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反目しつつ深まるベトナムの対中依存

南シナ海問題の行方を操る、ベトナム経済事情

2015/6/15
南シナ海が再び緊張感を増している。中国による南沙諸島での埋め立てをめぐって、ドイツで行われていたG7首脳宣言でも、明言は避けつつ、非難の声が出た。特に中国の一連の行動に対して最も強く反発しているベトナムの動きは、急激な対米接近の動きも相まって国際的にも注目がされている。その一方で、ベトナムは中国にすっかり依存してしまっている自国経済という弱みがある。ポリティクスから語られがちの中越関係を、そんな経済関係の面から探ってみたい。

増え続ける対中経済赤字

5月から会期に入ったベトナム国会では、南シナ海(注:ベトナムにとっては自国の東の海なので「東海」〈biển Đông〉と呼ばれる)問題も大きな議題だ。そこでマイ・ヒュー・ティン(Mai Hữu Tín)議員が計画投資省大臣に向けた質問が注目された。

彼が突いたのは中越両国の貿易統計間の大きなギャップだった。

ベトナム側の統計では2014年の対中貿易赤字が289億ドルとされる。だが、中国側統計で見るとその額が438億ドルに膨れ上がる。

つまり、(1)ベトナムの対中貿易赤字はこれまで公表された額より大きい、(2)多くの製品が何の検査も、関税の支払いもなくベトナム側に入ってきているのが現実なのだ。

大臣はそれが統計制度の違いなどで生じる数値の違いがあることを説明しつつも、多くの密輸品が入ってきていること、特に国境における小規模辺境貿易は完全に把握できていないことを認めた。

ベトナムの対中赤字は今に始まったことではない。ただ、その拡大はここ数年顕著なのだ。特にここ数年は急激に赤字が増えており、2009年からわずか5年後の2014年にはほぼ3倍となった(グラフではこれまでの推移をみるため、ベトナム側統計数値を採用した)。
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HSBCの経済予測によると、現在の最大輸出相手国はアメリカだが、2030年までにそれも中国にとって代わられるとされ(輸入はとっくに中国がトップになっている)、輸出入ともに今後ますます中国経済との関係が深まりそうだ。

工業製品から日用品まで:浸透しつつも不信増大

一般に経済の相互依存が深まれば国際関係は安定すると言われるが、「相互」とは言えない依存状態は両国関係のバランスを危うくする。

貿易赤字の原因としてこれまで上がっていたのは、ベトナムではまだ製造業における技術力が足りず、機械設備など比較的高度なもの(=高価なもの)が中国から入り、ベトナムが出せるのは農産品や衣服など比較的労働集約的なもの(=安価なもの)なのだという。

その傾向はもちろんある。しかし今では、機械設備のみならず、ベトナムでも生産が十分可能なはずの簡単な日用品まで、中国製が氾濫している。

ベトナム製に比べて「種類が豊富、そして安い」が小売関係者、消費者の本音だ。農産品、文房具、おもちゃなど、そして本来優位なはずの繊維産業でも低価格の衣料品はほぼ中国製だ。驚きの安さに、事実上の密輸製品が氾濫しているという疑念が国会で論じられた。

日本でも一時期は「メイド・イン・チャイナ」に対するアレルギーが相当強かったが、圧倒的な量、加えて日本で販売することを想定した品質管理の向上で、すでに市民権を得ている。

しかし、ベトナムではまだ相当根強いアレルギーがある。安さゆえに中・低所得者層を中心に使われはするものの、「欧米、日本に輸出できないような二流、三流品、不良品がベトナムに輸出されている」のではないかと疑いの声が絶えない。

特に直接健康に影響の出る製品、食品については敏感だ。以前も取り上げた「腐らない中国のリンゴ」(1月末の旧正月に祖先へのお供えとして飾って置いたリンゴの見た目が9カ月経っても新鮮そのものだった)など、中国産の食品は何か危険なのではないかという漠然とした、しかし根強い警戒感が消費者にはある。

ベトナム側から見た中国国境ゲート。人も物も日々行き交っている。(photo by いまじゅん)

ベトナム側から見た中国国境ゲート。人も物も日々行き交っている(撮影:いまじゅん)

公共投資でも際立つ中国企業の存在感

貿易の動きに加え、国内で行われる公共投資プロジェクトにおいても中国企業は存在感を示している。

高速道路、石油精製所、港湾施設など、ベトナムが整備すべきインフラはまだまだ多いが、その多くを中国企業が受注する。日本や韓国企業が受注しても、下請けでかなり多くの中国の、それも国営企業が参入しており、時に契約額の95%が中国企業に流れている案件もある。

中国からは企業と共に政府系資金も流入している。実態は詳しく明らかにされていないが、いわゆる政府開発援助(ODA)の範疇(はんちゅう)に入る低利子借款でファイナンスされている案件も多い。

中でも現在、注目が集まっているのはハノイの都市鉄道案件だ。ベトナムのバイクの波は有名だが、近年は車も増えて交通渋滞が日常茶飯事。それを解決すべく、中国が円借款ならぬ「元借款」で実施しているこの案件は、昨年まで工事が遅れに遅れを重ね、問題となっていた。

ハノイ市人民委員会の度重なるプッシュもあってか、ようやく工事が加速した昨年からは工事現場での事故が相次いだ。足場の崩落や建設資材の落下などで死者も出ており、今年5月にも再度事故があったことで工事が全面中断するなど、案件自体の評判がひどく下がっている。

そこで鉄道車両が中国から調達することが報道されると、ディン・ラ・タン(Đinh La Thăng)交通運輸大臣の口から、「中国施主の管理能力が低いことはわかる。変えたくても、中国からの資金でやっているのでもう無理」とぶっちゃけた、しかし大臣としては大変無責任な発言が飛び出す始末だ(ちなみにこのタン大臣は、善かれ悪しかれ発言が面白いことで有名)。世論の厳しい視線を前に、北の隣人に責任をおっかぶせざるを得ないのがありありだ。

一方で、実のところ今話題のアジアインフラ投資銀行(AIIB)については、ベトナムは2014年から構想参加を表明している。慎重論は多いが、「中国から直で借りるよりはAIIBから借りるほうが良いでしょ」という実利主義的な意見(“Việt Nam vay vốn từ AIIB tốt hơn vay trực tiếp Trung Quốc”)がその本音だ。

大量の中国政府資金が流入する中、AIIB経由なら中国以外の目が入る分そう無茶なやり方はしないだろうし、ともかく利用できる資金は利用していきたい。自国の財政不足も叫ばれる中でベトナム政府はそう考えている。

対中強硬姿勢のアキレス腱

もちろん、「対中依存からの脱却を!」という議論は、昨年反中デモが勃発した際にも盛んに議論された。ただ残念ながら問題は解決どころか、より深く深くへと向かっている。

外交政策では得意の全方位外交で南シナ海問題を「国際化」させ、アメリカとの関係緊密化もちらつかせて中国をけん制するなど得点を稼いでいるように見えるのだが、国内経済政策が足を引っ張りかねない。

外資頼みのうち、特に「中国頼み」の面が色濃いベトナム経済。輸出入の多角化を図りつつ、国内企業を振興して、過剰な一国への依存をどう改善していくのか。その舵取りこそが裏で領土問題の行方を左右するはずだ。

*本連載は毎週月曜日に掲載予定です。