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イラン対日本(10月13日)展望

2つのバージョンを用意。本田圭佑の意図を読み解く

2015/10/11

ザッケローニ時代の日本代表は、どんな相手と対戦しても自分たちのやり方を貫くことを矜持としてきた。

「下手なほうのセンターバックにプレスをかける」といった細部の微調整はあったものの、基本的に自分たちがボールを保持して攻める、強気なサッカーである。そのコンセプトで親善試合ながら敵地でベルギーに勝利し、コンフェデ杯ではイタリアをぎりぎりまで追いつめた。

当然、アジアとなれば、その姿勢はさらに強気だった。

前回のW杯アジア最終予選では、本田圭佑の不在時にアウェーでヨルダンに足下をすくわれたこともあったが、安心して見ていられる試合がほとんどだった。自分たちのサッカーという確固たる土台があり、相手がどんな戦術でくるかはそれほど気にしなくて良かった。もはや、アジア予選では魂が削られるような感覚は味わえない……というのが通説だった。

日本ブランドの高まりにより、相手の戦術が二極化

しかし今、その状況が変化しつつある。

日本選手の欧州移籍が増え続け、間違いなくアジアにおける日本サッカーへのリスペクトは大きくなっている。それゆえに日本戦になると、まるでブラジルと対戦するかのように、なりふりかまわず自陣に引く国が増えてきた。いわゆる「どん引き」だ。

普通なら「アンチフットボール」と揶揄されるが、日本が相手ならとがめられない。今年1月のアジアカップにおけるUAE戦、6月のW杯2次予選・シンガポール戦は、その最たる例だ。

だが、「どん引き」だと引き分けることはできても、勝つことは難しい。

そこで逆に日本のビルドアップを壊そうと、勇気を持って激しいプレスをかけてくるチームも出てきた。先日のシリアがそうだ。90分持つ保証はないが、パスをまわされる前につぶすというのは賢明な考えである。

ブンデスリーガにおいてバイエルン・ミュンヘンと対戦するチームの戦術は、「どん引き」か、「前線からのハイプレス」か、その2つに二極化している。アジアでは、日本に対して同じ現象が起こり始めているのである。

一方で実力は緩やかに落ち始めている

それはブランドの高まりの証明でもあるのだが、厄介なことに、実際の品質=実力はザック時代のピーク(2012年前後)と比べて緩やかに落ち始めている。

ベテランを脅かす若手が出てきておらず、ザックモデルの遺産で食いつないでいるからだ。さらに遺産から遠藤保仁が抜け、ゲームコントロール力も弱まった。

相手の開き直りによる戦術の二極化、そして日本のチーム力の低下、この2つが掛け合わさって、日本はW杯アジア2次予選ですら焦りが見られるようになった。

今まで日本サッカーが味わったことがない、苦しい局面である。

本田が考える戦術の使い分け

こういう逆風に対して、チームの中心にいる本田圭佑はどのように抗(あらが)おうとしているのだろうか。

本田のシリア戦後の発言、イラン入り2日目の発言を聞いていると、ある構想が浮かび上がってくる。

それは状況に応じた、戦術の使い分けだ。

10月10日、テヘランで行われた練習後、「親善試合に向けて個人的にどんな取り組みをしているのか」と聞くと、本田はこう答えた。

「シリア戦の反省点をどれだけ修正できるかわからないけれど、短い日数の中でも、特に近い選手とはより密に話している。ちょっとした精度を上げる、ちょっとした距離感を縮めるということ。そういう準備は、試合に向けてできると思っている」

──たとえばどんなことを話している?

「僕の場合、(香川)真司やオカ(岡崎慎司)とかの関係だったり、あとは(酒井)高徳やボランチ。(吉田)麻也も関係してくるんだけど。それぞれがボールを持ったときに、どこにポジションを取るべきか。

それもプレッシャーをかけられたバージョン、かけられてないバージョン、どちらでこられてもいいように準備しておく。シリア戦の前半、圧力をかけてこないと思っていたらかけてこられて、微妙なズレが生まれてしまった。同じことを次は繰り返したくないと思う」

プレッシャーをかけられたバージョン。かけられてないバージョン。言い換えれば、ハイプレス対策、どん引き対策ということだ。

相手が二極化するなら、その両方に対して異なるアプローチを用意しておけばいい──。本田はそう考えているのだろう。

実際、シリア戦後、本田は2つのアプローチについてこう説明している。

「後半は両サイドにいる原口と僕が中に絞った。縦パスを当てる的を、より増やしたということ。それによって、前半にはなかった(山口)蛍、僕、真司といったパスのつなぎを出せるようになった」(=ハイプレス対策)

「シンガポールみたいに引く相手には、幅を取ったほうが良かったとも言える」(=どん引き対策)

理想と現実を足して割った「駆け引き」で勝負

本田が中央に入ることで、ぎゅっと選手が集まり、ショートパスのコースが増える。もし技術と発想、勇気が伴えば、相手のプレスをかいくぐることが可能だ。その前提条件として、「近い距離感」というイメージの共有が必要なのである。

一方、相手がどん引きした場合は、カンボジア戦でペナルティエリアの両端のゾーンをうまく突いたように、中央に固執しすぎず、サイドからのワンツーやスルーパスが打開策になる。それが「幅」の利用だ。

2つのアプローチを使い分けるという考えは、アルジェリア代表監督時代に相手によってシステムを変えたハリルホジッチの哲学にも矛盾しないだろう。

今後しばらく日本は、ザック時代のように理想を追いすぎず、理想と現実を足して割った「駆け引き」で勝負していく。

ゲーゲンプレッシングに挑戦

イラン戦に向けて、本田は「ハイプレス」バージョンを想定している。

「イランはシリアより激しくくると予想され、球際でボールを失うことが想定される。選手同士の距離感が遠い状態で失うのではなく、距離感を近くした状態で失うようにしたい。もちろん失わないようにプレーしつつも、失った瞬間にすぐにプレスをかけられるようにしたい。それが頭の中ではイメージできているんだけど、あとはどれだけピッチで具現化できるかだと思う」

選手がぎゅっと集まって攻めれば、たとえボールを失っても味方が近くにいるので、すぐに相手を囲い込める。いわゆるゲーゲンプレッシングだ。バイエルンやドルトムントが取り組んでいるこのモダンな戦術を、本田は「ハイプレス」バージョンでトライしたいのだろう。

10月13日、完全敵地となるテヘランでの親善試合は、絶好のテストの場となる。