金森喜久男インタビュー(後編)
寄付金140億円で建設されたガンバ新スタジアムの誕生秘話
2015/11/25
ガンバ大阪の新たな本拠地となる「市立吹田サッカースタジアム」は、寄付金でつくられた日本で初めてのスタジアムだ。その費用は約140億円である。
また、ガンバ大阪は吹田市からスタジアムの指定管理者に任命され、2015年から約48年間という長期の契約も結んだ。これによってさまざまなスタジアムビジネスが展開され、収益の飛躍的なアップも見込まれている。
その完成した新スタジアムを、感無量の思いで見つめる男がいる。金森喜久男氏、ガンバ大阪の前社長だ。
金森氏は言う。「2人の人物がいなかったら、そして多くの関係者のご協力がなかったら、実現しなかった」と。スタジアム建設の立役者である金森氏に、現在の胸中を聞いた。
前編:大阪の新スタジアムはサッカーやラグビーの聖地を目指す
観客を第一に考えた新スタジアム
──新スタジアムはサッカー専用で、ピッチとスタンドの距離も近いですね。
金森:スタンドはタッチラインから7メートル、ゴールラインからは10メートルという距離で設計されました。観客を第一に考え、座席もすべて屋根で覆われています。雨天の場合は風向きにもよりますが、雨で濡れる心配も少なくなりました。
先日も御礼を伝えに行きましたが、竹中工務店さんと安井建築設計事務所さんの設計です。風の向き、太陽の光具合などを検討して、芝生がいつも青々するようなかたちで設計されています。全国のスタジアムは芝生の管理が難しく苦労しているのが現状です。
スタンドについては、すべて観客目線で考えられていて視界を遮るような柱は1本もありません。スタンドの傾斜も、どこから見ても観客が観やすいような角度になっています。
──内覧会では多くの取材者も評価していたようです。新スタジアムのコンセプトはどういうものでしょうか。建設と使用における両方のコンセプトを聞かせてください。
建設時のコンセプトは、何よりお客さまが楽しめること。まずこれが第1です。第2は選手たちが楽しめる。第3に運営のしやすさです。この3つのコンセプトで設計してもらいました。ただ、圧倒的な1番として、あくまでもお客さまが楽しめることを考えていました。
使用時のコンセプトは、サッカーやラグビーの“聖地”にすることが狙いとなります。テニスだったらウィンブルドン選手権が行われるオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブです。
ゴルフならば全英オープンが開催されるセントアンドリュースオールドコースや、マスターズ・トーナメントのオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ。メジャーリーグベースボールならばヤンキー・スタジアムになります。それぞれが、各競技の象徴となっています。それらは、歴史の中で培われてきました。
「サッカーといえば市立吹田サッカースタジアム」。そう呼ばれるように育てていくことがコンセプトです。
川淵氏と下妻氏という理解者
──民間の寄付で完成した日本初のスタジアムで、建設費は約140億円となっています。寄付金を集めるプランはどのようなものでしたか。
前回もお話しましたが、川淵三郎・日本サッカー協会名誉会長(当時)の後押しと、もうお一人、関西経済連合会の下妻博会長(当時)の理解を得たことが大きかったです。
薬師寺の復興や昭和初期に起こった大阪城の天守閣再建が市民の寄付によってできたエピソードからも、この手法は関西の気風なのかもしれません。また大阪はそういったときに一つになれる街です。
新スタジアムの建設費を寄付で集めるという私の発案を、川淵さんと下妻さんも「面白い」と言ってくださいました。このお二人が同志的に、「スタジアム建設募金団体」に理事として入っていただいたことで多くの方から信頼されることになり、さまざまな方々から協力を得ることができました。
しかし、ご指導とご支援いただいた下妻さんがご逝去(編集部注:11月15日に死去)されたと、11月20日に連絡を受けました。そのあとすぐに川淵さんから問い合わせをいただきましたが、電話でなかったら私は川淵さんに抱きついて泣いていたのではないかと思います。
11月9日に、下妻さんの元を訪れてもろもろのことを報告と相談に上がっていましたから、本当に強い衝撃でした。そのときもお元気で、多くのことに対してご指導いただき、30分の予定が1時間以上になるほどでした。
大変寂しいですが、時間がたってまたお会いできる日が来ると思って自分を奮い立たせています。ご冥福を心からお祈り申し上げます。
必要だった“大義名分”
──民間企業やファンからおカネを集める秘訣は何でしょうか。金森さんはそのあたりの“勘所”を押さえているからこそ、今回のスキームは成功したと思います。
答えるのが難しい質問でありますから、抽象的な表現になりますことをお許しください。
