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ベトナム代表監督・三浦俊也インタビュー(第1回)

東南アジアから見たJ。ベトナム代表を率いる日本人監督の視点

2015/12/2

来年1月12日から始まる、リオデジャネイロ五輪における男子サッカーのアジア最終予選を兼ねたAFC U-23選手権に、東南アジアの代表チームを率いて戦う1人の日本人がいる。ベトナム代表を指揮する三浦俊也監督だ。

Jリーグでは大宮アルディージャ、コンサドーレ札幌、ヴェッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府を率い、2つのクラブをJ1に昇格させた実績を持つ。そして、日本人の海外の代表監督への道を切り開いた。

その風貌も言葉も、Jリーグにおける指導者キャリアの初期の頃と変わらない。“挑戦者”としてのスピリットが、年を取らせないのかもしれない。

Jリーグも力を入れるアジア戦略のカギとなる東南アジア諸国連合(ASEAN)から、日本サッカーはどのように映っているのか。ASEANサッカー界の現状と、日本との関係を聞いた。

三浦俊也(みうら・としや) 1963年岩手県生まれ。駒澤大学卒業後の1991年に指導者を目指して、ドイツにコーチ留学。ケルン体育大学でA級コーチライセンスを取得した。帰国後に大宮アルディージャ、コンサドーレ札幌、ヴェッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府の監督を務め、大宮と札幌でJ1昇格に導く。2014年5月8日に、2年契約でベトナム代表の監督に就任。リオデジャネイロ五輪を目指す同国のU-22代表監督も兼任している。

三浦俊也(みうら・としや)
1963年岩手県生まれ。駒澤大学卒業後の1991年に指導者を目指して、ドイツにコーチ留学。ケルン体育大学でA級コーチライセンスを取得した。帰国後に大宮アルディージャ、コンサドーレ札幌、ヴェッセル神戸、ヴァンフォーレ甲府の監督を務め、大宮と札幌をJ1昇格に導く。2014年5月8日に、2年契約でベトナム代表の監督に就任。リオデジャネイロ五輪を目指す同国のU-22代表監督も兼任している

ベトナムで最も有名な“ミウラ”

──三浦さんは2014年5月8日にベトナム代表監督に就任。契約は2年間で、A代表とU-22代表の兼任となります。就任から1年半が経ち、代表チームを躍進させたことで、ベトナムで最も有名な日本人“ミウラ”となりました。

三浦:監督就任のミッションの一つに、2014年のスズキカップ(東南アジアサッカー選手権〈ASEANのA代表のトーナメントでASEANのW杯〉)でベトナム代表をベスト4以上に導くというものがありました。

実際にベスト4進出を達成して、さらに準決勝のマレーシア戦におけるアウェーのファーストレグで勝利したあたりから、自分の周りがにわかに騒がしくなりました。

──ベトナムにおけるサッカーの盛り上がりはいかがですか。

日本とは比べものにならないほど盛り上がります。日本もW杯やハロウィンでは、渋谷の様子がニュースになりますが、騒いでいるのは渋谷の一角だけ。ベトナムでは大きな試合に勝つと、国全体が大騒ぎになります。ハノイやホーチミンでは、みんながバイクに乗って街に繰り出します。

ベトナムは2008年のスズキカップで優勝したことで、サッカー人気が急激に盛り上がりました。しかし、2010年から主要な大会でなかなか勝てず低迷していました。

東南アジアではW杯や五輪より大事な大会が2つあります。A代表ならスズキカップで、U-23代表なら“ASEANのオリンピック”と呼ばれるとシーゲーム(SEA Games)という東南アジア競技大会です。スズキカップが2年に一度行われ、その間にシーゲームが開催されます。つまり毎年大きな大会が開催され、サッカーは常に注目されているのです。

ベトナムリーグの特徴とは

──代表選手を選ぶため、ベトナムリーグもかなり視察されたと思います。現在どのような状況にあるのでしょうか。

私が視察を開始して2シーズン目となります。日本とは異なり、毎年開催スケジュールが多少変わります。大体7カ月間のリーグ戦で、14チームで2回戦の総当たりです。

──毎年スケジュールが変わるのですか。

今年は1月開幕でしたが、来年はオリンピック予選の時期にスタートできないということで、2月に始まります。リーグ戦の終わりは9月。カップ戦も同時に行われ、リーグ最終節の次の週末が最後の試合となります。

──ベトナムのプレースタイルの特徴を教えてください。

ASEAN諸国に共通しているのは、身体が小さいこと。だから、フィジカルコンタクトに弱いです。もう1つとして、暑い地域でやっているのでインテンシティ(プレーの強度)は低いと思っています。

スタイルとしては、どちらかと言えばポゼッション志向になります。フィジカルが弱い分、技術で勝負する。ベトナムではファンやメディアも、フィジカル勝負やロングボールを嫌います。

ほかのASEAN諸国では、タイは技術的にかなり高い。あとマレーシアやインドネシアも大きくは変わらないスタイルです。

スポーツの発展はGDPに比例

──リーグの運営面はいかがでしょうか。

タイリーグは平均観客数が1万2000人から1万5000人。かなり投資もされていて、ASEANでは断トツですね。マレーシアやインドネシアもビッグクラブの試合になると、スタジアムに4万人から5万人の観客が入って非常に盛り上がります。

