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中東読解No.1 飯塚正人東京外国語大学AA研所長(前編)

【新連載】現代中東を読み解く。サウジ=イラン関係から

2016/1/30

連載の開始にあたって

混迷を深める中東情勢。2010〜2012年にかけて「アラブの春」で希望の光が差したかのように見えたものの、その後の情勢は悪化の一途をたどっている。海外メディアを中心に「Facebook革命」などと、もてはやされた当時の高揚感はほとんど残っていない。

そして、シリアを中心に活動するIS、自称「イスラーム国」の活動も収束する兆しが見えてこない。今年に入り、サウジアラビアとイランは断交にいたり、不安定さに拍車がかかっている。

言うまでもなく、日本のみならず世界は中東にエネルギーで大きく依存している。原油価格の下落も中東情勢の不透明感に拍車をかけている。

一方で、ドバイのように金融センターとして著しい発展を遂げる都市や、不安定な地域情勢のなかでも安定感のあるオマーンのような国もある。

今こそ中東を正しく理解すべきだ。そうした問題意識のもと、NewsPicksでは新連載として「中東読解」をスタートする。毎月1回をめどに、中東情勢に詳しい研究者や実務者などの知見をお届けしていく。

第1回は、現代中東情勢を理解するエッセンスを把握するため、イスラーム思想と中東地域研究を専門とする飯塚正人東京外国語大学アジア・アフリカ言語研究所(AA研)所長に聞いた。
 飯塚正人プロフィール.001

サウジとイラン、そもそも関係悪い

──中東といってもさまざまな国があり、切り口があります。現代の中東情勢を見るうえで、一番重要となる国は?

飯塚:サウジアラビアとイランです。

人口でみればエジプトやトルコも大きい。国内情勢の不透明感が強く、「アラブの春」からの反動が大きかった国という意味では、エジプトが重要です。

また、自称「イスラーム国(IS)」情勢を見るうえでは、シリアの北側に隣接するトルコの重要性も高い。そしてIS関連では、米国、ロシア、中国といった大国の動向もみる必要があります。

──それでは、サウジアラビアとイランの関係はどう見るべきでしょうか。

そもそも、サウジは一貫してイランを仮想敵国と見なしています。もう一つの仮想敵国はイエメンですが、サウジは兎に角、イランを嫌がっている。基本的にサウジとイランの関係は良くないのです。

サウジがイランをそこまで警戒する理由は、中東にシーア派連合ができることを怖がっているからです。つまり、シーア派が多数のイラン、イラクのシーア派、レバノンのヒズブッラー、シリアの反体制派、そしてバーレーンというつながりです。

また、イランの現体制は、1979年のイラン革命で成立しました。すなわち、王制打倒を掲げた勢力がつくった体制です。

サウジは王制であるため、イラン革命のようなことが自国で起こることは許しがたい。自国だけでなく、中東の他の王制の国で起こることも恐怖です。

米国に踏み絵を迫ったサウジ

──今年1月にサウジがイランと断交をし、世界の注目を集めました。その背景と影響について伺います。まず、サウジとイランという文脈だけでなく、米国等の大国の動きも関係しています。

まず、サウジの外交関係を考える場合、米国との同盟が重要です。サウジは仮想敵国であるイランと対立しても、最終的にはアメリカが守ってくれるという安心感がある。

しかし、最近はその前提が揺らぎ始めているのです。

それは、イランに対する経済制裁解除です。サウジにとっては、イランに対して経済制裁が加えられている状態が好ましかった。しかし、米国とイランの関係が改善に向かいつつある。そこでサウジとしては、仮にイランと対立したら、アメリカが守ってくれないのでは、という一抹の不安が出てきているのです。

そうした前提でサウジのイラン断交をみると、サウジはアメリカに対して、サウジかイランかという踏み絵を迫り、揺さぶりをかけたつもりだった。しかし、米国は特に態度を変えることなく、断交についてこれといったアクションをとっていない。結局は効果がなかったのです。

