩を欠く。本映画が俳優陣の代表作になったとは言い難い。

それに映画の独り善がりさ、ぎこちなさ、尊大さに当惑した。スクリーンを通して「これは重要な映画だ」と訴えかけてくるのだが、まったくノレないのだ。

また、金融専門用語が大量に飛び交うため、一般視聴者にも理解できるように、わざわざ欧米のテレビ界で有名なシェフのアンソニー・ボーデインや歌手のセレーナ・ゴメスらにトンチンカンな用語解説をやらせている。それが観る者にとって恩着せがましく、苦痛なほど退屈なのである。

筆者のように登場する俳優のファンであれば、『マネー・ショート』はスルーしたほうがいい。リーマンショックによって米住宅市場に何が起きたのかを知りたいという目的であれば、2時間も続くずさんな映画撮影術や編集術、および俳優陣のムラがある演技に覚悟しなければならないだろう。
 4

 MoviePicks_小野晶子

豪華キャストに恵まれた『マネー・ショート』。彼らは監督から送られてきた脚本に惹かれ、出演を決めたといわれています。

アカデミー賞の脚色賞を受賞した本作の誕生秘話を、カルチャー情報サイト『Vulture』では特集を組んで紹介しました。
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きっかけは「ニューオーリンズの怒り」

マイケル・ルイスのベストセラー小説を原作に、2008年の金融危機を描いた本作。配給のパラマウント・ピクチャーズと共同で映像化権を取ったのは、ブラッド・ピット率いる製作会社のプランBです。原作に興味を持った理由をこう語っています

「(2005年のハリケーンで被害を受けた)ニューオーリンズで、被災者支援としてエコ住宅をつくっていたとき、返済不能な住宅ローンをだまされて組んだ人々の話を聞いてショックを受けた。(略)原作では複雑な金融商品の仕組みがわかりやすく書かれている。みんなが住宅バブルでなぜ苦しめられたかを理解できれば、同じことが起きるのを避けられると期待したんだ」

金融専門用語のユニークな解説はなぜ生まれたか?

本作で特に印象に残るのが、所々に挿入される金融専門用語の解説。アダム・マッケイ監督は、観客に向けて俳優がカメラ目線で語りかけるスタイルを取ることで、難解な内容をわかりやすく表現しています。

実はこの演出を、原作を読んだときに思いついたと明かす監督。

というのも、原作者のマイケル・ルイスもまた、複雑な金融商品の仕組みを“自分の母親でも興味を持つだろうか”と自問しながら書いたそうで、「シンセティックCDO」の注釈では「ここまで読んでくれたあなたに、花丸をあげたい」と読者を気にかけるような記述も。

この注釈を読んで「作者が自分に語りかけてきた!」とハッとしたという監督。それが『マネー・ショート』の特徴的な演出スタイルに生かされました。

金融危機をコメディ仕立てに描く理由

脚本家のチャールズ・ランドルフが手がけた初稿を引き継ぎ、手を加えたマッケイ監督は、人気テレビ番組「サタデー・ナイト・フィーバー」の放送作家として名を上げた人物です。

行きすぎた投機が引き起こした最悪の経済危機を、ダークコメディとして描いた理由を、「キャラクターは実在の人物で、ヒーローではない。巨万の富を手にするけれどサクセスストーリーではなく、バブル崩壊後の展開はむしろホラーだ。(略)観客の気を引くためにコメディの力を使ったが、面白おかしく描くのではなく、ユーモアは「漏れ出てしまう」程度にとどめた」

「観客の世界観にゆさぶりをかけ、目を覚まさせたい」というマッケイ監督。

アカデミー賞の授賞式では「大銀行や石油会社、狂った億万長者からカネをもらっている大統領候補に投票するな!」とスピーチしましたが、作品に込められた監督のメッセージを、米国民はどう受けとめるのでしょうか。
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「IMDb」 一般観客からのレビューがわかる映画・テレビ・ビデオゲームに関するサイト

7.9/10

8以上  :時代を超える名作
 7~8未満 :劇場で観る価値あり
 7未満  :ネット配信まで待つべし

*上記の基準は一般観客の意見を総合した主観です。
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「Rotten Tomatoes」 一般観客のレビューに加え、プロ批評家のレビューも点数に組み込んだ採点システム。観るに値するかをトマトの鮮度で表現している。

88%

75%以上 :Certified Fresh(新鮮保証)
 60%以上 :Fresh(新鮮)
 59%以下 :Rotten(腐ってる)

(デザイン:福田滉平)