それに比べるとベトナムは、平均観客数は5000人から6000人くらいです。現状としてはリーグよりも代表チームを応援するという感じです。

ただ、今後どうなっていくかはわかりません。各国スポーツの発展は、「GDP比例」といってその国々の国内総生産と比例するといわれています。その意味で、ベトナムやタイ、インドネシアのサッカーは非常にポテンシャルが高いです。

Jリーグでのプレーに必要なもの

──東南アジアにJリーグで活躍できる選手はいるのでしょうか。

正直な話、全体としてベトナムやインドネシア、マレーシアはまだ難しい部分があると思います。

個々ではホアン・アイン・ザライ(HAGL)に所属するベトナム代表のFWグエン・コン・フオンがJ2の水戸ホーリーホックに移籍するという報道も出ていて、優秀な選手もいます。ただ、国全体としてまだ時間がかかるのではないでしょうか。

ベトナム以外では、タイ代表に優秀な選手が多いです。ただ、J1で通用するかどうかというとまだ難しい感じがします。それに、タイリーグでは、トップクラスの選手は結構高額の年俸をもらっていると聞きます。そうなると、J2のクラブが出すには厳しい金額になるようです。

──東南アジアの選手がJリーグでプレーする姿を、母国のファンがテレビで見たり、実際にスタジアムで観戦してもらったりすることがJリーグの戦略としても大事なところです。Jリーグでプレーするには、東南アジアの選手に何が足りないでしょうか。

何人かの関係者に聞きましたが、「フィジカルコンタクトに弱く、すぐに倒れてしまう。それではJリーグで通用しない」と。

あと、日本はディエゴ・フォルランですら出場できない場合があります。うまいだけではなく、走れないといけません。攻守にわたってハードワークを求められます。それを今のASEANの選手ができるかというと、まだまだ足りない部分を感じます。

それともう1つ、“without ball”のプレー。つまりオフ・ザ・ボールの動きです。ベトナム代表では僕が指導してかなり変わりましたが、ボールを失った瞬間にプレーをしなくなることがあります。これだと日本や韓国、中国、ヨーロッパのチームと渡り合うのには厳しいです。

3月に行われた五輪の1次予選では、手倉森誠監督(左)の率いるU-22日本代表と対戦。試合は2-0で日本が勝利している。(写真:田村翔/アフロスポーツ)

3月に行われた五輪の1次予選では、手倉森誠監督(左)の率いるU-22日本代表と対戦。試合は2-0で日本が勝利している(写真:田村翔/アフロスポーツ)

Jリーグの東南アジア進出の今後

──ベトナムへの日本企業の進出はうまくいっているのでしょうか。

うまくいっていると思います。日本の企業も進出して、日本人はすごく増えています。理由は中国の物価や人件費が高騰したことで、企業がベトナムに移転しているからです。そこからミャンマー、ラオス、カンボジアに今後流れていく可能性もあります。

──日本人とベトナム人の関係はいかがでしょうか。

日本人は本当にリスペクトされています。先人がどれだけ真面目にやって評価を得ていたかということです。これは貴重な財産ですよ。

──Jリーグは東南アジアで人気になるのでしょうか。

基本的にASEANにおけるサッカー強豪国というのは、サッカー人気が日本よりも絶大です。サッカーに対する興味は非常に高いのですが、多くのファンはプレミアリーグを見ています。

ヨーロッパの各リーグもアジア戦略には余念がなく、最近ではいくつかの試合時間のキックオフをアジアの時間に合わせてきています。Jリーグもアジアからプレミアリーグを中心に流れる莫大な放映権料の一部を引き寄せたいと取り組んでいます。

一時期、Jリーグがベトナムの地上波で映っていました。ブラジルW杯が終わってヨーロッパの各国リーグが開幕するまでの1カ月間くらいです。ヨーロッパのリーグ戦がスタートした途端映らなくなりました。そのときに見ている人も多かったですから、すべてはこれからでしょうね。

ASEANのGDPが日本を抜く

──経済的な話では、2025年にASEAN全体のGDPが日本を抜くといわれています。それに日本サッカーやJリーグはどのように対応していくべきでしょうか。

田嶋幸三さん(日本サッカー協会副会長・国際サッカー連盟理事)は、「アジアで、日本だけが強くなるのは難しい」とおっしゃっている。これは、その通りです。

ヨーロッパとは距離があり、アジアのコンペティションレベルが上がらないと、日本は強くなりません。そのために、アジア戦略や国際貢献として日本人のコーチを日本サッカー協会がある程度負担して派遣しているのです。

W杯の1次予選で10-0のような大差がつく試合がある間は、互いの国にとって強化にならない。ヨーロッパならば最近、世界的にも強国であるオランダがユーロ2016の予選で敗退するということが起こっています。

ASEANや中東、中国のレベルが上がり、日本や韓国、オーストラリアと競り合う。そうやって切磋琢磨していくことがベストです。日本人監督の存在の意味も、そこにあると思います。

(撮影:福田俊介)

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。