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自社で人材を育てることが強みになる

サイバーエージェントが提唱する「実力主義型終身雇用」の可能性

2015/9/2
リンクトイン創業者のリード・ホフマンらによる著書『ALLIANCE』は、終身雇用に代えてフラットなパートナーシップの関係を築くことを主張して注目を集めている。たとえ数年で転職したとしても、お互いの信頼関係を維持することで、仕事上の関係は維持される。つまり、終身雇用ではなく“終身信頼関係”を築くことこそが、今後の新しい雇用の枠組みだとしているのだ。今回から2日連続で、話題の本書を監訳した「ほぼ日刊イトイ新聞」で知られる東京糸井重里事務所のCFO・篠田真貴子氏と、サイバーエージェントの人材開発本部 本部長・曽山哲人氏との対談を掲載。サイバーエージェントが掲げる「実力主義型終身雇用」の取り組みや、信頼に基づく会社と個人の在り方などについて語り合った。

実力主義型終身雇用が意味するもの

篠田:サイバーエージェントでは新しいかたちの終身雇用として、「実力主義型終身雇用」を提唱していらっしゃるんですね。

曽山:はい、私たちは会社のミッションステートメントの中で、「有能な社員が長期にわたって働き続けられる環境を実現」と掲げています。2000年の上場から3年ほど、サイバーエージェントは退職率が30%以上と非常に高かった。

そこで、2003年に人事や福利厚生を強化しようと決めました。具体的には、家賃手当や休暇、飲み会代の補助などの整備です。さらに、2005年には人事本部が設立されて、私が本部長になりました。
 
その頃から、社長の藤田(晋)が「終身雇用の会社をつくりたい」と言い始めました。そして、2010年には勤続インセンティブとして「退職金制度」をつくり、給与とは別に、退職金を積み立てるようになりました。これにより、当初は終身雇用に懐疑的だった社員も、その意義を意識するようになりました。会社に対する信頼も明らかに上がり、みんなで一緒に頑張ろう、となったんです。

篠田:なるほど。ただ、「実力主義型」とされているので、65歳までの雇用を全員保証するという意味ではないんですね。

曽山:そうです。当社は実力主義の会社です。どんどん若手を抜てきして、1年目でも社長にします。年功序列は禁止。終身雇用に甘んじて会社にぶら下がってほしくもありません。だからこそ人事部は、フリーライダーが生まれない組織マネージメントの開発に努力しています。実力主義と終身雇用、一見矛盾する仕組みをセットでやると決めたことが、大きなポイントですね。

篠田:会社に応え続けられる人材であれば、ずっと居てほしいということなんですね。

曽山:はい。ただそこでは『ALLIANCE』でも重視している会社と個人の間の価値観を大事にしています。それが合っていれば、雇用を守るのが原則。そのため、パフォーマンスではなく、バリュー評価を重視します。そこが、外資系とはまったく違うところです。

篠田:面白いですね。『ALLIANCE』では、会社と個人の関係は信頼に根差すべきであるとしていますし、私もそこに感銘を受けました。曽山さんは、それをサイバーエージェント流に実践しているように見えます。

曽山:そうですね。僕も本を読んでみて「やり方が違うが、考え方は同じ」だと思いました。会社ごとに従業員と信頼関係をつくるためのバリエーションがあっていいんだと思います。

曽山哲人(そやま・てつひと) 1974年生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1998年伊勢丹に入社後、1999年にサイバーエージェントに入社。2005年に人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年に取締役となった後、2015年に人材開発本部を新設し、現職。著書に『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』(光文社)、『最強のNo.2 会社と社会で突き抜ける最強のNo.2を極めろ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など

曽山哲人(そやま・てつひと)
1974年生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1998年伊勢丹に入社後、1999年にサイバーエージェントに入社。2005年に人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年に取締役となった後、2015年に人材開発本部を新設し、現職。著書に『クリエイティブ人事 個人を伸ばす、チームを活かす』(光文社)、『最強のNo.2 会社と社会で突き抜ける最強のNo.2を極めろ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など

「産業の成熟後」も考えている

篠田:そこで1点お伺いしたいことがあります。サイバーエージェントのコンセプトは非常によくわかるんですが、それを維持するためには「新しい事業や働く場所を生み続けなければいけない」という制約があるのではないでしょうか。

曽山:はい。確かに、今の仕組みがうまく回っているのは、インターネット産業が急成長している分野だからです。これは間違いない。もちろん、どんな産業もいつか成熟を迎えるものだと認識していますが、インターネット領域では、必ず何かしらの新規分野が生まれ続けています。

篠田:創業から15年経ちますが、事業も大きく変わりましたよね。

曽山:はい。当社が上場したときの事業は、もはや存在していません。バナー広告の「サイバークリック」とか。だから、今のモデルでこれからを生き残ることはできません。経営にとって、変化対応力こそが重要なんです。

篠田:しかも、インターネット産業も成熟する、と認識されている。

曽山:そうですね。成熟した産業では、経験を積んだ人材が競争力になってくると考えています。数十年後の産業構造がどうなるかはわかりませんが、経験を積んだ社員がその経験を武器にできる仕事が生まれるのは間違いありません。

