2024/3/27

中古車市場の“不”に向き合う「セルカ」。楠木建が「玄人らしいスタートアップ」と評した理由は

NewsPicks Brand Design Creative Editor
 ユーザーの理想を追求することで、これまでのビジネスモデルから脱却したビジネスが生まれる──。そんな動きが、中古車市場で起ころうとしている。
 これまで車を売るには、買取会社に買ってもらうか、ディーラーに下取りに出すのが主流だった。その後、車は業者用のオークションにかけられ、落札した事業者が再販売するビジネスモデルだ。
 つまり車が再販売されるまでには、買取会社、運送会社、オークション会社など複数の事業者を介することになり、 その過程で中間コストが発生する。そのコストは、車の元の持ち主が事実上負担している(コスト分を差し引いた価格で買い取られている)。
そうした商習慣から脱却し、これまでの中間コストを売主の“取り分”とするサービスが、愛車買取オークション「セルカ」だ。
そんなセルカについて「経営のプロから率直な意見をいただきたい」と話したのが、セルカを運営するクイック・ネットワーク代表・田畑翔利氏
そこで今回は、競争戦略を専門とする楠木建氏を招き、セルカのビジネスモデルの本質的価値と成長性に迫ってもらった。

個人が車を“業者オークション”に出せる

楠木 まずは、「セルカ」のビジネスモデルについて教えてください。
田畑 セルカは、ユーザーが自分の車を直接出品できるオークションサービスです。
 ユーザーが愛車を売る時には、一括査定サイトなどを経由して買取会社に売るか、カーディーラーに下取りしてもらうかが一般的でした。
 そうして買い取られた車は業者用のオークションにかけられ、それを小売店や海外輸出業者が落札し、店頭で販売されます。
 しかしセルカでは、ユーザーがご自身でオークションに出品し、中古車販売店及び輸出業者などに直接落札されるビジネスモデルのため、買取手数料や運送料といった中間コストをカットすることができます。
 中古車販売会社は「新鮮なユーザー車」を仕入れることができる上に、ユーザーも買取業者やディーラーに売るよりも高い金額で売却することが可能になります。
楠木 御社のキャッシュポイントはどこになるのでしょう。
田畑 オークションが成立した場合のみ、落札業者から価格に応じた手数料をいただく形です。あわせて、売主からは一律2万9700円の手数料をいただいています。
楠木 売主からもらう金額を2万9700円で固定しているのは面白いですね。どういう意図なんですか。
田畑 今はセルカの認知がないので、とにかくユーザーが使いやすいように成功報酬で2万9700円という金額に設定しています。
楠木 なるほど。ユーザーメリットとしては、手数料以外に何がありますか。
田畑 3つあると思っています。
 1つ目は売却価格ですね。中には、買取会社やディーラーに出す時より、数十万~数百万円も高く売れることがあります。
 2つ目は”手間がかからない”点。セルカの場合は我々が1度だけ検査すれば約7000社が登録するオークションにかけられるので、相見積もりをしたり、自分で出品作業をしたりするなどの手間が省けます。
 3つ目は、”楽しい売却体験”です。今までは、足許を見られながらの交渉や強引な営業に苦労されていたユーザー様が多かったと思うのですが、セルカの場合は我々が買い取るわけではないのでそのような体験がありません。
 むしろ、高く売るためのアドバイスをさせていただきながらかつリアルタイムにスマホで競りが見れらるのでかなり楽しいと思います。
楠木 現在の事業規模はどの程度なのでしょう。
田畑 直近の2024年1月のGMV(取り扱い総額)は10億円を突破しました。
楠木 年間にすると、GMVで100億円を超えるくらいといったところでしょうかね。直近の目標は?
田畑 とにかく、国内において車を売る際は「愛車買取オークションセルカ」を利用するというのが当たり前になる状態を作ることです。
楠木 そもそも、なぜこのビジネスモデルに至ったんですか。
田畑 一番は、実家が中古車ビジネスを行っていた関係で、中古車の流通事情を無意識に把握していたことですね。
 また、起業を検討していた当時、フリマアプリがとても盛り上がっており、ユーザーが直接出品するビジネスモデルに刺激を受けたのもありました。
 それともう1つ、起業前にアフリカのケニアに滞在したのですが、その時に日本で乗られた車は日本車かどうかに関わらず、非常に市場価値が高いことを実感したんです。
 日本国内にある中古車が流通するプラットフォームを作れれば、ゆくゆくはグローバルにビジネスを展開できそうだと。その第一フェーズとして、ユーザーが直接中古車を出品するビジネスを展開することにしました。

