2024/5/15

次世代通信基盤を導入。SHIBUYAが世界的な都市へ

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 「光電融合」と呼ばれる革新的技術をベースにした次世代通信基盤「IOWN」。
 IoTデバイスやセンシング技術、XRに代表される3D空間の発展により膨大なデータ処理が求められる中、既存のインフラと比較して圧倒的に高効率な通信を可能にする技術として注目を集めている。
 このIOWNを世界で初めてまちづくりに活用する取り組みが始まろうとしている。
 NTT、NTTドコモ、東急不動産が協業し、IOWNサービスを広域渋谷圏に導入。世界をリードする環境先進都市へ進化させることを目指す。
 まちづくりにIOWNを導入することで、渋谷を訪れる人や暮らす人たちの日常はどう変わるのか。強固な通信基盤を得ることでリアルとバーチャルの融合が進んだとき、都市のあり方はどう変わるのか。
 この取り組みをリードするNTTドコモと東急不動産のキーパーソンたちが、建築家の豊田啓介氏とともに「未来のシブヤ」について語り合った。

環境に優しい技術で持続的なまちづくりを

──NTTグループが開発する次世代通信基盤「IOWN」とは、どのような技術ですか。
栗山 IOWNは光電融合技術と光通信技術によって実現される通信・コンピューティングを融合させたインフラで、既存インフラに対して「大容量性」「低遅延性」「低消費電力性」を大きな優位性とします。
ドコモショップ運営者や、地方創生など幅広い分野の経歴を活かし、ドコモの中でも前人未到系業務で手腕を振るう。現在、NTTグループが掲げる多様性を受容できる豊かな社会を実現する次世代通信IOWN構想の社会実装に向け、渋谷をはじめ様々なパートナー様との協業をデザインすべく全国各地を躍動。
 近年はデータ通信量が加速度的に増加し、それに伴う消費電力量の増大も世界的な懸念となっています。
 これらの社会課題を解決する技術がIOWNで、従来の通信ネットワークと比較して伝送容量が125倍、エンドエンド遅延が200分の1、電力効率が100倍になります(2030年度以降の目標性能)。
 次世代を担う通信インフラとして「速い」「遅れない」は大前提ですが、加えて消費電力が従来の100分の1で済むほどの高い電力効率を備えた通信基盤は海外でも例がありません。
 NTTグループとしてもIOWNを世界のデファクト・スタンダードになる次世代通信基盤と位置づけ、2023年3月には商用サービスの第1弾となる「APN IOWN 1.0」の提供を開始して、社会実装を進めています。
 東急不動産との協業により、世界で初めてIOWNサービスをまちづくり分野へ導入したのもその一環です。
──なぜ東急不動産はIOWNに着目したのですか。
渾川 最大の理由は東急不動産ホールディングスが掲げる「環境経営」の方針とIOWNの特性がマッチしたことです。
 当社は環境先進企業を目指し、国内に保有する全施設(※1)の使用電力(※2)を100%再生可能エネルギーに切り替えるなど、環境課題に取り組んでいます。
 消費電力の削減によって環境負荷を低減するIOWNは、まさに環境に優しい技術であり、私たちのビジョンと合致します。
※1 RE100 の対象範囲とならない、売却又は取壊し予定案件及び東急不動産がエネルギー管理権限を有しない一部の共同事業案件を除く。

