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第4回(最終回):日本から世界的なテニス選手はどうすれば生まれるのか

悩む人ほど成長できる。ただその悩み方が問われる

2015/7/11

ジョコビッチのグルテンフリー食事法

──話は変わりますが、最近『ジョコビッチの生まれ変わる食事』という本が日本語で出版され、読んだらすごく面白い。「現在世界ナンバーワンの彼はここまでこだわっていたのか」と、驚きました。朝起きてマヌカハニー(高価でおいしいニュージーランド産蜂蜜)をまず一口飲んで、次に水を飲む。そのあと、ストレッチをする。

中村:ジョコビッチには、グルテンのアレルギーがありますから。彼は頑張っているけれども身体にキレがなく怠い、結果が思わしくない時期が続いていました。いろいろ悩んだ結果、グルテンアレルギーとの関係性を知りました。

グルテンの入った食材を削ることは、工夫と準備は必要ですが実はそんなに難しいものではありません。また、ある選手には牛乳に含まれているラクトースからもアレルギー反応が起きて体が栄養を吸収しにくくなり、リカバリーが遅くなるということがありました。理屈自体はとても単純です。

でも、ジョコビッチはフェデラーやナダルを追い越したいという気持ちがずっと強かった。だから、トレーニング以外に何があるのか探して、食事の中でもグルテンに着目した。すると、おいしいパスタやピザは食べられない。そこまでしても勝ちたいという意志が強い。

──サッカー界では、そこまでのアレルギー対策は外国のトップアスリートでも聞いたことがありません。テニスは、それほど極限状態に追い込まれるスポーツだということですか。

中村:そうです。そこが個人競技の特性です。やはりテニスもグローバルだから、食事法についてもドクターのいろいろな意見があります。特にドイツのドクターはものすごく細かい。日本のドクターも優秀ではあるのですが、英語圏でないから、新しい情報があまり入ってきません。また、日本だと、栄養学の検証数も少ない。

一方、アメリカやイギリスは検証に力を入れています。特にアメリカはイタリアなどと違って新しい文化の国だから、取り入れるのも早い。カリフォルニアでは、お寿司のごはんがブラウンライス(玄米)だったりしますから。「アイデアや発想力はビックリ、でも納得!?」です(笑)。

ただ、欧米でも、いくら体にいいといっても、受け入れる人と受け入れない人がいる。グルテンは、パスタやピザだけでなく、醤油や餃子の皮にも入っています。

──ジョコビッチはそれくらい細かくグルテンフリーにこだわっているのですね。

中村:推測ですが、大会中など大事なところでは取らない。でも、大会が終わったら、ちょっとご褒美で食べる。リラックスできますから。100%でやらなくてもいいんです。ちょっと波をつくっておかないと、つぶれちゃいますよ。

中村豊(なかむら・ゆたか) アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業、(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭等を担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。 公式サイト:yutakanakamura.com

中村豊(なかむら・ゆたか)
アスリート形成をモットーに、主要3項目(トレーニング、栄養、リカバリー)から成るフィジカルプロジェクトを提唱している。米国フロリダ州をベースに活動し、海外で幅広いネットワークを持つフィジカルトレーナー。米チャップマン大学卒業(スポーツサイエンス専攻)。2001年、米沢徹の推薦でIMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーにて盛田正明テニスファウンド(MMTF)へトレーナーとして参加、錦織圭を担当する。2005年、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーのトレーニングディレクターに就任。フィジカルトレーニングの総括、300名のフルタイムの生徒、IMG ELITE(IMG契約選手)、マリア・シャラポワ、マリー・ピエルス、トミー・ハース、錦織圭などを担当する。現在はシャラポワのフィジカルトレーナーとして活動。そして今季から女子ゴルファーのジェシカコルダのフィジカルプロジェクトをスタートさせている。アスリートとしてのフィジカル/身体能力向上を主にプログラムを作成し遂行。公式サイト:http://www.yutakanakamura.com/(写真提供:中村豊)

職人的な味付けがポイント

佐藤:食事にしても、メンタルにしても、トップを取るアスリートは指導者が何事も緻密に計算をしてビシッとやるんだけど、最後の最後の部分は、レシピには書けない職人的な味付けがあり、僕はこれこそがポイントなのではないかと思います。

──ガチガチに決めすぎず、最後の1%に遊びを持たせるのですね。

佐藤:たとえばリハビリをするときに、単に日数を計算して機械的にメニューを決めればいいというものではない。故障した選手の心理状態はかなり追い込まれた状態で、非常に苦しい。みんなが練習しているときに、自分ひとりだけが治療やリハビリをしなければならないからです。

