みなさんの常識は世界の非常識

みなさんの常識は、世界の非常識Vol.19

ブラック企業がなくならないのは、終身雇用のせいだ

2015/7/10

靴の販売店、ABCマートで従業員に違法な長時間労働をさせたとして、東京労働局は労働基準法違反の疑いで運営会社を書類送検しました。ABCマート原宿店では、去年4月から5月、20代の従業員2人にそれぞれ、月109時間と月98時間の残業をさせていました。

この会社では労使協定で、残業は月79時間までと定めていたということですが、今回はこれを完全に無視していたことになります。

労働者をとことん使い尽くすブラック企業が良くない、ということは誰しも分かっているはずなのに、一向になくならないという現実。宮台さん、これは一体どういったことに原因があるのでしょうか?

「ブラック企業」問題を切り分ける必要

「ブラック企業」という言葉がインターネット上で使われ始めてから、随分時間が経ちました。その間、非正規雇用者がますます増えて来ました。そんな中で、この「ブラック企業」という言葉が指し示すべきものも、ずいぶん変わってきてしまっているんです。

だから「ブラック企業」という言葉で一括りにされると、問題の切り分けが難しくなってしまいがちです。実際、何が問題なのか見通しが効かなくなっていると思います。だから今日は、そのあたりの整理をさせていただき、根本的な処方箋を提案いたします。

正社員のサービス残業とサブロク協定

最初に「ブラック企業」の存在が世間的に大きな話題になったのは2008年の「ワタミ」事件(※注)がきっかけだったと思います。これは「正社員の終身雇用制を前提とした、サービス残業による長時間労働の強制」でした。これは全体的問題の一部に過ぎません。

※2008年、ワタミフードサービスに就職した女性が、入社後わずか2カ月で自殺。残業時間は一カ月で140時間にも及んでおり、女性の自殺は過労による労働災害であると正式に認定された。

これは2014年に「すき家」で話題になった、非正規労働者による「ワンオペ」と呼ばれる、過酷な夜間の長時間労働とは方向性が違うものです。まず前者の「正社員の終身雇用を前提とした長時間のサービス残業」。御近所の「霞が関官僚」にとっては普通のこと。

それどころかマスコミ各社でも普通に行なわれています。皆さん御存じの通りです。でも、これはABCマートの件と同じで、労使協定を締結して、労働組合側が「ここまではいいよ」という風に合意すれば、法的に全く問題ないということになっています。

「サブロク協定」と呼ばれるもので、労働基準法36条に規定があるのでそう呼ばれます。だから「正規労働者の終身雇用を前提とした長時間サービス残業」については、労使協定を作ればエグゼンプション(除外規定)を持ち込めて、長時間労働規制は事実上ザルです。

サブロク協定の交渉力を担保する労組

この場合、協定が会社の言いなりである可能性や、協定を会社が守らない可能性があるので、労使の交渉力のバランスが重要になります。その意味で、労働組合がある会社の労働者と、そうでない労働者との間では、大きな利害の違いが生まれるのです。

日本の労働者には労働組合法で労働組合を作ることが認められています。詳しくは労働三権と言って、労働組合を作る団結権に併せ、それをベースにして団体交渉する権利と、その結果次第でストライキという団体行動をすると権利が、認められている訳です。

団結権・団体交渉権・団体行動権の三権は重要で、労組を作るのを妨害したり、労組からの交渉申し入れを拒絶すると、最悪、経営陣は罰金刑を超えて懲役刑を喰らいます。逆に労組を作らないでストをすると、営業妨害で巨額の賠償を請求されかねません。

その意味で、小さな企業、新しい企業であっても、正規雇用の人たちはちゃんとした有効な労働組合を作って、労働三権をちゃんとした形で利用できるようにしておかなければなりません。さもないと長時間労働を規定したサブロク協定が有名無実になります。