優れた競争戦略はジレンマを超えた先にある

楠木 従来の中古車のビジネスモデルと比べた時、セルカにはどんな競争優位性が?
田畑 やはり従来のビジネスモデルでは、売主と買主の思惑が相反してしまうんですよね。ユーザーは高く売りたい、買取業者は安く買いたいといったように。
 その点セルカはオークション主催側なので、売主とプラットフォームが「オークションで少しでも高く売りたい」という同じベクトルを向いています。利害が一致するので、阻害し合うことがない。それが、お客さまの満足度の高さにつながっているのかなと。
 実際にセルカを使っていただいて、半年以内にリピートか他のお客さまへの紹介をしていただくお客さまは、約25%にものぼっています。
楠木 セルカのような新しいサービスの価値を考える上で本質的な問いになるのが、なぜ今まで同じようなことをする人がいなかったか。
 あるいは、同じようなことをしようとしながらも、なぜうまくいかなかったかです。その辺りは、いかがですか。
田畑 たぶん、同じようなことをやろうとした企業は、たくさんあると思います。ただ、長くは続いていないのが現状です。
 新しいサービスなので、ユーザーへの認知や、プラットフォームの構築、第三者検査のオペレーション構築、オークションの運営などをすべてやらねばならず、そこをやりきる会社がいなかったのではないかなと。
楠木 参入する人はいるけど、大変でやめていく人も多いと。
田畑 はい、そう思います。私たちはその大変な部分に、人もお金もかなり投資しています。
 たとえば第三者検査に関しては現在、当社社員が全国のお客さまのもとにうかがっているので、検査費用が一番のコストとなっています。
 ただ、サービスの知名度が上がり、まとまったエリアで最適な順序で検査を組める、あるいは2023年12月に大阪の「ららぽーと堺」に店舗をオープンしたのですが、お客さまが店舗へ来店する形になれば、検査効率は3倍ほど向上するし、コストも削減できる予定です。
楠木 売主を見つけるのと買主を見つけるのでは、どちらが難しいですか?
田畑 圧倒的に売主ですね。買主の販売事業者にとっては、単純に仕入先を増やせるのでメリットしかありません。
 対して売主である一般ユーザーは、セルカのことをまだ知らない、もしくはオークションに出品することに不安がある、といった方がほとんどで、その認知と信頼獲得に苦心しています。
楠木 認知獲得のために、これまでどんな施策を行いましたか。
田畑 インターネット広告はもちろん、テレビCMなどに出稿したことがありますが、最近は口コミや体験系の施策と相性がいいと実感しています。
楠木 口コミの重要性が高くなる理由はいくつかありますが、その1つが、取引頻度が低いことですね。自分ではそのサービスをなかなか経験できないので、誰かの経験が頼りになる。
 しかも中古車業界の場合、過去に嫌な経験をした人や不安を持つ人が多いでしょうから、少しでもポジティブな口コミがあるだけでとてもよく見えるのかなと。
田畑 確かに、その辺りの恩恵も受けていると思いますね。
 まだまだサービスの認知が足りないので、現在も売上の多くをプロモーション費用に投じています。
楠木 それこそ、一般的な事業開発期のコスト構造ですね。なるほど、面白いです。
 競争戦略の根底には、ジレンマがあると考えています。
 みんなが魅力を感じてやるようなことは、競争が激しくなって儲からなくなる。みんなが魅力を感じないものは、誰も入ってこないので競争はラクだけど、儲からない。
 そのジレンマを乗り越えられる戦略が、優れた競争戦略であると
 それでいうと、セルカがやろうとしているのは、後者なのかな。業界で定着している従来のやり方は非効率で、それよりも新しいやり方のほうが可能性が大きいよねといろいろな人が始めるけど、やってみると大変である。
 お話を聞いていて、そんなタイプのビジネスではないかと感じました。セルカは、その大変さをきちんと認識した上で、覚悟を決めてあの手この手で乗り越えてきた。
 そこが、このビジネスモデルの肝であると思いました。