まず1つには、しっかりとした“大義名分”を掲げることです。松下電器産業(現パナソニック)で仕事をしたときに気づいたのですが、おカネは大義がしっかりしていたら集まる傾向にあります。その大義が核になるのです。
今回の場合は「スポーツで関西を元気にする」「新しいスタジアムをサッカーの聖地にする」というものです。これは誰もが共感できるものにしなければいけません。
2つ目は、核ができたら次は「人」になります。どういう人たちが参加するかによって信頼を得ることができると思います。大義も必要ですが、同じくらい大事になります。
3つ目は、ある程度のおカネを確約できるかどうかです。今回で言えば、「このくらいのおカネが集まります」という目安を提示することができました。たとえば、日本スポーツ振興センターさんから約30億円の助成金を受けることで、多くの方の信頼を得ることができました。同じように大口の寄付者からも賛意を得たということは大きかったです。
「天使のサイクル」を回すために
──今回、ガンバ大阪が吹田市から新スタジアムの指定管理者に任命されたことは、計り知れないメリットがあると思います。
そうですね。大阪に多くの大会を招致できるとともに、ガンバ大阪にとっても大きなメリットが生まれてくると思います。
たとえば、浦和レッズさんの営業収入は約58億円(2014年度)。そのうち約19億円(2014年度)が入場料収入です。一方、ガンバ大阪の入場料収入はどれだけ満員が続いても、5億8000万円が上限でした。この差はいかんともしがたいのです。
しっかりとしたスタジアムを持たないかぎり、入場料収入は増えません。入場者が増えれば広告料収入も上がり、グッズもより売れます。私はこれを「天使のサイクル」と呼んでいます。このサイクルを回すためには、第一にお客さまに喜んでもらうことが重要です。この観点が現在のプロスポーツ業界の最大課題と捉えています。
スタジアムを中心とした街づくり
──「天使のサイクル」は言い得て妙ですね。今はスタジアムの価値が大きく変化しています。古代ギリシャの時代には、街の真ん中にシアター(劇場)を置いた街づくりが進められました。
現代のヨーロッパやアメリカでは、シアターの役割がスタジアムになりつつあります。スタジアムを中心にした街づくりを金森さんはどう思われますか。
ヨーロッパやアメリカについて調べてみましたが、彼らはスポーツが成長産業になると確信しているからできるのです。一つの産業として完全に成立して、今後ますます成長していくとみている。だから、そういう発想が出てきます。
残念ながら、日本はスポーツをまだ成長産業として捉えていません。学会などさまざまなリポートを読むと、スポーツは“選択財”となっています。どうしても生活に必要な“必需財”ではない。“嗜好(しこう)品”というわけです。
──今は随分変わってきていると思います。たとえば東京マラソンのランナーの楽しみ方など、これまでのイメージを一変させています。
新しく出た拙著『スポーツ事業マネジメントの基礎知識』(東邦出版)にも書きましたが、今の学生にアンケートを取ってびっくりしたことがあります。
約76%の学生が、スポーツは“必需財”と答えています。今の若者にとってスポーツはなくてはならないものとなっている。時代が変わってきました。
──新スタジアムのある万博記念公園内には、大型複合施設の「エキスポシティ」も開業しました。グランドデザインは、最初から考えていましたか。
ほかの施設については、新スタジアムの後に建設が決まりました。万博記念公園は大阪府が管理していますが、新スタジアムを建設するだけではもったいないという話が出ました。
初めは「騒音がうるさい」「煙草やゴミが捨てられる」というようなさまざまな心配が地元から寄せられました。みんなでスタジアムが建設される吹田市自治会を数十カ所まわり、説明会を開きご意見を伺いました。
そこで、環境対策やスタジアム建設についての考えをお話させていただきました。自治会への説明は、ほかのメンバーとともにできるかぎり丁寧に、何度もお話させていただきました。
ビジネスの基本は「顧客創造」
──アメリカでのスポーツ業界の売り上げは、今や自動車業界を抜いて全産業の10位以内に入っています。就職先としても、IT業界やファイナンス業界に次いで、優秀な人材が集まるような時代です。
そうなんですね。ただ、そのような時代においても、基本になるのは「顧客創造」だと思います。これはビジネスの基本です。何のために新スタジアムをつくるのかということでも、「顧客創造」に尽きます。
Jリーグの村井満チェアマンも同じ意見ですが、お客さまが見やすいサッカー専用スタジアムを全国につくること。これが、サッカーやスポーツを成長させるために一番重要だと考えています。
それに、ガンバ大阪の選手がよく言っていたことがあります。「選手生命は短い。選手はクラブを選ぶとき、できるだけいいスタジアムでプレーしたい」と。
近い将来、いいスタジアムでなければ選手が来なくなってしまい、結果としてクラブが疲弊してしまうという心配がありました。意外に語られないことですが、この点も知っておいてもらえたらと思います。
(撮影:福田俊介)