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悩みがある時期は読書に逃げていた

芥川賞作家・羽田圭介が直面した“経済的苦境”と“創作の迷い”

2015/12/7
今年7月、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞した羽田圭介さん。作品はもちろん、特にテレビのバラエティ番組への多くの出演で「キャラクターが濃い!」と人柄も話題となった。その後、テレビで見せる陽気な姿とは一味違う、覚悟を持って小説に向き合ってきたからこそ、今のメディアとの距離感があるという、その深いところを語っていただいた。

新しいことをやった感じはない

──この取材をさせていただいている9月下旬の段階で、芥川賞の受賞が決定して2カ月以上経ちますが、取材などでずっとお忙しいままだと思います。今は本業の小説とそれ以外の対応という日々ですか。

羽田:いえ、本業のほうは時間がなかなか取れていません……。受賞してからもう3カ月が経とうとしていて。あと3カ月経ったらまた新しい芥川賞作家が生まれる。あっという間で、時間の経過は早いな、という。

──今回の芥川賞後の「騒ぎ」みたいなものの大きさは、綿矢りささんたちのとき以来というか、しかも、それが長く続いているように感じます。

本当に、まだすごい騒ぎで。ここ数年は、NHKのニュースや『王様のブランチ』などのテレビ番組内で紹介され、あとは雑誌や新聞で受賞のコメントやエッセイが出て、だいたい1カ月以内で芥川賞の話題は全部終わるという感じだったように思います。

今回、2カ月以上経ってもいまだにあちこちで取り上げてもらっているのは、(同時受賞の)又吉直樹さんのおかげだな、と(笑)。

──受賞作の『スクラップ・アンド・ビルド』に関して、受賞後のあるインタビューで「前に候補になった作品と同じ構造で書いたもの」と指摘されていたのが印象的でした。

『スクラップ・アンド・ビルド』は、(2014年下半期に芥川賞候補作になった)『メタモルフォシス』とまったく同じ構造で書いたものなので。洗練させてはいても、新しいことをやり遂げたという感じはないんです。『メタモルフォシス』にしても、副産物のような経緯でできたものでした。

単行本版の『メタモルフォシス』に(表題作とともに)収録されている『トーキョーの調教』はコンセプチュアルで、執筆や直しに2年以上かけて書いた作品です。

これは結構どうしようもない時期に、芥川賞を狙って書いたんです。でも、候補にならなかった。実は『トーキョーの調教』を単行本化するときに、「(本にするための)枚数が足りないから、(400字詰め原稿用紙換算で)50枚ぐらい書いてくれ」といわれて1カ月ぐらいで書いたのが『メタモルフォシス』だったんです。

そうしたら、むしろそっちが芥川賞の候補になって、意外なほど善戦しました。

「少なくとも、この方法論なら自分はある程度はできる」とちょっと自信を得て、『メタモルフォシス』と同じやり方で書いたのが『スクラップ・アンド・ビルド』だったんです。

だから、芥川賞は受賞したものの、この作品が自分の作家性を代表しているかといったら、必ずしもそうでもない気もします。

表現しづらいものを表現する

──今、話題に出された『トーキョーの調教』は、サスペンス的な展開もすごく面白い作品ですよね。羽田さんの中では特に画期的な手応えがあった作品なのでしょうか。

画期的というよりは、いろんなことを考えながら、表現しづらいものを何とか懸命に表現した作品ですね。

たとえば、先人の書いたSM小説に学ぼうとしても、案外難しかったんです。

僕が書こうとしていた「お店でお金を払った、時間が限られた中でのSMの関係性」は、意外にもほとんど誰も書いていなかったので。SMの巨匠たちがあまりやっていないことだけど、素人だからこそ自分にはやれるのかなと考えながら書きました。

そんな中で、ある種のお手本にしたのは、藤沢周さんが書かれた『武曲』という現代版の剣豪小説でした。剣と剣の間合いの取り方などを参考にさせてもらって、SMの空気感として表現したという。

──だから、作中に出てくる「女王様が無言でゆっくりと歩く。繰り出される無数の剣筋を感じた」「緊張感をはらんだ真剣勝負こそが、人を格段に成長させる」といった、SMをある種の立ち合いとして書く面白い描写があるんですね。

存在しない相手の剣の筋を読み合うような緊張感という点では、まさにそうです。

創作の悩みと売れない悩みは別

──数年前まで、作家としてのご自身の状況が厳しかった、と別のインタビューで読んだのですが、その時期の心境はどのようなものでしたか。

3、4年前には、わりと経済的に厳しかったのですが、そのときに何がつらかったかというと……。その時点では、自分の書ける小説として間違っていることをやっているつもりはなく「ベストを出し尽くしている」と思っていました。

でも、本が出ても、まず本屋に置かれなかった。最寄りの書店に置かれていなくて、新宿の紀伊國屋の本店で1冊あればいいぐらい。平積みなんか全然なくて。

その光景を見て、「本が手に取られるきっかけって何もないな」と思ったんです。芥川賞を取るか、映像化されるか、芸能人がどこかで紹介するか。それしかないなと。

自分の作品に自信がなかったら「小説をうまく書ければどうにかなる」と考えられたかもしれませんが、そうではなかった。だからこそ、やりようのなさというか、「このままチャンスを待っているだけでは、作家としてやっていくのは厳しいかもしれない」と感じていたんです。

