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連載キックオフ企画:村井満チェアマン 第5回

アジアとともに成長して、欧州と南米の2極構造に割って入る

これまでJリーグはアジアをリードする存在だったが、そのヒエラルキーが揺らぎ始めている。中国や東南アジアのリーグが自国の好景気に後押しされ、急成長しているからだ。

5日連続で掲載してきた村井満チェアマンのインタビュー最終回では、Jリーグのアジア戦略をクローズアップする。

【第5回の読みどころ】
・現在Jリーグはアジアの9カ国と提携
・タイでは50人以上の日本人選手がプレー
・セレッソ大阪がタイの農協と提携
・ASEANのサッカーマーケットは1700億円規模
・日本の育成のノウハウと指導者を輸出
・Jリーグの育成力を400項目で格付け

育成支援と農機具セールスのウィン・ウィンモデル

金子:東南アジアのリーグが急成長していますね。Jリーグのアジア戦略をどう見ていますか。

村井:東南アジアだけでなく、アジア全体に目を向けています。今年はイラン、そしてカタールのリーグとパートナーシップを結び、これで提携国は計9カ国となりました。ACLで現地を訪れた際に、韓国のKリーグ、中国のスーパーリーグのトップともディスカッションしています。

リーグ間提携ができると、クラブ間提携が進み、選手交流が始まります。ご存じのようにタイでは50人以上の日本人選手がプレーしています。

また、セレッソ大阪がタイの農協と組んで、地方の農村の子どもたちにサッカーを教え始めました。タレントを発掘しつつ、メインスポンサーであるヤンマーの農機具をセールスするというウィン・ウィンのモデルです。

そこから育った選手が日本に来るようになったら、スポンサーシップや放送権がさらに大きなものになる。去年、Jリーグは約70カ国で放送されました。多くの国や地域で放送されることでJリーグを知っていただく段階にあり、まだ放映権収入は微々たるもの。今後いかにアジアの選手がJ2とJ3を含めてJリーグで活躍するか。10年くらいのタームを見据えて動いています。

村井満(むらい・みつる、写真左) 1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現・リクルート)に入社。入社当初は求人広告の営業を行い、のちに人事部に異動。2000年に人事担当の執行役員に就任し、2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からJリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

村井満(むらい・みつる、写真左)
1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現・リクルート)に入社。入社当初は求人広告の営業を行い、のちに人事部に異動。2000年に人事担当の執行役員に就任し、2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からJリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

日本から指導者を輸出

金子:そうしたら間違いなくアジアの資金がJリーグに流れてきますね。

村井:Jリーグで僕が預かっている金額は約120億円。それに対してASEAN(東南アジア諸国連合)のサッカーマーケットは1700億円と言われています。

タイが自国のサッカーに投資し始め、中国が規模を拡大し、カタールが巨大な育成組織で自国の強化を進めるなど、アジア各国の成長はJリーグにとって非常に脅威です。しかし、ともに成長したら、ヨーロッパと南米の2極構造に割って入ることができる。将来、アジアを含む環太平洋を含めた3極構造にもっていきたいと考えています。

われわれは、東南アジアにクラブ運営や育成のノウハウを教えられる。現にベトナムをはじめ、日本人がアジア諸国の代表監督を務めるケースも出てきています。中国はサッカー強化の指定校を2022年までに5万校に増やす予定だそうですが、日本にはS級の指導者が約400人いる。指導者を派遣して貢献することもできると思います。

金子:指導者を輸出できると。

村井:中国と日本は地理的にこんなに近い。中国がヨーロッパのクラブと日常的に試合ができるわけではないので、おのずとアジアで連携していくことになる。Kリーグも中国とすごく綿密に連絡を取り合っていますよ。

Jリーグの育成力を格付け

金子:政治的に仲が悪い分、試合は盛り上がりますからね。

村井:サッカーは政治とは別なところで協力し合って、同時に競い合える。スポーツならではの関係を築くことができます。

それと私がもうひとつ言いたいのは、日本サッカーはもう失うものはないということ。ブラジルW杯で1勝もできなかった、そしてアジアカップでもベスト8で負けた。ACLもここ数年タイトルから遠ざかっています。現代表の強化はもちろんですが、日本サッカー協会とJリーグが共同歩調を取って、育成に対しても投資をしていかなければなりません。

今後、ベルギーの会社と提携して、Jリーグの全クラブの育成システムの格付けを始めます。彼らはブンデスリーガの全36クラブについて、育成に関する約400項目の基準で採点をしている会社です。

日本では「あのクラブは育成に力を入れている」と感覚に頼る部分が多く、特定の指導者の功労に依存している側面があり、抽象的で属人的であると言えます。

クラブとして育成のフィロソフィーやメソッドがあるのか、環境や施設は整っているのか、競技成績に頼らず安定的に投資しているのか、そして育成年代ですから、勉強との両立は図れているか、各年代に沿ったメンタルケアをしているか、キャリアカウンセリングの専門家がいるか、といった項目が細かく審査されているわけではありませんでした。

生産性をブンデスやプレミアと比較

金子:そこまで細かく審査したら、ほぼすべてのJリーグのクラブは基準に達していないのではないでしょうか。

村井:その通りでした。実験的にJリーグの数クラブをチェックして採点してもらいました。青・黄・赤で評価されるのですが、赤が多かったです。

システムを導入すればすべてが解決するとは考えておりませんが、まずは同じ基準で生産性や効率をブンデスリーガやプレミアリーグと比較できるようになります。

日本に足りないもの、日本が優れているものを見出し、アジアの中で日本の何が誇れるんだ、となったときに育成だと言えるような環境を整えていきます。これまでも各クラブが地道に取り組み続けてきた、そのスピードを加速させたいです。

金子:選手を買うのは成金でもできますからね。

村井:今は日本人選手がどんどん海外へ出ていますけれども、今後はJリーグに帰ってくる選手も増え、循環モデルができあがります。

すでに小野伸二選手や中村俊輔選手などがJリーグでプレーしていますが、世界で戦った選手たちがさらに日本に帰ってきて盛り上げてくれるはずです。

(構成:木崎伸也、写真:福田俊介)

<連載「Jリーグ・ディスラプション」概要>
本連載はJ1クラブの社長を、スポーツライターの金子達仁がインタビュー。月曜日から水曜日まで社長インタビューを掲載し、木曜日にデロイト トーマツの会計士による経営分析、金曜日に総括を掲載する。7月20日から始まる第1弾では、浦和レッズの淵田敬三社長を取り上げる予定だ。