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第3回:MBL、NBA以上のスポンサー規模

日本的「体育」にはない、米国カレッジスポーツの「市場価値」

2015/7/10

知性と経済力が企業に魅力

アメリカのカレッジスポーツの人気については前回までの記事で述べてきた。今回は、日本の大学スポーツとは別世界のスポンサーシップやブランディングについて触れたい。

企業がカレッジスポーツ(とりわけ人気の高いアメリカンフットボールと男子バスケットボールを指す)のスポンサーシップに投資するのは、約1億9000万人とも言われるファンベースのパイが巨大だということもあるが、ファンたちの性質や傾向が企業にとって購買やサービス提供の絶好のターゲットであることも大きい。

スポーツ市場調査会社、レピュコムの調べでは企業がカレッジスポーツファンを「若く」「はつらつとした」「アメリカ的」「エンターテインメント的」「インスピレーショナル(周囲に影響を与える)」といった形容詞で表現している。

カレッジスポーツのファンは教育・知的水準が高く、転じて経済力および購買力がある。企業側とすれば、自社製品やサービスを積極的にアピールするだけの価値が大いにあるのだ。

投資額は右肩上がり

近年はマーケティングやメディア権利、ブランディングなどを担う外部企業が大学とスポンサー側の間を媒介し、より大きな宣伝効果を得ている。

2007年にできたIMGカレッジ(スポーツやエンターテインメントの総合メディア企業IMGの子会社)は、その中でも圧倒的な存在感を示しており、事実上カレッジスポーツのマーケティングコンサルティングやマルチメディアライセンシング事業を独占している(ちなみに関連会社には大学スポーツのチケット販売やスタジアムやアリーナの特注座席のレンタルを行う会社もある)。

カレッジスポーツに企業が投じるカネの総額は右肩上がりで、2013年には計約7億6300万ドル(約930億円)を記録している。2014年のメジャーリーグ(MLB)のそれが約6億9500万ドル、2013−2014年シーズンのNBAが同6億7900万ドルであるから、カレッジはプロリーグ以上のスポンサーシップ規模を誇ることになる。

チームは大学のブランド

企業側にとってサービスの対象は当然ながらカレッジスポーツを観るファンだが、それにはカレッジスポーツ自体が魅力のあるブランドだという前提がある。

アメリカのカレッジスポーツを見ていると、「ゲイターズ」(フロリダ大)や「バックアイズ」(オハイオ州立大)など、大学の名前と同様か、それ以上にチーム名がファンの間でよく浸透し、親しみを与えている(日本は大学名が全面に出る)。ほかにはユニフォームしかり、スタジアムしかり、またグッズの出来栄えなど、それぞれのチームが独特な“色”を持っていて、それがチームのブランドにつながっている。

スポーツ強豪校のテキサス大学のチーム名は畜牛の角から取った「ロングホーンズ」だ。そのチーム名と、文字通り長い角を携えた牛のシルエットのロゴは、同大のみならずカレッジスポーツのファンならば誰もが知っている。

前回の記事では同大が単独でスポーツ中継テレビ局を持っていると書いたが、その局名も大学名が入らない「ロングホーンネットワーク」(IMGカレッジが共同運営する)。いかにそのブランドが認知、確立されているかがわかる例の一端だ。

ロングホーンズのチアリーダーたちが、バスケットボールの試合を盛り上げる(Jared Wickerham/Getty Images)

ロングホーンズのチアリーダーたちが、バスケットボールの試合を盛り上げる(Jared Wickerham/Getty Images)

ナイキがオレゴン大を巨額支援

感心させられるのが、大学側が積極的に自らのブランドを発信する努力を惜しまないことだ。アメリカンフットボールをはじめ多くの競技が全国レベルにあるオレゴン大学は、世界的スポーツメーカーのナイキ(創業者のフィル・ナイトらが同校出身)からほかに類を見ない多大なサポートを受けている。

たとえば、ナイトが個人的に毎年数十億〜数百億円を寄付し、大学図書館やフットボールチームの拡張、陸上競技の支援などを行っているのだ。ナイキは毎年アメリカンフットボールのチームに趣向を凝らしたデザインのユニフォームを提供し、話題となっている。

