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テレビ放映権論・第1回

なぜオーストリア・リーグは外国人枠がなくても破綻しないのか

2015/8/16
オーストリアのプロリーグには外国人枠がない。ピッチ上の全員を日本人にすることも可能だ。いったいなぜ、そんなことが可能なのか。その秘密は、独自のテレビ放映権分配システムにある。

オーストリアがEURO予選で首位を独走中

ここ数年間、オーストリア・サッカーの躍進が目覚ましい。

来年フランスで開催される欧州選手権(EURO2016)に向けた予選において、オーストリア代表はスウェーデンやロシアを抑えて首位を独走中。本大会出場はほぼ確実と言われている。

オーストリアは最新のFIFAランキングで14位にランクイン(2015年8月現在)。イタリア(16位)、コートジボワール(21位)、フランス(23位)を上回った(ちなみに日本は56位)。

この躍進は決して偶然ではない。

ドイツ、イングランド、イタリアなどのトップリーグを見ると、バイエルン・ミュンヘンのダヴィド・アラバを筆頭に、オーストリア国籍の選手が各クラブの主力として活躍している。

特に同じ言語圏のドイツに多く、ドイツ・ブンデスリーガ1部と2部にそれぞれ約20人の選手が所属しており、さらにその育成部門(セカンドチームを含む)には40人以上が所属している。

彼らはほぼ全員オーストリアで育成されており、早くに引き抜かれる場合でも16才まではオーストリアにとどまっている(欧州内での国外移籍が許可されるのは16歳から)。

育成がうまくいけば、当然アンダー年代の代表チームの結果が出る。昨年ハンガリーで開催されたU19欧州選手権で、3位という好結果を残した。

今年もU17とU19の代表チームが欧州選手権の本大会に出場し、U20代表チームはニュージーランドで開催されたFIFA U-20ワールドカップの本大会に出場した。

オーストリアの人口は大阪府とほぼ同じ

クラブレベルでも、ここ数年間の結果は目を見張るものがある。

一昨季にレッドブル・ザルツブルクがUEFAヨーロッパリーグで10連勝を記録し、アウストリア・ウィーンがUEFAチャンピオンズリーグ本大会への出場を果たした。

数日前に行われたUEFAチャンピオンズリーグの予選では、ラピード・ウィーンがオランダの名門アヤックスを敗退に追い込んでいる。

オーストリアの面積は北海道とほぼ同じであり、総人口は約858万人と大阪府(約885万人)とほぼ同じだ。

経済力(スポンサー数や、テレビマーケット、試合の集客人数など)やサッカー人口など限られた環境の中で、オーストリアのクラブが実績を残すことができるようになった。その最大の理由は、選手育成の成功にある。

昨年僕が卒業した『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』で特別講師として招かれたオーストリア・サッカー協会のスポーツディレクター、ヴィリー・ルッテンシュタイナー氏も、「ここ数年間の好成績は、国をあげた育成改革の結果」と説明していた。

しかし、どれほど優れた育成コンセプトが存在しても、若手が出場できるチャンスがなければ意味がない。

そこでオーストリア・サッカー界は育成促進の一環として、2004年からテレビ放映権の分配システムに独自のルールを付加した。

それは「オーストリア人の壷」と呼ばれるシステムだ。

外国人枠が存在しないオーストリア

オーストリアのプロサッカー界には外国人枠が一切存在しない。

極端な話になるが、たとえば18人の日本人選手で試合に臨むことも可能だ(先発の11人とベンチスタートの7人)。

オーストリアはスイス、ドイツ、イタリアという西欧のみならず、スロベニア、ハンガリー、チェコ、スロバキアなど東欧にも囲まれている。

東欧の年俸は比較的低く、さらに未払いが日常茶飯事だ。そのため東欧の選手の多くは、西欧への最初のステップとして「契約を交わせばきっちり給与が支払われる」オーストリアに移籍することを望んでいる。

東欧選手の増加で促されたルール変更

かの有名なボスマン判決(※この判決により、EU加盟国の国籍を持つプロサッカー選手は、所属クラブとの契約を満了した場合、EU内の他クラブへ自由に移籍することが可能となった。同時にEU内のクラブは、EU加盟国籍を持つ選手を外国籍扱いにできないとした)が下されたのは1995年のこと。

それ以降、特に東欧諸国の国境に近いオーストリアのクラブに、東欧出身の選手が流れ込んできた。元日本代表監督のイヴィツァ・オシムが率いるSKシュトゥルム・グラーツに移籍したランコ・ポポヴィッチ(元FC東京およびセレッソ大阪監督)もそのひとりである。

