2024/3/23

充実感や生きがいを育む「コーリング」という働き方

NewsPicks+d 編集者
欧米発のマインドフルネスを始めとして、仏教がビジネスパーソンのメンタルケアやモチベーション維持に役立つと注目され続けてきました。

第3回は、2600年もの長きにわたって人々を導いてきた仏教が教える、不確実で不透明な時代を生き抜くために役立つヒントを光琳寺住職の井上広法さんに伺います。(第3回/全3回)
INDEX
  • メンタル維持とパフォーマンスUPに。「おかげさま」の世界観
  • 自分の「生きがい」や「使命感」のために働くには
  • 「執着から離れ、物事を正しく見る」仏教の教え
  • 不確実な時代、人生で一度はキャリアチェンジを

メンタル維持とパフォーマンスUPに。「おかげさま」の世界観

áretのユーザーたちが有機的につながり、サポートし合ったり仕事を創出したりしていく場面に立ち会ったこの4年間。
今、改めて感じているのは「おかげさま」という言葉の意味と大切さです。
この言葉はすごく古臭いし、抽象的ですよね。
しかし、よく見てみると深いんです。
似た言葉に「ありがとう」がありますが、こちらは、“具体的な行動”に対する直接的なお礼の言葉。たとえば、「○○してくれてありがとう」というように、ギブ・アンド・テイクの関わりから生まれる言葉です。ですから、実は制限が多い。
でも、「おかげさま」はもっと守備範囲が広い。
私たちが「おかげさま」と言う時、そこに何らかの行為が必ずしもあるわけではありません。
その人の存在自体がありがたい。
本人が目の前にいなくても、その人とのつながりの中で受けている恩恵がありがたい。
そう思う時、「おかげさま」という言葉が出てきます。
つまりこの言葉は、人と人のつながり、もっと言えば「縁」を肯定し、それに感謝する言葉なのです。
ある意味、「おかげさま」と思える心は、非常にメタ認知能力が高いとも言えるでしょう。
というのも、このように感じられる時は、自分が今いる環境から多くのものを与えられていることに気づけているからです。
それは、言い換えれば「自分」と「世界」が分断されておらず、自分自身が有機的な繋がりのなか、つまりネットワークの一部として、世界の構成要員となっていると認識できている状態です。
実は、このような「おかげさま」の世界観こそが、健やかなメンタルやモチベーションの維持に大きく寄与します。
どういうことか、もう少し掘り下げてお話ししましょう。
自分が周囲から独立していると捉えるなら、世界は「敵」です。
gremlin / GettyImges
自分自身はソロプレーヤーであり、「世界」対「私」の構図で生きることになる。常に勝たなければいけないし、攻撃されれば反撃しなければやられてしまう。
言うまでもなく、ストレスフルです。SNSで他人から批判的なコメントを受けイライラすることはまさにこれにあたります。
しかし「おかげさま」の世界観であれば、目線がグッと「引き」になり、自分とコミュニティとのネットワークが認識できるようになります。すると人は自然に、自分がその環境にどれだけ貢献できるのかを意識するようになるのです。
コミュニティ全体にとって何がベストか。
自分がどう動けば、ポテンシャルを発揮して周囲に貢献していけるのか。
そういった視点から状況を見据え、行動できるようになるので、当然、心の持ちようもパフォーマンスも変わります。
「敵」を新たな解釈で受け入れ、お互いにつながるという可能性も生まれるでしょう。少なくとも、ストレスからは解放されるはずです。
doidam10 / GettyImges

自分の「生きがい」や「使命感」のために働くには

そういった世界で生きるために重要なのが、「コーリング」という働き方です。
直訳すると「天命」「天職」といった意味ですが、自分の「生きがい」や「使命感」のために働く仕事観を指します。
これは、イエール大学のエイミー・レズネフスキー教授が報告した「ジョブ」「キャリア」「コーリング」の3つの働き方のひとつ。まとめると、次のようになります。
ジョブは生活費を稼ぐための労働であり、キャリアは上昇志向や承認欲求がモチベーションとなった働き方。
コーリングは、仕事自体に意義を見いだし、充足感や働きがいを感じながら働くあり方です。
わかりやすい例を挙げましょう。たとえば、レンガを積む作業をしていたとします。
「暮らしていくために仕方ない」と嫌々ながら働くのか。あるいは、未来の出世のために「今は我慢だ」と思って働くのか。
それとも、「100年後に皆に喜んでもらえる建物をつくっているのだ」と思いながら働くのか。やっている作業は同じでも、充実感や仕事への姿勢がまったく変わってきます。
そのような姿勢で働ければ、職場でのトラブルや仕事上の障壁は、ストレスではなく「乗り越えるべき課題」として前向きに捉えられるようになるでしょう。

