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Jリーグ・ディスラプション特別編:冨山和彦インタビュー(第1回)

冨山和彦が語る、地方創生&世界経済から見たJリーグの可能性

2015/9/30
Jリーグがアドバイザー契約を結んだ5人にインタビューしていく「Jリーグ・ディスラプション」特別編の第3弾は、経営コンサルタントとしてグローバル経済から地方創生までに手腕を発揮し、企業再生のスペシャリストとしても知られる経営共創基盤CEOの冨山和彦氏。世界のサッカーシーンの一つでもあり、地方創生の観点からも重要なJリーグの発展について、大切なポイントを4日連続でお届けする。

──冨山さんがJリーグのアドバイザーを引き受けた理由を教えてください。

冨山:僕の仕事で言えば、ぴあの役員を務めたり、エンターテインメント産業と関わってきたりしました。それとスポーツが好きで、サッカーは1968年のメキシコ五輪のときから見ています。当時8歳で、生中継を見ていましたね。

その6年後、西ドイツ大会からワールドカップの生中継が始まりました。ヨハン・クライフがオランダ代表にいて、決勝ではオランダが押しまくっていたのに2対1で負けてと、盛り上がった大会でしたね。そういうときからサッカーを見ているので、関心を持っている領域ではあります。

──観戦歴50年くらいですね。

そうですね。僕らの世代って、子どもがだいたいサッカーをやるんですよ。うちの子もサッカーをやっていて、そういうことでもろもろに関心がある、と。

経済成長にはエンタメ消費が重要

──Jリーグは地方創生の観点からも考えることができると思います。冨山さんはどう見ていますか。

産業論的に言うと、産業社会として一定以上成熟してくると、消費の軸はどうしてもモノからコトに移るんですね。いわば物的消費から文化的消費に、消費の中心が移ります。

日本は産業的成熟度からすると、文化消費へのシフトが遅れた国。1人当たりのGDP(国内総生産)が一時的に世界2位までいったにもかかわらず、個人消費ではモノ消費への依存度が高い状態を引っ張りすぎました。

ヨーロッパは圧倒的にコト消費のほうが大きい社会になっていますからね。スポーツに限らず、音楽や演劇を見に行くことが日常サイクルに組み込まれているわけです。

アメリカではみんな、習慣のように家族で野球などのスポーツを見に行くのもそういうことです。年に数回ではなく、地元の試合は月にだいたい1回見に行く。秋になるとカレッジフットボールが始まり、2週間に1回くらい見に行きます。要するに、習慣として行くわけですね。

日本の経済成長を考えたとき、コト消費が産業として持続的に成り立っていないとすると、経済成長の足を引っ張るんです。観光、飲食も広い意味ですべてエンターテインメントですが、GDP比で見たとき、そうしたものにカネを使う割合が小さいですよね。

コト消費に向かう若者、ダサい中高年

──日本人はカネを使わない国民性、と。

使わないですね。一生懸命貯金して、車や家を買うことで経済をけん引してきました。はっきり言って、それはダサいですよね。

むしろ、若い世代のほうがコトにおカネを使っています。彼らはスマホには平気で結構おカネを使う一方、車を持ちたがらないじゃないですか。「若いヤツは元気がない」と言っている今の大人のほうが、僕に言わせればダサいと思う。

だって若い人たちには、夏のロックフェスとかが生活のリズムに組み込まれているじゃないですか。毎年必ずフジロック(フジロックフェスティバル)に行く人がいれば、サマソニ(サマーソニック)に行く人もいる。チケットそのものは1日換算1万円くらいだけど、結構な出費ですからね。

──特にフジロックの場合、宿泊費や交通費を含めると大きな出費になります。

平気で10万円単位で、おカネが飛んでいきますからね。でも、そんなに年収が高くないとしても、若者は行くわけです。そういう意味で言うと、だんだんコト消費に向かっているんですね。

Jリーグはコト消費の一つの象徴的なビジネスというか、産業です。だからこの世代が一つの産業領域として、ちゃんと成り立っていくことがロールモデル的に大事だと思っています。

冨山和彦(とやま・かずひこ) 経営共創基盤CEO。1960年生まれ。東大法学部卒、司法試験合格。スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストン コンサルティング グループ入社後、コーポレイトディレクション設立に参画。2003年産業再生機構に参画しCOO。以後、経営共創基盤設立。オムロン社外取締役、ぴあ社外取締役、みちのりホールディングス取締役のほか、経済同友会副代表幹事なども務める

冨山和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤CEO
1960年生まれ。東大法学部卒、司法試験合格。スタンフォード大学経営学修士(MBA)。ボストン コンサルティング グループ入社後、コーポレイトディレクション設立に参画。2003年産業再生機構に参画しCOO。その後、経営共創基盤設立。オムロン社外取締役、ぴあ社外取締役、みちのりホールディングス取締役のほか、経済同友会副代表幹事なども務める

Lがなければサッカーも野球も成り立たない

僕はダイエーのオーナーのような立場にいたので、短期間ですがプロ野球にも関わっていたことがあるけれど、構造的には野球も同じです。もっと言えばエンターテインメント全般にそうですが、産業領域としてローカルモードのベースがあるんですよ。

たとえばメジャーリーグで言うと、シングルAの多くは黒字です。その理由は選手の年俸が安いからで、町の球場で試合をして、入場料を取ります。時間に余裕のあるローカルの人が、「おらが町の野球」だから見にくるわけです。そうやってちゃんと成り立っているんですね。

そういうベースがあることは、実は全体の底上げにおいてはすごく大事。なぜならお客さんが育ち、選手も育っていくからです。つまりLモード、ローカルモードのベースがなければ、野球もサッカーも成り立っていきません。地方からLモードビジネスとして、経済的に回していく必要があるんです。

