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第4回:競技場と街づくりの新潮流

体育館からアリーナへ。日本バスケ新リーグに必要な「劇場感覚」

2015/8/21

日本の男子バスケットボールでここ10年続いてきた2リーグ併存状況が終焉を迎え、来年から新たに統一されたリーグが始まる。このニュースは主要メディアでも取り上げられているので、知っている人も多いのではないか。

この新リーグは3階層に分かれ、1部に入るには5000人規模、2部では3000人規模のアリーナを持つことが必須とされている(仮設席も含めて)。

各球団とも地元自治体と手を組んで新設ないし改増築するなどして要件を満たすアリーナをつくる方向だが、せっかくならばプロスポーツで利用するにふさわしい立派なアリーナをつくってもらいたい。ただ5000人、3000人といった収容人数を満たすだけの箱にするのではなく、これを機に、真に魅力ある空間をつくるべきだ。

「非日常空間」がプロスポーツの魅力

プロスポーツとして肝要なのは、いかに非日常空間をつくりあげることができるかだ。スポーツというショーを見せる“劇場”をつくるくらいの感覚がほしい。

また、バスケットボールという競技はさほどスペースを要しない競技だ。たとえばバレーボールではサイドとエンドにある程度のスペースが必要となるが、バスケットボールはそういった「余白」がほとんどいらない。であれば、観客席をコート際ぎりぎりにまで寄せても良く、その分、ファンはよりコート上のアクションを間近で楽しむことができるし、アリーナ全体の一体感も高まる。バスケットボールはそれが可能な競技なのだ。

アメリカ・カレッジバスケットボールの超名門デューク大学の本拠地、「キャメロン・インドア・スタジアム」をひとつの例として挙げよう。ここは収容人数約9000人と、同国での超名門としてはこじんまりとしており、つくりも古い(そのせいもあってここを「教会のようだ」と表現する人もいる)。だが、観客席がコートに近く、熱狂的なファンの応援も手伝って圧倒的な一体感を生み出す。

一体感を出すために観客席に傾斜をつけると、良い意味でより空間が狭くなり、コートから離れた席に座る人でも試合に参加する感覚を強くする。

相手選手に強烈なプレッシャーをかけるデューク大のファンたち(Grant Halverson/Getty Images)

相手選手に強烈なプレッシャーをかけるデューク大のファンたち(Grant Halverson/Getty Images)

競技場は「人」への投資

スタンドの傾斜で特徴的なのが、メリーランド大学のバスケットボールチームが使用するエクスフィニティ・センターだ。ここは、同校学生が陣取る一方のゴール裏のスタンドだけが35度という急傾斜につくられており、相手チームに威圧感を与えるようにできている。

バスケットボールという競技はどこで行われようと、コートの大きさもゴールの高さも変わらないが、スタンドの形状やコンコースのかたちは同じである必要がない。このメリーランド大の施設のように特色を出すことで、独自性を持たせることも可能なのだ。

スタンドに角度をつけるとそれだけ建物全体が高くなり、それによって建築費用が増えてしまうとされ、アメリカではアリーナが5フィート(約150センチ)高くなるだけで工費が数十万ドル(数千万円)増えるという。

メジャーではない日本のバスケットボールリーグのために多額を費やすことの難しさはあるだろうが、しかし、安いからという安易な理由での設計だけはやめるべきだ。より人々を惹きつける魅力ある施設にするための投資と考えてもらいたい。

筆者はこの春にアメリカへ行き、NBA、カレッジと合わせて数試合のバスケットボール試合を取材してきたのだが、その中でもポートランド・トレイルブレイザーズのアリーナ「モダ・センター」が印象的だった。

同アリーナは、ほかの多くのNBAチームの本拠地同様、約2万人を収容する規模であるにもかかわらず、客席がコートに近いことと、スタンドに角度があることで生み出される一体感のレベルが非常に高い。街で4大メジャースポーツ唯一の球団であり、ファンの熱量が高いことや構内の飲食店などのレベルが高いことも手伝って、30あるNBAのホームの中でも評価は高い。

ど迫力の雰囲気を満喫できるモダ・センター(撮影:永塚和志)

ど迫力の雰囲気を満喫できるモダ・センター(撮影:永塚和志)

米国では街とスタジアムが共存へ

もうひとつ大事なのが、ロケーションである。現状、日本では土地が余っていて安価なところにスポーツ施設をつくる傾向が強い。あまつさえ、バスで行かないといけないような辺ぴとも言えるような場所にさえ施設をつくってしまう。これで人々に「来てください」と言うのも無理がある。

2002年のサッカー日韓W杯のためにつくられた宮城スタジアムはほとんど森林地帯とも呼べるような土地に建てられ、その後、仙台に本拠を置くJリーグ・ベガルタ仙台にもほとんど使われることのない「負の遺産」と化した。

こういうことをいつまでも繰り返すべきではない(埼玉県のさいたまスーパーアリーナはバスケットボールで使用できる日本で現在、最高のアリーナだが、こういうものが東京都心にないのも不思議だ)。

車社会でかつては郊外にスタジアムやアリーナのあったアメリカも、ここ20年ほどで新設されるプロスポーツの本拠地は、軒並みダウンタウンなど都市の中心部につくられている。

これを実現させるために行政や球団のみならず、都市デベロッパーやシティプランナー、そして投資家グループなどと連携する。スポーツ施設を街の中心に据えることで危険で廃れがちなアメリカの都市中心部の復興と街のイメージ向上に役立てているのだ。

スタジアムの役割は「共有経験」

この流れをつくったのがメジャーリーグ、ボルティモア・オリオールズの本拠地・オリオールパーク・アット・カムデンヤーズだとされている。

同球場を含め世界中の主要なスポーツ施設設計を手がける設計事務所・建設コンサルタント会社のポピュラス(カンザスシティが本社)によれば、同球場は1992年に完成すると、1750世帯分の住居と周辺約50万平方フィート(約4.6平方キロメートル)にわたる小売店スペースが創出され、一帯を活性化させたという。こうした効果はデンバーやミネアポリスなど、ほかの都市でも見られるようになった。

NBAのアリーナも、今やほとんどが街の中心部にある。現状でそうでないのはデトロイト・ピストンズのザ・パレス・オブ・オーバーンヒルズとサクラメント・キングスのアルコ・アリーナなど数えるほどしかない(キングスも現在ダウンタウンに新アリーナを建設中だ)。

上記ポピュラスの上級社長、クリストファー・リー氏が自身の建築哲学について、デザイン系のWebサイト「デザインブーム」でこんなことを語っている。

「スタジアムや音楽ホールをデザインする際に共通しているのは、いかに共有経験を高められるかということです。自分が大切にしているのは、地域を結び付け、われわれのつくる建築物が人々につながりをもたらすことです。これだけ分断された今の世において、(サッカーの試合などで)10万人が経験を共有し情熱を傾けるというのはすごいことですよ」

カネよりも知恵を出せ

人気の高いアメリカのバスケットボールと、まだメジャー競技とは言えない日本のバスケットボールを比べるのは無理がある、と思われるかもしれない。確かに、NBAクラスのアリーナをつくるのは無理だし、あちらのように数百億円ものカネを投じる余裕もない。

しかし、根本的にはカネの問題ではない。従来の「体育館」ではなく非日常空間を生み出す「アリーナ」を意義のあるかたちで、意義のある場所につくるというアイデアの問題ではなかろうか。

今回のバスケットボール新リーグ創設にあたってアリーナを担当している人たちは、NBAやカレッジのアリーナ視察をアメリカまで行ってみてはどうか。大いに刺激を受けられるに違いない。

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にリポートする。