20150115_特別編_ペップグアルディオラ

特別企画・後編

【動画解説】グアルディオラの熱い個人指導。「褒める」から「怒る」へ

2016/2/28
サッカー界において世界最高の監督は誰か? もし指導者の間でアンケートを行ったら、最も票を集めるのはペップ・グアルディオラだろう。バルセロナで2度欧州の頂点に立ち、現在バイエルンで史上初のブンデスリーガ4連覇に挑戦している。なぜグアルディオラは勝ち続けられるのか? 44歳の名将の哲学を練習動画から読み解く。

今年1月、ドーハで行われたバイエルンの合宿に行くと、ペップ・グアルディオラ監督の今の思いがにじみ出るシーンを目にした。

それはパス交換からシュートをする、というありふれたメニューでの出来事だった。

選手たちが和気あいあいと楽しそうに取り組んでいると、腕を組んで見守っていたペップが急に声を荒げて、選手たちの間に割って入った。

慌ててカメラのスイッチを入れ、ズームアップすると、飛び込んできたのはペップによる強烈なアクションだった。

「もっとパスを強く!」

ペップは選手からボールを要求すると、サイドキックで地を這うようなパスを返し、パスのスピードを上げることを要求した。

ピッチを支配するペップ戦術において、パススピードは生命線だ。現代サッカーでは守備の激しさが増し、選手に与えられる時間は短くなっている。日本ではボールを受け手から出すまで3、4秒かかる選手が多いが、ヨーロッパのトップシーンでは1秒が基準だ。そういう時間軸においては、パスが0.1秒でも早く届けば、受け手がそれだけの余裕を得られることになる。

シュート練習でも、パススピードをおろそかにしてはならない。ペップはそれを強調したのだ。

ビダルに教えた攻撃の基礎

今回のドーハ合宿を見て感じたのは、ペップがこれまでよりも鬼気迫るオーラを放っていたということだ。過去2年は「褒める」シーンが多かったのに対し、明らかに怒るような口調の指導が増えた。

ペップは今季限りでバイエルンを去ることが決まっており、選手たちとの付き合いはあと半年で終わる。キッカー誌は「選手も戸惑っているが、もはや選手に嫌われても乗り切れると考えているのだろう」と分析した。その推測が合っているかはわからないが、ただならぬ迫力を漂わせているのは確かだ。

たとえば、パス回しの練習中、チリ代表のビダルに対して攻撃の基礎を厳しく要求した。

ペップのサッカーでは、パスを出したあとに、そのまま立ち止まっていてはダメだ。すぐにパスコースに顔を出して、今度は自分が受け手にならなければならない。その基礎をビダルがさぼっていたので、ペップは自ら模範を示したのだ。

コマンに何を教えたのか

フランス代表のコマンに対しては、次のような個人指導を行った。

左右に指をさしてペップがサイドステップを踏んでいる。いったい何を指示しているのだろう? ここからは専門的な話になるが、ペップの意図をひもといてみたい。

どこにプレスをかけるべきか

このパス回しは、フリーマン2人をエリアの外に配置し、3人対3人でボールを奪い合うものだ。5人対3人と言ってもいい。一方がボールを奪ったら、すぐに攻守を入れ替えなければならない。切り替えの早さもペップの生命線である。

その様子を長く撮影したのが、次の約2分の映像だ(緑色のビブスのロッベンとバドシュトゥーバーがフリーマン)。40秒あたりに切り替えの場面が生まれ、ペップが手を叩いて選手を鼓舞している。

そして1分40秒あたりから、ペップから青色のビブスを着たラフィーニャへの注文が始まる。ジェスチャーはコマンのときとほぼ同じものだ。

この直前、ラフィーニャは守備側の選手だった。ボールに近いロッベンに詰め寄らず、ファーサイドの選手へのコースを消そうとしていた。

この位置取りを、ペップは納得いかなかったのだろう。味方(ローデ)が敵のボール保持者(コスタ)にしっかりと詰めており、反対側にいる敵(ラーム)へのコースを消してもあまり意味がない。仮に浮き球で反対側に出されてもボールが宙にある間に戻ればいい。ラフィーニャはロッベンに対して詰めるべきだったのだ。ペップは激しいジェスチャーで「近いほうに詰めろ」と伝えた。

次の映像でも、同じメッセージを確認できる。

守備の個人戦術

それを踏まえたうえで、ブラジル代表のドウグラス・コスタへの“居残り指導”を見ると、より意図が伝わってくる。

プレスをかけるときに深くまで追いすぎると、後方に穴ができてしまう。不用意に味方に近づきすぎてもダメだ。適度にコンパクトさを保ちながら、自分の近くの敵にパスが回ってきたときにアクセルを踏んで激しく寄せる。もし味方が一方のサイドに追い込んだら、そちらに寄ってコンパクトさを保つ。サイドチェンジを出される可能性があるが、直線的に自陣に戻れば大丈夫──。そんなプレスの基礎を、身振り手振りを交えて丁寧に教えている。

バイエルンにはスターが集まっており、厳しく接すれば必ずハレーションが起こる。実際、1月には「チームの雰囲気が悪くなった」「休日にミュンヘンを離れるときにはチームに報告することが義務づけられるようになった」といった内部情報がメディアにリークされ、騒動になった。

だが、選手との衝突を恐れていては、チャンピオンズリーグ優勝という最大の目標を達成することはできないだろう。「褒める」から「怒る」へ転じ、ペップは容赦なくアクセルを踏んでラストスパートをかけようとしている。