2024/3/28

「血液ビッグデータ解析×コンシェルジュ」サービス。生活習慣の改善をサポート

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 データ活用技術の進歩により、社会のさまざまな分野にビッグデータ解析やAIを活用したソリューションが生まれてきた。
 そんな中、ヘルスケア領域においては、「将来の疾病リスクを予測」するフォーネスビジュアスというサービスが誕生した。
 これは、NECグループのフォーネスライフとNECソリューションイノベータが共同提供している新時代のヘルスケアサービスで、健康診断とは異なり、将来的に病気にかかるリスクを評価することで、生活習慣の改善につなげるという。
 データ活用を得意とするNECソリューションイノベータが、なぜヘルスケア分野に進出し、フォーネスライフを立ち上げたのか。
 事業の現状と将来像について、競争戦略を専門とする一橋ビジネススクール特任教授・楠木建氏が、開発者であるNECソリューションイノベータ株式会社シニアフェロー、フォーネスライフ株式会社CTOの和賀巌氏に尋ねた。
楠木氏:1964年生まれ、東京都出身。専門は競争戦略。企業が競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、一橋ビジネススクール教授を経て、2023年より現職。
和賀氏:MBA、医学博士、専門は分子生物学。JT医薬事業部、東京大学医学部、北米スタートアップGeneLogic社、ノースカロライナ大学医学部、にてオミクスビッグデータ創薬研究推進。2004年よりNECグループのヘルスケア研究と事業開発を歴任。東北大学COI拠点長としてIoTとAI研究開発に従事後、現在は科学技術振興機構未来社会創造事業運営統括も兼務、血液ビッグデータ研究と事業を推進。2021年度グッドデザイン賞、2023年オープンイノベーション大賞受賞。

働き盛り世代が注意すべき疾病リスク

楠木 健康で、目の前の仕事に集中できている状態は素晴らしいと思います。
 ただ、自分自身はもちろん、配偶者、親などの身近な存在が病気になると、人生の不安定さやリスクが一気に高まります。
 私の場合、母が認知症を患い、7年間の闘病の末に亡くなりましたが、ケアの時間や医療費の捻出がとても大変でした。認知症に限らず、病気は本人だけでなく、家族や周囲の人にまで負担がかかってしまいます。
 NewsPicks読者の多くは、まだ30代〜40代とのことですが、働き盛りで、普段あまり健康を意識しない人は、自身や親族の健康についてどのように考えておけばいいのでしょうか。
和賀 そうですね。病気は発症前や軽い段階であれば、治療の負担は少なくて済むケースが多いのです。病気は進行するほど、治療自体に苦労しますし、家族や周囲の負担も大きくなります。
 また、発病によって、治療コストも発生します。これは、自治体や健康保険組合の医療費の増加につながり、深刻な社会問題でもあります。
 病気のリスクを適切に管理することが可能になれば、個人の幸福にも、社会全体の幸福にも大きく貢献できます。こうした課題を解決するために、私たちは「フォーネスビジュアス」を開発しました。
・フォーネスビジュアス検査は将来の疾病リスクを予測するサービスです。本検査の結果は、生涯にわたってのリスクを予測するものではありません。
・医師の判断によることなく、本検査の結果を、疾病の判断、治療、予防等に用いることはできません。
・本検査は、その結果の正確性や、他の検査方法と同等の結果の提供を保証するものではありません。
・フォーネスビジュアス検査は、医師の自由診療として個人に提供されます。
・コンシェルジュによる健康相談は、ご利用者の生活習慣の改善、健康意識の向上をご支援するものであり、検査結果の改善や、疾病の診断、治療、予防等を目的とするものではありません。
楠木 どのようなサービスなのでしょうか?
和賀 血液中にある約7000種類のタンパク質を分析することで、将来における認知症や脳卒中・心筋梗塞、肺がん、慢性腎不全などの発症リスクを予測します。
 その結果をもとに、生活習慣の改善を利用者に対して提案するというものです。
 加えて、安静時の代謝量やアルコール・タバコの影響を受けているか、といった現在の体の状態も調べられます。
 このように、まずご自身の病気のリスクを知ることから、生活習慣の改善につなげ、病気の回避に役立てていただく狙いのサービスです。