その結果、21世紀初めにはオーストリア・ブンデスリーガでプレーする外国人選手が3倍以上に増え、特に地元出身の若手に出場のチャンスが回らなくなってきていた。

そこでオーストリア・ブンデスリーガは、外国人選手起用に関する制限を設けるのではなく、自国の選手を起用すればするほど、クラブの収入が増えるというシステムを検討した。

そのシステムこそが「オーストリア人の壺」である。

では、具体的に「オーストリア人の壺」とはどのようなものなのだろうか。

若いオーストリア人選手を使う程、分配金がアップ

ものすごくシンプルに言えば、若いオーストリア人選手を使えば使う程、テレビ放映権の分配金が増えるというシステムだ。それを第1〜9節、第10〜18節、第19〜27節、第28〜36節という四半期にごとに計算して分配する。

より細かく言えば、放映権収入の50%を10チームで平等分配し、残り50%を「壷」に入れ、オーストリア人選手の起用実績に応じて分配する、という仕組みだ。
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やや複雑だが、その仕組みを理解するために、リーグ機構の規定から、テレビ放映権に関する項目を意訳した(リーグ規定をそのまま翻訳すると非常に堅苦しく理解しづらいため)。

【2015年-16年シーズンにおけるオーストリア・ブンデスリーガに置ける選手促進基準】

(1)ブンデスリーガ(1部)の国内トップリーグとしての地位の確立、および現在・未来の各カテゴリ代表チームの強化のため、ブンデスリーガが得るテレビ放映権収入の50%を「オーストリア人の壺」に使用する。残りの50%は四半期ごとにブンデスリーガに属する全10クラブに平等に分配される

(2)「オーストリア人の壺」から分配金を得るために、クラブは下記の基準を満たさなくてはならない

(a)リーグ公式戦で下記の条件を満たす、少なくとも12人の選手を試合メンバー表に登録すること

・オーストリア国籍を保有する選手

・もしくは19歳未満でオーストリアにてサッカー選手(プロ・アマ問わず)として初登録され、オーストリアのU22代表チーム(1994年1月1日生まれ以降)に召集される権利を持つ選手(この項目によって移民系の選手を考慮している)

※一度の試合で登録可能な選手数は18人まで。つまり上記基準を満たさない選手登録は「最大で6人まで」ということ(大雑把に言えば、外国人選手は6人までということ)

(b)「オーストリア人の壺」の分配金は四半期(9試合)ごとに、前述の条件を満たしたクラブに分配される。上記の選手促進基準を各9試合すべてで満たしたクラブのみが分配金の獲得権を得ることができる(1度でも条件を破ると、その四半期の分配金を得る権利はなくなる)

(c)「オーストリア人の壺」の分配金は、オーストリア人選手の試合出場時間に応じて各クラブに支払われるが、U22歳の選手(1994年1月1日以降に生まれた選手)の試合出場時間は2倍として計算される

上述の条件を大雑把に言い換えれば、「放映権をたくさん欲しければ、外国人選手は6人までにしておけ」ということでもある。

簡単な例でシミュレーション

簡単なシミュレーションをしてみよう。

まずブンデスリーガの規定により、リーグ全体の放映権の50%を10チームで分配し、つまり全体の5%ずつが各クラブに平等に分配される。

次に「オーストリア人の壷」からの分配金だ。四半期ごとに条件を満たしているかを見る必要がある。

【第1〜9節】
基準を満たさない選手(外国人選手)の起用が常に6人以下→分配金あり

【第10〜18節】
基準を満たさない選手を6人より多く起用した試合が1度あった→分配金なし

【第19〜27節】
基準を満たさない選手の起用が6人以下で、なおかつU22以下の選手を多く起用→分配金アップ

【第28〜36節】
基準を満たす選手のみ起用し、さらにU22以下の選手を多く起用→分配金あり。さらに分配金がアップ

基準を満たしたうえで、若手を起用すればするほど、多くの分配金が配当される仕組みとなっている。そのためチーム構成に関しては、監督やスポーツディレクターの意向だけではなく、クラブとしての経営判断が重要となってくる。

クラブの資金力によって、異なる戦略を選べる

資金が潤沢にあるクラブならば、「オーストリア人の壺」の分配金を必要としないため、好きなだけ外国人選手を使えばいい。

逆に予算が少ないクラブならば、「オーストリア人の壺」の分配金がより多く得られるように、基準を満たした若手選手でチームを構成した方がいい。

次回は「オーストリア人の壺」の現場への影響について紹介したい。

*本連載は毎週日曜日に掲載する予定です。