2024/3/27

首長は経営者だ。サウナと人の価値で町民の誇りを取り戻す

NewsPicks+d 編集者
2022年4月に財務省から転身し、人口わずか4600人台、65歳以上が占める高齢化率46%超という危機的状況に陥っている故郷の町の町長になった菅野大志さん

過疎化を食い止める一手として、町を訪れたり応援したりしながら継続的に町と関わってくれる関係人口を増やそうと決意しました。

関係人口が増えれば、その中には移住しようという人も出てきます。そのためにはまず、町の魅力を高め、移住したいと思える町にすることに加え、その魅力を広く発信していく必要がありました。
INDEX
  • 稼げる町にならないといけない
  • 自治体の首長にも経営者の感覚が必要だ
  • 町民が「シビックプライド」を取り戻した
  • 豪雪はやっかいものではなく、観光資源である

稼げる町にならないといけない

日本百名山のひとつである名峰・月山をいただく西川町は、日本でも有数の豪雪地帯で、以前から多くのスキー客が訪れていました。
しかし、スキーファンは中高年層が中心で、若年層は多くありません。「これまでほとんど接点がなかった若い層に対して発信ができれば、新しいファン層を広げられる」と菅野さんは思いつきます。
菅野「若年層は他の年代に比べて、地方移住への関心が高いことがわかっています。そこで、若い世代を新たなターゲットとして、町に呼び込み、関わりを持ってもらおうと決めました。その取り組みのひとつが、“サウナでととのう町”づくりです」
菅野さんのノートパソコンには地元愛とサウナ愛あふれるステッカーが
菅野さんは町長就任当初から意欲的な取り組みを行いました。道の駅に併設する町の第三セクターが運営する温浴施設「水沢温泉館」に、新しいサウナと水風呂、外気浴スペースを設置するリニューアル工事を実施。
さらに、施設だけでなく大自然の中でととのう体験を提供しようと、テントサウナを10基、トレーラーサウナ1台、バレルサウナ1台をレンタルサウナとして貸し出す事業もスタートさせました。
菅野さんが就任する前年度である2021年度の町の予算は、約54億円でした。予算規模の小さな町で、わずか1年程度でここまで充実した“サウナ環境”を整備できたのには、「サウナで稼いで町を豊かにする」という町長のゆるぎない決意がありました。
というのも、町には差し迫ってお金が必要な事態が生じていました。町唯一の総合病院である、西川町立病院の赤字が年々拡大し、存続の危機に瀕していたのです。
菅野「山形県内で、人口5000人に満たない自治体で公立病院があるのは西川だけです。過去の他の自治体の例を見ても、大きな病院がなくなったり、診療所に規模縮小したりすると過疎化が加速するのは明らかで、それだけは食い止める必要がある。
 これから先も医師を確保し病院を維持していくには黒字化は必達ですが、そのために町が拠出する費用は年々増加し、23年度で4億円が見込まれています。病院を維持していくには、稼げる町になる必要があるんです」
そこで菅野さんは、西川町役場に「かせぐ課」を設置するための準備室を開設、自らが準備本部長となり、「サウナ推進係」の職員を2人配置しました。
町の魅力を生かし、ここでしかできない“ととのう体験”を提供することで、町を訪れる関係人口を増やしながら、稼げるしくみもつくろうという一挙両得を狙う作戦です。
西川町かせぐ課準備室のメンバーたちと。2024年4月の設置に向けて新たな財源や関係人口の獲得に奮闘中(写真提供:西川町)
拠点となった水沢温泉館は、リニューアル以降は入館者が2倍増、オプションとなるサウナ利用料金は入浴料よりも高く設定していることもあり、売り上げは15倍伸びました。
2023年は、水沢温泉館を運営する第三セクターの西川町総合開発株式会社の純利益が1.5倍となり、設立以来初の配当を町に払い出すことができました。
水沢温泉館のリニューアル自体も、観光庁の「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業」補助金1億5000万円で大半を賄うことができ、町の支出は3000万円のみ。町の「かせぐ」を体現する象徴的な存在となっています。

