2024/3/22

ヘルスケアの第一人者が語る今の時代に求められる人材像とは

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 日本でDXが謳われはじめて早10年。企業のデジタル技術導入は第一段階を終え、ネクストステップに差し掛かろうとしている。
 部分的な効率化が終わり、DXの役割は企業の事業変革や組織変革へと向けられようとしている。企業はDXをどのように生かして、成長につなげていくべきか。経営者、現場はそれぞれどのような展望を描くべきか。
 今後、求められるチェンジリーダーの役割とは。またそれを支えるDXコンサルタントの役割とは。
 元バイエル薬品CEOで、長年、製薬・ヘルスケア業界でDX推進に関わり、Ridgelinezのヘルスケア領域にも協力している栄木憲和氏と、Ridgelinez 上席執行役員 西田武志氏に、あるべきDXの進め方と、そこで必要となる人材像について伺った。
 RidgelinezのX-Health®の考え方に栄木氏が共感したことで、本対談は実現した。

DXの本質は「D」ではなく「X」にある

──日本企業はDXを通じて、どう変わったのでしょうか。
西田 日本でDXという言葉が浸透して早10年ほど。多くの企業でデジタル化による業務効率化は進んだと思います。しかし、「デジタルを活用した抜本的な経営変革」には繋がっていない印象です。
 DXというのは、「D=デジタル(AIやビッグデータなどのテクノロジー)」を用いて、「X=トランスフォーメーション(ビジネスモデルや企業組織の変革)」を推進する企業変革手法です。
 にもかかわらず、多くの日本企業は、DXの「D=デジタル」に目を向けてしまいがちで、部分的な業務効率化に終始してきたように思います。
栄木 多くの日本企業はDXの名の下に、AIやテクノロジーを用いて、業務効率化を実現してきました。ですが、「X=トランスフォーメーション」を実現し、事業変革や組織変革に繋げている企業は少ないと感じます。
 デジタル化による生産性向上が一巡したいま、多くの企業の経営者は、次の変革のステップとして「X=トランスフォーメーション」をどう進めるべきかを考える段階に来ていると思います。
西田 そのような中で、流通・小売・リテール業界における変革に伴走する我々としてもクライアントや業界全体が本質的な「X=トランスフォーメーション」を遂げることができるよう支援する仕組みを作りました。
「ヘルスケア」を事業セクターではなく、「新たな提供価値」として捉え、サプライチェーンやマーチャンダイジングにヘルスケアを交えた、従来とは異なるアプローチで支援する取り組みを開始したのです。
──DXを企業変革に繋げるには、どのようなプロセスが必要になるのでしょうか。
西田 DXは組織変革の部分が重要で、かなり地道な作業が必要です。
栄木 1980年代後半、まだ日本では数少なかった「工場向け倉庫管理システム」が医薬品工場に導入された時期がありました。
 そのころ、そのシステムはまだ完成度が低くバグが散見され、医薬品業界で使えるか不透明な状況にありました。当初、導入支援に手を挙げた内資・外資系企業数社は次々に降りてしまい、医薬品工場数社に対して、最後までやりきったのは日系企業A社のみでした。
 A社が優れていたのは、ユーザーへの寄り添う力だったと言われています。どういうことをやりたいかを、経営陣にも現場にも聞いて回る。それも徹底して食い下がって、ニーズを聞き出すんです。
 聞かれる側も疲れてしまうくらいでしたが、当社側もA社側の熱意に押されて「よし、一緒に頑張ろう」と目線が合ったから、変革に進むことができました。
 私が好きな言葉に松下幸之助の「松下電器は人をつくる会社です。あわせて電気器具を作っています。」という言葉があります。
 組織変革・事業変革も最終的には人づくりです。熱意に満ちた経営者が、変革を支えるパートナー企業のサポートを受けながら社員のモチベーションを引き出すことで初めて改革が進んでいく。
 デジタルサービスを入れたから企業が変わるわけではない。人が変わるから企業が変わるのです。ところが、そのことに気づいている経営者は多くないことが、日本ではDX進展の遅れに繋がっています。