オレゴン大学はまた、今年から160over90というアメリカきってのPR会社にプロモーションの委託を開始した。これはスポーツチームだけではなく、大学全体のプロモーションを担うもので、同校が出場した1月のローズボウル(アメリカ最古のカレッジプレーオフゲームで毎年ロサンゼルスのローズボウルスタジアムで開催される)では早速、大学を紹介するスポットCMを流した。

ほかには同大のWebサイトのディレクションから、マルチメディア広告、デジタルビルボード、電車やバスのラッピング広告などで大学の広報支援をしていくという。ブランディングやPRのプロに大学のプロモーションを任せるという動きは、日本の大学ではまずないのではないか。

日本の大学の多くで学生獲得競争が激しくなっているというが、アメリカの大学も同様だ。しかし、アメリカの場合は日本のような少子化による理由ではなく、より優秀な学生の獲得が主眼にある。そしてスポーツチームの知名度や魅力、活躍度合いがそこに影響を与えるという。

1本のパスから入学志願者アップ

「フルーティ・エフェクト」と呼ばれる現象がある。これは元カレッジアメフト選手のダグ・フルーティの名前から来ている。

ボストン大学のクオーターバック(アメフトの司令塔で華形ポジション)だった彼は、1984年のシーズン最終戦、前年の全米王者マイアミ大戦の最後に逆転のタッチダウンパスを決めた。アメリカでは非常に有名な試合だが、ボストン大学はこの試合の影響で次の2、3年は入学志願者数を1割から2割弱程度伸ばしたという。

「フルーティ・エフェクト」はその後、全国的には知名度の薄い大学のチームがシンデレラ的な活躍や進撃を見せたときに使われてきた。「マーチマッドネス」と呼ばれる男子バスケットボールの全米大会、NCAAトーナメントでは毎年思いもよらぬ無名校などが勝ち上がり、ファンやメディアを盛り上げる。すると翌年は入学希望者数が上昇する傾向があるという。

ブランド力が高まれば、収益と地位が上がる

近年は大学のみならず、主要カンファレンスや全米トーナメントなどのビッグイベントの価値も上がっている。経済誌「フォーブス」の電子版に「世界の最も価値の高いスポーツイベント」というランキングが毎年発表される(放映権料やスポンサーシップ額、チケット販売額などの総額で算出)。

2014年の場合、1位がNFLスーパーボウルで約5億ドル(600億円)、2位が夏季五輪、3位冬季五輪、4位がサッカーW杯と来て、5位には男子カレッジバスケットボールトーナメントの「ファイナル4」が約1億4300万ドルで入っている。メジャーリーグやNBA、サッカーのチャンピオンズリーグなどを上回る規模ということだ。

スポーツチームの活躍が大学全体のブランドを上げ、学生獲得に優位に働くと上記したが、こうしたNCAAトーナメントのような価値の高い大会で躍進すれば収益も上がり、学生以外にも優れた職員や教授をより高い給与で招聘(しょうへい)しやすくなるという面もある。

アメリカという国は学生にしても教員にしても国内のみならず国外からも有能な人材が集まるだけに、この点は重要である。

アメリカではスポーツチームが大学のブランディングに寄与し、そしてそこには巨額のスポンサーシップマネーが絡んでいるのがおわかりいただけただろうか。日本では、スポーツが「体育教育の一貫」であるのと同様に、大学とはあくまで学業を重んじる「学府」であり、スポーツによってどうこうするという考えはほとんどないように見受けられる。

アメリカが無条件に正しいというわけではないが、少なくともかの国ではカレッジスポーツが大学のブランド力と収益アップ、ひいては大学全体のステータスの向上に寄与する存在だと言える。

<連載「スポーツの最先端はアメリカから生まれる」概要>
世界最大のスポーツ大国であるアメリカは、収益、人気、ビジネスモデル、トレーニング理論など、スポーツにまつわるあらゆる領域で最先端を走っている。メジャーリーグやNBA、NFL、NHLという4大スポーツを人気沸騰させているだけでなく、近年はメジャーリーグサッカー(MLS)でもJリーグを上回る規模で成功を収めているほどだ。なぜ、アメリカはいつも秀逸なモデルや理論を生み出してくるのか。日米のスポーツ事情に精通するライター・永塚和志がアメリカのスポーツ事情を隔週金曜日にリポートする。