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米国防長官は「すべての領有権主張者」をけん制した

シャングリラ対話:火花なき米中の視線の先にあるものは

2015/6/8
5月29日から31日にかけ、シンガポールでアジア安全保障会議(シャングリラ対話)が開かれ、米中日韓やASEAN諸国の防衛当局責任者が一堂に会した。筆者はそこに出席し、会議の模様を参観してきた。そこで感じた“温度”と日本に伝わっているそれにギャップがあるため、現場で見聞きした事実をお伝えする。

シンガポール首相、基調講演で日中韓をけん制

会場となったシャングリラホテルはショッピングスポット、オーチャード通りから少し離れた閑静なエリアに立つ。付近ではネパール出身のグルカ兵が巡回し厳重な警戒を敷いていたが、3日目の朝に一台の車が規制線を突破し、乗っていた男1人が当局によって射殺された。その後は周辺道路が封鎖され、一層物々しい雰囲気に包まれるようになった。

2002年に始まったこの会議は英国国際戦略研究所が主催し、アジア太平洋地域では数少ない国防大臣クラスが集まる「トラック2会合」だ。昨年は安倍首相が基調講演をしたこともあり、日本でも知名度が上がってきている。

シンガポール側の主催者によると、今年はインドのモディ首相に「インド太平洋」(Indo-Pacific)というトピックで基調講演を依頼したが、断られたという。

この「インド太平洋」という概念は、南シナ海や東シナ海での領有権問題、航行の自由などが注目を集める中、日本やオーストラリアが近年使い始めた地政学用語で、西太平洋からインド洋へ広がる地域を指している。

今年は結局、シンガポールのリー・シェンロン首相が基調演説を行った。シンガポール外交の特色である、米中日等距離外交を体現したような演説だった。

このところ世界中のメディアをにぎわしている、中国による南シナ海での人工島建設については直接評論を行わなかった。歴史問題については、「日本は過去の過ちを認め、日本の世論は右翼的な学者や政治家による極端な歴史解釈をもっと明確に拒否するべき」と述べた。

そして、日本は一般的な言葉で謝罪を表明しているものの、「慰安婦や南京大虐殺など特定の問題について曖昧な態度をとってきた」と指摘している。一方で、中国と韓国に向けて、「日本へ謝罪を何度も何度も要求しないこと」の重要性を説いた。

中国への配慮には、ますます緊密になるシンガポールと中国の関係が背景にある。中国商務部の統計によると、シンガポールは前年に引き続き2014年も中国への最大の投資国だった。蘇州工業団地、天津エコシティにつづいて第3の両国政府間協力プロジェクトを中国西部で行う方向で調整が続く。

さらに、両国の国交正常化25年を迎える今年は、習近平・中国国家主席がシンガポールを公式訪問する予定になっている。
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態度の軟化が話題になった米国防長官演説

日本の報道では、「米、南シナ海巡り中国牽制『埋め立て即時停止を』」(朝日新聞)、「米国防長官、中国を非難 南シナ海の監視継続」(日本経済新聞)などのヘッドラインが踊ったが、米国の態度は去年のヘーゲル国防長官(当時)の演説に比べて軟化しているというのが一般的な評価だ。

カーター米国防長官はスピーチで南シナ海の現状について触れ、近年、スプラトリー諸島の領海権を主張する国々(クレイマント)が前哨基地を開発してきたことは事実で、すでにベトナムが48、フィリピンが8つ、マレーシアが5つ、台湾が1つ持っている。

「だが、ある国がどの国よりも早く、行き過ぎている国がある。それは中国だ」と述べた。そのうえで、「すべてのクレイマント」による埋め立てを即刻停止することを呼びかけた。

演説終了後、中国側の出席者がカーター氏による批判は「根拠がなく、建設的でなく、有用でない」と反論した。結果としてそれが人々の目を翌日の中国人民解放軍の孫建国・副総参謀長による演説へと引きつけた。

対話最終日の孫副総参謀長のスピーチは、南シナ海について触れた部分で一気に語気が強まった。「私はここで改めて申し上げる。(南シナ海)関連の建設は完全に中国の主権内の行為であり、情理にあっているし、合法である。どの国に対して焦点を当てるものでもなく、航行の自由には影響を与えない」
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言葉少なに去った中国副参謀総長

演説後、国際関係学者、ジャーナリスト、大使館職員が集まるフロアから孫副参謀総長へ相次いで鋭い質問が投げかけられた。

「中国はウィンウィンでの協力を主張しているが、南シナ海で人工島を建てて、中国以外に誰が得をするのか」
「他の国は『法による支配』についての発言が多かったが、あなたは一度も言及しなかった。それはどうしてなのか」

「AIIBや新シルクロード構想とは対照的に、中国は南シナ海問題では包括的というより排他的、相互信頼を醸成するというより強要的、ウィンウィンというよりゼロサム的だ。この違いをいかに説明するのか」……。

他の発言者に与えられる時間が2分に制限された中、孫副参謀総長には特別に10分が割り当てられた。だが、どうも最初から孫氏の歯切れが悪い。彼自身の軍内ランクが低すぎて、軽々しく演説原稿を逸脱することは言えなかったようだ。

かろうじて、「われわれの世界、そしてアジア太平洋地域には、南シナ海に比べて重要な問題がたくさんあると思う」と述べ、誰かが南シナ海の問題を大げさに取り上げているとの見方を示した。これは米CNNテレビが先月20日、南シナ海の海域で米軍機に同乗取材した映像を公開したことを指しているようだった。

同映像では、米国の対潜哨戒機P8が「こちら中国海軍。退去せよ」という警告を受けた様子が流れ、同海域の緊迫したムードが話題になった。

セッションが終わると大量の記者がその後ろを追ったが、孫副参謀総長は言葉少なだった。

米国は航行継続を明言、火花の舞台は海上へ?

米国は、中国が新たに建設した人工島を領有権主張の根拠にはできないし、国際的な空・海の通航に制限をかけることを許可するものではないと断言。

中国がつくった人工島の周辺海域で海軍艦艇を航行させる、もしくは上空に戦闘機を飛ばすことを検討している。このため、これから実際にどう中国と向き合うのか、大きな試練が待ち構えている。

それをめぐってシャングリラ対話で米中が火花を散らせることはなかったが、海上では一触即発の状態が続くことになりそうだ。

※本連載は毎週月曜日に掲載予定です。