ちなみに、正規労働者には労組があるから大丈夫だとも言い切れません。かなり大きな会社でも、ちゃんとした組合じゃなく、何もしてくれない「御用組合」が多い。労使協定も不利だし、協定が破られても文句を言わない。そんなダメな労働組合のことです。

ちゃんと有効に機能する組合に加入し、組合として会社ときちんと交渉することが出来ないと、労使協定を自分たちにとって不利なものにならないようにすることが出来ないということです。組合があるのにブラック企業がなくならない一つの理由がこれです。

非正規労働者の見做し残業という地獄

繰り返すと労働組合を作ることが大事ですが、労働組合の結成は非正規労働者にとって敷居が高く、問題が深刻になりがちです。ちなみに、今回のABCマートの件は、昔から知られているタイプの「正規労働者の終身雇用を前提とした長時間サービス残業」です。

むしろ深刻化しているのは、「非正規雇用を前提とした見做し労働(裁量労働)の押しつけ」です。非正規労働者と雇用者の間でサブロク協定を締結できず、サービス残業は違法です。しかしそこに「見做し労働の押しつけ」がなされる。今日的ブラック企業です。

見做し労働はこの後説明しますが、これについて、非正規労働者が戦うための有効な手段がなかなかない。個人でも入れるユニオン(労組)が一部にあるので、一人で悩まずにユニオンに入り、ユニオンを通し交渉するようにして交渉力をあげる必要があります。

今は工場労働で労働集約的集団作業をする人は極く一部。取材してアイディアを練るマスコミ人や僕みたいな研究者は、食事中に頭を使ったり仕事中に頭を休めたりして労働時間を厳密に計れないから、労働時間を自分の裁量で決める。これが見做し労働です。

ところが昨今、見做し労働の範囲を不当に拡張して、とりわけサブロク協定を結べない非正規労働者に長時間勤務を強制する動きがあります。これをどうチェックできるか。これも最終的には労働組合を作って団体交渉し協定書を残さないと、チェックは難しい。

終身雇用の正社員という制度を廃止せよ

とはいえ、先に申し上げた通り、終身雇用を約束されない非正規労働者にとって、会社が嫌がる組合結成はリスキーです。他方、正規労働者には、昨今のように非正規雇用だらけの状況では、非正規に落とされたくなければ無理して働けという圧力が働きます。

こうした障害が生じるのは終身雇用があるからです。第一に、正規と非正規の別なく同一内容同一賃金化を進めた上で、第二に、企業の都合でお金でカタをつけて解雇出来るようにすることが大切になります。終身雇用を廃止し、国際標準化するのですね。

右肩上がりの時代がとっくに終った日本では、終身雇用制は有害か、せいぜい役割を終えています。第一に、非正規が増大する状況では、正規労働者は非正規労働者からのアガリを搾取しています。それで左翼系労組を名乗るのは万死に値する恥晒しでしょう。

第二に、右肩下がりの時代なのに正規労働者を解雇できないので、労働調整のためにサービス残業をさせるしかなくなります。さもなければ業績不振で賃金カット、挙げ句は倒産となる。正規労働者も倒産と非正規化が恐くてサービス残業に従わざるを得ない。

終身雇用の正社員と、契約更新を拒絶できる非正規労働者の区別がある現状を「前提」にすれば、団結権・団体交渉権・団体行動権の三権を有効利用する労働組合への加入が必要で、非正規労働者も弁護士がついたユニオンに個人で加入することが重要になります。

しかし、そもそもこの「前提」がおかしい。おかしい理由は今述べました。だから、これまで繰り返し「まず同一内容同一賃金化から出発し、やがて全職種・全組織で終身雇用制を同時に撤廃せよ」と申し上げて来た。これに対する理屈の通った反論は皆無です。

(構成:東郷正永)

<連載「みなさんの常識は、世界の非常識」概要>
社会学者の宮台真司氏がその週に起きたニュースの中から社会学的視点でその背景をわかりやすく解説します。本連載は、TBSラジオ「デイ・キャッチ」とのコラボ企画です。

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