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日本の成長戦略──コーポレートガバナンスと国家戦略特区

日本の成長を阻害する「解雇規制」と「政官財トライアングル」

2015/8/26
日経平均株価が2万円を超すなど、表面上は好調に見えるアベノミクス。その真価が問われるのは、「第3の矢」たる成長戦略の行方である。中でも、コーポレートガバナンス改革と国家戦略特区の重要性が高い。この2つの改革は、現時点でどの程度進んでいるのか。改革を成功させるためのポイントは何なのか。竹中平蔵・慶應義塾大学教授をファシリテーターとして、冨山和彦・経営共創基盤CEO、西村康稔・内閣府副大臣、秋池玲子・ボストン コンサルティング グループ・シニアパートナー、清田瞭・日本取引所グループCEOがシンポジウムに登壇。その内容を掲載する。
Report 1:「コーポレートガバナンス改革」はなぜ重要なのか
Report 2:アベノミクスの目玉政策。国家戦略特区の2つの課題

竹中:今回のディスカッションの問題意識は「成長戦略をどう実現していくか」ですが、成長戦略の2015年版を隅から隅まで読んだ人は1人もいないと思います。本文は230ページあって、工程表まで入れると300ページ以上あります。霞ヶ関文学を駆使して書かれたもので、普通の人は読んでもわかりにくい。眠れない夜にはお勧めです。

成長戦略を実現するにあたっては、触媒機能、カタリスト機能が大変重要になります。

これはひとつの事例ですが、実は日本政策投資銀行のOBで、鳥取大学の教授も歴任した私の先輩がいます。その方が兵庫県の養父市のアドバイザーとして、市長にAirbnb(エアビーアンドビー)の話をしてくれたことで、新しい取り組みが始まりました。そういうふうに、アイデアや人をつないで、企業家精神をエンカレッジする方がいらっしゃったんですね。

成長政策は幅広くてわかりにくい面もあると思いますが、ひとつだけアピールしたいのは、今回の国家ビジネス特区には、区域会議というのがあって、民間が非常に強く関与できるということです。

秋池さん、区域会議について説明していただいてもいいですか。

秋池:はい。区域会議は、担当大臣、地域の自治体の長、そして民間という3者が同じ会議で議論するということになっています。

自治体や国民に対する民間の持つ影響力が非常に大きくなっているということを反映して、そうした立てつけにしています。そして、区域会議を国家戦略特区域諮問会議と匹敵するかたちでやっていくというところが、今回の大きな特徴になっています。

竹中:要するに、東京なら東京の区域会議、大阪なら大阪の区域会議というのがあって、そこに国の代表としての担当大臣、日本の代表としての国民長、そして民間の代表の3者が対等の立場で、おのおのの意志に基づいてしっかり決めていけるわけです。

今までの日本の行政にはなかったような組織になっているので、区域会議をぜひ積極的に使っていただきたいということだと思います。

日本の25年は失われていない

竹中:ここまでは、コーポレートガバナンスや国家戦略特区についてお話をしていただきましたけども、ここからは企業を中心に話を聞きたいと思います。まずは、清田さんと冨山さんから一言ずつ伺いたいと思います。

清田:若干話は飛びますが、1989年の12月29日に、日経平均が3万8915円という史上最高値の株価をつけたとき、市場全体の時価総額は595兆円でした。今の株価は2万円超ですが時価総額は約590兆円あります。時価総額はバブルのピーク時とほぼ同じなんです。

それなのに、なぜ株価は半分になっているのか? 実は、1989年の東証一部の上場企業の数は約1200社だったんです。現在、約1900社ですから、700社も上場企業が増えています。その結果として、上場時価総額が大きく増えているのです。結局、1989年からの25年間を、「失われた15年」「失われた25年」と言いますが、実際は失われてないんですよ。

では、その700社にはどういうものがあるのか。KDDI、NTTドコモ、ソフトバンク、ヤフー、楽天、あとは民営化したJRの東日本、西日本、東海。こういったものが皆、1989年以降に新しく登場、発展した企業です。

そして、こうした企業がどれほど早いスピードで成長してきたかと言いますと、日本の経済成長というのは、確かに失われたものもあったんですが、実は企業としては成長している。新陳代謝が起きています。

では、失われた時価総額はどこのセクターが一番大きいか。答えは、銀行と保険証券です。たとえば、1989年の年末時点で、代表的な銀行で言うと、都銀が13行、長期信用銀行が3行、信託銀行が7行ありました。

その当時、最も時価総額が大きかったのが興銀です。興銀は1行だけで、その当時の時価総額で15兆円です。今、興銀も入れたみずほの時価総額は6兆円くらいです。ですから、大銀行がいろいろ日本の不良債権を全部引き受けて、大きな傷を負った結果、時価総額を失ったんですが、たくさんの企業がなくなる過程で、実はそれ以上の数の企業が上場して日本経済を支えてきたのです。