※2 RE100 が認めるグリーンガスが国内市場に存在しないため、コジェネレーション自家発電による電力を除く。なお、東京ガスが供給するカーボンニュートラルガスを採用することで、脱炭素を実施している。
2008年に新卒入社後、6年間マンション用地取得や管理受託営業などの住宅事業を担当。その後、都市事業部門に異動し9年間、テナントリーシングや都市型アセットの売買業務を担当。23年度は広域渋谷圏のまちづくりにおけるソフト施策の企画立案業務を担当し、IOWNなどのデジタル基盤構築やスタートアップ共創活動業務などに従事。
 さらには東急不動産が進めるまちづくり戦略「広域渋谷圏構想」においても、通信インフラが重要な鍵を握ります。
 広域渋谷圏では「職・住・遊」を融合したサステナブルなまちづくりを目指し、「創造」「発信」「集積」をキーワードに様々な取り組みを行っています。
 今の時代に新しいものやことを創造するにはデジタル基盤の構築が必要不可欠です。
 また渋谷周辺にはIT関連の企業やスタートアップが集積しているので、IOWNという次世代インフラを実際に利用していただくことでイノベーションや新規事業の創出が促進されれば、広域渋谷圏の都市としての魅力や競争力の向上につながると考えました。
──すでに渋谷ではIOWNを利用できるのですか?
栗山 ええ、昨年11月に竣工した渋谷駅前の大型複合施設「Shibuya Sakura Stage」に「APN IOWN 1.0」を導入済みです。
 翌12月にはこの技術を体感できるイベント「IOWN WEEK」を開催し、二つの特別企画を実施しました。
 一つは吉本興業の芸人コンビが二つの会場に分かれ、モニター越しにネタやラップを披露するエンタメ企画です。
 低遅延のIOWNなら遠隔でもタイムラグが発生せず、まるで同じ場所にいるかのような息の合ったパフォーマンスができることを証明しました。
「IOWN WEEK」の一環として2023年12月14日(木)に開かれた特別企画。吉本興業のお笑いタレントたちが「Shibuya Sakura Stage」と「渋谷ソラスタ」の2カ所に分かれ、離れた場所にいるタレント同士で漫才やゲーム、ラップバトルを披露。通信のタイムラグがほとんどない生じないというIOWNの実力を体感した。(写真提供:NTTドコモ)
 もう一つはオフィスでの活用を想定したWeb会議のデモンストレーションで、高画質の4K映像をスムーズに送受信できることに加え、参加者の会話がリアルタイムで多言語に翻訳される自動翻訳システムも実演しました。
勝亦 このようにIOWNは、様々なユースケースを実現できる段階に入っています。
 他にも遠隔地にいるトレーナーの指導を受けながら渋谷のジムで体を鍛えたり、リモートで制御されたロボットコンシェルジュの案内でショッピングを楽しんだりと、「職・住・遊」の様々な場面で新しい価値や体験を提供することを想定しています。
ドコモショップ運営者や、新規事業立ち上げ、UXデザイナーなど幅広い分野の経歴を活かし、ドコモの中でも前人未到領域で手腕を振るう。現在、NTTグループが掲げる多様性を受容できる豊かな社会を実現する次世代通信IOWN構想の社会実装に向け、世界初となるユースケース創出・社会課題解決を、街やアリーナ等を舞台に最前線で取り組む。
西田 職・遊・住が混ざりあう渋谷は、エリアに集まる目的やニーズが他の都市と比較して実に多種多様です。
 渋谷の特徴ともいえるこの多様さに対して当社が策定した、広域渋谷圏構想においても、IOWNを活用してビジネスや商業、エンタメ、医療や教育など、多岐にわたる領域で新しい価値を提供したいと考えています。
同業他社を経て、2019年に同社に入社。CRE営業や、再開発事業などのハード面で不動産事業に従事し現業に至る。現業では広域渋谷圏におけるIOWNやAIなどの最先端技術の活用や、都市のメディア化、デジタルを活用したまちづくりなど、ソフト面からの街づくりの事業企画・推進を担当。