膨大なデータから、生活習慣の改善を提案

楠木 血液中のタンパク質を分析して、重篤化しやすい病気のリスクを分析するのですね。
和賀 そうです。こうしたリスク予測の裏側には、米国のSomaLogic社の約7000種類のタンパク質を一度に解析する世界初の技術(※2024年3月フォーネスライフ社調べ)を用いてさまざまな国から集められた血液を測定し得られた血液中タンパク質データと、NECグループが培ったビッグデータ解析・ICT技術があります。
 得られた血液中のタンパク質データと、その後の血液提供者の疾病発生状況を長期にわたり追跡調査した結果から「このタンパク質の構成比の人は、こういう病気を後に発症している」という相関関係が見えてきます。
 データの量は10万人の20年間分といった膨大なもの。それらをビッグデータ解析・ICT技術で処理し、病気のリスクの予測に活用しているのです。そのため、フォーネスビジュアスはデータビジネスの側面も持ち合わせているんです。
楠木 因果関係ではなく、相関関係を調べるわけですね。それだけのデータがあれば、AIでさまざまな分析が可能になりそうです。
和賀 たとえば今後、スマートフォンばかり見ている人の血液データが蓄積されれば、スマホの見すぎが引き起こしやすい病気が見つかるかもしれません。
 データが溜まれば具体的な生活習慣の指導によって、病気の回避につながる可能性があるわけです。
楠木 これまでにもあった遺伝子検査と血中タンパク質検査だと、どのような違いがあるのでしょう。
和賀 検査対象と検査目的が異なります。
 遺伝子は人体の設計図で、それを調べることで、その人の生まれ持った体質などを知ることができます。
 血中タンパク質は日々の生活習慣で変化する大量の情報を含むため、現在の体の状態を測ることができます。
 たとえば認知症の場合、フォーネスビジュアスの検査対象となる約7000種類のタンパク質のうち、25種類が重要な役割を果たしていることがわかっています。
 その中には、認知症を進行させるものと、阻害するものがあります。こうした特徴的なタンパク質の数や状態を、過去の膨大なデータと照合して分析していきます。

生活習慣の見直しをサポート

楠木 具体的には、どのような流れで検査を行うのでしょうか。
和賀 購入後、まずは、取り扱い医療機関で問診と採血を行います。
 数週間後、医師を通じて結果を通知します。その後、保健師の資格を持つ当社のコンシェルジュが結果に基づいた面談を行い、生活習慣改善についてのアドバイスを行います。
楠木 結果をもらうだけでなく、生活習慣の改善についても指導していただけるのは、興味深いですね。コンシェルジュは、どういったアフターケアをしてくれるのでしょう。
和賀 ご相談者の方の生活に合わせて、食事、運動、睡眠などの生活習慣の改善を提案します。健康相談は、検査後に40分/回、2回まで可能です。
 健康相談では「いまどんな生活をされているんですか?」とか、「寂しくないですか?」といったことまで伺ったうえで、生活習慣を改善するための提案を行います。
楠木 かなり細かな生活習慣まで質問するのですね。
和賀 そうなんです。
 背景には近年、ハーバード大学の研究者たちが提唱している「ライフスタイルメディスン」という考え方があります。日々の行動や生活習慣の蓄積が、病気の要因になりうるため、日常の行動を変容することで予防医療につなげよう、というものです。
 実際に米国の健康科学に関する学術誌『American Journal of Health Promotion』に掲載されたライフスタイルメディスンについての論文によると、「私たちの病気の8割が普段の生活習慣の中で生じている」というデータがあります。
 米国内科学会の学術誌『Annals of Internal Medicine』では「長時間座りっぱなし」が、米国科学アカデミーの機関誌『PNAS』では多くの人がやりがちな「夜遅くまでスマホを見ている」といった行動が、病気のリスクを高めると報告されています。
 そのほかにも、ハーバード大学医学大学院精神医学教授のロバート・ウォールディンガー氏とブリンマー大学心理学教授のマーク・シュルツ氏の研究によると、孤独によって認知症が64%増加したり、死亡率が26%増加したりすることがわかっています。
 寂しさを感じていると肺がんなどの「がん」に罹る確率が上がったり、夜にスマホを見ていると循環器系疾患や心の病が増えたりするといったデータもあるんです。
 コンシェルジュはこうした知見を持って、疾病リスクが高まる生活をしていないかヒアリングします。
「1日11時間座ったばかりでいます」という人には「じゃあ時々立って歩いてみましょう」といった提案をしたり、「スマホばかり見ています」という人には「外に出るきっかけを作りましょう」といった提案をしたりします。
楠木 日常生活の中で、簡単に取り入れられそうなアドバイスですね。
和賀 一つ一つは些細なアドバイスなのですが、生活習慣の改善を積み重ねることが、健康につながっていきます。