──草の根が大事なわけですね。

そうです。そこからビッグビジネスにしていこうと思うと、Lモードの上にナショナル(N)、さらにその上にはグローバル(G)が必要です。上に乗っかれば乗っかるほど、ビッグインダストリーになっていきます。

ヨーロッパのサッカーでは、完全にナショナルもグローバルも乗っかっていますよね。そうやって巨大産業になっています。メジャーリーグもある意味、その世界に持ち込めています。

そうすると、もう一つの問いとして「ローカルのベースをどれくらいソリッドにできるか」ということがあります。これはある意味、地道な世界です。地道にベースをつくっていく作業をやる一方で、その上にどれだけナショナル、グローバルを乗っけられるかという話になってきます。

ところが今、ナショナルが難しくなっている。たとえば以前のプロ野球は、ナショナルでメシを食べていました。それがつまり巨人戦のテレビ中継で、強力なナショナルコンテンツでしたよね。

セ・リーグが黒字、パ・リーグは赤字となっていたのは、要は巨人戦のないチームはローカルだけで採算を合わせなければいけなかったので、大変でした。

しかし現在、巨人戦というナショナルコンテンツが力を失ってしまったので、プロ野球全体がビジネスモデルの転換を迫られています。

プロ野球だけではありませんが、ナショナルが脆弱(ぜいじゃく)になってきているので、いかにローカルやグローバルで補うかを考えなければいけません。

──日本のプロ野球がグローバルに行くのは、なかなか難しいですよね。

メジャーリーグに対抗しようと思ったら、アジア単位でリーグをやらなければダメですね。

メジャーリーグが行われている北米の広さを考えたら、少なくとも台湾、中国、韓国、日本くらいで一つのリーグをつくらないと、メジャーのようなコンテンツにはなりません。

グローバルとの関連性を考えて、どうやって全体を設計するかはすごく大事な問題です。

スポーツの価値はライブにあり

それとグローバルコンテンツという軸を考えるときのポイントになるのが、スポーツエンターテインメントの最大のコンテンツバリューは同時性で決まります。つまり、ライブですね。試合が終わると、スポーツコンテンツの価値は何百分の1に下がってしまいます。

そうすると、次は時間帯の問題があります。結局グローバルマーケットって、グローバルな経済規模で物事が決まるんですよ。

サッカーは幸い、どの国でもだいたいトップポピュラースポーツですよね。この先、アジア経済のほうがヨーロッパ経済より力を持ってくるという前提で考えると、Jリーグの超長期的な課題は、いかにアジアの人たちがライブ中継を見られる時間帯に試合を行うか。そうやって価値を生み出していけるかが勝負になります。

もしかすると、ヨーロッパのチャンピオンズリーグの決勝戦を現地の人たちにとって都合の良くない時間に行う可能性も出てくるかもしれない。日本人にとって今、チャンピオンズリーグは変な時間帯にやっているわけじゃないですか。

──時差によって深夜3時45分、あるいは4時45分のキックオフなので、ライブで見るのはなかなか大変です。

僕は時々見ているけれど、相当根性入れないと見られないですよね。ただし、アジアの経済力が大きくなっていくことで、状況が変わる可能性があります。要は、誰がカネを払うかという問題だからです。

たとえばASEANと日本、中国のトータルのGDPがヨーロッパよりはるかに大きくなって、かつ1人当たりのGDPもヨーロッパに追いついてくると、アジアの人がおカネを払ってくれるようになるので、アジアの時間帯に合わせてライブ中継をしたほうがいい。

そう考えると、チャンピオンズリーグがヨーロッパの人にとって変な時間帯に行われるようなことが出てくるかもしれません。

今後50年、世界で有利なアジア

あるべき論としては、Jリーグもアジアの時間帯を意識して試合をしたほうがいいですね。そういうことができるようになってくると、Jリーグ自体がグローバルコンテンツになってくる可能性があります。

ただし、これは今日、明日の話ではなくて、世界経済の栄枯盛衰を考えないといけません。そうした視点で見ると、北米でもサッカーのコンテンツバリューは上がっていくでしょう。

今後50年を見据えると、ヨーロッパは力が低下していくし、南米がそんなに復活するとは思えません。これからの伸びしろを考えると、北米対アジアになると思います。

北米とアジアを量的に考えると、アジアのほうが有利ですよね。つまり、アジアの時間帯に試合をできるということは、ポテンシャルが大きいんです。

さらに言えば、日本の時間帯はアジアの中でもちょうど真ん中くらいなので、都合がいい。コンテンツを育てるためには時間がかかるので、長期的にこうした視点を持つことも重要です。

──Jリーグには大きな可能性があるということですね。

そうですね。そのポテンシャルに注目してJリーグに投資する人が世界から出てくるかもしれません。

ただし、一時期のJリーグはカネに任せてヨーロッパの選手を引っ張ってきていましたが、そういう方法はサステイナブルだとは思えません。

マーケットが育ってきて、人々の消費行動と折衝しながら市場が大きくなっていかないと、リーグとして発展していかないからです。それを一番うまくやっているのが中国やシンガポールだったりすると、ちょっと切ないですよね。

そうならないためには、Lモードの努力として地道なソリッドの積み重ねをやっていきながら、Gモードの世界を長期的に見ていく。Jリーグのシーズンをいつからいつまでに設定するかも含めて、考えていく必要がありますね。時間のかかる取り組みですが、だからこそ面白いなと感じています。

(取材:佐々木紀彦、取材・構成:中島大輔、撮影:福田俊介)

*続きは明日掲載予定です。