2024/4/22

リアルイベントから考える。自社のファンを生むマーケティング

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 マーケティングの手法が多様化する中、BtoB企業を中心に「カンファレンス」に注目が集まっている。

 ユーザーやパートナーを多数呼び込み大規模化されたり、洗練されたクリエイティブの演出があったりと、派手に実施された様子を目にする機会も多い。

 ではカンファレンスはなぜマーケティングに有効とされているのか。顧客体験設計の鍵とは何か。

 外資系から国内大手企業まで、様々なカンファレンスを成功に導いてきたコミュニケーションデザイン会社、FIELD MANAGEMENT EXPAND(FMX)のチーフエグゼクティブ西井智章氏守山航氏の話から紐解いていく。

BtoBカンファレンスの変遷

──BtoB企業を中心にカンファレンスが盛況な印象があります。なぜ、今、注目を集めているのでしょうか。
西井 時代と共にマーケティングの手法が変化し、再注目されているというのがわれわれの認識です。BtoBカンファレンス自体は、外資系企業を中心に1990年代から実施されています。
 当時は外資から日本市場に参入したBtoB企業が、販売パートナーから信頼を得ることを目的としていました。
 英語が公用語ではない日本では言葉が通じず商流も卸しを介するなど特殊な環境だった。たとえ欧米で高く評価されていても、ローカライズしたカンパニーを置くことが難しく、日本の販売パートナーを見つけ市場開拓をせざるを得なかった。
 競合製品がひしめき合う中で、パートナーからの信頼を得て、ブランドバリューを示す手法が大規模カンファレンスでした。
 ただ、その後、デジタルチャネルの顧客接点の増加に伴い、The Model型の営業手法が企業に定着していきました。
 自社でリードを集め、MAツールを駆使しながら、インサイドセールスがナーチャリングし、顧客を獲得できる。
 パートナーからの信頼を得るだけではなく、自社のリード獲得を目的としたカンファレンスが増えていきました。
守山 リード獲得のためのカンファレンスは現在も盛んですが、以前よりもターゲットのセグメントが進んでいます。
 The Model型の営業手法が定着してからしばらくは、見込み顧客の受注確度の高低、担当者の役職にかかわらず、大量のリードを集めていました。
 しかし、数を集めることに重きを置いたため、費用対効果が上がらないケースも少なくなかった。その結果、ターゲットを役職や属性で切り分けることが一般化しました。
 ただ、コロナ禍によってオンラインウェビナーが定着し、リード獲得が目的であれば、カンファレンスでなくてもよいと考える企業が増えた。
 既に一部の先進的な企業はリード獲得に止まらない、もう一歩目的を進めたカンファレンスをコロナ前から行っていましたが、コロナ禍を経て、この考えが様々な企業に波及しだしています。
──どのような目的が加わったのでしょうか。
西井 中・長期的に顧客から選ばれLTV(顧客生涯価値)を高めたいという視点です。これはウェビナーでは実現しづらい。
 ウェビナーはインタラクティブ性に乏しく、参加者も没入感を得づらい。一方的な情報提供になりやすいため、自社への好意度を高めることが難しく、他社との差別化にもつながりません。
 一方で、リアルで行うカンファレンスは顧客体験がまったく異なります。好意度を高めたり、ユーザーコミュニティを生んだりすることができる。ここに多くの企業が注目し始めています。

