2024/4/18

【なぜ】大阪のオープンイノベーション施設に、全国から人が集まるワケ

NewsPicks Brand Design / NewsPicks for WE Senior Editor
各社がこぞって取り組むオープンイノベーション。

大阪・京橋にある「QUINTBRIDGE」もその一つ。手掛けるのはNTT西日本だ。

しかし数多あるオープンイノベーション施設のなかでも、2022年3月の立ち上げから2年弱で、利用者数は延べ16万人超。会員数は法人1,336組織、個人約1.8万人と急成長を遂げている(2024年3月時点)。

その特徴は、意欲的な会員たちによる「自主自立」の運営。大企業や自治体、スタートアップなどが垣根を越えて精力的に活動しているという。

なぜ今、NTT西日本がオープンイノベーション施設を手掛けるのか。そして、どのように共創を生み出しているのか。

立ち上げに携わったキーパーソンたちの話から、イノベーションの種を生む場づくりのヒントを探った。
INDEX
  • 活動のエンジンは“互助の精神”
  • 広げるダイバーシティと、狭めるダイバーシティ
  • 共創を生み出すために“本当に必要なこと”
  • 自治体の課題に、解決策が続々と集まる場
  • 通信インフラから社会貢献インフラの企業に

活動のエンジンは“互助の精神”

──「QUINTBRIDGE」というオープンな場づくりに、NTT西日本が投資を決断した背景についてお聞かせください。
及部 もともとここは、NTT西日本のイノベーター人材を育成する研修施設になる予定でした。
 固定電話の売上が減少を続けるなか、弊社としても「新規事業を創出していかねば」という危機感を抱いています。
 この状況を打破する人材育成に向けて、京橋に新たな研修施設を建てる計画が持ち上がりました。
 コンセプトを練るなかで、当時の社長(※小林充佳 現相談役)が「多様な人々が集まる空間にすべきだ」という方針を打ち出し、オープンイノベーション施設として立ち上げることとなったのです。
QUINTBRIDGEの由来は、Quintillion(百京)とBridge(橋)からなる造語。合わせると「百京橋」となる。「ここ京橋から、100以上の社会課題解決や事業共創を生み出そう、という思いが込められています」と及部氏。
 とはいえQUINTBRIDGEは、NTT西日本の事業創出だけを目的とする場ではありません。
 社会の経済活性化を第一に考え、中心に置くのはNTT西日本ではなく、あくまでQUINTBRIDGEでの共創活動そのもの。大企業やスタートアップ、自治体、大学などが課題解決に向けて集まる場であり、NTT西日本もそのプレイヤーの1人という位置づけです。
──お二人はどういった経緯でQUINTBRIDGEの立ち上げに携わられたのでしょうか?
及部 もともと私は、自社の新規事業創出と地域での新規事業創出支援に取り組んでいました。
 そのかたわら、社外では関西の大手企業ネットワーク「ICOLA(イコラ)」などのコミュニティ活動や中小企業・スタートアップの支援を積極的に行っていたので、知見がある人物として声がかかりました。
 立ち上げにあたって、私自身は「NTT西日本が通信事業に限らず、幅広い社会や企業の課題が持ち込まれるような会社になれば、結果的に売上も追随するはず。そのためには多様な価値観を持つコミュニティの形成が不可欠だ」と考えていました。
 当時は、この思想を理解してもらえるほうが少なかったですね。
 執行役員会議でオープンイノベーションの事例を説明するなど、目指す世界観の共有に時間をかけた記憶があります。
下川 何もない状態で、信頼を得るまでは大変でしたね。
 私は2021年6月に中途入社し、及部と2人で新設されたイノベーション戦略室のメンバーとなりました。
 前職は機械系のエンジニアです。外から新しいものを取り込むのが好きで、社外で技術系の研究会やコミュニティを運営していたんです。及部ともその頃から友人でした。
及部 私と下川では、関わっているコミュニティの領域が異なっていたんです。私が新規事業創出や大企業の社内変革で、下川はものづくりやエンジニアリング。
 QUINTBRIDGEをつくるうえで、最も重視したのは「多様性」です。私とは異なる視点や知識を持った下川は、うってつけの人材でした。
──コミュニティ形成に、多様性はどのように機能したのでしょうか?
下川 各方面から集まったおもしろい人が、立ち上げからQUINTBRIDGEを活性化する起爆剤になりました。
 大企業がこういった施設をつくると、たいてい最初に営業担当者が既存顧客を連れてこようとするんです。閑古鳥が鳴くのを嫌って、とにかく人を集めよう、と。
 しかしコミュニティ形成においては、多様でありながらも、同じ思いを持つ人たちが集まっているかが重要です。
 そこでまずは、私たちの取り組みに共感してくれそうな人たちに直接声をかけ、コミュニティが活性化している状態をつくってから、営業担当者に顧客を連れてきてもらうようにしました。
 コミュニティが盛り上がっている景色を実際に見てもらえれば、共感した企業は「うちもやりたい」と手を挙げてくれます。
 QUINTBRIDGEは施設という“箱”ではなく、私たちがそれぞれのコミュニティで培った“人”を起点にしています。
 具体的な取り組みとしては、「学ぶ」「繋がる」「共創する」の3つの軸で、プログラムを実施しています。
 たとえば「学ぶ」では、会員同士が相互に教えあい、学びあうプログラムを実施。
 会員の中から、さまざまな領域の第一線で活躍する方々が登壇しますが、登壇者も受講者も無料です。
 会員さんが自主的に主催・共催するイベントも全体の約7割に上り、コミュニティが“互助の精神”で成り立っています。

