「YOKOHAMA」をつなぐ3つの輪。市民、街と連携し本当の復活へ

2016/3/1
横浜DeNAベイスターズの池田純球団社長は、横浜スタジアムへのTOBが成立したことについて「横浜に“家”を買ったようなもの」と表現する。しかし“家”が立つ関内地区は、発展目覚ましいみなとみらい地区とは対照的に、横浜市の心臓部としての役割を徐々に失いつつあるのが現実だ。  
象徴的なのが2020年に計画されている横浜市役所本庁舎の移転で、これに伴って関内周辺は6000人ほどの人口減少が見込まれているという。

球場買収で、視野が拡大

そうした未来が予測される中、球団と球場の一体経営化はどんな意味を持つのか。池田社長は、こう説明する。
「横浜スタジアムは、プロ野球だけでも年間180万人以上が利用している場所です。当然、街づくりの中核的な存在になっていくことを自覚しなくてはいけません」
「今回のTOBで、私たちは横浜スタジアムという新たな“メディアでありコンテンツ”を手に入れたわけで、これからはスタジアムのブランドを創り上げていく必要がある。
ベイスターズのブランドを創り上げることに注力してきた段階でのKPI(重要業績評価指標)は『主催試合の観客動員数』でしたが、これからはプロ野球の試合以外も含めた『横浜スタジアムの年間動員数』を新たなKPIとして定義し直さなければならないと考えています」
ベイスターズが試合や練習などで横浜スタジアムを使用するのは、実際には年間の半分ほどだ。それ以外は高校野球などのアマチュアの試合や、コンサートなど各種イベントの会場として広く市民に利用されている。
そうしたすべてをひっくるめて、果たして何人が横浜スタジアムに、あるいは横浜公園一帯を含むこのボールパークに足を運んでいるのか。
現状を把握して、変化を生み出し、街との関わりをもっと濃密に感じられるようにする──球団と球場が一体となったからこそ、球場の内側という狭い空間の充実にとどまらず、より広い視野に立った将来設計が可能になったといえる。
球団が制作した一連のCGからも、日本大通りをはじめ、球場外の周辺地域を巻き込んだボールパーク化を目指していることは存分に伝わってくる。

ホテル併設の可能性

その1つとして、ホテル建設の可能性について尋ねた。2015年秋、堀江貴文氏がTOBの報道に触れて、「ホテルなども併設すべきだ」とNewsPicksでコメントしたこともあった。
池田社長は、その可能性を否定しない。
「球団が直接経営するかどうかは別にして、たとえば市役所の移転に伴って空きが出た建物や土地がホテルに衣替えするのは、この街にとって意味が大きいのではないかと思います。公園の敷地外にはなりますが、道路をはさんだ向こう側との心理的な距離をどう近づけるか」
「(ボストン・レッドソックスの本拠地)フェンウェイ・パークのように、試合のあるときには周辺の一部道路を封鎖することも不可能ではないはずです。道路をはさんで橋桁を渡すことも考えられる。現実的な課題に対して、議論を重ねながら一つひとつクリアしていくしかありませんが、何よりも重要なのは市や地元の方々とビジョンを共有することだと思います」
ベイスターズが発表した、横浜スタジアムの未来予想図。

現代プロ野球ビジネスの肝要

この手の話題では経済効果を数値化して伝えることが一種の定番となっているが、水を向けられた池田社長は「いろんな数字のつくり方がありますからね」と苦笑する。
「実態のよくわからない経済効果を事前に測って、それにとらわれることはあまり意味がないと思っています。むしろ事後的に結果が明確に現れることが重要で、それは“街の声”として自然と見えてくるはずです。横浜中にあまねく共感が生まれるにはどうすればいいのか。私たちはこれからも四六時中、悩み抜かなくてはと思っています」
「何よりもうれしいのは、関内の居酒屋に行って『試合が終わってユニホーム姿で来てくれるお客さんが増えたよ!』とご主人から言われたときです。この街に暮らしている人、この街で商売を営んでいる人の生活に少しでも貢献できて、球団も地域からしっかりと応援される。“心から応援されている感”満載の街が広がっていくことが大切だと思っています。そういう関係を結ぶことが、現代のプロ野球ビジネスにおいてはすごく大切だと思います」
横浜の街に飾られたベイスターズのロゴ。