自分が書店で買う立場になったときには、今言ったのと逆のこともあるんでしょうけどね。埋もれているいい作品に出合えていないところもあるのだろうなと思います。

──作風が確立するまでの大変さはありましたか。

それは4、5年前の時期ですね。

デビューした頃は、迷いはなかったんです。わりと厳しい編集者から、何度も全面改稿に近いことをさせられていて。ある意味では、何をやればいいかわかるわけです。こう直さなきゃいけないという方向に書き直していけば良かったので。

迷いが出たり、すべてがうまくいったとは言い難くなったのは、デビューとは違う版元で書いたあとです。「この編集者は信じられるのかな」と思ったり、自分で方向性を考えて、新しいことをやろうとしたり。

そういった時期を経て、ここ2、3年はわりと迷いなく小説を書けるようになりましたが、迷いがなくなっても本がそれほど売れていない状態が続きました。創作の悩みと売れない悩みって、また別ですね。

──創作の悩みがあったときには、どんなことをされていたのですか。

どういう小説を書けばいいかわからない時期は読書に逃げていました。実力のなさを感じたときは、ガルシア=マルケス全集を読むなど、勉強してどうにかしようと思った。

結果的にこの読書が良かったのかもしれないですけどね。いろいろ試行錯誤して、書いては自主的にボツにしていた積み重ねの中からたまたま出てきた『メタモルフォシス』が思ったよりも褒められた経験から、いろんなことが一気に回り始めたので。

何がタメになって何がムダだったかは、正直よくわからないです。

羽田圭介(はだ・けいすけ) 小説家 1985年、東京都生まれ。明治大学商学部卒業。明治大学付属明治高校在学中の2003年に「黒冷水 」で第40回文藝賞を受賞。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞。著書に、『メタモルフォシス』(第151回芥川賞候補)、『ワタクシハ』(第33回野間文芸新人賞候補)などがある。

羽田圭介(はだ・けいすけ)
小説家
1985年東京都生まれ。明治大学商学部卒業。明治大学付属明治高校在学中の2003年に『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞。2015年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞。著書に、『メタモルフォシス』(第151回芥川賞候補)、『「ワタクシハ」』(第33回野間文芸新人賞候補)などがある

相手の顔を見ることが大切

──『スクラップ・アンド・ビルド』では、高齢者介護の世界を描かれています。書いてみて、現実の社会問題にもなっている介護について考えたことがあったら、伺いたいのですが。

まず、極論みたいなことを言う人は、何か老人と触れ合ったほうがいいんじゃないでしょうか。

自分と価値観が違う人が身近にいなければ、たとえば「老人は優遇されすぎだ」といった強い内容の言葉をいくらでも言えてしまう。「老人に使う国の予算を減らせ」ともなる。

顔の見える具体的な関係の中で当事者と付き合っていたら、こういう言葉は、なかなか出てこないはずです。

「老人は日本の高度成長の波に乗っていい思いばかりしてずるい」なんて意見も出てきがちですが、実際に老人を見ると、そんな印象は全然ないように感じますからね。バーチャルなところから何か物を考えたり、意見を言うのは良くないと思います。

なにも老人の問題についてばかりではなく、他国との問題でもそうだと思うんですよね。

テレビとかでも、やたら中国バッシングでもすれば数字が取れるという感じがある。現地の様子を紹介するにしても、やたら反日デモの映像を取り上げがちです。

ところが実際に中国に足を運ぶと、そんな空気感はまったくなかった。相手の顔や表情が見えないところで何かを判断してしまうと、話し合いも成立しないし、何もわかり合えないのだろうなとは思います。

中国の政府当局や軍部が進めている強硬策と民衆全般の感情は、別ものなのではないでしょうか。ここでも、自分はとにかく「相手の顔を見ることが大切」ということだけを考えています。そうしないと、けんかのためのけんかにしかならないので。

──『「ワタクシハ」』という就職活動についての小説、リアルな観察がたくさん入っているのが羽田さんらしくて、とても好きなんです。ほかにも仕事を大きく取り上げた作品がありますが、羽田さんや羽田さんより下の世代の抱える、働くことの現実についてはどう考えておられますか。

何か、自分としては、それについて語る資格があるのかな、と思いますね。

就職に関しても、今の大学生が何を考えていて、何が起こっているのかってリアルにはわからないですし。当事者である彼ら彼女らにしても、ほかと比べようがない自分たちが直面している現実を見るしかない。

比べようがないから、本人たちも何が行われているか、たぶんわからないんじゃないかと思うんです。

そうしたことは、事後的に上の世代が観察しても、なかなか本質は見えてこないのではないでしょうか。就職の内定は取れなくても、意外と妙な明るさがあるかもしれないですし。それこそ、安く物が買えて、スマホだけで人生が充実している可能性もありますし。

そういった主観的な生活の手触りというのは、よそ者が代弁しようとしてもなかなかつかみきれないんじゃないかと思います。

(聞き手・構成:木村俊介、撮影:Shu Tokonami)

*羽田氏の小説のモチーフ、テレビに出るようになって考えたことなどをテーマとした後編は、明日公開します。