ロシアの2人に1人が使うテレグラムCEO逮捕「刃物製造者の責任」に単純化できない根深さ
世界で9億人以上のユーザーを抱える通信アプリ「テレグラム」のCEO、パベル・ドゥーロフ氏がフランスで逮捕された。この事件は、デジタル時代における表現の自由と、テクノロジー企業の社会的責任の境界線を改めて問いかけている。
逮捕の背景に「犯罪の温床」
8月24日、ドゥーロフ氏はパリ近郊の空港で身柄を拘束された。
フランス検察当局によると、テレグラム上での児童ポルノの流通、違法薬物の販売、詐欺、マネーロンダリングへの関与の疑い、そして法執行機関への非協力が捜査対象だという。
テレグラムは、その高度な暗号化技術と、政府の監視に対する強い抵抗姿勢で知られる。これが、プライバシーを重視するユーザーや言論の自由が制限された国々の活動家たちに支持されてきた。一方で、犯罪者やテロリストの温床にもなっているという批判も長年存在していた。
「デジタル時代の自由主義者」を自称
ドゥーロフ氏は自身を「デジタル時代の自由主義者」と称し、政府からの要請に応じることを一貫して拒否してきた。オンライン上の表現の自由を守る闘士として称賛される一方で、法の支配を無視する危険な存在としても批判されてきた。
この対立は、デジタル時代における根本的な問いを浮き彫りにする。
オンラインプラットフォームはどこまで自由であるべきか。そして、その自由に伴う責任はどこまで及ぶのかという問いだ。
ロシアの2人に1人が使うコミュニケーションの生命線
テレグラムの影響力は、特にロシアによるウクライナ侵攻以降、顕著になっている。
ロシア国民の2人に1人が利用し、4人に1人が毎日詳細な戦争情報を得ているという。さらに、前線の兵士たちが自身の体験を記録、共有する場としても機能している。
日本にいると、なかなか想像が及ばないところだ。言論の自由が確保されていない国こそ、テレグラムがコミュニケーションの生命線として生き残っているのだ。
一方、このような影響力を持つプラットフォームが、違法行為の温床になっているとすれば、それはやはり看過できない問題だ。介入しすぎもよくないという当然の視点もあるなかで、どう捉えればよいか。
イーロン・マスクが「解放せよ」
ドゥーロフ氏の逮捕は、テクノロジー企業の責任範囲について、世界的な議論を巻き起こすきっかけになるだろう。
X(旧Twitter)のイーロン・マスク氏が「#FreePavel(パベルを解放せよ)」と投稿して逮捕を批判した。一方で、この事件を機に、オンラインプラットフォームに対する規制強化の動きが加速する可能性もある。テレグラムが計画していた新規株式公開(IPO)にも影響が出るだろう。
「刃物製造業者の責任を問えない」は適切?
賛否さまざまな声がすでにあがっている。
そのうちの一つが、「殺人事件に使われた刃物を作った製造業者を逮捕するのか?」と同じ理論」「電話での犯罪を全て監視しているわけではない」といった声だ。
ここからは私見だが、私はこれらの言い換えは、わかりやすさを提供して議論のきっかけを作るのにはいいが、単純化しすぎではないかと感じている。
まず、刃物は個人が使う道具だが、テレグラムは数億人が利用するプラットフォーム。その影響力が比較にならないほど大きいこと。
一番大きな違いは、「継続的な管理の有無」にある。刃物は製造後に製造者の下を離れるが、テレグラムは継続的にサービスを提供し、ユーザーの活動を把握できる立場にある。
テレグラムは高度な暗号化と匿名性を特徴としており、これが言論や表現の自由を確保する。一方で、犯罪に悪用されやすい環境を作り出していることは事実で、「意図的な放置」をしているか、していないかが、最も話し合うべき論点だろう。
テレグラムは「表現の自由」を重視するあまり、違法行為の取り締まりに消極的だったという指摘がある。完全な匿名性を保証しつつ、違法行為を防ぐことは技術的に困難。ただ、他のプラットフォームが採用しているような最低限の対策、例えば自動検出システムや通報機能を講じていたかどうか。
「電話での犯罪をすべて監視」は、確かにできない。ただ、実際に悪用されて犯罪が起きたときに、後追いもできないのが良いのか。国境を超えて利用されるサービスで、フランスという一国の司法で裁き切れるのかという別の論点もあるだろう。
プラットフォーマーは単なる「場の提供者」なのか。サービスが社会に与える影響を意図的に放置しない。表現の自由とプライバシー保護という重要な価値観とのバランスをどう取るかという難しい課題も忘れずに考えたい。
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このコラムでは、調査報道を専門に新聞記者・海外特派員として経験を積み、NewsPicksの姉妹メディアで編集長を歴任、現在はNewsPicksでシニアエディターを務めるかたわら、ラジオ・Podcastのパーソナリティとしても活動する野上英文が、ジャーナリスト✖️MBAの視点で、時事ニュースをまるっと“二刀両断”で解説します。
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コメント
注目のコメント
「テレグラムは「表現の自由」を重視するあまり、違法行為の取り締まりに消極的だったという指摘がある。完全な匿名性を保証しつつ、違法行為を防ぐことは技術的に困難」
とっても個人的には、Telegramに関しては暗号化という側面が実態より強調されすぎるあまり、モデレーションの可不可云々と議論が無駄に面倒な技術論にミスリードされている印象も持っています。
まず暗号化に関してはSignal等の競合と比べてもTelegramにおけるE2E暗号化の使用は限定的で、Telegramを暗号化されたプラットフォームと強調するのはかえって誤解を招くとぼやく暗号の専門家もいます。
Is Telegram really an encrypted messaging app?
https://blog.cryptographyengineering.com/2024/08/25/telegram-is-not-really-an-encrypted-messaging-app/
そしてモデレーションは一般的にプラットフォームが自身でホストするコンテンツを監視する行為ですが、Telegramに関しては違法コンテンツの多くが暗号化されていないチャンネルで公開されている以上、政府等の第三者も一定程度監視は可能です。
例えばフランスにはSREN法という児童をオンライン犯罪から守ることを目的とした新法があって、チャイルドポルノなど児童虐待コンテンツをホストした業者には警察等からの通報後24時間以内の削除を義務づけています。違反に対しては懲役1年以下の刑事罰があります。
月曜日の検事の声明には様々な容疑が列挙されていますが、今回令状を出したのがOFMINという児童被害の犯罪を扱う部門という背景もあり、容疑の中に警察が特定した違法コンテンツの削除要請に対する対応が含まれる可能性を考えています。
詳細は水曜日に明らかになりますが、仮にこれが含まれるとモデレーションの可不可といった技術論以前の、遵法意識の問題ですよね。>一番大きな違いは、「継続的な管理の有無」にある。刃物は製造後に製造者の下を離れるが、テレグラムは継続的にサービスを提供し、ユーザーの活動を把握できる立場にある。
>「電話での犯罪をすべて監視」は、確かにできない。ただ、実際に悪用されて犯罪が起きたときに、後追いもできないのが良いのか。
このあたり、なるほどなぁ、と思いました。
刃物に例えて論じるよりは、「Amazonで麻薬の売買が違法に行われていたとして、Amazon側に責任が無いと言えるのか」みたいな例えの方が近いのかも。Winny事件のときもそうでしたが刃物製造者の責任に単純化するのは私も何となくモヤモヤします。犯罪を犯しやすい環境を提供しているのは間違いないわけで何も対策を講じないのを是として良いものか…悪いのは実際の犯罪者であることは疑いようがないですが犯罪者が躊躇する仕組みはやはり必要ではないかと思います。