親会社の広告塔から地域の球団へ

2016年、地域との良好な関係性が明確なカタチとして表現されたものがある。このシーズンから着用する、新たなデザインのビジターユニホームである。
ポイントは、胸からDeNAの企業ロゴが消え、「YOKOHAMA」という地域名が前面に打ち出されたことだ。親会社の広告塔としての色合いが薄まると同時に、地域に根差した球団として歩んでいく姿勢を示すモデルチェンジとなった。
「今回のTOBは、横浜の人々の賛同や支えがあったからこそできた。そうした思いに応える意味でも、今度は私たちの姿勢を明確にお伝えするためにも、これからも横浜の球団として歩んでいくことを“戦闘服”の胸という最も目立つ部分で表明したかった」
地域とのメンタル的なつながりを強くすることが第一義だ。しかし、YOKOHAMAユニホームの持つ意味はそれだけにとどまらない。
「YOKOHAMA」のユニホームに身を包む三浦大輔。

爆発的売り上げの背景

1つは当然、“売れるグッズ”としての観点だ。企業名を胸から外すこと、そして横浜の誇りを胸に戦うというストーリー性を強調したことで購入が促される──そのもくろみは的中した。池田社長によれば、「シーズンに入る前の段階ですでに、ホーム・ビジター合わせて2015年1年間で売れたユニホームの枚数に並ぶ勢いで売れている」というのだ。
「YOKOHAMAユニホームに対する需要をしっかりとつくり出せたことに加えて、コミュニケーション部門と生産部門のアンバランスによる欠品、つまりチャンスロスをなくすべく、今回はコミュニケーション部門側の目線で生産数を決めたのも功を奏しました」
顧客に対していかに商品を魅力的に伝え、購買意欲を喚起したところで、在庫リスクを恐れる生産部門との足並みがそろわなければ売り上げは伸び悩む。2015年までの反省を踏まえて一定の在庫リスクを会社として許容したことが、YOKOHAMAユニホームの爆発的な滑り出しにつながった。

「YOKOHAMA」 の3つの意味

さらに前回も触れた、スタジアムの高揚感を生む“カラーコミュニケーション”に一役買うことも想定している。
「野球ではホームのユニホームが白基調で、ビジターのほうがチームカラーのユニホームを着る。NFLでは逆だったりします。せっかく横浜スタジアムの座席をブルーに替えても、その上に白い服の人が座ると当然全体としては白っぽくなってしまいます。球場全体を青く染めるためにも、ビジターユニホームをたくさんの人に着てもらえるようになるにはどうしたらいいかと考えてきました。とはいえ大事なのは、選ぶのはお客様自身だということです」
地域と共に歩む姿勢、グッズ拡販、カラーコミュニケーション。そうした3つの輪が重なるところに位置付けられるYOKOHAMAユニホームは、ベイスターズのマーケティング戦略の巧みさを象徴するアイテムと言えるだろう。
池田社長は言う。
「会社である以上、いろいろ考えるのは当然のこと。私は、あざとく露骨で軽率でさえなければ、球団のビジネス色が世の中の人たちに伝わっていいと思っています。球団がどのように経営されて、おカネがどう使われているのか。そういうことも含めてわかってもらえるからこそ、信頼されて、心の底から応援してもらえる」
ジェット風船を打ち上げ、ファンが一つになる。

理想は現有戦力の年俸上昇

では、一体経営によって黒字化への道筋がついたベイスターズは、おカネをどこに投資しようと考えているのだろうか。
「理想は、今いる選手の年俸が増え続けること。限られたFA(フリーエージェント)補強に血眼で他球団とマネーゲームしてまでお金をつぎ込むのではなく、ドラフトで取った自前の選手をスタークラスまで育成することが私たちのスタンダードだと思っています。日本球界は、アメリカのようにFAやトレードの市場がそこまで大きいわけでもないですからね。選手としてピークを迎える20代後半に向けてしっかりと育てていき、将来的には球団を背負って立つような指導者になるところまで考えながら、選手と共に球団が成長していく姿が望ましいと考えています」
ベイスターズの昨季の年俸総額は12球団で最低だったが、今季(2016年)はすでに4億円ほど積み増されたという。
経営の健全化がチームの強化につながるという好循環が生まれれば、1998年以来、苦杯をなめさせられ続けてきたベイスターズが本当の意味で復活するかもしれない。
今季も打線の中心として活躍が期待される筒香嘉智。
(写真:©YDB)