業者売却とフリマ出品の“いいとこ取り”

楠木 先ほどフリマアプリの盛り上がりが起業の刺激になったとおっしゃってましたね。車でCtoCビジネスは成立しないのでしょうか?
田畑 将来はさておき、2024年現在でいうと難しい印象です。まず車両に対する信頼が足りない。ユーザーは整備工場などで検査されたものでないと、怖くて買いたがらないんですよね。
 一方でプラットフォーム側が検査を請け負うとなると、そもそもマッチング率が低いので、コストが相対的に高くなってしまう。
 現在弊社では、それを解決するための研究開発も行っており、それらの技術が成熟してくれば可能性は上がると思います。
 また、一番はユーザーがそのサービスを受け入れてくれる状態になることなので、そうなれば中古車のCtoCビジネスが生まれるタイミングなのかもしれません。
楠木 ちなみに、私はイギリスの自動車メーカーのちょっと変わった小型車に乗っています。もう10年以上乗っていて、走行距離も10万キロ以上。スペックだけ見ると、人によっては10万円でも買いたくないと思います。
 しかし、その車は発売してすぐに生産打ち切りになったために、全世界に150台くらいしか存在していません。中古車情報サイトで検索すると、高いものでは900万円の値段がついている。
 要は、人によって価値が全く変わる車なんです。これ、どう売るのがベストでしょう?
田畑 もし急いでいないのであれば、CtoCのプラットフォームができたタイミングで出品し、希少性をふまえた価格で買ってくれる人を待つのがいいと思います。ただ、そこでマッチングするのは、おそらく2~3%の確率なのかなと。
楠木 やはりCtoCは難しいと。
田畑 欲しがる人の母数が少ないからですね。ただ、もし次に乗りたい車が出てきたなどで早めに売りたくなったら、私たちのセルカで売っていただくのがベストではないでしょうか。
 セルカでは最低2社以上から落札が入れば競りとなるので、高値になる場合もあります。過去には、1億円近くで落札された車もありました。

事業成長のカギは「集中点」の明確化

田畑 ここまでの話を受けて、あらためて楠木先生の目には、セルカのビジネスはどのように映りましたか。
楠木 地に足の着いた、“玄人っぽい”スタートアップだと感じました。
 新たなビジネス機会が見えたらピボットするとかではなく、一般ユーザーの車をいかに売るかをビジネスの核に据え、ひたすらこの先もやっていこうと考えている。
 そこは好感が持てますね。
田畑 私たちとしても、泥臭さみたいなところを一番大事にしているので、そのお言葉は非常に嬉しいです。
 我々が今後市場シェアを伸ばしていくために取るべき打ち手は何でしょう?
楠木 当然、経営リソースは無限ではないからこそ、これに集中すれば未来が開けるといった「集中点」をはっきりさせることが重要だと思います。そうしないとあちこちに無駄な投資をしてしまうおそれがありますので。
 その点、やはり肝になりそうなのは、車を売りたい個人をつかむことですよね。
 おそらくやればやるほどいい方法がいろいろ見えてきそうなので、試行錯誤し続けることがすごく大切だろうなと。
 ただ注意してほしいのが、環境の変化に期待しないことです。極端なことを言えば、「新型の感染症によって、ライフスタイルが大きく変わったとしたら……」などという構想を描いてしまう形ですね。
 もしタイミングがたまたま一致して大きく当たっても、それはただ“くじ引き”を当てただけで再現性がない。
 たとえ世の中が変化しなくても、自ら動いていく。そうすることで、だんだん多くの人がそのサービスの価値に気づき、途中からドドッとやってきてくれる。そういったストーリーを考えることが、正しいあり方ではないでしょうか。
 その点、ユーザーからの手数料を一律2万9700円に固定して、サービスを使う人を着実に広げていこうという戦い方は良い正攻法ですよね。
田畑 ありがとうございます。まさに、世界で価値の高い“日本の中古車”の流通を加速させることは、グローバル展開する上でも大きな切り札ともなりますので、今後もその部分を突き詰めていこうと思います。