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第4回:日本人コーチが本場で見た、日本に足りない視点

「チームワークで勝とう」は詭弁。NFLを底上げする競争システム

2015/9/4

日本のスポーツ界には、“競争”があるか。あるいは、それをつくり出す環境があるか──。

最近、ある日本人のアメリカンフットボールコーチと話していて、そんなことを考えた。

このコーチとは法政大学アメリカンフットボール部の飯塚啓太氏、31歳の若手の人物だ。彼が8月に短期研修で、NFLの強豪デンバー・ブロンコスのトレーニングキャンプに参加した(同大のイクイップメントマネージャー長谷川健氏とともに参加し、滞在中は同チームの公式サイトESPNのサイトから取材を受け、記事が掲載された)。

帰国後の飯塚氏からいろいろと話を聞いた。もともとアメリカのアリーナフットボール(室内で行えるようにルール変更されたアメリカンフットボール)でキッカーとしてプレーし、その後、NFLのオールスター戦・プロボウルにも招待コーチとして参加するなど研さんを積んできた。そんな彼でも、シーズン直前の今回のキャンプではまた新たな“学び”があったという。

その中で最も興味深かったのが、冒頭の“競争”に関してだ。

デンバー・ブロンコス守備コーディネイターのウェイド・フィリップスと飯塚啓太氏

デンバー・ブロンコス守備コーディネイターのウェイド・フィリップスと飯塚啓太氏(写真提供:飯塚啓太)

競争を煽ることで、やる気も実力も上がる

アメリカナンバーワンの競技でNFLでは30もの球団数があるとはいえ、選手の門戸は狭い。1チームのロースター(登録枠)は53人と決まっている中で、トレーニングキャンプには90人前後の選手が参加する(そもそもがここに到達するだけでも、たとえば大学でプレーする者のごくごく一握りにすぎない)。つまりはその半数近くが開幕までに「お役御免」となってしまうのだ。

しかし、そうした厳しい状況があるからこそ、選手間の競争は必然的に激しくなる。競争が起こるということは、選手たちのレベルが向上することにつながる。アメリカのスポーツのレベルの高さの理由の一端はそこに求められるのではないか。

飯塚氏との会話で興味深かったのが、ブロンコスのコーチたちもそういった競争をする環境をつくり出すのに長けていることだ。氏いわく、コーチたちはどの選手がその選手との組合わせでどれだけプレーしたかをきちんと把握し、組み合わせを変えることで選手たちのやる気を上げようと試みているという。その点は日本とは異なるようだ。

「選手が何回スクリメージ(※ここでは「プレー」の意味)するとか、全部管理しています。それで、『このペアで何回練習する』『この選手は何レップ(反復練習)させる』など、日ごとでちょっとずつバリエーションを変えたり、ちょっとでも良いプレーをした選手には次の日にレップを増やしてあげる。『ああ、こうやってマネジメントして、ハングリー精神や、やろうという気持ちを上げようとするのが、日本よりもうまい』と思いましたね」

人口が多く、雑多な人種が入り混じり、所得差なども大きいアメリカという国では、そもそもが自然発生的に競争が促進されるはずだが、そのうえにコーチたちが選手間の競争を煽る。もともと身体能力が高いのに、他者と競うことでさらに向上する。精神的にもよりタフになるだろう。

試合中にヒートアップするブロンコスと49ersの選手(Doug Pensinger/Getty Images)

試合中にヒートアップするブロンコスと49ersの選手(Doug Pensinger/Getty Images)

フットボールは宗教のような存在

NFLではコンバインと呼ばれるいわゆるトライアウトを行っているが、日本でも過去に何度か行われている。その都度、メディアは選手の評価のためにやってくるアメリカ人スカウトらに「どの日本人選手がNFLに近いと思ったか」あるいは「日本人選手がNFLに行くためにはどうすれば良いか」といった類いの質問を投げかける。

その際に、彼らははっきりとは「日本人には遠い」とは口にしないものの、遠回しに「それほど簡単ではない」という主旨の答えを返してくる。

筆者の印象にとりわけ残っているのは、某ベテランスカウトが口にした以下のコメントだ。

「アメリカ以外の人たちにはわからないかもしれないが、アメリカでは何百万人という子たちがアメリカンフットボールをプレーしている。私の住むテキサス州ではフットボールはいわば宗教のような存在だ。各高校では300から400人の選手がいて、その中で強豪の大学へ行くのは3人程度。ものすごく競争が激しくて、NFLレベルでプレーできるのはごく少数の人間でしかないんだ。つまり、アメリカ人ですら(NFLへ行くのは)相当に難しいのさ」

競争の激しいアメリカでさえNFLに行くのは大変なのに、プロリーグもなく競争の少ない日本からNFL入りなどまず難しいよ、と示唆しているように聞こえた。

デンバー・ブロンコスの球団本社

デンバー・ブロンコスの球団本社(写真提供:飯塚啓太)

日本には個性を育む環境がない

飯塚氏は早稲田大学スポーツ科学学術院でスポーツマネジメントの修士を取得。現在は博士号取得にも取り組み、いずれは教べんを執りながらフットボールコーチもこなしていきたいという目標を持っており、競争が選手を上達させる「一番の根源」だと信じる。

だが、果たして日本のスポーツに競争はあるのか。日本のスポーツではやたらとチームワークを重視しすぎて個性を育む環境がないのではないか、と彼は言う。

「学校教育を見ていても、あれをしちゃいけない、これをしちゃいけない、という感じで、(子どもたちが)どんどんこじんまりしてくる。そうすると選手の個性もなくなってくる。日本のスポーツを見ていて最近特にそう思います。規律だとかチームワークで勝つと言っているけど、結局、最後の局面で身体を張って戦える選手がどれだけいるかだと思います」

個人を伸ばす「システム」をつくるべき

日本のスポーツは、身体能力など外国人に劣っていることを理由に「逃げている」と感じるという。

「今回(NFLのキャンプへ)行って特にそう思います。結局、皆チームワークと言うけど、自分の役割が100パーセントできていれば勝手にチームワークってできるものだと思うんです。だけど日本だと、自分の役割が中途半端にもかかわらず、『チームワークで勝とう』とか『チームワークが大事だ』とか言ってまとまろうとしすぎて、(選手の)個性がちっちゃくなりすぎてしまうんですよ」

野球やサッカーでは近年、世界のトップリーグで活躍する日本人選手が確かに出てきている。しかし、彼らは日本のスポーツシステムが生み出した産物だと言えるのだろうか。あくまでも、彼らは「個」を持った特別な人種ではないのか。

そうした点を見極めるためには、選手が世界に挑戦するばかりではなく、コーチなど日本のスポーツに関わる人たちがもっと日本の「外」を見て、経験値を上げ、その中で有用だと思うものを取捨選択するべきではないか。

閉鎖的な日本のスポーツ界が、アメリカを含めた世界のスポーツ先進国から学ぶことができる部分はまだまだ大きいのだと、飯塚氏のNFLでの経験談を聞いていて改めて思わされた。

(取材・文:永塚和志)

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にリポートする。