シリコンバレー発ロボット最前線

帰還兵たちにとっての「希望の星」

腕を失った人間を助ける。50万ドルの義手ロボット

2015/5/25

バイオニックマンさながらの義手

アメリカには、負傷して戻って来た帰還兵が多い。そうした帰還兵の中でも、足や腕を失ったという人々もたくさんいる。そんなこともあって、この国では以前から義足や義手の開発が盛んだ。そして、そうした義足や義手にロボットの技術が盛り込まれるようになっている。

そんな中でも「ここまでできるのか」と人々を驚かせたのは、昨年末に発表されたジョンズ・ホプキンズ大学応用物理研究所で開発された義手だ。

ただ、これは単に義手というよりは、上半身全体の機能を再構築するような大掛かりなもの。機械が人間の機能を補完する、まさにバイオニックマンさながらのことが現実になっているのだ。

さて、この義手開発のパートナーとも言うべき被験者は、レス・ボーという59歳の男性だ。ボー氏は帰還兵ではないが、両腕がない。40年前に起こった電気関係の事故で両腕をなくしてから、足とあご、口、肩を使って日常生活を営んできた。特製の円盤を足で動かすことで、自動車の運転もこなす。

そのボー氏にジョンズ・ホプキンス大学が施したのは、標的化筋肉再神経分布(TMR)という手術である。これは、腕や手の筋肉をかつて動かしていた神経を、再びマッピングする処置だ。

健康な筋肉へつなぎ直して、筋肉が動く際の脳のパターンをパターン認識アルゴリズムを利用して記録。個々の筋肉の伸縮と信号の関係を把握して、今度はそれを義手の動きに用いるのだ。

ハードウェア側の義手は、2本のアームがソケットにつながれた構成となっている。そのソケットはボー氏を上半身ごと覆うのだが、それが神経の信号を読み取る接続面にもなっている。1本のアームには26ものジョイントがあり、精巧なつくりだ。また、アームには多数のセンサーが付けられているという。

http://www.jhuapl.edu

http://www.jhuapl.edu

慣れるに従い、刺激が感じられる

こうしてできた義手は、何とボー氏が「モノをつかみたい」とか「腕を上げたい」と考えるだけでそのように動く。外部から操作されているのではなく、ボー氏が念じるだけで、義手のアームが思いのままに動かせるのである。

健常者も「目の前のリンゴをつかもう」として、腕が前に出るわけだが、考えることと腕が動くことがほとんど瞬間的につながっている。ボー氏の場合は、少し時間のズレがある。思考と神経とバイオニックな身体との関係に慣れることが必要で、スムーズにとはまだいかないものの、機械でつくられたアームが「思い」だけで動くというのは、画期的なことだ。

これまでも「思い」でロボットアームを動かすという研究があったが、その一部は脳の中にチップを埋め込んで信号を拾うというタイプのものだった。

いくつか成功した例もあるが、完全に正確に信号を認識することが難しかったり、埋め込んだ部分が炎症を起こす危険があったりなど、課題がいくつもあった。一方、このジョンズ・ホプキンズ大学の義手では、侵襲性でない方法で同じことが可能になっている。その点も進歩だ。

慣れるに従って、ボー氏は手先からの刺激も感じられるようになるのだという。つまり、脳神経が身体を動かすだけでなく、身体からも刺激が脳へ送られる。再生された神経がどんどん研ぎすまされていって、離されていたものが再び少しずつつながっていくのだろう。それを仲介し、それを可能にしているのがロボット技術だと思うと、非常に感慨深い。

課題は、認可とコスト

こんなケースを見ていると、ロボットと人間は「オーグメント(補完)」する関係になるのだということがよくわかる。

われわれ一般人は、ロボットとは人間とは別個の存在で、仕事や生活で何かと役に立ってくれる存在になるのだろうと予想しているが、ロボット関係者に聞くと決まって「人間とロボットは互いに助け合う」と言う。「陰陽」の関係という専門家もいる。

脅威であるとか敵だと思っていると、ロボットのいい存在方法は見いだされないだろうが、ロボットを人間と離れた存在として捉えても、ロボットの本来の潜在力は引き出せない。人間と「2人でひとつ」になるロボットへの想像力をたくましく働かせることが今、求められている。

ところで、ボー氏がテストしているこの義手は、まだ実用化には至っていない。ボー氏は両腕を取り戻したかのような感動を覚えているに違いないが、まだまだ実験段階のものだ。

今後開発を進め、米食品医療品局(FDA)の認可も受けなければならない。そして、多数の人々に利用されることで、現在は50万ドルもするという価格も下がらなければならない。まだまだ長い道のりだ。

※本連載は毎週月曜に掲載予定です。