サウジはシーア派対策を最優先

もう一つ重要な論点があります。それは、サウジ国内の不満の矛先を王制ではなく、イランとシーア派に向けることです。

サウジには東部にシーア派が住んでいます。サウジで行われたシーア派のニムル師の処刑では、スンニ派のアルカイダ系過激派も処刑されています。そのため、基本的にはテロ対策と説明されています。

ただ、サウジにとってはシーア派対策かアルカイダ対策かと言われれば、シーア派対策のほうが重要なのです。

ニムル師はサウジ東部の出身で、最近、サウジ国内でシーア派に対する影響力をつけていた。ニムル師は、「アラブの春」のときに「治安を乱す扇動家」とみなされ拘束されました。2014年に死刑判決を受けています。

ニムル師を処刑すれば、当然、サウジ当局はイランが黙ってはいないことはわかっていたでしょう。イランが必ず何かしてくる。そうすれば、国内のシーア派を締めつける理由になります。

イランの首都テヘランでは、暴徒がサウジアラビア大使館を襲撃しました。これはイラン政府からすれば、とめる気ならばとめられた。しかし、イラン政府は、国民の対サウジ感情を考慮して、あえて放置したと考えられます。

「共通の敵」の出現まで国交回復なし

──サウジとイランの今後の関係はどうなりますか。一部には、戦争が始まるという声も上がっています。ただ、両国が本気で戦争するとも思えない。戦争から得られる利益が見えてきません。

サウジとイランが戦争することはまずないでしょう。もし実際に戦争となれば、イランのほうが強い。

サウジは米国の支援と豊富な資金で最新兵器を持っています。しかし、イラン軍は実戦経験が豊富で、兵力もサウジの倍。弾道ミサイルも持っている。総合的にはイランが上です。

こうした状況はサウジもよくわかっていて、戦争をする気はないでしょう。

サウジが断交に踏み切ったにもかかわらず、イランは、経済制裁解除と米国の関係改善という流れに支えられ、案外と余裕なのです。

米中露、サウジとイランのバランス外交

──米国の話が出てきました。サウジとイランの関係を見るうえで、主要な大国はどのような位置付けでしょうか。特に、これまで孤立感の強かったイランと大国の関係は重要ではないでしょうか。

まず、イランは粛々と国際社会に復帰しています。米国は制裁解除へ動いた。ロシアはサウジとは原発協定を結ぶ一方、イランとはシリアでIS対策を一緒にやっています。

中国とイランは、以前から深い関係がある。そして、今年1月の習近平国家主席の中東歴訪は、エジプト、サウジアラビア、イランと中東でカギになる国々を訪問している。イランでの鉄道支援のほか、かなり重要な約束をしている。

中東情勢のカギを握る米国、ロシア、中国は、最近、イランとサウジアラビア双方のバランスを取る動き外交を展開しています。イランにとっては良い流れでしょう。

大国は静観し、当面は現状維持

──では、サウジとイランが断交した状態が続くと、国際社会や中東地域情勢にどのような影響を与えるのでしょうか。

まず、米国、ロシア、中国は静観しています。断交だけならば、特に介入するほどではないでしょう。これ以上のエスカレーションがなければ、現状維持です。

次ぎに中東諸国。サウジに追随してイランと断交した国々が注目されましたが、こちらは意外とたいした影響はない。

まず、バーレーンにはサウジ軍が駐留しているため、追随して断交する以外に選択肢はない。そして、スーダン、ジプチ、ソマリア。これらの国々も断交しましたが、そもそもイランとの関係は強くありません。サウジに追随したのは、サウジから何か支援がもらえばいいな、という程度です。イランとの断交で失うものがありませんので。

困ったのがクエート、UAE(アラブ首長国連邦)、カタル、バーレーンといった小国です。そもそも、大国が動くと影響を受けやすいことに加えて、サウジとイラン両国との関係があり、それぞれ重要だということです。

