2024/4/30

研ぎ澄まされた論点・仮説に昇華させる方法

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 2023年2月から「センスに頼らない実践的な問題解決の技法」を紹介してきたベイカレント・コンサルティングの連載は、今回で4回目(最終回)を迎える。
 これまでのまとめとなる今回は、核心に迫る論点とスジの良い仮説に昇華する方法をベイカレント・コンサルティング パートナーである花野正弘氏が紹介する。
 これまで世に多く存在した“コンサル本”では、「検証」の具体的手法について語られる一方、「論点設定」や「仮説構築」の技法にはあまり言及されてこなかった。ベイカレントでは、思考のブレークスルーを引き起こす「核心に迫る論点」を設定することに重点を置き、クライアントの問題解決を支援してきた。
 今回はこれまでの連載で取り上げてきた実例を交えながら、ベイカレントが実践している、より磨かれた論点設定と仮説立案の手法を紹介する。
これまでの記事は下記よりご覧ください。

“核心に迫る問い”をどう作るか

──前回までのお話で、論点整理の段階で「囚われ探索」が重要だとお聞きしました。
「囚われ探索」は課題を明確化し、イシューツリーを作るうえで非常に重要なプロセスになります。「囚われ探索」とは、自分たちの思考がバイアスに囚われていないか、誤った常識化をしていないかを確認するプロセスです。
 ビジネスの課題について社内で議論する際に、自身が持つ認知の歪みに気づかずに議論を進めてしまうということは頻繁に発生します。
 例えば、本来はアライアンスパートナーとなり得る企業に対して、競合であるという誤った前提を置いてしまうといったことが、社内の「あうんの呼吸」により無意識に生じてしまうのです。
 そのため、「囚われ探索」というプロセスを通じ、思考のクセやバイアスにより暗黙的に置いてしまっている前提を自覚し、問い直すことが重要になります。
 今回の記事でご紹介する論点の「核心化」と「初期仮説化」を進める前に、我々の提案する問題解決技法の肝とも言える「囚われ探索」を入念に行う必要があります。
 まずは「囚われ探索」に有効な「7つの観点」と「3つの質問」という思考ツールについて簡単に説明します。
「7つの観点」を通じて行うのは、クライアントの思考や意思決定の元となるファクトやロジックを炙り出し、前提としていることをなるべく多く書き出すことです。この段階では書き出したことの正誤は問いません。
──書き出した前提をどのように活用したら良いのでしょうか。
「7つの観点」で出てきた思考の前提に対して「3つの質問」をぶつけてみましょう。
 3つの質問の要点は下記の通りです。
漏れ:他に有効な選択肢がないか。
妥当性:今置いている前提が本当に正しいのか。
あえて:逆張りの発想で新しい思考や視点は作れないか。
 特に「あえて」の視点は硬直化しがちな組織の中では、非常に有効な問いになります。スタンダードな解決策、全員が納得するような方法が取られそうになった際に、違う視点から考え直してみると、見落としていた重要な観点に気づくこともあります。
7つの観点と3つの質問についての詳説は第2回のこちらの記事をご覧ください。

