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兆候は「モランボン楽団訪中」に見えていた

専門家が読み解く北朝鮮核実験の「伏線」(高英起)

2016/1/9
北朝鮮は6日、「水素爆弾の実験に成功した」との声明を発表した。国際社会の秩序への挑戦とも取られるこの行為は、どのような背景から断行されたのか。中国、アメリカとの関係にどう影響を与えるか。昨年プロピッカーを務めた、デイリーNKジャパン編集長・高英起氏の緊急寄稿を掲載する。

北朝鮮は6日の午後0時(平壌時間)、「特別重大報道」を通じて、水素爆弾の実験に成功したとの政府声明を発表した。実際に水素爆弾だったのかどうかについては不明だが、爆発規模からすると核実験であることは間違いない。すなわち第4次核実験だ。

なぜ、北朝鮮は実験に踏み切ったのだろうか。実は、実験の兆候は昨年からあった。

金正恩の「水爆発言」

昨年12月、金正恩第1書記は、「(北朝鮮が)水素爆弾の巨大な爆音を響かせることのできる強大な核保有国になることができた」と「水爆保有」について述べていた。

この時、筆者は「北朝鮮は、核兵器だろうが弾道ミサイルだろうが開発してしまう。金正恩氏に、『最終兵器』を与える愚を犯してはならない」と警鐘を鳴らしていたのだが、まさに、危惧通りの筋書きになりつつある。

(参考記事:金正恩氏は「最終兵器」を手に入れるのか

一方、今年1月1日、金正恩氏が肉声で発表した「新年の辞」について、大手メディアは、「核に言及しなかった」と報じながら、あたかも、北朝鮮にとって核の優先順位が下がったというような楽観的な見方を示した。

しかし、実際は「核爆弾を爆発させ、人工衛星を打ち上げたことより大きな威力で世界を震撼させ(後略)」と、核爆弾については言及している。

また、「南北関係の改善を強調している」という見方もあったが、昨年(2015年)の新年の辞では「首脳会談もできないことはない」と言及したことに比べると、むしろ今年は後退していた。

(参考記事:新聞記者は金正恩「新年の辞」を読まずに記事を書いている?

つまり、北朝鮮は核開発を放棄する姿勢など見せておらず、ましてや南北、米朝関係において、対話姿勢どころか、最初から対決姿勢を鮮明にしていた。こうした脈絡の中で今回の水爆実験を見るべきだ。

さらに指摘しておかなければならないのが、北朝鮮の中国に対する姿勢だ。

中国への反発

水爆実験の翌7日、北朝鮮は核実験を正当化する論説を展開しているが、その中に気になるくだりがある。

「これまで、米国の核脅威・恐喝を受けるわが国をどの国も救おうとしなかったし、同情もしなかった」

(参考記事:北朝鮮、「正義の水爆を保有」…核実験の正当化と反米姿勢を鮮明に

米国だけでなく、国際社会に責任があると言わんばかりの主張だが、「どの国も」というのは実は、中国に対する当て付けではなかろうか。反米を声高に叫ぶ裏には、友人のふりをして手を差し伸べるふりをしながらも、決定的な局面では、冷たい態度を取る中国に対する反発が隠されているようだ。

そして、北朝鮮が、ここまで中国に反発する理由は十分にある。

中朝関係は改善の兆しもあったが

そもそも中国は、北朝鮮の核・ミサイルに対しては一貫して厳しい姿勢で臨んでいるが、北朝鮮は2012年に長距離弾道ミサイルを発射し、2013年には第3次核実験を行った。同年末には、親中派の張成沢(チャン・ソンテク)氏の無慈悲な処刑によって中朝関係は冷え込んでいた。

それでも、中朝双方は関係修復に向けて動いていたようだ。昨年10月10日の労働党創建70周年記念式典に、中国共産党序列5位の劉雲山氏が出席したのを機に、金正恩氏の代理とも言えるモランボン楽団が訪中することになり、中朝関係は改善の方向で動くと見られていた。

しかし、なんとしてでも核とミサイルを保有したい金正恩氏は、中国に核とミサイルを「黙認」したかのような既成事実を押しつけようと「ワナ」を仕掛ける。

金正恩が仕掛けたワナ

まず、モランボン楽団公演直前に、金正恩氏は「水爆を保有している」と発言。さらに、公演で金正恩氏最大の成果である長距離弾道ミサイル「銀河3号」発射を称えるシーンを流そうとしたようだ。

(参考記事:モランボン楽団は金正恩氏の「ワナ」だった!?

しかし、中国はこのワナにはまらず、公演内容にクレームをつけ、結果的にモランボン楽団は公演をドタキャンし、金正恩氏のもくろみははずれた。同時に、36年ぶりの党大会という晴れ舞台を前にしてなんとしてでも実現したかった金正恩氏の訪中も、限りなく可能性は低くなった。

こうした中国に対する金正恩氏の反発が、今回の核実験を招いたことは十分に考えられる。

米国との関係はどうなる

北朝鮮が核・ミサイルという軍事行動に出る度に、アメリカとの対話を引き出すためと論じられるが、果たしてそうだろうか。

アメリカは、北朝鮮が核を放棄しない限り対話しないと断言している。そうでなくても中東問題で手一杯で、いきなり北朝鮮と対話する様子は、まったく見えて来ない。

もちろん、北朝鮮も、このあたりの事情は把握しながら、核を放棄する姿勢を見せていない。

つまり、北朝鮮は「核放棄」という選択肢を放棄、すなわち対話が成立しないアメリカを中心とする国際社会と共同歩調を取ることを放棄したのかもしれない。

意外かもしれないが、米中と関係が悪化する一方で、北朝鮮はロシア、そしてシリアやイランなどとは、良好な関係を築いているのだ。今回の核実験を機に、核保有を含む自らの自主権を尊重する国家とだけ関係を築いていく可能性は十分にある。

そして、北朝鮮が、本気でこうした道に進めば、今までの国際社会のあらゆる圧力の効果は限定的にならざるをえないだろう。また、核問題だけでなく、北朝鮮に関連するあらゆる懸念問題、たとえば日本人拉致問題などの解決は、より遠のき、これまで以上に八方ふさがりになりかねない。

今回の核実験は、金正恩氏の暴走をとめるのは並大抵のことではないという現実を突きつけている。この現実を直視したうえで、北朝鮮への対応策を講じない限り、近いうちにまた同じような事態が起こりうるだろう。