シーア派、イランとの関係

──イランとの関係について、具体的に教えてください。

それは、各国のシーア派の存在です。ペルシャ湾岸は、案外とシーア派人口が多いのです。具体的には、バーレーンは約7割、クエートは約3割、UAEは約1から2割の人口がシーア派です。カタルにはさほどシーア派はいませんが、いることはいます。

シーア派がいるということは、すなわち、イランと関係があることを意味します。これらの小国は、隣接する大国サウジとの関係を維持しながら、イランとの関係も保たなければなりません。

これらの国に住むシーア派は、アラビア語とペルシャ語のバイリンガルは多いです。シーア派同士であれば、アラブ系とペルシャ系での結婚もあります。

余談になりますが、私はイラン研究者の妻と合同で調査をすることがあります。私はアラビア語で男性を取材し、妻はペルシャ語で女性を取材するというやり方もできます。研究上は大変便利ですね。

国交回復には「共通の敵」が必要

──今後、サウジとイランの関係はどうなっていくのでしょうか。

実は、案外と大きな影響はないと見ています。そもそも、サウジとイランの関係は良くない。それが中東にとっては普通。彼らが手を結ぶのは「共通の敵」が現れたときです。

「共通の敵」が現れたのは、サダムフセインのイラクと9.11事件、つまり2001年の米同時多発テロのときです。言い換えれば、これに匹敵する脅威がなければ、サウジとイランが再び国交を結ぶ動機がないと言うことです。

1979年のイラン革命のときにサウジはイランと断交しています。国交が回復したのは、1990年のイラクがクエートに侵攻。湾岸戦争のときですね。このとき、イラクはサウジとイランの共通の敵になり、両国が手を結んだのです。

そして、9.11のアルカイダのテロは、やはり中東・イスラーム圏に与えたインパクトは大きかった。このときばかりは、再びサウジとイランが手を結んだのです。

当面、両国はお互いの批判し合いながら、現状を維持していくでしょう。良くも悪くもならない。周辺の中東諸国は、いったんはサウジの断交や在イラン大使の償還などでサウジには付き合っています。サウジとイランが現状維持であれば、これ以上のアクションをとる必要性もない。

もし、サウジとイランの関係が改善するとすればメッカ巡礼です。今年は9月の予定です。イスラームの聖地であるメッカを擁するサウジは、毎年、約200万人に対して巡礼ビザが発行します。このとき、イランのムスリムの巡礼をまったく受けつけないと言うわけにはいかない。

このタイミングで、何か両国関係に改善がみられるかもしれません。改善とまでいかなくても、ビザの発給はするわけですから、何らかのコンタクトが出てきます。

ただ、繰り返しますが、基本的にはサウジとイランの関係は良くないのが普通です。再び国交が結ばれるのは「共通の敵」が出現してからでしょう。

ISに微妙な態度のサウジとイラン

──ISはサウジとイランの「共通の敵」ではないのでしょか。

それは微妙です。サウジは、シーア派対策という一点だけで見れば、シーア派を敵視するISの存在は好都合な部分もある。一方で、イランにとってISの脅威度は低い。誤解を恐れずに言えば、今、世界で一番安全な国はイランです。ISの脅威がないという意味では。

イランはシリアでISと戦っていますが、自国内にISの分子はほとんど活動していないとみられる。イラン当局がスンニ派過激派組織に対しては、徹底的な監視体制を敷いてきています。ISにとっても、イランはそう簡単に浸透できる国ではない。

したがって、サウジとイランがISを「共通の敵」と捉えて、再びまとまる可能性はほとんどないのです。

*飯塚教授がISの現状と中東の未来、日本の役割を語る後編は、明日掲載します。

(写真:AP/アフロ)

【Vol.1】現代中東を読み解く。サウジ=イラン関係から(飯塚正人 東京外国語大学AA研所長 前編)
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