変革推進の鍵は「人起点」

──国内で本格的なDXが進まないのは経営者の意識の問題ということでしょうか。
栄木 その要因は十分にあると思います。
 IPA(情報処理推進機構)の「DX白書2023」によると、ITに見識がある役員の割合が5割以上の企業がアメリカで38.9%であるのに対し、日本では17.2%と2倍以上の差をつけられています。
 また、経営者とIT部門・業務部門の協調している割合についても、アメリカが31.9%であるのに対し、日本はわずか5.9%です。
 日本の経営者はデジタルへの苦手意識から、専門領域の仕事だと担当部署に丸投げしてしまっているケースが多いと思います。
 経営者は、「DXで何をすべきなのか」「何ができるのか」を十分に理解していないため、権限や予算の配分も不十分になっています。また、経営者とDX担当部署の課題意識が合っていないため、変革はうまく進みません。
出所:DX白書2023 – IPA(2023年2月)
出所:DX白書2023 – IPA(2023年2月)
西田 もう一つの要因に、「経営者と現場の目線のずれ」があります。経営者側はリスクをとった変革に必ずしも積極的でないのに対し、若手・中堅社員は自社のデジタル化、組織変革の遅れに焦っており、変革を進めてほしいと考えている。
栄木 変革を前に進めるためには、「カスタマーセントリシティ」を軸に経営者と現場の課題意識を一致させることが重要です。
「カスタマーセントリシティ」とは、クライアントのニーズや意見を取り入れ、満足のいくサービスや価値提供を行う姿勢のこと。経営者と現場が「自社がクライアントに提供したい価値は何か」をあらためて問い直すことで、企業変革の方針が見えてくる。
 ただ、「カスタマーセントリシティ」を意識しながら変革を目指す過程には、その企業独自の経路依存性による罠など、変革を阻む様々な障壁があり、なかなか自社だけでは変革が進まないケースがあります。
 その実現を手助けするのが、RidgelinezのようなDXコンサルタントの役割です。
 DXコンサルタントには、クライアントと目線を揃えて共に問題解決に取り組む「カスタマーセントリシティ」の精神や、現場に深く入り込んで徹底的にクライアントと向き合う「情熱」や「誠意」が求められます。
西田 Ridgelinezが得意とするのが、まさにこの部分です。当社では「カスタマーセントリシティ」を「人起点」と表現しています。当社のコンサルタントは、クライアントの経営層と現場の課題意識を調整しながら、「人起点での変革」を一緒に進めていきます。
 トップダウン型の戦略立案能力も重要ですが、現場の課題を一緒に汲み取り考える戦略理解力・戦略展開力、実行能力を生かして変革を進めることを目標にしているため、全員の目線を合わせることを意識しています。
 Ridgelinezのコンサルタントは、現場の声を非常に大切にしており、現場の意見を吸い上げたり、地道な信頼獲得を積み上げ、一緒に課題を考えたりするメンバーとして認知されるところから、一緒にDXを進めます。

