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中竹竜二が解説する日本ラグビー(第3回)

【ラグビーW杯解説】エディー・ジョーンズ、限界を引き出すマネジメント術

2015/10/28

エディー・ジョーンズの指導法が、大きな話題を呼んでいる。

ラグビーW杯で見せた日本代表の快進撃の裏には、午前5時半起きの早朝練習や、1日4部練習も当たり前というハードトレーニングがあった。世界のコーチングの流れに逆行するかのような指導は、時に批判にさらされながらも大舞台で確かな結果に導いた。

W杯で過去1勝のみだった日本を、世界で勝てる集団に変貌させたマネジメントとは──。

日本ラグビー協会コーチングディレクターとしてエディー・ジョーンズと交流を持ち、コンサルティング・ビジネスサービスを行うTEAMBOXの代表も務める中竹竜二に話を聞いた。

第1回:【ラグビーW杯解説】選手がコーチを超えたときにチームは進化する
第2回:【ラグビーW杯解説】五郎丸歩の一番すごいところは「自己認識力」

組織はリーダーでつくる

──エディー・ジョーンズヘッドコーチ(以下、エディーHC)は、キャプテンや副キャプテン、ポジションリーダーたちで、リーダーグループという体制をつくっていたと思います。リーダーグループの効果はいかがでしたか。

中竹:相当効果的だったと思います。

──選手を平等に扱うという考え方もあると思います。

平等に扱うのは、絶対によくないです。平等の定義によりますが、フェアに扱うということはあっても、イコールで扱うのはまったく意味がない。スポーツに限らず、すべての組織において、平等に扱っていいことは何もないと思います。

そういう意味で、エディーは平等に扱おうとはまったく考えていませんでした。組織はリーダーでつくるほうがいいです。

──平等と公平は違うということですね。

当然ですが、選手によって経験値は違います。初めて代表に選ばれた選手はチームのことを考える余裕はありません。40試合の出場歴がある30代の選手のほうが、余裕があってチームのことも考えられる。

ベテラン選手は若手をケアしていろんな哲学を教えていき、若手は思い切ってチャレンジする。そういうサイクルのほうがいいと思います。

31人のスコッドでも、試合に必ず出場するメンバーとそうでないメンバーは当然でてきます。そこで平等に扱っても意味はない。それなら、試合で一番活躍できる重要なキーマンをリーダーにして考えを注入したほうが、みんなの前で話をするよりも伝わりやすい。そういう構造的な面もあります。

エディー・ジョーンズのやり切る能力

──エディーHCの練習は、「相当厳しい」と選手たちが漏らすほど過酷だったと聞きます。

本当にその通りでした。

──限界を超えるような練習は、エディーHCが鬼になってやったということですか。

そうですね。ただ、それもかなり勇気がいると思います。コーチング界の常識に逆行したわけですから。今はS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチが生まれ、データでけがのリスクを測ったりしており、まさにエディーの真逆です。

実は世界中のS&Cコーチが、エディーのことを「オールドスタイルだ」と批判していました。しかし、結果が出ましたから今はみんな黙っていますよ。

──選手が潰れないか心配してしまうような練習だったのでしょうか。

本当にそうです。もちろんプランニングやマネジメント能力は非常に高いレベルでした。そして、やり切る能力が半端ではなかったですね。

──やり切るというのは?

自分が納得するまでやらせ、うまくいかなかったらどうやらせるべきか、ひたすら考え抜いていました。一度、日本での合宿でびっくりしたことがありました。夕方の練習でしたが、選手たちの調子が悪く、雰囲気があまりよくありませんでした。そうしたら、練習の最後にエディーの雷が落ちて何が始まるのかと思ったら、「今日やった練習を最初からやるぞ」と。

──それは、すごいですね。

本当に最初からやりましたからね。4部練習や午前5時30分に起きてトレーニングを行うヘッドスタートと呼ばれる早朝練習を批判する人もいましたが、エディーは「コンディション的に悪いことはわかっているが、やって得るものが大きいからやるんだ」と言っていました。

──得るものは精神的な部分でしょうか。

もちろん、そうです。朝からウエイトトレーニングをしてもけがは増えるし、リスクも相当高い。しかし、エディーからすると、それによって選手は朝からスイッチを入れないといけない。そのためには、前日の夜から準備をしておく必要が出てきます。

それにワールドカップにいったとき、「これだけ練習をやってきたチームはない」と自信に変わるとわかっていた。世界中の多くのコーチは自分のやり方を否定されかねないので、「今回は特殊だった」と言いたいでしょう。おそらく彼らは本質をほとんどわかっていないでしょうね。

エディー・ジョーンズは、日本を過去最高の1大会3勝に導いた(写真:AP/アフロ)

エディー・ジョーンズは、日本を過去最高の1大会3勝に導いた(写真:AP/アフロ)

目標を曖昧にするのはまったく意味がない

──ラグビーもビジネスに似ているところがあると思います。今大会の戦いぶりからビジネスにも生かせる点はありましたか。

私からすると、ラグビーもビジネスも同じです。一番わかりやすい点では、目標設定をしっかりしたところ。組み合わせが決まってすぐに、「南アフリカに勝つ」と決めたことが非常に大きかった。

