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「社内営業」は軽蔑すべきものか

社内人脈と社外人脈、どっちが重要か?

2015/11/25
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

30代、広告会社に勤務する者です。私はこれまでお客さんにかわいがられ、常にそれなりの成績を出してきました。しかし、課長になる・ならないの段になり直属の上司から、「○○くん、これからは社内人脈をみっちり固めないとどうにもならないよ。はっきり言って、外部人脈はビジネスライク。誰だって、作れるんだ。一番難しいのは社内人脈を充実させることだ。社内の人間の説得が一番難しいしそれができないと上には行けない」と言われました。
山崎さんは、この上司の意見についてどう思われますか? 率直なご意見をお聞かせください。

(広告会社、30代、男性)

外も「客」、中も「客」

サラリーマンの世界には「社内営業」という言葉があります。社内の人々に対して「自分」を商品のように売り込む努力のことを指します。自分の個人的利益のためにする行動として、軽蔑的な文脈の中で用いられることが多い表現です。

例えば、「彼は、社内営業に熱心だ」と言われている人は、会社の利益に貢献する仕事に熱心なのではなく、社内の有力者にゴマをすって取り入って、自分の立場を改善しようとしているズルイ人物だというニュアンスでそう言われることが多いかと思います。

相談者は、仕事として社外に向かって熱心に営業するのはいとわないけれども、社内向けの営業に注力するのは真っ平ごめんだと思われているのでしょう。

回答者の昔話に少々お付き合いください。

「会社≒ウチ」という前提条件

20代から30代前半にかけて、回答者は、社内営業に熱心なタイプの先輩や同僚が大嫌いでした。社内営業に熱心な社員は、会社の目的は協力して外から利益を得ることであるにもかかわらず、自分の利益のためだけに自分と他人の少なからぬエネルギーと時間を浪費している「組織の目的から外れた(困った)やつ」だと理解して、彼らを軽蔑していました。

この理解には、「社員は、共通の目的に奉仕すべきチームのメンバーである」という、ある種の理想に基づくおめでたい認識があったように思います。日本では、サラリーマンは、自分が勤める会社のことをしばしば「ウチ」と呼びますが、家族がそうであるように(そうでない家族もあるのでしょうが)、共通の利害のためにメンバーが協力すべき集団として会社を捉えていたのでしょう。

実は、新入社員時代に別の会社に就職した同じ大学のゼミの同級生と話していて、回答者が自分の勤める会社のことを「ウチ」と言ったとき、友人に「ヤマザキ、会社のことをウチと呼ぶのは、お前には似合わないよ」と忠告されて、軽いショックを受けた覚えがあります(彼がなぜそう言ったのかは、今も分かりませんが、その言葉には説得力がありました)。

回答者は、それ以来、自分の勤め先のことを「ウチ」とは呼ばないように気を付けていたつもりだったのですが、例えば働きの悪い上司を「給料泥棒!」と非難するような場合に、無意識のうちに「会社≒ウチ」という前提条件に立っていたようです。

リンゴ磨きの達人

その後、40代になっても、50代になっても「社内営業タイプ」の人間は好きではありませんが、彼らに対する認識が少々変化しました。そのきっかけは、30代の半ばに外資系の会社(主に証券会社)に勤めたことです。

多くの「外資」でそうであるように、筆者が勤めた外資系の会社では、働きが悪いか上司に気に入られないかだとクビになります。その代わり、収入は日系の会社で同様の仕事をするよりもかなり高いというのが「ゲームのルール」でした。

「給料泥棒」などというのんびりした言葉が存在しない、泥棒どうしが給料を奪い合っているような、本音の職場です。

こうした環境にあっては、多くの社員が、稼ぐ機会を継続的に確保するために、社内の人間関係の駆け引きに精を出します。社内の人間関係は、国内系の会社よりも外資の方が、しばしば濃厚で、しかも表れ方が直接的です。「ゴマをする」ことを英語では「リンゴを磨く」と言いますが、外資系企業での成功者の多くは、リンゴ磨きの達人です。

回答者はリンゴ磨きが下手です(一瞬ならかなりうまいのですが、継続性がありません)。外資の同僚たちを見て「仕方がないのだろうけど、下品な連中だ」と思っていました。

しかし、4社ほど外資に勤めた後に日系の会社(いかにも日本的な会社だったあの山一証券です)で働いてみると、一社員である自分の「実質的な顧客」は、もちろん社外のクライアントでもある一方で、同時に社内の同僚もそうであることに気付きました。

「外資では露骨だったけれども、本質は日系の会社でも同じだ」と認識が変わりました。社内の同僚や上司や部下に対しても、「仲間であるべき人々」と見るのではなく、自分がサービスを提供すべき「顧客」だと見るようになったのでした。

精神的なストレスが減った

物の見方の変化だけで回答者の対人関係術が急に上達するわけはなく、以後回答者が目覚ましく成功するというような劇的な変化は無かったのですが、個人的にありがたかったのは、精神的なストレスが大きく減ったことでした。

社内営業的な行動が仕事に必要になることはしばしばありますが、この際に、「仲間であるべき人々に、(内向きに)エネルギーを使うことは無駄だ」と思うと腹が立ちますが、「彼もまた、自分のお客様なのだ」と思うと、全く腹が立ちません。

たとえば、「仕事ができない同僚」に対して、最終的には「会社のために」、その人物をサポートしなければならないことになったとします。

このとき、相手を「仲間」だと思うとチームの足を引っ張る迷惑な人物だと感じますが、自分の「顧客」だと思うと、自分がサービスを提供する機会を与えてくれるありがたい存在だと考えることができます。やるべきことが同じなら、顧客だと思って面倒を見る方が、気が楽です。

相談者は、上司の「一番難しいのは社内人脈を充実させることだ。社内の人間の説得が一番難しいしそれができないと上には行けない」という言葉を百パーセント真に受けて、社外のクライアントに対するのと同様の努力を、社内にも向けてみてはいかがでしょうか。

相談者にとって、社内を説得できないと仕事の成果が上がらないことは、事実でありましょう。もちろん、会社の同僚は共通の目的のために協力し合うべき「仲間」でもありますし、社内の人脈固めに多大な労力が必要な組織の側に問題がある場合もあるのですが、この際、これらの疑問や批判をいったん棚上げして、社内の人間たちをクライアントについて研究するように観察してみることをお勧めします。この観察と経験は、貴重な事例として、社外に対しても生きるはずです。

既に社外の顧客には愛されている相談者は、社内の人間関係も固めて、仕事上多大な成果を上げることができるようになるかもしれません。回答者のサラリーマン人生には前記の認識転換が十分には間に合いませんでしたが、相談者の場合、間に合うのではないかという気がします。こういう気持ちこそが、人生相談の醍醐味(だいごみ)かと回答者は思っていますので、ぜひ検討してみてください。

「やってみたけど、ダメだった」あるいは「全くやる気がしない」という場合は、また、ご相談ください。次は、転職のコンサルティングをします。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。