「執着から離れ、物事を正しく見る」仏教の教え

しかし現実的には、「今はコーリングの状態だとはとても思えない」と思う人もいるでしょう。
そんな方には、思い切ってキャリアチェンジすることをお勧めします。もっともお勧めするのは、独立です。乱暴な提言だと思うかもしれません。しかし、理由があります。
私自身、スタートアップの立ち上げを経験し、またさまざまなビジネスの現場を見聞して思うのですが、仕事の満足度は、エンドユーザーに近ければ近いほど高い。どんな仕事でも、「上流」に行けば行くほど“人の顔”が見えづらくなるという性質があるのです。
すると、働きがいや仕事の意義を見失いやすくなり、モチベーションもパフォーマンスも下がっていきます。
でも独立すると、顧客と直接会わなければなりません。よくも悪くも、反応がダイレクトに返ってくる。失敗や不安も増える分、喜びやモチベーションも大きくなります。
やりがいを感じるレベルは、組織の歯車として働いていた時とは比べ物にならないでしょう。
áretのユーザーたちも、大部分は企業に勤めていた人たちです。
kazuma seki / GettyImges
しかし、独立してáretに来た瞬間、自分が最前線に立って、顧客と向き合わなければならなくなります。また時には、仲間とチームを組んで、プロジェクトを進める必要も出てきます。
苦労も大きいが、組織では得られなかった満足感や手応えを実感できるという声をよく聞きます。
「独立したいが、自分の強みがわからない」「自分に独立起業なんてとても無理」とおっしゃる方には、「とりあえず、仲間と飲みに行ったらどうですか」とお伝えします。
一瞬「え?」といった顔をされるのですが、そういった席で愚痴をこぼし合ったり、情報交換し合ったりすることが、意外に大切なのです。
リラックスしながらコミュニケーションをとることで、心に余裕が生まれます。また、仲間との会話で新たな刺激が得られることもある。
そこから、現状打破の突破口が見えてくることも少なくないのです。
私自身、飲み会でインスピレーションを受けた経験があり、それがなければ2度目の大学進学は考えなかったと思います。さらに言えば、áretを建設するきっかけも飲み会です(笑)。
仏教には、悟りのための8つの正しい道「八正道」という考え方があります。
その中でも、特に重要だとされているのが、「正見(しょうけん)」。「執着から離れ、物事を俯瞰して正しく見る」という教えです。
Leontura / GettyImges
さらに言えば、正しく見るとはなにか。これは一歩立ち止まってみるということになります。「正」という字が「一」と「止」からできているように、東洋的な正しさは俯瞰して冷静に見ることです。
しかし、これを一人で行うのは難易度が高い。だから、仲間の力を借りるのです。仲間の力を借りるとは、多角的な視点を持つことに他なりません。それによって一歩立ち止まった時のように執着を離れ、物事を俯瞰してみることができるのです。
似たような問題意識や価値観を持った相手とのコミュニケーションは、必ず新たな視座や気づきを提供してくれるでしょう。

不確実な時代、人生で一度はキャリアチェンジを

いきなり独立するのは、ハードルが高くても、少なくとも人生で一度はキャリアチェンジしたほうがいいと私は考えています。
時代性を見ても、この提案は妥当なはずです。人生100年時代と言われて久しいですが、私たちも今後、仮に定年が70歳になったとして、30年も残っている。
残念ながら、その30年を年金だけで安穏と暮らせるかといえば、かなり微妙でしょう。そうなった時、終身雇用で定年まで働き続けたとしたら、その後は、いわゆる「潰しが利かない」状態になってしまいます。
そうなる前に、精神的にも体力的にも余力がある30代後半から40代くらいまでの間に、一度キャリアチェンジしておくのは、手堅いリスクヘッジになるのではないでしょうか。
もちろん、場当たり的に転職を繰り返すのはNGです。しかし、今後も終身雇用制時代のままのマインドセットで働くのは、非常に危険だと認識しておいたほうがいい。人生のある時点で自分のキャリアを見直し、働く場を変える作業はマストでしょう。
とはいえ、安定した職場で働く心地よさや安心感も理解できます。人は慣れ親しんだ環境、コンフォートゾーンから出たくないと思う生き物です。
しかし、お釈迦様は「諸行無常」を説きました。
わかりやすく言うなら、「すべては移り変わる。ひとつの物事に執着してはいけない」という教えです。
この諸行無常の教えを、VUCA時代を生きるビジネスパーソンに向けて言い換えるとどうなるか。
「常に変化の波を客観的に見て、その波に乗る乗らないの判断をし、自らの行動を決定する」ということです。
つまり、今あるものを手放し、新たな環境に飛び出していく勇気が、結果的に自分自身を救うのです。
そんなチャレンジを応援するのが、地方で今増えつつあるáretのようなコワーキングスペースやビジネスコミュニティ。そして、お寺の存在です。
お寺は昔から、地域のセーフティネットとして機能していました。また「よそ者」であっても、お寺とつながりを持った瞬間にコミュニティの一員として受け入れられるという側面がありました。そして何よりお寺は心理的安全性が高いです。
現代はお寺のあり方も多様化し、人々をつなげ、地域貢献しようと新たな活動にチャレンジしているお寺が各地に現れ始めています。また、UターンやIターンで地方に移住した人たちのコミュニティも増えつつあります。
まずは、そういった場に足を運び、新しい縁を紡いでいくことで、新しい働き方や生き方が見えてくるのではないでしょうか。
仏教は生き方を提案する教えです。そして現代人にとって生きる時間の殆どは「働く時間」です。
ですので、働く時間をどのように過ごすかは、現代における仏教の大きな役割だと確信しています。