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「人管理」こそが大事になる時代

シリコンバレー流の雇用の枠組みは、日本でも応用可能か

2015/9/1
「終身雇用の時代はもはや終わった。今こそ雇用主と社員の関係を見直す時ではないか。ビジネスの世界は、相互信頼と相互投資、そして相互に利益を高めるような新しい雇用の枠組みを必要としている」。リンクトイン創業者のリード・ホフマンらによる著書『ALLIANCE』は、終身雇用に代えてフラットなパートナーシップの関係を築くことを主張して注目を集めている。たとえ数年で転職したとしても、お互いの信頼関係を維持することで、仕事上の関係は維持される。つまり、終身雇用ではなく“終身信頼関係”を築くことこそが、今後の新しい雇用の枠組みだとしている。話題の本書を監訳したのは、「ほぼ日刊イトイ新聞」で知られる東京糸井重里事務所のCFO・篠田真貴子氏。自身も日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス・ファーマ、ネスレと転職によってキャリアを形成してきただけに、著者の主張には共感する点が多いと語る。果たして、日本でも『ALLIANCE』的な雇用の枠組みは広がりを見せるのだろうか。前回に引き続き、今後の可能性について聞いた。

「予算管理」から「人管理」の社会へ

本書は多くのシリコンバレーの企業が実践している雇用の枠組みを描いていますが、その視点自体が非常にユニークです。シリコンバレーは、多面的なエコシステム(生態系)によるものですから、もちろんひとつの成功要因で成功の理由を説明することはできません。

もっとも、これまでは、ベンチャーキャピタルがたくさんある、ストックオプションの仕組みが浸透している、技術者が集中していて知識の集積がある、などの成功要因が指摘されてきました。しかしこの本では、人事や組織的な面からシリコンバレー成功の秘訣が説明されていたのが非常に興味深かった。私自身、初めてこの視点に触れました。

企業と従業員が相互信頼と相互投資をし、互いに利益を高めるような新しい雇用の枠組みをつくる──こうしたアライアンス的な関係を構築する際は、会社と個人の間で価値観をすり合わせ、しっかりとコミュニケーションを取って合意形成をすることが前提だということも印象的でした。いい会社とは、人に対して非常にリソースをかけているのが、重要なポイントなのです。

一応経営層である私自身も思うことですが、最近、会社にとっての経営資源がおカネから人に重点が移ってきています。会社をつくって運営する資源はカネとヒトですが、ある時代までは人よりもおカネが圧倒的に重要でした。

製造業を例にすると、いかに工場を建設するおカネを集め、工場を増やし、効率的に運用するかが大事だったわけです。人に関しては、能力はさほど高くなくても、運用ができれば十分でした。それが、だんだん情報化が進む中で、人が価値を生む方向に変化してきていました。

だから、人にエネルギーを投下するのは経営効率を追求すれば、いわば当たり前なんですね。それに伴い、おカネ重視の経営時代は、予算管理が重要だったのが、今後は「人管理」こそが大事になっていきます。本書では、そのことをうまく伝えてくれています。

本書では、社員一人ひとりが「経営者視点を持つべきだ」ということも指摘されています。まったくその通りだと思います。最近は、業種に限らず、事業環境の変化が速くなっています。仮に、同じ事業を続けるにしても、新たなアプローチを取り入れないとお客さんが離れていきます。

会社の言うことだけをやって、給料をもらうだけという社員は、よっぽど事業戦略と地盤が強固であれば問題ないですが、ほとんどの会社がそこまで長続きするビジネスモデルを持ちえない。そう考えると、従業員は常に自分の頭でどう会社の事業を継続するかを考え続ける必要がありますし、それができない場合は必然的に転職も視野に入ってきます。

その意味で、良い会社に入ろうと1社に賭けるよりも、会社がつぶれるかもしれないと思っていたほうが、現実的な保険になります。私自身も、30代の頃は、転職する気がなくてもヘッドハンターと会ったり、面接を受けたりしていました。自分の今の経験は他者からどう見えるのかなというのはわかっておいて損はありません。少なくとも、友達ベースで同業他社の話を聞くことで、自分以外の世界があることを知るのは大切です。

篠田真貴子(しのだ・まきこ) 東京糸井重里事務所CFO。慶應義塾大学経済学部卒、1991年日本長期信用銀行に入行。1999年、米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論修士を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティス ファーマ、ネスレを経て、2008年10月、Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井事務所に入社、2009年1月より現職(撮影:竹井俊晴)

