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IoTの根底に流れる思想は、約30年前から存在する

なぜ今、IoTなのか? これまでの歴史から、あるべき姿を考える

2015/9/29
プロピッカーで東京大学大学院准教授の川原圭博氏が、IoTの歴史や最新の事例などを紹介しながら、これからのあるべき姿を探る。3週連続全3回。

「Internet of Things(IoT)」という言葉を、この1〜2年で頻繁に耳にするようになった。「Internet」は世の中に浸透して久しく、「Things」という言葉がモノであることぐらいは皆わかる。

このシンプルな単語の組み合わせは、何となく語呂は良いが、実体はなんだか良くわからない奥ゆかしい部分がある不思議な言葉である。

いつの間にか日本では「モノのインターネット」として翻訳され、大方の総意では、機械やセンサなどありとあらゆるモノがインターネットに接続され、データを発信するような技術の変化であると認識されている。

こうした膨大なビッグデータを解析することによって新たな商機を見いだす人がいる一方で、いったいIoTとは何なのか、どういった最新動向が存在し、なぜ今IoTがブームの兆しを見せているのか、漠然としたイメージしか持っていない人も多いのではないかと思う。

本連載では、IoTの来し方行く末に関して、一人の技術系研究者として独断と偏見に満ちた解説をしたいと思う。

IoTを最初に語った人物

Internet of Thingsという言葉が初めて登場したのは、1999年らしい。RFIDなどの標準化を進めるAuto-IDセンターの創立メンバーである、Kevin Ashtonが講演題目として使ったことを自ら語っている

Auto-IDセンターとは、マサチューセッツ工科大学などが中心になって設立した組織で、RFIDの標準コード体系であるEPCを推進する団体だ。

当時はRFIDの技術開発が一段落し、ちょうど普及期にさしかかろうかという時期であった。単なるバーコードの置き換え技術としてではなく、これからのサプライチェーンを握るキー技術になると、RFIDに大きな期待が寄せられていた時期である。

あらゆるモノにRFIDタグが取り付けられ、世界中のあらゆるモノが一意に識別可能になる──。

工場出荷時から、流通業者、小売店を経て、消費者の手に渡るまで同じIDが引き継がれ、各流通段階でインターネット上のデータベースに蓄積されたメタデータとの照合が行えるとした壮大なコンセプトは、インターネットという「仮想世界」でのビジネスの全盛期において、「実空間指向への回帰」をもたらす斬新なコンセプトであった。

しかし、昨今のIoTはAuto-IDセンターが当時描いていたようなシステム構成の延長線上にあるものとは少し異なる。

そもそも、残念ながらRFIDはタグやリーダの価格が思っていたほど下がらず、またプライバシー的な問題への懸念も少なくなかったことから、当初関係者が思い描いたほど広く普及するには至っていない。

昨今の代表的なIoT関連サービスとして想起されるものは、RFIDによるサプライチェーンマネジメントというよりも、無線センサや携帯電話網、スマートフォンなどと連携した、工場やビル、家庭内での機器モニタリングや、ウエアラブルモニタリングではなかろうか。

確かにAuto-IDをはじめ、RFIDの派生製品の一つに温度などがIDとともに取得可能な「センサ付きRFIDタグ」が存在している。

ただ、こうしたモノや人、場所にまつわるセンサ情報を取得し、実空間指向のサービスに生かすという発想は、IoTの言葉の誕生よりもさらに10年さかのぼった1990年代前半にパロアルト研究所(Xerox PARC)のMark Weiserが生んだコンセプトであるユビキタスコンピューティングや、カリフォルニア大学バークレー校などが中心になって研究していたセンサネットワークに源流を見いだすほうが自然である。

ユビキタスコンピューティングとどこでもコンピュータ

Mark Weiserがユビキタスコンピューティングへの想いを込めた記事「The Computer for the 21st Century」の冒頭は次のような文章で始まる。

The most profound technologies are those that disappear. They weave themselves into the fabric of everyday life until they are indistinguishable from it.