ド派手、大規模は、実は効率的

──少人数で濃い内容のカンファレンスのニーズが高まっているということですか。
守山 来場者が満足感を得られる濃い内容を届けることは重要です。ただ、規模感については異なります。
 小規模なユーザーコミュニティの形成のみではなく、大規模なカンファレンスの需要も増加しています。
 例えば、われわれが支援しているアドビ社が開催するクリエイターの祭典「Adobe MAX Japan」の来場者数は約4,000名。来場者のほとんどが既存ユーザーです。
「Adobe MAX Japan」は、アドビの生成AIの進化や新機能の発表。トップクリエイターによる使用方法の紹介や、クリエイターの作品を発表するブースなど、クリエイターに特化しています。
 顧客であるクリエイターにもっとファンになってもらう。また当日参加したと発信したくなるように、内容や演出に徹底的にこだわっています。
「Adobe MAX Japan 2023」。MAXのパネルに参加者が装飾できるなど、クリエイターが喜ぶ仕掛けがふんだんに施されている。
 通常のマーケティングのファネルでは、認知から理解、購入へと逆三角形に絞り込まれます。
 ただ、購入後の顧客をファン化し、SNSなどでの発信を生めれば、ブランドへの好意が含まれた情報が拡散される。
 自社製品を好きな顧客が媒体となり、新たな顧客への認知を得ることが期待できる。この拡散力を高めるためには大規模であることが適しています。
──LTV向上に止まらないマーケティング上の利点があるのですね。
西井 マーケティングのみではなく、事業成長のために、様々な社内のステークホルダーの要望をまとめて引き受けられることも、大規模カンファレンスの利点です。
 PRチームは、メディアを呼びたい。営業は案件化に近い顧客と接点を持ちたい。
 マーケターは、新規の見込み顧客にアプローチしたい。プロダクト開発担当者はサービス改善につながるパートナーと出会いたいなど様々な要望があります。
 そこであらゆるステークホルダーを呼び一堂に会する形で行う、複合型の大規模カンファレンスも盛況です。
──どのような企業が行っていますか?
西井 われわれが支援している代表的な例では、サイボウズ社の「Cybozu Days」です。
「Cybozu Days」のKEYNOTEセッション会場。幕張メッセのホールを使用し、圧倒的な世界観を作り込んでいる。
「Cybozu Days」の開催目的は2つ。「既存顧客からの好意度の向上」と「自社プロダクトのエコシステムの活性化」です。
 圧倒的に楽しい顧客体験を作りだすことと、有益な情報の提供によって既存顧客からの好意度、LTVを向上しています。
 また既にサイボウズを利用している大企業の中にも、まだ契約に至っていない部署もある。好意度を高めながら、毎年開催することで、企業内で口コミが伝播され、様々な部署の方が次年度に来場しています。
 2つめのエコシステムの活性化は、業務改善クラウド「kintone」と連携したサービスを手掛けるパートナーの展示会を実施することで実現しています。
「kintone」のメリットを最大化している連携パートナーとの関係を強固にするだけではなく、連携パートナー自身の営業機会も創出している。1年に1度のお祭りでつながりを深めながら、利を返しているのです。
 さらに近年はサイボウズの営業担当者が、接点のある顧客を招待し、営業担当者同士で顧客を紹介しあうことで、自社の営業活動にも活かしています。
 興味深いのは、この目的を果たすために集客目標は立てているものの、重要視しているのは長時間滞在してもらうこと。これは「Cybozu Days」ならではの特徴です。
長く楽しんで滞在してもらうために来場者が気軽に演奏を楽しめるスポットもある。
守山 2016年に「Cybozu Days」という名称に変わる際に、われわれもコンペに参加し、現在も継続的に支援しています。
 会場として幕張メッセを提案しましたが、サイボウズの青野社長から「遠いからこそいい」と選んでいただきました。
 海外のカンファレンスのように1日みっちりと「Cybozu Days」の世界にのめり込んでもらい、全てのステークホルダーに喜んでもらう。
「見たことのない、驚く経験を、体験をしてほしい」という考えが「Cybozu Days」の根本です。
 「kintone」という業務改善ツールの本質は、企業活動を支えるインフラです。
 だからこそ最高のホスピタリティを追求している。それが「Cybozu Days」が長年継続され、成功している要因だと考えています。