ですから、特区で大事なのは、どういった産業が本当にこれから成長するかという視点を持って、成長力のあるビジネスを扱うことです。そこに力を入れることが最も大事なことであり、それこそが日本経済の成長をもたらします。

ですから、企業は「稼ぐ力」をいくらつけても、それを投資にも使わなければダメです。たとえば、ソフトバンクは、1989年当時は上場もしていなかったんです。そのソフトバンクが成長するきっかけになったのは、街角でADSLのモデムをタダで配ったことです。当時、「これはむちゃくちゃだ、いずれ破綻する」と思った人も多かったはずですが、今はどうでしょう。日本で3番目か2番目の企業ですよ。

ですから、どういう分野が大きくなるかを目利きして、そうした産業を特区に誘導することが非常に大事です。時価総額は、25年前にやっと戻りましたが、中身はガラッと変わっています。これぐらいで日本経済は満足しちゃいかん、というのが私の正直な気持ちです。
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解雇の金銭解決に反対する愚

竹中:成長戦略と企業について語る際のキーワードとして、新陳代謝の話が出てくると思いますが。冨山さんは、地方創生にも関わっておられて、特に地方での新陳代謝が進んでないという、強い認識をお持ちだと思うんですが。

冨山:日本全国、企業の新陳代謝は非常に低い。開業率、解雇率はだいたいが比例するんですが、欧米が20%くらいなのに対し、日本は4%未満です。人間の体もそうですが、新陳代謝がないと成長しないんですよ。

だから今、大事なことは新陳代謝ですね。今、清田さんが言われたように、新しい会社を大きくする。その一方で、古いダメな会社はバンバン潰したほうがいいです。ダメな会社を潰しても、誰も困りません。いい会社が労働者を吸収して、地位が必ず上がります。

少し前まで、日本はずっと人手が余っている経済だった。要するに供給過剰経済時代に這いつくばってきたゾンビを、延命させる仕組みがいっぱい残っているんですよ。そして、放っておくと、すぐそちらのエンジンが作動します。なんとか助成金がいろいろありますが、こうしたものは、ほとんどが要りません。むしろ、新陳と代謝は比例するので、代謝を合わせていくことのほうが重要です。

労働市場の問題も同じ議論です。実は日本の労働市場規制というのは、誰を守っているかというと、大企業に勤めている正規雇用の人です。日本の労働市場規制というのは、大企業の正社員以外の人は、逆効果でいじめている面があります。

だから、流動性、新陳代謝という点で考えなければならないのは、流動化していく労働者、あるいは動かざるを得ない立場の労働者をどうやって守るかです。

たとえば、解雇規制の問題についても、金銭解決に反対するメディアがありますが、ちょっと待ってくれと。これだけ人手が足りない時代に、たとえば不当解雇された人は、今の規制では職場復帰判決しかとれないんです。金銭で保障するという判決はとれないんです。

それよりも、今のようにすぐ次の仕事が見つかるんだったら、さっさと2年分の補償金をもらって次のところに行ったほうが絶対いい。不当解雇について金銭救済を選べるということは、現実には労働者を守ることになるケースも多いんです。
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地方に根深く残る「政官財のトライアングル」

それからもう1点、これは最近、私自身が体験した話ですが、昔ながらの古いシーリングが、地方にはいっぱい埋め込まれています。地方はいまだに、政官財がちがちのトライアングルなんです。だから、新陳代謝を下げようとすると、だいたい地方の首長を含めて、この成長マシーンに、だいたい反対するんです。

ひとつの例として、今、仕事をしている宇都宮の話をしましょう。宇都宮でLRT(次世代型路面電車システム)を導入して、何百億円という公費を投入しようという話が進んでいます。これは、コンパクトシティ化のために正しい方法です。

建前上は上下分離方式で、公設民営でやることになっているので、運営する民間業者を募集していたんです。(IGPI傘下の)みちのりホールディングスの関東自動車グループも応募したのですが、OKが出ませんでした。

「関東自動車グループは、LRTの運営能力がない、地域公共交通の能力がない、それから財務的な体力ない、あと地域にコミットメントする気はない」というのがその理由です。実際には、われわれの会社は結構お金持ちですし、原発の20キロ圏から人を運んでいるのはうちの会社のバスなんです。

結局、どういう結論になったかというと、昨日、副市長が自分のところにやってきて、「おたくの案は採択されませんでした。しかし、その代わり、市が中心になって第3セクターをつくる」と言うんです。すごいでしょう。こういうことが本当に起きるんです。

地方は、何十年にわたってこの古い仕組みの中で、政官財のトライアングル、ゾンビを助ける低い生産性の会社を守ってきた。これはある意味、供給過剰自体には社会的な意味がそれなりにあったと思います。

ただし今は、供給不足になっているので意味がないんです。だから、こういった古いものをまず壊さなければいけないという現実がある。そういうことを潰していくという作業を、西村さんを中心に続けてもらうことがすごく大事だと思います。

*続きは明日掲載します。