(最も深淵なる技術は見えないものである。それら自身が生活の一部として織り込まれ、見分けがつかないものとなる)

ユビキタスコンピューティングという言葉は、多人数で1台のコンピュータを使う従来のコンピュータの利用形態が、パーソナルコンピュータの登場により1人1台コンピュータを使うようになった時代背景のもとに生まれた。

Weiserが描いた未来とは、一人ひとりが多数のコンピュータによって無意識のうちに支えられ、人が本来の人間らしい日常生活を快適に、そして情報過多から逃れ、穏やかに送れるというもの。そうした時代が到来することへの願いが、コンセプトにあった。

惜しいことにWeiserは1999年に亡くなっており、現在のIoTに関して感想を尋ねることはできない。もし今日現在存命であれば、IoTの中心的人物であったに違いない。

ただし、実は、コンピュータがあらゆるモノに埋め込まれる時代の到来については、日本人のほうが先に予見していた。現在東京大学教授の坂村健先生が、ユビキタスコンピューティングの登場から数年さかのぼった1984年に発表したTRONの「どこでもコンピュータ」の概念である。

TRONプロジェクトは、すべてのモノにコンピュータが組み込まれる未来を最初から想定し、そのために必要なリアルタイムオペレーティングシステム(OS)やコンピュータアーキテクチャの策定を進めるプロジェクトである。

「ネットワーク交信能力を持った超小型チップをあらゆるモノに入れて、実世界の状況を認識したコンピュータ群が共同して人間生活をサポートする」というコンセプトは、まさにIoTそのものである。

スマホやPC向けのOSと異なり、表舞台に立つ派手さはないが、組み込みシステム向けのOSとして20年間トップの利用実績を誇る偉大なプロジェクトである。

なぜ今、IoTなのか

センサネットワークにせよ、ユビキタスコンピューティングにせよ、現在IoTを活用したサービスとして認識されているモノの中には、これまでのアカデミックな世界では、すでに研究開発として一度は提案されたモノがちらほらと見受けられる。

では、いったいいつから、どうしてIoTブームが到来したのだろうか。グーグルトレンドを見れば、IoTに関するキーワードの注目度が急上昇を始めたのは2014年ごろである。

いったいこの時期に何が起こったのだろうか。残念ながらこの質問に対する明確な答えはない。時を経て機が熟し、実現技術が多く登場してきたこと、そして、それに呼応していくつかの具体的な事業や国家規模の取り組みが登場し始めたことが一因であろう。

まず、第一に、小型端末やセンサ類が従来に比べて格安に製造できる環境が整ったことが大きい。これまではセンサやマイコン一つひとつの部品は安くても、センサの表示機能や広域通信機能までを持ったデバイスをつくると、ハードウェア製造コストもソフトウェア開発もコストが跳ね上がった。

現在では、組み込み機器の心臓部であるマイコンの開発環境がソフトウェア的にもハードウェア的にも進歩し、幅広い開発者が日曜大工的にシステムを構築できるようになった。

また、ほとんどのユーザーがスマホを所有しており、Bluetooth(ブルートゥース)やWi-Fiによって、周辺デバイスとの連携が著しく簡単になったため、高価で複雑になりがちなデータの表示部や無線通信装置などが、比較的簡単につくれるようになった点も大きい。

ほかにも、3Dプリンタなどのラピッドプロトタイピング技術、クラウド、そしてKickstarterなどのクラウドファンディングサイトの登場で、小さな仮説を、繰り返し、矢継ぎ早に検証できるような時代になった。

見た目がクールな商品が発表され、クラウドファンディングキャンペーンで成功するとそれがニュースとなり、さらにこれに触発されるかたちで新たな商品が誕生する、そんな循環が生まれつつある。

さらに、M2M、ドイツのインダストリー4.0など、コンシューマ向けではなく製造業などのBtoB分野に多くの投資と注目が集まるようになったことも大きい。

インダストリー4.0は工場などの効率化に重点を置いた仕組みだ。生産プロセスの上流から下流までをネットワーク化し、注文から生産、出荷までの垂直的な統合を目指す取り組みである。

これは、製造業が強いドイツがこれから先の生き残りをかけて取り組む施策として公表し、大量生産、電化、IT化による効率改善に続く第4の産業革命として、世界中の注目を集めている。

このような時代背景が整うことにより、かなり多くのビジネス領域において、IoTを用いた新ビジネスを考えることが現実的な「わがこと」として捉えられるようになってきた。

IoTの本質は、坂村先生がかつて示したように「ネットワーク交信能力を持った超小型チップをあらゆるモノに入れて、実世界の状況を認識したコンピュータ群が共同して人間生活をサポートする」ことにある。

すなわち電機・機械メーカーに限らず、建設、運輸、食品、農業、医療など、あらゆる事業領域においてイノベーションを引き起こせる可能性がある。

さて、それではIoTとは良いことずくめなのであろうか。IoTビジネスを成功に導く要因は何だろうか。未来のことはよくわからない。

ただし、IoTの根底に流れる思想はもう30年近く前から存在する。次回以降は、この30年間の研究開発の中から比較的最新の事例を紹介し、5年後、10年後のあるべきIoTの姿を探っていきたい。
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*本連載は、毎週火曜日に掲載予定です。