論点と仮説を再構築するための3つのプロセス

──ここまでのプロセスで、無意識のうちに囚われていた前提を多角的に捉え直すことができますね。
 これらを最初からセンスでやろうとしたり、手順を飛ばして進めたりするのは難しいのですが、手順を一つ一つ着実に行っていけば、センスや勘に頼ることなく問題解決への道筋が見えてくるでしょう。
「7つの観点」と「3つの質問」のプロセスを通じて、誤った常識や前提への疑いが浮かんでくるはずです。これら疑いを明らかにして、新たな問いに転換することが思考のブレークスルーそのものです。
 これらを当社では「核心に迫る問い」と呼んでおり、これらから自ずと導出される「スジの良い仮説」と共に非常に重視しています。
「核心に迫る問い」を手がかりとして、3つのステップでシャープな論点と仮説に再構築していきます。
 再構築された論点と仮説はデータや理論がしっかりしていることはもちろんですが、クライアントの意識も含めたチーム全体が一つになるような「ワクワクできるもの」である必要があります。
 実際に良い論点と仮説ができあがると、プロジェクトに一気にドライブがかかります。
──どのように再構築していくのか、手順を追って教えてください。
 プロセスは大きく3つです。一つ目が「主論点の再確認」、二つ目が「サブ論点の組み直し」、三つ目が「新仮説の立案」です。
「主論点の再確認」とは「同質化」で得られた主論点が前提を問い直した後でも適切なものと言えるか確認する作業です。
 先ほどのプロセスで見つけ出した「核心に迫る問い」を見て、主論点が妥当かを改めて判断します。この際に、クライアントのミッションとの整合性には特に注意が必要です。
 次のステップが「サブ論点の組み直し」です。
 従来のビジネス本などでは、サブ論点の立て方について十分な説明がほとんどありませんでした。主論点をなんとなく分解するだけで済ませてしまっていた人も多いのではないでしょうか。
「サブ論点の組み直し」では元々設定していたサブ論点を下敷きに、以下の4つの作業を行います。
 この作業を通じて、「主論点ーサブ論点ーサブサブ論点」という三層構造のイシューツリーが完成します。前のプロセスで発見した「核心に迫る問い」は、解かなければならない重要な問いになります。必ずイシューツリーのどこかに入れ込みましょう。
 イシューツリーを作成したら、サブサブ論点を解決したらサブ論点が自動的に解決する、サブ論点が解決したら主論点が自動的に解決するという作りになっているかを確認しましょう。
「サブ論点の組み直し」はイシューツリーの構築の中で最も重要なパートです。ここでは押さえておくべき3つのポイントがあります。
 一つ目はクライアントがハッとするか。誤った前提を持っている人が見て、ハッとしていなければ、問題の本質には迫れていません。
 二つ目は仮説が透けて見えるか。本質をついていること、具体性が高いこと、仮説が思いつきやすいことが重要です。また、仮説として説得力を持つだけのファクトデータも必要です。
 三つ目は自分たちがワクワクできるかです。ずっと頭を悩ませていた課題が、このサブ論点をクリアすることで解決できそうという見通しが立っていることが重要です。
 最後のステップである「新仮説の立案」はここまでの作業を正しく行っていれば、自然と導出できるはずです。
 大事なのは自分たちが無意識のうちに設定している前提を「囚われ探索」を通じて炙り出すこと、「囚われ探索」を通じて浮かんできた疑問を仮説に転じる「要素転換」を行うことの二点です。
要素転換についての詳説は第3回のこちらの記事をご覧ください。 
 もし、このステップで手が止まってしまうようであれば、「囚われ探索」と「要素転換」の作業をもう一度やり直してみてください。
丁寧に愚直に繰り返せば必ず思考のブレークスルーは訪れます。