将来的に私たちのように人材を自社で育てていることが、大きな強みになると考えています。新卒を含め若手の頃から人材を育てているほうが組織は強くなると読んでいます。

篠田:面白いですね。先日、私が登壇したAERA×NewsPicks共同「丸の内から課長が変わる」セミナーでも、“ザ・成熟産業”といえるキリンの人事の方もそれが要だと話していました。国内は人口も減少しているので、世界で勝負しなければいけない。

では、どういった人材が世界で勝負できるかというと、ベテランだと。社内で経験を積んでこそ、社会に向かってキリンとしての価値が発揮できる人材になる。このようにベテランじゃないとできないタイプの事業をやっているため、そこに合わせた人事制度をつくっていると話していました。そのコンセプトは、30年後のサイバーエージェントのイメージとも重なりますね。

曽山:そうですね。今の優秀な若手は、きっと将来も活躍する人材になるはずです。当社では、新卒入社し早期に社長や役員になったメンバーを「新卒社長」としてくくり、2006年ごろから優秀な若手を子会社の社長に抜てきする事例が増えました。

今は新卒入社組の社長や役員が58人います。これはおそらく、私が知っている中では、世界で一番若手を多く抜てきしていると思います。経営を学ぶには実際に経営を任せるに限ります。キャッシュフロー、BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)も新卒社長に見せますが、すると、会社のおカネがみるみる減っていくことや、自分の給料の意味もわかる。早くから経営感覚が身に付くんです。

篠田:そこでは、事例を増やすことが必要ですよね。若手を社長に抜てきすると、周囲はその人が特別に優秀だからだと思いがちですが、事例を増やすことで、優秀なある人だけの特例的な処遇ではないことがわかり、仕組みとして成立するようになります。積極的にチャンスの場をつくったり、人材も見つけたりしているんでしょうか。

篠田真貴子(しのだ・まきこ) 東京糸井重里事務所CFO。慶應義塾大学経済学部卒、1991年日本長期信用銀行に入行。1999年、米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論修士を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティス ファーマ、ネスレを経て、2008年10月、Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井事務所に入社、2009年1月より現職

篠田真貴子(しのだ・まきこ)
東京糸井重里事務所CFO。慶應義塾大学経済学部卒、1991年日本長期信用銀行に入行。1999年、米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論修士を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティス ファーマ、ネスレを経て、2008年10月、Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井事務所に入社、2009年1月より現職

曽山:そうですね。事例がいくつも出てくると、制度が間違いではないことがわかります。また、優秀な人材の発掘についてはわが社の経営陣8人全員が、社員と週に2回から4回は、ランチか飲みに行っています。そこが社員を発掘する場でもあるんです。

篠田:全員ですか。

曽山:そうです。1人が週に4回ランチか飲みに行くとすると、1つの会に5人の社員が参加したとして5×4で週に20人、月に80人、年間で約1000人なんですよ。役員が8人いるので、述べ8000人の社員と話していることになる。ものすごい情報量になるんですよね。

私たちの場合、人材こそが資産であり競争力となる会社なので、「社員を知らないということはありえない」という考え方のもと、役員が社員を知る、そして話をすることで教育するんです。こうしたコミュニケーションを、人事部ではなく、経営陣が率先してやっていることが重要だと思います。

経営資源を人に投入することが重要

篠田:面白いですね。会社と個人が信頼関係をつくるためには、コミュニケーションに時間を投入する必要があります。この点は、『ALLIANCE』においても重要なポイントです。

曽山:そうですね。コミュニケーションを取っているぶん、仕事の時間量はアドオンで増えていると思います。ただ、それにより役員の動きが明らかに良くなりました。いい仕事をするためには、いい人材を見つけなきゃいけないというマインドになった。

やっぱり、優秀な人がいない限り、いいアイデアも実現しないので。世の中で新規事業などが失敗している理由の多くはそこにあると思います。人に向き合い、資源を投入することなくして、成功はないのだと思います。

篠田:なるほど。私たちも、糸井事務所が糸井重里という個人の事業から、会社として自立すると本気で目指した頃から、社員の在り方について話し合ってきました。会社のメンバーと「人が大事と言いながら、本当に覚悟を持って向き合ってきただろうか、経営資源を投入していただろうか」と、繰り返し自分たちに問い直しています。

ちょうどその頃、糸井も「人を1人雇うということは工場をひとつ建てるのと同じこと」だと話していました。それほど人材が重要だという認識になったのです。

かつては会社の規模も小さかったので、極端な話、糸井さえいれば、あとは誠実ならどんな人間が社員でもOKでした。でも、私たちが今後なりたい『ほぼ日』を考えたとき、それではいけないという問題意識が社内に生まれ、変革に取り組んでいます。サイバーエージェントは、かなり早い段階から人に対して経営資源を投入していたんですね。

曽山:そうですね。インターネットビジネスは人が何よりも重要になりますからね。

(聞き手:佐藤留美、構成:菅原聖司、撮影:遠藤素子)

*続きは、明日掲載予定です。

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