日本は「とにかく頑張りましょう」と目標を曖昧にするところがありますが、それではまったく意味がないことを、エディーがしっかり示してくれた。

──実際に勝利しましたからね。

それに、短期決戦で結果を出すには明確な目標設定が必要ですが、それだけでなく何のために目標を目指すかというビジョンや哲学も大事になってきます。

エディーは日本のマインドセットを変えるために“ジャパンウェイ”をつくり、世界を驚かせようとしました。単純に数字のターゲットではなく、ビジョンをしっかりと示すことが大事。これは企業にとっても大切なことで、売り上げだけでなく、フィロソフィーを示すことが大事ということになります。

正しいプランニングとセレクションで人材を選ぶ

もう1つは、正しいプランニングとセレクションで人材を選ぶということになります。「うちの会社は欲しい人材を採れない」という企業がありますが、欲しい人材を明確化していない場合が少なくありません。

エディーは「こういう人材が欲しい」ということが非常に明確なので、ビジョンに基づいたセレクションを実施します。多くの企業は優秀な人材を採用したがりますが、彼からすれば優秀の定義はチームのビジョンにつながるかどうか。人材の見極めとビジョンの明確化に対して、とてもこだわっていました。

──欲しい人材が明確だから、右足でしか蹴れないフルバックも置くわけですね。

そうです。全選手がマルチな能力を持っている必要はありません。チームの強みと弱みを把握していなければ、必要な人材を探すことはできません。

──エディーHC以外なら選ばれなかったかもしれない選手はいましたか。

SO小野晃征(171センチ)は、世界のレベルからすれば背が小さいので、これまでの監督だとメンバーから外れた可能性はあると思います。WTB福岡堅樹(23歳)も速いですけど若すぎるという部分があった。

WTB藤田慶和は“怪物”と呼ばれていますが、実はアスリートとしての能力は高くないです。そこまで足が速いわけでもなく、群を抜いてうまいわけではない。ただ、藤田は本当に思い切ってプレーすることができます。大舞台でもプレーを楽しめ、常にポジティブに考えることもできる。

──そういう部分も大事になってくるのですか。

そうですね。だから、マルチに優秀な選手がたくさんいればいいかといえば、そうでもない。エディーはチームに合う能力を見極めて、本当に欲しい人材を探してきたということです。多くのチームはとにかくすごい選手を探しますが、チームのどこに当てはめるかによって機能はまったく変わってしまう。

そういう意味では、採用に時間をかけて、検証していくということ。そこは、企業も大きく学ぶべきではないでしょうか。

中竹竜二(なかたけ・りゅうじ) 1973年福岡県生まれ。早稲田大学在籍時はラグビー部に所属し、主将も務めた。イギリス留学を経て、三菱総合研究所に入社した。32歳のときに、早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている。(写真:風間仁一郎)

中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)
1973年福岡県生まれ。早稲田大学在籍時はラグビー部に所属し、主将も務めた。イギリス留学を経て、三菱総合研究所に入社した。32歳のときに、早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている(写真:風間仁一郎)

意図的に混沌とした状態をつくる

──エディーHCは、選手の限界を引き出すようなマネジメントをされたと思います。限界を超えることは、企業でも可能でしょうか。

状況次第だと思います。エディーが常に考えていたことは、意図的に混沌とした状態をつくりだして、選手を常にハッピーにさせない状況に置くということです。

実際、試合は混沌としているわけです。敵はこちらの攻撃を阻止しようとしますから、思い通りにいきません。ただ、練習で試合の3倍以上に混沌とした状況をつくりだすと、試合を楽に感じるのです。

──なるほど。

だから、練習は強度が高くて苦しいものでないといけません。選手を常に緊張状態に追い込み、厳しい状況をつくりだす。私が代表を務めるTEAMBOX(スポーツマネジメント・メソッドを用いて、あらゆる組織のマネジメントをデザインする企業)のコンセプトもカオス体験ということで、ほとんど一緒です。

企業でも本番前の準備段階として、社内でのトレーニングで厳しい緊張状態に追い込むと効果的かもしれません。そうすれば、たとえば営業先でのプレゼンでも楽に感じる。

ただまねするだけでは意味がない

──エディーHCの狂気とも言える練習は、今後“ジャパンウェイ”になるのでしょうか。

そこが難しくて、やり切るなら、あれだけの迫力とピークをコントロールできる監督でないといけません。ただまねするだけの監督では、意味がないと思います。

──後任には、どういう方が適任になりますか。

難しいですね。選手がそのまま残るなら誰が来てもいいですが、半分以上は徐々に変わっていくでしょう。エディーの指導を経験している選手は、練習が緩まってもハードワークを継続すると思いますが、そこで代表に初めて入る選手は、本当の厳しさを知らないことになります。そういう選手は、土壇場で力を発揮できないかもしれません。

後任の監督も、メンバーをそれほど変えなければ、ベースがありますから初めは結果を出すと思います。ただ、エディーの貯金でやるようになると危険ですね。選手はやはり厳しくない監督のほうが楽に感じますし、自主性を重んじていると4年後に痛い目に遭ってしまう。

──トルシエ監督のあとにジーコ監督が就任した、サッカーの日本代表のようになるかもしれないということですね。

それをラグビー界は学んでほしいです。いずれにせよ、しっかりと鍛えられる監督がいいですね。選手の力をうまく組み合わせるよりも、持っている力をさらに引き出すような人物でないと難しいかもしれません。

(構成:小谷紘友)