篠田真貴子(しのだ・まきこ)
東京糸井重里事務所CFO。慶應義塾大学経済学部卒、1991年日本長期信用銀行に入行。1999年、米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論修士を取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティス ファーマ、ネスレを経て、2008年10月、Webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井事務所に入社、2009年1月より現職(撮影:竹井俊晴)

なぜ、「ほぼ日」で働き続けるのか

私は、今の会社で7年近く働いています。在籍期間としては過去最長となりましたが、それはあくまで結果的にそうなっただけです。もともと会社には「最初から辞めるつもりはないですが、定年まで働くことを期待しないでください」と断ったうえで入社しています。つまり、“アライアンス的な”関係を強く意識していました。

それでは、なぜ自分が今まで働き続けてきたのかと考えると、「ほぼ日」での仕事がどんどん面白くなってきたということに尽きます。はじめは、会社としてきちんと回る仕組みをつくったり、強みを生かす人事づくりをしたりしていたのですが、そのうちに、この会社の面白さを知らない人に伝えたいと思うようになりました。

そこで、「ポーター賞」(独自性のあるイノベーティブな戦略を実行し、競争力があり、高い収益性を達成している企業を表彰する賞)を目指すことに決めたんです。この賞を受賞できれば、それが伝わるんじゃないかと考えました。

実際に、2013年に運良く受賞することができて、ほぼ日の読者以外にも、この会社面白いよねという新しいお客さんを開拓することができました。

それによって、この会社は糸井重里1人の天才性だけで持たせるわけじゃなくて事業として面白いこと、さらに日本の将来に対しても新しい価値や示唆を与えられる組織かもしれないことをもっと世の中に広めたいと思うようになり、楽しくなっていったのです。そして、こうした私の思いは、会社の戦略や価値観と合っていました。

また、会社が成長するにつれて、弊社でも、徐々にアライアンス的な発想が浸透してきています。たとえば、ここ数年、中核で活躍していたメンバーが独立するケースがいくつかありましたが、その方たちを応援して送り出す風土が生まれています。退職された後もフラットに連絡を取り合って、今度は社外の人として一緒に仕事ができています。

最近になり、ようやくそういった成熟したフェーズに入ってきたのかなと思っています。手前味噌(みそ)ですが、こうした従業員と会社との関係は望ましいことですね。もちろん、社員の中には頭ではわかっていても、やはり終身雇用的な発想が抜けていない人間もいます。そのときは、私自身の経験を話して、それを続けるのはなかなか難しいんだよ、と話しています。

日本的なアライアンスの可能性?

本書に関しては、さまざまな方から感想をいただく機会があって、そこから学ぶこともとても多いですね。

先日、日本GEの安渕(聖司)さんとお会いし、アライアンス的な働き方についてお話する機会がありました。そこで安渕さんは、「1つの会社で終身雇用というのはなかなか守りきれないけれど、業界全体で守るという発想があってもいいのではないか」と語っていました。

こうした考え方は、日本におけるアライアンス的な働き方のもうひとつの方向性としてあるかもしれません。たとえば、パナソニックが三洋電機を傘下に収めたような事例が今後も発生したら、社員をどう受け入れるか。もちろん、全員にとって望ましい結果とはならない側面もあるでしょうが、今後もありうる可能性だと思います。

また、本書を読んでくださった書評サイト「HONZ」の内藤順さんがご自身の経験から指摘していたのは、会社だけでなくボランタリーな団体でも、アライアンスを構築できる可能性があるということです。

確かに、団体のビジョンに共感したうえで人が集まり、信頼関係で結ばれることはありますよね。このように、多様な場面でアライアンス的な働き方を経験した人が少しずつ増えると、終身雇用を守ろうとかたくなだった会社や従業員の間にも変化が生まれ、終身雇用を維持しなくても、人材に投資を惜しまず、相互信頼関係を築くことは可能だという価値観が違和感なく取り入れられるようになっていくでしょう。

もっとも、アライアンスは、シリコンバレーで実践されている雇用のかたちであることから、日本にはそのままあてはまらない部分もあると思います。ただ、基本のコンセプトである会社と個人が信頼に基づいた関係を築くということは、本質的で普遍的なものです。さらに、これからの社会の価値観とも非常に合っているのだと思います。

(聞き手:佐藤留美、構成:菅原聖司)

*明日は、サイバーエージェント・人材開発本部 本部長 曽山哲人氏との対談を掲載予定です。

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