渋谷発の地方創生も実現可能に

──長年、未来都市のあり方を描いてきた豊田さんは、IOWNの可能性をどのように見ていますか。
豊田 IOWNの実力が本当に試されるのは、複合環境における社会実装の段階だと考えています。例えば先ほど、IOWNの活用シーンのイメージとして「リモートコンシェルジュ」が挙がりましたよね。
 これは、人間とロボットの双方が周囲の環境や人の動きを認識しながらコミュニケーションし、没入型の体験を提供するサービスです。
 そのためにはカメラやセンサー、モニターなど多数のデバイスやチャネルを介して大量のデータを処理し、リアルとバーチャルを融合して異なるサービスを連携させなければいけない。
 現在のようにスマホの画面を介して動画や音声をやり取りする程度ならデータ通信量も限られますが、メディウム(媒体)が劇的に増える複合環境においてもあらゆるデータを統合し、双方向かつリアルタイムの通信を実現できるのか。
 これが次のチャレンジであり、その時こそIOWNが本格的に必要とされるでしょう。
 そのためにも活用の場をオフィスや会議室に閉じるのではなく、実証フィールドを街全体に広げて、IOWNを活用したまちづくりの可能性を検証してほしいですね。
1972年、千葉県出身。96年、東京大学工学部建築学科卒業。96-00年、安藤忠雄建築研究所を経て、02年コロンビア大学建築学部修士課程(AAD)修了。02-06年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 NOIZを蔡佳萱と設立(2016年より酒井康介が加わる)。2020年、ワルシャワ(ヨーロッパ)事務所設立。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究・コンサルティング等の活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。 2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017年~2018年)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ アドバイザー(2020年〜)。 2021年より東京大学生産技術研究所特任教授。
渾川 まさにそれが今回の協業の狙いです。東急不動産は広域渋谷圏で複合施設から公園まで様々な開発プロジェクトを進めており、一つの建物や施設にとどまらず、街全体を包括したオープンで広い範囲の取り組みが可能です。
 さらには全国各地にもアセットを保有しているので、渋谷を起点として別の地域と連携するなど、活用事例を点から面へ広げていくこともできます。
 狭い範囲に閉じた取り組みではないからこそ、IOWNの大容量・低遅延という強みを活かせますし、私たちがNTTグループと協業する意義があると考えています。
豊田 いいですね。例えば東急不動産が持つ各地のリゾート施設をIOWNでつないでネットワーク化すれば、普段は渋谷で暮らす人が地方の別荘に滞在しながら仕事をしたり、学校の授業を受けたり、かかりつけ医の診察を受けたりできる。
 地方で増加する空き家や空き別荘なども拠点として活用すれば、人の流動化や既存施設の再付加価値化にもつながります。
 渋谷で実証した先進的なユースケースを他地域でも展開し、事業範囲を拡大していけば、地方創生などの大きな社会課題にアプローチすることも可能でしょう。
勝亦 渋谷のエンターテインメントを地方にいながらリアルタイムで体感するといった仕掛けもできますね。
 IOWNの通信基盤にXR技術を組み合わせれば、別の場所にいてもまるでイベント会場にいるかのような臨場感と没入感を楽しめる。
 NTTドコモはスタジアムやアリーナなどの事業を手掛けているので、各地の施設をつなげば賑わいを2倍、3倍と増やしていけます。
 コロナによる制限も緩まりリアルとフィジカルを交えた楽しい体験がしたいというニーズが高まっている今だからこそ、アイデア次第で様々なチャレンジができるはずです。
渾川 渋谷エリアを起点として、多くの人に新しい体験を提供できたら私たちも嬉しく思います。
 一方で広域渋谷圏のまちづくりに取り組む者としては、別の場所でまったく同じ体験ができると、実際に渋谷を訪れる人やこの街に住みたいと考える人が減ってしまうのではないかとの懸念もあります。
──この点はどう考えるべきでしょうか?
豊田 心配ありませんよ。むしろ別の場所で体験できる機会を増やすほど、発信地である渋谷にたくさんの人が集まります。
 私が企画に関わっている「Air Race X」、バーチャル空間に再現した世界の各都市で小型飛行機のレースを行うイベントで、昨年は渋谷の街でも開催しました。
 それをXRデバイスやスマホを通じて遠隔で観戦した人たちが、「会場になった場所を見てみたい」と全国各地から続々と渋谷へやって来たんです。
 エアレースのファン層と渋谷に興味や憧れを持つ層は本来それほど重ならないはずですが、バーチャルで体験した場所はリアルでも体験したくなるんですね。
 だから渋谷以外の場所で同じ体験を共有する取り組みは、この場所を訪れる人や住みたい人を新規開拓し、街の人口を増やす効果のほうが断然大きいはずです。
渾川 確かにおっしゃる通りかもしれません。実は東急不動産もバーチャル空間でのビジネスに進出していて、昨年度にはオンラインゲーム「フォートナイト」内に渋谷の街を再現し、デジタル世界と現実世界を連動させたデジタルツイン広告枠の提供を開始しました。
 リアルビジネスのイメージが強い不動産事業ですが、これからはバーチャルとの相乗効果で集客力を強化し、都市の魅力を高めていくことも必要だと実感しました。

