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新感覚の日本酒イベントをプロデュース

【中田英寿】日本酒はもっと世界を広げられる

2016/2/16
去る2月5日〜2月14日の10日間、東京・六本木にて中田英寿氏がプロデュースする日本酒のイベント「CRAFT SAKE WEEK @六本木ヒルズ屋台村」が開催された。流行の発信地・六本木というロケーション、毎日テーマや参加蔵元を入れ替えるという試み、和食のみならずフレンチやイタリアンの銘店までが協力するというユニークさなど、日本酒をメインとしたイベントとしては珍しい取り組みの数々が目を引いた。いったいどういう経緯でこのイベントが開催されるに至ったのだろうか。開催日初日に会場を訪れた「ROOTS」副編集長の加藤未央氏が、イベントをプロデュースした中田英寿氏に話を聞いた。
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銘柄で頼む人を増やしたい

──通常、日本酒のイベントといわれて私たちが想像するのは、百貨店の一角で開催される日本酒フェアや、居酒屋が企画する地酒の飲み比べといったものだと思います。「CRAFT SAKE WEEK @六本木ヒルズ屋台村」ほどの規模のオープン型の日本酒イベントは珍しいと思いますが、このイベントを開催した目的は何でしょうか。

中田:日本酒のイベントというと、数多くの種類をたくさん飲ませる、というものが多いですよね。もちろん僕もそういうイベントに行きますけど、自分の好みの物やおいしい物があっても、2時間くらい飲むと満足してしまって、翌日になると何の銘柄だったか忘れてしまいがちです。

それが悪いわけじゃないけれど、それではいつまでたってもお酒を銘柄で覚えられません。

今のお酒業界の問題の一つは、国内でも海外でも日本酒を銘柄で覚えている人が圧倒的に少ないということ。これがワインなら、多くの人が「自分はこれが好き」という好みや銘柄を知ったうえで頼みますよね。

でも日本酒の場合、日本人でも10の銘柄を言える人は少ないんじゃないかな。日本酒が世界にマーケットを広げていくためには、ちゃんと銘柄で頼む人がもっと増えていく必要があると思います。
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そこで今回のイベントでは、まず銘柄を覚えてもらうために「1日10蔵」と限定することにしました。こうすることで、会場に来てくれた人にも蔵元の顔が見えますよね。

また、日本酒が一番多く飲まれるシーンは食事をしているときなので、食事も用意しました。でもそこで問題になるのが、日本酒は一般的に「和食のときだけに飲むもの」というイメージを持たれていることです。

僕はそうじゃないと思っています。でもそれでは、実際に体験をしないとわかってもらえない。そこで今回のイベントでは、和食だけじゃなくイタリアンやフレンチのお店にも協力してもらうことにしました。和食以外の食事でも日本酒に合うことを実感してもらうのが大事だと思ったからです。

随所に中田のこだわりが光る

普通、日本酒のイベントというと、蔵元の酒造りが終わって少し余裕の出てきた夏場が多いんです。

だけど今回は、あえて酒造りが一番忙しい冬場を選びました。日本酒の季節感を味わってもらいたかったし、なにより、ほかの日本酒イベントと同じことをしたのでは僕がやる意味がないので。

僕にしかできないイベントにするために、コンセプトや会場づくり、蔵元選び、毎日出店する蔵元が入れ替わるというコンセプトといったアイデアを盛り込んでいきました。

会場の中央に櫓(やぐら)を建てたのは、地方の冬のお祭りのような雰囲気にしたかったから。六本木というビル群の中にあるのに、なぜか懐かしさを感じさせるようなね。

酒樽を使ったタワーをつくろうというアイデアが出たときに、「じゃあ、ちょうちんも欲しいね」「そのちょうちんに、イベントに集まる蔵元のすべての銘柄が書いてあったらかわいいよね」という話になって。そうやって一つひとつ、アイデアを出しながらつくっていきました。
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最近では、日本酒の会というと参加者のだいたい半数以上を20~30代の女性が占めます。そういう若い層のライフスタイルって、ファッショナブルで、場所もかかっている音楽もかっこいいですよね。そこに日本酒がハマるためには、若い層のライフスタイルに合った場所づくりをしっかりとやらなきゃいけない。

これまでの歴史を踏まえながら、これからの日本酒文化をどうつくりあげるか。「日本酒ってかっこいい」「面白い」という思いをどうやって多くの人の間に浸透させるか。そういった点を突き詰めていきました。

──今回のイベントでは、10日間の開催期間中、毎日テーマが決められていますね。その意図をお聞かせください。

このイベントは、どれだけ多くの人に日本酒の銘柄を覚えてもらうかが肝心です。そのためには、わかりやすい情報として発信する必要がある。日ごとにテーマを区切ったのはそういう理由からです。

それぞれの蔵元の都合がつく日にランダムに集めてイベントに来てもらうより、たとえば「この日は福島(福島ドリームチーム)」「この日は秋田(偉大なる秋田地酒大軍団)」というふうにテーマがあったほうが覚えやすいですからね。

イベント開催期間中は、日ごとに変わるテーマに沿って毎日10蔵がブースを出した(写真はイベント初日の様子)

イベント開催期間中は、日ごとに変わるテーマに沿って毎日10蔵がブースを出した(写真はイベント初日の様子)

今回のイベントでは、利き酒師も常駐させました。お酒好きといっても、全部のお酒を知っているわけではありません。知らないお酒もきっとたくさんあるでしょう。

そこで、たとえば「自分が選んだこのお酒とはどんな料理が合いますか?」とか「こんな飲み口が好きなんですけど、どの銘柄がお勧めですか?」と、聞いて学べる場所にしたいと思ったんです。

単に酒を飲ませるだけじゃなくて、いろいろな角度から日本酒のことを勉強できるイベントであることがポイントです。

今回のイベントは僕にとって一つの通過点にすぎません。文化というのは正解のない世界なので、やり続けることに意味があると思っています。

今回は六本木でしたが、これをたとえば大阪などにも巡業していきたいと思っているんです。ご飯屋さんを替えたりしながら、全国を回るようなね。

これからも、6年半以上かけて日本全国を回りながら学んできたこと(中田氏の過去のインタビュー記事参照)を自分なりのやり方でアウトプットしていきたいですね。イベントを通じて、「中田英寿という人間が日本の文化を発信するならこういうやり方ですよ」ということをわかってもらえればと思っています。

 CRAFT SAKE WEEK @六本木ヒルズ屋台村に実際に足を運んでみて感じたこと──それは、このイベントが日本酒だけでなく、食事、器、場所、雰囲気までを含めた、中田英寿による「日本酒をとりまく環境の提案」であったということだ。

そして何より、このイベントは参加した多くの人にとって、連綿と続く文化を持つ日本という国の良いところを知るきっかけにもなったことだろう。2月の寒空の下、銘酒の樽が積み重ねられた櫓を前にうまい日本酒に舌鼓を打ちながら、心が躍らなかった日本人はきっといない。

(文:加藤未央、構成/撮影:常盤亜由子)

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