広げるダイバーシティと、狭めるダイバーシティ

──QUINTBRIDGEは「Self-as-We」という理念を掲げています。
及部 実は、最初から理念を掲げていたわけではないんです。
 開設当初は、言語化できていない共通認識のようなものが私たちの間にあり、「自分たちの人脈から共創に関するGiver(与える人)をたくさん集めよう」と、いろいろな人に声をかけていました。
 その段階を経て、今度は口コミで会員が増えていくようになると、「無料のコワーキングスペースらしい」「ただでイベントに使えるらしい」と、共創に関するGiverではない人も来てしまう可能性が出てきます。
 これを避けるために、後から明文化したのが「Self-as-We」という理念でした。
下川 QUINTBRIDGEは多様性を重視していますが、「どの方向を多様にするか」もまた重視しています。
 横の多様性、いわゆるデモグラフィック・ダイバーシティ(※)を最大限に広げるため、業種や業界、規模などは問いませんが、縦の多様性ともいえる目的やタスクのダイバーシティについては、かなり狭めています。
※性別や国籍、年齢など、属性の多様性
 入会条件に「共創に向けたアイデア・技術・知見・課題など、アセットの提示」を求め、“わたしたち”でオープンイノベーションに取り組む意志のある方に限定しています。
 コワーキングスペースのみの利用や営業行為、プロモーション用のイベントなども、すべてお断りしています。
「Self-as-We」という理念を共有している会員同士だからこそ、互助の精神による関係性が築けているわけです。
及部 こうした理念やルールは、運用の中で試行錯誤を繰り返しながら、アジャイルで決めてきたもの。
 現在は年間400回を超えるイベントのうち、会員さん主催の持ち込み企画が約7割を占めますが、こうした自主自立の運営も、立ち上げ当初のコンセプトにはありませんでしたから。
下川 我々が考えるよりも、はるかに多様なテーマが出てきますね。会員さんに頼り切りだとも言えますが(笑)。
──なぜ会員の方々は、そこまで積極的にQUINTBRIDGEに関わるのでしょうか?
下川 やはり「おもしろい人たちがいる」という期待ではないでしょうか。
 ここに来ればおもしろい人に会える。イベントをすればおもしろい人が見に来る。そんな人に会いたい人が集まって……と連鎖していく。
 “人”にフォーカスした口コミのサイクルが回っていることが、QUINTBRIDGEというコミュニティの魅力なのではないかと思っています。

共創を生み出すために“本当に必要なこと”

──入会金や年会費が無料という点はQUINTBRIDGEの特徴です。NTT西日本としては、非常に大きな投資ではないでしょうか。
及部 当初、従業員10人以上の営利法人は有料にする予定で、開設時に「1年間無料」を謳っていました。おかげさまで北海道から沖縄まで、幅広い地域から会員さんが集まりました。
 一方で大企業の方からは「有料化になると社内決裁をとることが大変」という話も。有料化に踏み切れば、遠方の方や大企業の方は続けにくくなるでしょう。
 さまざまな地域や企業から参加してもらえるほうが、QUINTBRIDGEの多様性にもつながります。我々としても、せっかくのつながりを断ちたくなかった。
 そこで、QUINTBRIDGEで共創を生み出すために“本当に必要なこと”を議論し、地域・組織などの多様性のある会員さんがいることのほうが、有料化よりも重要だという考えに至りました。
 たとえ無料のままでも、どのような価値が生み出されるのかを可視化し、社内説明を行いました。単なるコストセンターではなく、NTT西日本の価値を高めるブランディングセンターという位置づけです。
 QUINTBRIDGEがここまでコミュニティとして育ったのは、歴代の経営トップが後押しし続けてくれていることも大きいですね。
下川 開設から2年が経ちましたが、QUINTBRIDGEの認知も広がり、ブランドとして機能し始めています。
 たとえば、有望スタートアップ企業の投票による「イノベーティブ大企業ランキング」で、NTT西日本は、2021年の82位から2023年は28位までランクアップしました。
 関東への出張で「あのQUINTBRIDGEですか」と言ってもらえることもあります。