大胆な価格戦略の可能性はこうして見つかった

──ベイカレントで実際に行った、論点・仮説の再構築の事例はありますか。
 今回も前回までと同様、消費財メーカーのプロジェクトをもとにお話しします。消費財メーカーが当初立てていたイシューツリーは、下記の図のようなものでした。
 当初、クライアントは「競合に負けないSKU別のプライシングはいくらで、その事業のインパクトはいかほどになるのか」という主論点を立てていました。
 これに対して前回の記事で見出した新たな問い(=核心に迫る論点)をベースに「主論点の再確認」を行ったところ、従前の主論点ではカバーしきれていなかったエッセンスを発見しました。
 主論点に不足していたエッセンスの1つ目は「最適価格までの至り方」です。
 つまり、従前の主論点「競合に負けないSKU別のプライシングはいくらで、その事業のインパクトはいかほどになるのか」には、発見した新たな問い「どのように最適価格に至ると、最も利益が大きくなるか」「競合SKUはどのように値上げを進めているか」の要素が含まれていませんでした。
 不足していたエッセンスの2つ目は「最適価格は継続的に捉え直す必要がある」という点です。同様に従前の主論点には、発見した新たな問い「いかにして事業インパクトを創出し続けるためのPDCAを回すか」の要素が含まれていませんでした。
 これらの不足エッセンスを含むように考え直すと、「競合に負けないSKU別の価格をいかに実現し、どの程度の事業インパクトを狙うか」という新しい主論点が導き出せます。
 こうした思考プロセスを踏むことで、我々が立ち向かうべき主論点をアップデートすることができました。
 アップデート後の主論点は、クライアントの事業部門が掲げるミッションである「ラグジュアリーブランド事業部の利益向上」とも方向性が一致していたため、私たちもクライアント側も進むべき方向性に確信を深めることができました。
 次の「サブ論点の組み直し」では、「核心に迫る問い」をサブ論点に入れたり、元々立てていたサブ論点の見直しを行ったりしました。
 まず従前のサブ論点を見直しました。「価格弾力性があるSKUはどれか?」「その価格弾力性はどの程度か」。これは第二回の記事で弾力性がないことが分かったので削除しました。
「ロイヤルティ度合いを踏まえた、適正価格はいくらか」これも第二回と第三回の記事で顧客ロイヤルティごとにSKU価格と数量の関係性を定量的に調べたところ、傾向に大きな違いがないとこが判明したため削除しました。
 その上で「核心に迫る問い」を順に解いていけば主論点の解になるように並べ替えました。
──このイシューツリーが核心を突いているという自信はあったのですか?
 このプロセスで良いイシューツリーに組み直せたときは、必ず「上手く行った」と確信が持てます。先ほどの「クライアントの高価格帯商品には、価格弾力性がない」という新たな仮説をベースにイシューツリーを再構築した際には、社内のチームメンバーと「これでいける」という確信が持てました。
 クライアントも自社では気づけなかった大胆な仮説に、納得感があるロジックで到達できたことに満足してくださいました。
──最後のステップである「新仮説の立案」についても事例で説明してもらえますか?
 はい。ここまで行った「サブ論点の組み直し」で新しいイシューツリーができていれば、新仮説の立案はそこまで難しくはありません。
 良い論点は本質をついており、かつ具体性も高いので、そこから仮説を導出するのは比較的簡単です。前提を問い直した際に見つかったファクトやデータも手元にあるはずなので、仮説を出すためのヒントとして活用しましょう。
「立案せず」とは、プロジェクトの中で十分な調査や現状分析が必要であり、この作業さえ行えば自ずと解が見つかるため、このタイミングでは初期仮説を立案しなかったことを指す。
 先述した消費財メーカーのプライシングに関するケースでは、こうした思考プロセスを踏まえ、非常にインパクトのある仮説を立てることができました。
 それは「そもそもクライアントが販売する高価格帯の商品の場合、金額と販売数量に関係がない」という仮説です。
「価格を原則として値上げか据え置きにする」という価格戦略は、クライアントが掲げていた高価格帯で勝負するというブランド戦略とも非常に親和性の高いものでした。
──論点と仮説を再構築した後、実際のプロジェクトはどのように進めたのでしょうか?
 各論点に答える形で、SKU別の最適価格を特定し、その実現方法やPDCAのあり方も具体化しました。これにより3年間で6~7割のSKUを5~20%値上げするという大胆な策を練り上げ、クライアント事業部の利益率を10ポイント弱向上させることができるほどのインパクトを持つ戦略を完成させました。
──仮説設定のための3つのプロセスは、どのような場面で活用できるでしょうか。
 どのようなビジネスシーンでも活用できると思います。ビジネスの現場には、必ず解決すべき課題があります。
 新たな収益源となる新規事業の創出、オペレーションコストの最適化、将来を見据えた人材育成など、どのような場面でも応用が利くメソッドです。
 各ステップを丁寧に進めていけば、必ず「核心に迫る問い」「スジの良い仮説」を作ることができます。
 今回紹介したのは、今まで世の中で知られていたメソッドをさらに実用化したものです。これまでの伝統的なフレームワークや思考法と併せてご活用いただきたいですね。

なぜ、問題解決の手法を公開するのか

──全4回にわたってベイカレントのノウハウを語ってくださいました。なぜ、ノウハウについてここまでオープンなのでしょうか。
 当社はパーパスとして「Beyond the Edge 変化の一番先に立ち、次の扉をともに開く。」という言葉を掲げています。
 また、当社のビジョンの一つに「あらゆる業界のリーディングカンパニーの成長に最も貢献している」というものを掲げています。
 少し綺麗事っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、クライアントとのプロジェクトだけでなく、さまざまな形で日本の働く人の問題解決力の底上げも私たちのミッションに含まれていると考えています。
 社内に溜まった知見やノウハウを出し惜しみせず発信し、活用していただくことも社会全体への貢献の一つのあり方だと捉え、センスや感覚的な部分を排した即活用可能な技法とすることを心がけています。
 私たちの知見を1人でも多くのビジネスパーソンにご活用いただき、日本のビジネスパーソン、ひいては日本企業の更なる発展に貢献できたら嬉しいですね。