 血中タンパク質情報とコンシェルジュによる複合サービス

楠木 単なるリスク予測だけではなく、継続的なアフターケアまで含めたサービス設計に意味があるのですね。血中タンパク質検査という尖った技術と、コンシェルジュという「人対人」の部分が、上手く組み合わさってサービスが成り立っているのは興味深いです。
和賀 このサービスを「単に体の状態を調べるだけ」ではなく、生活習慣を変えるためのサービスでありたいと考え抜いた結果です。
 検査を受けた人に「こういう生活習慣を取り入れるといいですよ」という提案を行い、継続的にサポートすることで、日々の行動を変えてくれたらと思っています。
 いくら技術が進歩しても、結果のデータだけでは生活習慣を考え直すことは難しい。
 運動不足や座りすぎ、長時間のスマホ視聴といった生活習慣は、日々の生活で自分の力だけで意識して変えていくのは難しいですよね。
 だからこそ、生活習慣を変えていくには、検査結果だけではなく人間の言葉が必要なのだと思います。
楠木 実際にコンシェルジュの声かけで、どのように行動が変わるのでしょうか。
和賀 コンシェルジュから聞いた話では、最初は「新しいサービスなので活用法がわからない」と言っていたご高齢の方が、コンシェルジュと会話を重ねていくうちに「こういう行動や生活習慣をすると良いのか、もしくは悪いのか」と、積極的に尋ねてくるようになったそうです。
 病院嫌いの方が、フォーネスビジュアスをきっかけに「事前に病気の可能性がわかったから、早めに治療したい」と通院するようになったという話もありました。
楠木 AIによる分析と人間によるコンシェルジュが一体となって、サービスを形作っているのは、今後のさまざまなビジネスにとって示唆的な部分が多いと思います。
 今後登場するAIによるサービスも、「人間とAIの役割分担」を模索していくでしょうから、フォーネスビジュアスは参考になるかもしれません。
 生活習慣に対する心構えがちょっと変わるだけでも、病気のリスクが下がるのであれば、医療費の適正化にも貢献できそうですね。
和賀 事前に発病リスクがわかれば、発病の回避や病気の早期治療にもつながり、医療費適正化に貢献できるかもしれません。
 熊本県荒尾市をはじめとして、すでにフォーネスビジュアスを導入している自治体もあり、国全体で取り入れていけば、ゆくゆくは医療費の適正化にもつながっていくのではないかと考えています。

ポジティブに受けられる、健康診断の新しい形

楠木 検査で悪い結果が出た場合には、どのように対処したら良いのでしょうか。
和賀 フォーネスビジュアスで「将来の疾病リスクがある」という結果が出た方は、コンシェルジュと相談し、1年間かけて生活習慣を改善してから、もう一度検査を受けていただきたいです。
 1年後に疾病リスクが下がっていれば、それはその人に合った健康習慣ということ。その習慣は続けていただき、もしも改善しなければ、コンシェルジュが別の案をご提案します。
楠木 一般的な健康診断って、体の悪いところを探すために受けるわけですから、結構気が重いじゃないですか。
 フォーネスビジュアスはあくまで「予測して、将来病気にならないような生活習慣を作っていこう」というスタンスなのでポジティブな気持ちで受けられそうですね。
和賀 弊社の「フォーネスライフ」という名前は”命の声“という意味なんです。
 体の中で生まれている声を解読して、ポジティブなメッセージとしてお客様に提供するような仕事をNECグループでやっていこうと、2020年に設立しました。
 堅苦しく「検査」と捉えずに、「自分の体の声を聞いてみようかな」くらいの気持ちで活用してほしいですね。