自治体の課題に、解決策が続々と集まる場

──QUINTBRIDGEの共創によって生まれた事例には、どのようなものがあるでしょうか。
下川 VTuberのシステムを扱う会社と、ロボットの遠隔操作を得意とする会社をマッチングして、「VTuberロボット」の遠隔コントロールシステムが生まれた事例があります。
及部 大阪のサバイバルゲーム会社と、香川の段ボール製造会社、そして兵庫県洲本市が連携し、淡路島の体育館で赤外線サバゲーのコラボレーションも生まれました。
 現在も実証実験をしながら、サービス化に向けて動いています。QUINTBRIDGEがなければ出会わなかった3者ですね。
──QUINTBRIDGEの会員には、自治体も多いのでしょうか?
及部 はい。四国や九州などNTT西日本エリア全域に広がり、一部、長野県などの東日本からの参加もあります。
QUINTBRIDGEでは、貸切などのクローズドなイベント開催はNG。及部氏によれば「心理的安全性の高い場として機能しているからこそ、自分たちの課題を包み隠さず伝えられる」という。
下川 QUINTBRIDGEには現在、1,300組織以上の法人会員、1.8万以上の個人会員がいます。
 それだけのメンバーがいれば、課題解決のヒントが見つかる可能性も高まる。みなさん期待を抱いて、課題を持ってきてくれます。
 企業にとっては、自分たちのアイデアやサービスを試す場にもつながる。非常にいい関係性が築けているように思います。
及部 沖縄県とはイベントの共催も行いました。沖縄に会員と共に行き、実際に赤土問題(※)の現場を見てもらいながら解決策を検討しました。
※沖縄県の土壌の約7割を占める赤土が河川を通じて周辺海域に流出し、自然環境や水産業などに悪影響が生じてしまう問題
 ちなみにNTT西日本の沖縄支店も本イベントに参加し、赤土問題にとどまらない沖縄でのビジネス・課題解決に向けて、参加企業との共創を開始。NTT西日本の事業創出にもつながる事例も生まれてきています。

通信インフラから社会貢献インフラの企業に

──QUINTBRIDGEがNTT西日本に与えたインパクトはありますか?
及部 アイデアやパートナーが社外からやってくるようになりましたね。
 これまでは新規事業を立ち上げようとすると、自分たちでアイデアを考え、パートナーを探し、プロトタイプ検証や実証実験までをすべて主導していかねばなりませんでした。
 現在QUINTBRIDGEでは、NTT西日本グループとの共創を目的としたプログラムを実施しています。
 当社のビジネスチャット「elgana(エルガナ)」の共創パートナーの公募には、18社のエントリーがあり、うち3社が採択されました。
 2023年4月には、この共創で生まれた自治体向け防災DXサービス 「Spectee Pro for elgana」がリリースされています。
──今後、QUINTBRIDGEを通じて実現したいビジョンについてお聞かせください。
下川 QUINTBRIDGEをきっかけに、NTT西日本と地域との関係性をより深めていきたいですね。
 たとえばここ、京橋との関係性です。
「QUINTBRIDGEはビジネスセクターであると同時に、京橋でもあります。垣根を越えて、共にこのエリアを盛り上げたい」と下川氏。
 以前はかなりセキュリティが厳しかったのですが、QUINTBRIDGEは思いを持った人なら誰でも登録可能で、敷地外からの出入りも自由です。
 実際に、京橋の中華料理店のオーナーが「地域の飲食店を交流の場にして、より共創を生み出しましょう」と、QUINTBRIDGEの会員になってくれた例もあります。
 ビジネスセクターと地域が共に盛り上がるモデルを生み出して日本中に展開できれば、NTT西日本のブランドがまた大きく変化するのではないでしょうか。
及部 大きなことを言うと、私はNTT西日本を通信インフラの会社から、社会貢献インフラの会社にしていけたらと思っているんです。
 地域の課題解決も、企業の課題解決も、そしてその先のお客様の課題解決をも実現に導く、ハブとなる存在になれたら、と。
 そのために、共創の実績をもっともっと増やしていきたいですね。
 QUINTBRIDGEは、社会の役に立ちたいGiverの方々は全員ウェルカムです。
 さまざまな技術や課題を持つ方に参加してもらいたいですし、もちろん我々もGiverとして、惜しみなく活動していきます。お互いを支え合えるような関係をつくれたら、とても嬉しいですね。