顧客体験とは “ホスピタリティ”である

──ホスピタリティがあることがBtoBカンファレンスの成功の秘訣ということですか。
守山 そうですね、自社が発信したいことを来場者に伝えるだけでは、良い顧客体験は生まれません。
 顧客体験は、誰かが提供したり、与えたりするものではないというのが、われわれの考えです。
 来場者の気持ちや態度をいかに変えられるかが、顧客体験設計においては最も重要。顧客起点で逆算し、ホスピタリティを発揮する必要があります。
 写真を撮って拡散してほしいからといって、フォトブースを設置しただけでは来場者が写真を撮る動機にはなりえない。休憩スポットを作ったからといって思い通りに休んでくれるわけではありません。
 例えば、「Cybozu Days」の休憩スポットは、本物のロンドンバスを手配して、イベントのキービジュアルをラッピングしています。
 非日常を味わいたいという来場者の気持ちを引き立たせ、かつ休めるようにしています。
「Cybozu Days」の休憩スポットの一例。手前のベンチのみならず奥にあるラッピングバスに乗って休憩することも可能。
西井 また現場の体験がエンターテインメント性に富み、クリエイティビティが高いことが良い顧客体験ではありません。
 カンファレンスの開催を知って、参加登録をする。登録後に、様々な情報を受け取る。「受講票」が届いて、当日現場に足を運んで、多様なコンテンツを体験する。
 顧客接点のスタートからイベント終了後まで、全てを顧客体験と捉え、細かなホスピタリティを発揮するべきです。
守山 われわれはカンファレンスを設計することを、エクスペリエンスデザインと呼んでいます。
「来場者にどういう体験をしてもらうか」顧客と直接やりとりし常に考え抜いています。
 企画や会場が決まったら、それらを空間デザインや演出にどう落とし込むか提案する。図面製作や照明・音響機材の手配、舞台管理、会場施工も全て行います。
 また複合カンファレンスにおいて、最もリスク要因が多い情報管理設計も同様です。
 来場者事務局が、参加登録された方々に対して「開催まで、あと1週間です」「情報がアップデートされました」などのコミュニケーションを取る。
 ここに間違いがあっては、来場者の気持ちは高まりません。
 そのため、われわれは社内に企画プランナーや空間デザイナーだけではなく、事務局機能も備えています。
 ホスピタリティが重視されるからこそ、ほぼ全ての過程を一気通貫で請け負う。その結果、質とスピード感を担保し、カンファレンスの支援ができています。
西井 また一気通貫で請け負うことで、顧客の事情を理解し、来場者に対して1to1に近いコミュニケーションを取れることも強みです。
「Cybozu Days」の来場者の中には、先進的な企業もいれば古風な企業もいる。大企業も中小企業も含まれ社風が千差万別です。
 カンファレンスのコンセプトや、内容、演出はエッジが効いていますが、招待状やメルマガを送る際に全て同じクリエイティブだと、敬遠してしまう企業もいる。
 LP、招待状、メルマガなど、誰にどんな情報を届けるべきかを見極める。これも企画から、情報管理設計まで一気通貫だからこそ可能だと考えています。

ROI以外の価値の浸透を

──今後カンファレンスを実施する企業をFMXはどう後押ししていこうと考えていますか。
守山 デジタルマーケティングが浸透し、製品の説明のような情報は伝えやすくなりました。
 だからこそ、体験の場では、経営者の人柄や社風を伝える。パートナーや顧客との共創のきっかけを生むなど、情報提供だけでは生まれない価値を創ることを後押ししていくつもりです。
西井 ユーザーコミュニティや大規模カンファレンスの効果を短期的な営業成果と結び付けると、ROIが高いとは言えない場合もあります。
 ただ現在実施している企業は、多様なステークホルダーとつながり、事業成長を遂げています。
 この潮流は、外資系企業や一部の先進的企業のみではなく、多くの日本企業やスタートアップにも浸透していくはずです。
 その際には、顧客からのRFP(提案依頼書)を否定することも厭いません。1000件のリード獲得が目的と記載があっても、それはマーケターの足元のKPIであることが多い。
 われわれが蓄積しているケーススタディを示しながら、顧客にとって事業成長につながるカンファレンスとは何かを提案し、クリエイティビティとホスピタリティを発揮したいと考えています。