攻める伊藤忠。耐える三菱・三井。「商社3.0」の幕開け
2015/12/14
首位交代の2つの理由
「伊藤忠商事が三菱商事を抜き、純利益でトップへ」。
過去15年間、商社業界の「純益首位」を守ってきた三菱商事。その絶対王者が、首位の座を失うとのニュースに衝撃が走った。
商社の歴史において、財閥系の存在感は圧倒的だ。特に、三菱商事、三井物産の二強は、戦前から日本経済界のエースとして君臨してきた。その牙城を“非財閥系”の伊藤忠商事がこじ開けたとあって、衝撃はさらに膨らんだ。
2016年3月期、伊藤忠は3300億円の純益を計画。一方、三菱商事が純益予想を従来の3600億円から3000億円へと引き下げたことにより、首位交代が濃厚となったのだ。
今回の「首位交代」の要因は主に2つある。
1つ目は、資源安だ。
2002年以降、中国など新興国の“爆買い”を背景に石油価格は上昇を続け、WTI原油価格は2008年には1バレル当たり145ドルに達した。こうした資源ブームの恩恵をもっとも受けたのが、資源権益を多く有する、三井物産と三菱商事だった。
しかし2014年以降、中国経済の減速、シェールガス革命による供給増加、OPECの増産継続などにより、価格が急落。直近では、36ドル台を記録するなど、ゴールドマン・サックスが予測する「20ドル説」も現実味を帯びてきている。
こうした原油急落に加え、鉄鉱石など資源価格の下落が、資源依存度が高い三井物産、三菱商事を直撃した。
代わって浮上したのが、「非資源No.1商社」を掲げる伊藤忠だ。伊藤忠の非資源事業の好調こそが、首位交代の2つ目の理由である。
伊藤忠は、2000年代前半から非資源領域を強化してきたが、その戦略を2010年4月に就任した岡藤正広社長がさらに推進。繊維、食料、機械、住生活・情報などの非資源事業が過去5年で急拡大し、非資源事業の純益では、2015年3月期時点でトップに躍り出ていた。
もちろん、商社の実力は純益だけでは測れない。キャッシュ・フロー創出力、純資産の規模で見れば、いまだ三菱・三井と伊藤忠の差は大きい。時価総額という点でも、三菱商事・三井物産には及ばない。
ただし、伊藤忠が確実に実力をつけていることは事実だ。今の勢いが続けば、時価総額でも伊藤忠がトップに立つ日が数年以内に訪れてもおかしくはない。
「商社第二黄金期」の終わり
伊藤忠が純益トップへ──。それ自体はビッグニュースだが、商社業界の転換期を示す、ひとつの材料にすぎない。
SMBC日興証券で商社業界を担当する森本晃シニアアナリストは「明らかに商社のビジネスモデルは過渡期にある」と話す。
「ハイリスク・ハイリターンの資源のビジネスモデルにはもう期待できない。一方で、従来のトレーディングのビジネスはローリスク・ローリターン。今後10年先を見据えた上で、どうミドルリスク・ミドルリターンの商売を生み出せるかが問われている」
商社の黄金時代が終わろうといていることは数字からも明らかだ。以下の表には、1980年代から現在までの総合商社5社合計のROEと純利益率を示している(詳細な分析は「圧倒的人気のメガバンク、商社。繁栄は10年後も続くか」を参照)。
上のグラフからもわかるように、ROEの高い時期が2つある。
1980年代から1990年代初頭までが「第一黄金期」であり、主に仲介による手数料により稼いでいた。手数料ビジネスが中心だった時代を「商社1.0」を呼ぶならば、その全盛期がこの時期といえる。
その後、バブル崩壊で商社はリストラに追われるが、2000年代に入って再びROE上昇期を迎える。
これが「第二黄金期」だ。ビジネスモデルも従来の手数料ビジネスから、事業投資へとシフト。資源を中心に高収益を叩き出した。この資源を軸とした事業投資ビジネスの時代が「商社2.0」である。
しかし、商社2.0のピークも過ぎたすぎた。ローリスク・ローリターンのトレーディングでもなく、ハイリスク・ハイリターンの資源投資型でもない、ROEの高い商社3.0時代のビジネスが求められているのだ。
商社3.0の3つのキーワード
商社は言わずと知れた、ビジネス界のエリート集団。新たなビジネスモデルが必要なことは重々承知している。
中でも危機感が強いのは、資源依存度が高い三井物産だ。
2015年4月には、32人抜きで、安永竜夫氏が執行役員から社長に昇格。インフラ事業の経験が長い“非資源系”の社長として、新ビジネスの開拓を急いでいる。具体的には、インフラ、モビリティ、メディカル、食と農など「7つの攻め筋」を設定。ただ、商社のビジネスは息が長いだけに、当分は「耐える」時期が続くだろう。
三菱商事、伊藤忠も2016年4月には社長交代が濃厚であり(編集部注:その後、伊藤忠は社長の続投が決定した)、2020年に向けた戦略が来年には出そろうはずだ。
商社3.0時代を占う上でのキーワードは3つある。
1つ目は、選択と集中だ。
これまでの商社は、横並び、順張りの傾向が強かった。しかし今後は、商社各社の戦略にも、バラエティが出てくるはずだ。集中する地域(たとえば、伊藤忠は中国、三菱商事はインドネシア、タイ、三井物産はブラジル、モザンビーク)、集中する事業領域、そして、ビジネスモデルにも違いが出てくるだろう。得意領域での“逆張り”も重要性を増す。
2つ目は、バリューチェーン統合の横展開だ。
これまでも商社は、川上から川下までバリューチェーンの拡大を実行することにより、サプライチェーンの最適化などを進め、利益の取り込みを図ってきた。古くは三菱商事のケンタッキーフライドチキンに始まるこの戦略は、国内ではある程度成功してきたが、今後は、他産業への展開、グローバルな展開が大きなテーマになってくる。
3つ目は、「一歩先のグローバル化」だ。
これまでの商社は、日本から世界へ商品・サービスを輸出し、世界から日本へ輸入することが主で、顧客は日本企業であることが多かった。海外に投資する際もマイノリティ出資が中心であり、人事システムも日本的な色彩が強かった。それゆえ、ときに商社は「グローバルなドメスティック企業」と呼ばれることさえあった。
しかし今後は、「日本を介さない、世界から世界への貿易」「世界の事業会社へのマジョリティ出資」といった、さらに一歩踏み込んだグローバル化が必要になる。当然、求められる経営人材のレベルもよりグローバルになる。
商社業界は日本ビジネス界の頂点に立つ存在だ。かつ、商社はモノや工場を持たないがゆえに、時代の流れに応じて、リソースのシフトが行いやすい。商社の歩みは、多くの産業の道標になるはずだ。
商社3.0時代に向けて、商社業界はどう変わっていくのか。商社業界のビッグスリー、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事はどんな戦略を打ち出していくのか。本特集では、過去・今・未来という軸から、各社へのインタビューを含めて「商社3.0」の姿に迫る。
第1回は、坂本竜馬の亀山社中に始まる商社創生を皮切りにして、商社1.0、商社2.0、商社3.0の時代と意味をインフォグラフィックで解説する。
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