渋谷が企業や人をつなぐデバイスに

豊田 東急不動産とNTTグループの協業は、ビジネス拠点としての渋谷の魅力を高める効果も大きいと思います。
 特に小規模なスタートアップや個人は、新しいビジネスに挑戦したくても自前のインフラを用意できないし、外部のリソースを使いたくても、まだ実績のない事業者が大手通信会社と法人契約を結ぶのは難しい場合も多い。
 でも渋谷なら東急不動産がすでにIOWNというインフラを導入しているので、実験的なチャレンジがしたいと考える企業や起業家がどんどん集まる。
 渋谷の街が一つのデバイスとなり、多様な企業や人をつないで新たな価値やイノベーションを創出する。そんな未来が描けます。
栗山 渋谷がデバイスとなった共創はすでに始まっていて、今年2月には東急不動産とNTTグループが「Shibuya Sakura Stage」に入居するITベンチャーのアルサーガパートナーズと協業し、IOWNを活用した次世代リモート会議システムの開発を目指して具体的な検討に入りました。
 我々が提供する環境を活用してもらい、意欲的でスピード感のあるスタートアップやベンチャーとの協業が拡大すれば、より活気あるまちづくりにつながるでしょう。
 私たちもそんなパートナーに数多く出会えることを期待しています。
西田 「IOWNといえば渋谷」というイメージを発信し、最先端技術を使える街としてブランディングできれば、企業が拠点を設ける際に広域渋谷圏が有力な選択肢になります。
 また、スタートアップやベンチャーという観点からも当社は広域渋谷圏における共創施設の展開に力を入れており、「Shibuya Sakura Stage」にもディープテック領域のスタートアップ支援を目的とする施設を今年中に開設予定です。
これらの施策とも相乗効果を発揮できるのではないかと考えています。
 IOWNの優位性と当社が持つアセットを組み合わせ、渋谷に集まる企業や人がそれぞれの個性や想像力を活かして発展できる環境を用意していきますので、この街に面白さを感じてくださる方がいたら、そういった方々にぜひ渋谷へ集まっていただきたいと思います。
豊田 広域渋谷圏のような実証実験の場をつくることは、日本がスマートシティの開発で優位に立つためにも重要です。
 物理空間と情報空間をつないで都市として機能させるには、デジタル技術だけでなく、現実世界のモノに関する知見が必要となる。そしてものづくりにおいては、海外企業より日本企業が圧倒的に強い。
 ビルや施設などのハードウェアについて豊富なノウハウを持つディベロッパーが舵を取り、情報レイヤーと物理レイヤーをつなぐ仕組みを戦略的につくっていくことは、未来の都市開発競争における日本の勝ち筋になります。
 その意味でも、東急不動産とNTTグループの協業は意義があります。ぜひ皆さんには、中長期的な視点と大きなビジョンを持って、広域渋谷圏での取り組みを進めていただくことを期待しています。
※出演者の所属・肩書きは取材時点(2024年3月25日)時点のもの