自治体の首長にも経営者の感覚が必要だ

どんなビジネスも、稼げるようになるまでには元手となる資金が必要です。西川町ではその大半を国の補助金などで賄っています。
菅野「水沢温泉館のリニューアルも、町周辺の森林で産出される杉材である西山杉を使ったサウナや月山の雪解け水を利用した水風呂があったからこそ、補助金の対象になりました。
 補助金はアイデア次第で獲得できるし、うまく使えば自治体が継続的に稼げるしくみはつくれます。
 ただ、政府は決してカネをばらまいているのではなく、チャレンジする自治体をサポートするのが目的なので、自治体の首長にも経営者の感覚は必須です」
菅野さんが指揮を執り、町では常に稼ぐためのアイデアを練っています。次に目を付けたのは、森林振興の目的で自治体に交付される「森林環境譲与税」という資金です。
菅野「この資金の使途は森林振興に限定されているため、使い道が見つからないまま積み立てている自治体も多くあります。
 そこで思いついたのが、このお金で地元産の西山杉を使った移動式サウナを実証として制作し、売却するというスキームです。
 町を応援したいという連携企業の日建設計グループと、西川らしい移動式サウナを買いたいという方が複数おられたことが後押ししました。
 結果的に落札してくれたのは、地元の観光協会でした」
使い道が限定される森林環境譲与税でつくった西山杉のサウナではありますが、これを販売したお金に使途の制限はありません。町では販売で得た約1,000万円全額を、町立病院の維持に充てる基金に積み立てることにしました。
もちろん、販売して終わりではなく、落札した地元の観光協会が町や民間の企業やお店と協力しながら、トレーラーサウナのレンタルを核とするイベントや誘客に知恵を絞っています。
病院を維持するための資金を獲得すると同時に、サウナの町をアピールする目玉サービスをまたひとつ増やしました。こちらも一挙両得の作戦です。
写真提供:一般社団法人 月山朝日観光協会

町民が「シビックプライド」を取り戻した

若い世代を中心に人口流出が続く過疎の町では、住民も自治体も諦めムードが強く、自信を失いがちです。
それでも、サウナを通して若い人の姿が増え、活気づく西川町では、住民の地域に対する誇りと愛着「シビックプライド」が高まっていると感じると菅野さんは言います。
菅野「23年6月に初開催した町の自然と食と温泉を楽しむイベント『ONSEN・ガストロノミーウォーキング』は町民のボランティアで運営しており、希望者が増えています。
 2回目は180人集まり、町民の25人に1人が参加してくれている計算です。町に注目が集まったことでシビックプライドを取り戻し、町の魅力を伝えるサポートをしたい、観光客に町での滞在を楽しんでほしいという気持ちにつながっているのだと思います」
サウナのほかにもうひとつ、かせぐ課が力を入れている取り組みが、NFTです。
23年春には自治体発行NFTとして国内初となる「西川町デジタル住民票NFT」を発行、保有者は水沢温泉館・大井沢温泉館の入浴料が無料になるなどの特典を得られることから、保有者は500人を超えています。
さらに、町営公園の命名権をNFTでオークション販売したところ、47件もの入札があり、130万円で落札。そのうち手数料などを除いた約6割が町の収入になりました。
菅野「落札してくれたのは、過去に町のイベントで1週間滞在してくださった方です。参加者のために毎日、心のこもった料理を用意してくれた町のお母さんたちやボランティア町民のおもてなしに感謝の気持ちを示す目的で、落札されたということでした」
町が町民に対して行ったアンケートで、「西川の価値は何だと思いますか」という質問を入れたところ、「人の温かさ」だと回答した人がとても多かったと菅野さんは言います。
町民がシビックプライドを取り戻し、自ら町の魅力を伝えようとした結果、西川町のファンが増え、さらに町民のシビックプライドが高まるという好循環が回り始めているのです。
写真提供:一般社団法人 月山朝日観光協会

豪雪はやっかいものではなく、観光資源である

今、菅野さんが力を入れているのが、冬場の地域おこし協力隊インターンの誘致です。
本来の地域おこし協力隊は移住して1~3年の任期で地域おこし活動をしますが、インターンはこれを2週間から3カ月程度の滞在でお試しをしてもらう制度です。1人1日あたり1万2000円の経費が国から自治体に支払われます。
毎年6メートル近い積雪に見舞われる西川町では、高齢の住民が除雪に苦労します。この期間、インターンに空き家のシェアハウスなどに滞在してもらい、除雪を担ってもらうのです。
菅野「水沢温泉館のサウナがリニューアルして初めての冬になった23年度は、サウナでととのって雪にダイブしてみたい、という方が50人以上参加してくれています。
 昼間に除雪や町内企業のお手伝いで汗を流して、夜はサウナでととのってもらうインターンの滞在は、除雪と冬場の観光客誘致という町の課題を一挙に解決してくれます」
写真提供:一般社団法人 月山朝日観光協会
「町民の温かさが町の価値」と考える菅野さんは、期間中に町民との交流機会を多く設けることも大切にしています。インターンを初めて実施した22年度は、約100人の参加者のうち6人が町に移住しました。
「一定期間滞在してもらえば、必ず町の魅力をわかってもらえる」と菅野さんは胸を張ります。
菅野さん自身も、町長として町民との対話を継続しています。2年目となる2023年は、町民との対話会を59回実施し、その思いを政策に反映してきました。
年100人ペースで減り続けていた総人口も、町長に就任した2022年に、2016年以来7年ぶりにプラスに転じています。
菅野「過疎の自治体の多くは、魅力的な資源がたくさんあるにもかかわらず、人口が減るのは仕方がないと諦めているように見えます。
 でも、わずかではあっても人口を着実に増やしている自治体もある。西川町も、過疎に悩む全国の自治体が成功事例として参考にできるロールモデルになりたいと思っています」