ヘルスケア業界の課題と解決に向けたアプローチ

──DXを通じて、組織変革・事業変革が進むと、どのような効果が生まれるのでしょうか。
栄木 組織改革の例として、医薬品業界の営業体制の変化があります。
 コロナ下、MRの医療施設への訪問が極端に制限される中、オンラインプロモーション、ドクターとのWeb会議システム、バーチャルコーチングなど、営業組織の効率化が最も進んだ業界だと思います。
 そのような結果、ピーク時には約65,700人いた国内MR数は2022年には約49,700人まで減少しました。(※)これからもこの業界は新しい働き方として、Webシステムの導入、シェアオフィスの活用、DXの推進が加速すると思います。
 ※出所:2023MR白書 - 公益財団法人 MR認定センター(2023年7月)
西田 事業変革によって、企業利益の向上を目指しているという視点では、Amazonが好例だと思います。
 Amazonではアメリカで医薬品を個人宛に送るサービスを進めており、日本でも2023年から中小薬局と組み、新たなプラットホームを構築しています。
 このサービスがどう着地するかはまだわかりませんが、成功すれば製薬会社だけでなく、薬局、ドラッグストアなどへも大きなインパクトをもたらすでしょう。
──DXを通じた組織変革・事業変革に成功すると、大きな効果が生まれるのですね。一方で、ヘルスケア業界が抱えるDXの課題をどのように捉えていますか。
栄木 こうした改革が進められている一方で、業界内ではテクノロジーと医療現場の乖離が課題になっています。どちらも高度な技術が世の中に実装されているのに、それらのすり合わせがうまくいっていません。
 例えばスマートウォッチやウェアラブル端末、体組成計など自宅で使われている機器のデータは、精度が高いものも多いにもかかわらず、「自宅での計測値だから信用できない」という理由で医療現場ではあまり活用されていません。
 現状のヘルスケア領域は部分最適な状態になっており、患者にとっての「カスタマーセントリシティ」が実現していない状況です。
──そうした業界課題がある中で、Ridgelinezはヘルスケア事業をどのように展開していくのでしょうか。
西田 先ほども申し上げたように、ヘルスケアを価値として定義し、流通・小売・リテール業界をはじめとするあらゆる業界のクライアントに新しい戦略をもたらすことを主眼に置いています。
 生活者の多くが、自身のセルフメンテナンス、セルフケアに関心を寄せる時代に差し掛かっています。今後は食品メーカーや小売業のようなヘルスケア業界以外の企業も、健康に資する価値提供が問われるようになっていくのではないでしょうか。
 当社は、企業特性を生かした価値提供のあり方を一緒に考えながら、クライアントのヘルスケア市場における事業創造を支援します。
 このクライアントの課題の先にある社会課題を意識しながらご支援する姿勢は、Ridgelinezとして大切にしていることでもあります。
 Ridgelinezでは人を起点に、すべての分野・領域において、「×健康・ヘルスケア」による健康課題・社会課題の解決、価値創出を図り、データドリブンの持続的なビジネスモデルを実現させたいと考えており、これを「X-Health®」と称しています。
「X-Health®サービス」は、ヘルスケア業界以外の企業が、市場規模が拡大するヘルスケア業界へ参入するための戦略を短期で策定し、社会実装するまでEnd to Endでサポートします。
 流通・小売・リテール業界にとどまらず、幅広い業界のクライアントに寄り添い、価値創造を進めていく予定です。

企業のカスタマーセントリシティを加速する

──Ridgelinezではクライアントから信頼を得るために、どのような工夫を行っていますか。
西田 ファーストコンタクトから、深いコミュニケーションができるよう、クライアントの実務を理解している事業会社出身者を積極的に採用しています。
 例えば直近では、食品や医薬品メーカー、SIer、サービサーなどの出身者がジョインしています。また、ヘルスケア領域ということもあり、薬剤師資格を有するメンバーも在籍しています。
栄木 とても多様性を感じるプロフェッショナルなメンバーですね。
西田 前職時代にセオリーやパッションを持ってお客様の課題を解決した「人起点の思考に繋がる経験」を持つ人材や、「自社の改革に対して歯痒さを感じていたから、外から変えたい」という情熱を持った人材も多くいます。
 こうした多様な人材が輝けるよう組織づくりを目指しています。
栄木 今後はトップダウン型の解決策の提案ではなく、クライアントの内部に深く入り込み、一緒に変革を進めていく、巻き込み型の変革が増えていくでしょう。
 その際に、「カスタマーセントリシティ」の経験を持つ人材こそが、課題に正面から向き合えるはずです。
 私も部下には常に、「逃げない・ブレない・焦らない」を信条として仕事をやるように言ってきました。そういう人材は、今後より一層大事になってくるのではないでしょうか。
西田 そうですね。クライアントに寄り添いながら、情熱と暑苦しさで勝負できる人材と、社会を変革していきたいですね。
松本 僚一郎氏/Ridgelinez株式会社 INDUSTRY GROUP Senior Manager
生産管理コンサルティングにてキャリアをスタートし、SI ベンダーでSDG’s 評価プログラム、IT 運用自動化支援に従事。Ridgelinez では、製薬・ヘルスケアを担当し、スペシャリティファーマ DX 組織変革支援/データマネジメント支援、グローバルファーマ 新規事業創出支援、医薬品バリューチェーンサービス立ち上げなど構想からIT まで幅広い領域への知見が強み。
足立 貴政氏/Ridgelinez株式会社 INDUSTRY GROUP Manager
国内SIベンダーにおいて、製薬・ヘルスケア業界を10年間担当。Ridgelinezでも、製薬・ヘルスケア業界を中心に従事。PHRサービス立上げやヘルスケアコミュニティ構想、新規ビジネスアイディエーション支援などのプロジェクトに参画。直近は、健康価値創造支援をメインテーマの1つとして取り上げて活動中。