すると、いやがうえにも自分と向き合う時間ができて、「こんなこと、やっていていいのか」と、不安や恐れ、迷いと対峙しなければなりません。

しかし、これを乗り越えて復帰すると、前の自分よりも2段も3段も大きな自分になることができます。だから、リハビリを担当するときは、選手に「ここで腐って終わるか、壁を破るチャンスか、今はその大きな分岐点なんだよ」という指導をします。故障を乗り越えると、見事に飛躍する。錦織選手もそうでした。

──ケガをしたときに変われる選手、変われない選手では、どんな違いがあるのですか。

佐藤:やはり大事なのは人のせいにしないことですね。誰でも、最初は人のせいにします。「リハビリがうまくいかないのは、あの人のせいだ」と言いたくなる。がんを宣告された患者が、それを受け入れるまでのプロセスモデルがあるのですが、僕らはそのモデルをリハビリに応用している。

初めは否認して混乱。次に、受け入れない。そのあと、他人のせいするという段階があり、最後は自分の運命だと、がんを受け入れる。受け入れると、リハビリもどんどん進むようになる。逆に受け入れないと、どんなにいいリハビリをしても、成果は出てきません。

──受け入れるよう導くわけですか。

佐藤:そう、話し合いです。最初は誰しも現実を認めようとしませんから。選手が最も不安になるのは、ドクターが「復帰まで4週間です」と言って、4週間経っても痛みが引かないときです。そうなると「なんだよ、あのドクターは……トレーナーは……」となる。

でも、ここで腐り切らないこと。それが勝負になります。現実を認め、腐ってしまった自分に気づいてもらう。それが次の飛躍への大きなエネルギーになるのです。「あのとき俺は腐っちゃったよな」と。それに気づけるかどうかですね。

──腐っていた自分を認めることができるか。スポーツ選手だけでなく、ビジネスマンにも言えそうです。

佐藤:そうですね。やはり何か障がいがあって、悩むということは、すごく大切なことです。人は、もっと上に行きたいという思いがあるから悩む。だから悩める人には大きな可能性がある。けれど、ただし正しく悩めるかどうかが問われます。

あとは、学ぶ力(ability to learn)です。これがないと、どんなにいいものが目の前にあっても、食べようとしません。悩むことと学ぶこと。そこから気づくこと。これがトップアスリートになるために、とても重要だと思います。

──対談を通して日本人が世界的アスリートになるための条件をいろいろお伺いすることができました。ありがとうございました。

佐藤雅幸(さとう・まさゆき) 1956年、山形県生まれ。78年仙台大学体育学部卒業、82年日本体育大学大学院体育学科研究科修士課程修了。専修大学教授(スポーツ心理学)、同大学スポーツ研究所所長。同大学女子テニス部の監督を務め、92年は王座優勝を果たした。現在は同女子テニス部統括。修造チャレンジメンタルサポート責任者。1994には、長期在外研究員としてカロリンスカ研究所(スウェーデン)に留学した。

佐藤雅幸(さとう・まさゆき)
1956年山形県生まれ。1978年仙台大学体育学部卒業、1982年日本体育大学大学院体育学科研究科修士課程修了。専修大学教授(スポーツ心理学)、同大学スポーツ研究所所長。同大学女子テニス部の監督を務め、1992年は王座優勝を果たした。現在は同女子テニス部統括。修造チャレンジメンタルサポート責任者。1994年には、長期在外研究員としてカロリンスカ研究所(スウェーデン)に留学した(写真提供:佐藤雅幸)

(聞き手:上田裕、木崎伸也、構成:栗原昇)

<連載「日本テニスレボリューション」概要>
プロテニスプレーヤーの錦織圭は昨年、日本人として史上初の4大大会決勝に進出し、年間最終ランキング5位の快挙を成し遂げた。本連載では、錦織圭の留学時代の元トレーナーで、マリア・シャラポワの現トレーナーである中村豊氏にプロテニス界の現状やスポーツ教育、トレーナーの視点を生かした食生活、健康管理などについて聞く。今回から特別編として、松岡修造氏が主宰する「修造チャレンジ」におけるメンタルサポートの責任者として活躍中の佐藤雅幸氏(専修大学スポーツ心理学教授)との対談を紹介する。「日本から錦織選手のような世界的な選手はどうすれば生まれるのか」というテーマについて2人のプロフェッショナルに語り尽くしてもらった。(全4回)
第1回:錦織圭の恩師が語る、トップ選手育成に大切な3つの条件
第2回:錦織圭はアメリカが育てたのか、それとも日本が育てたのか?
第3回:日本人が頂点を極めるには「メンタルの強化」が不可欠