2024/3/29

部長以上、必見。アジャイル組織の肝は「リーダーの団結」だ

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 既存のコア事業に比べて、スピードや仮説検証が求められる戦略事業。そんな戦略事業をアジャイルに推し進める必要性は、認識されるようになった一方で、その実践は一筋縄ではいかない。部分的な導入にとどまらず、事業部で丸ごとコミットするのは至難の業だ。

 そんな組織的なアジャイルの実践を、シニアマネジメント層まで巻き込んで推し進めている企業がある。それが、KDDIだ。

 KDDIは、なぜ新しい働き方の導入に踏み切ったのか。シニアマネジメント層はどのように変革にコミットしているのか。動き出した変革のリアルをお届けする。

KDDIが「両利きの経営」の理由

 通信事業という堅牢なコア事業を持つKDDIグループ。一方で新たな収益の柱として、ネットワークやクラウド、セキュリティなど多様な法人向け事業への注力を強めている最中だ。
 その法人サービス事業において、2023年秋から本格導入を始めたのがアジャイルによるサービス企画・開発の推進だ。
 アジャイルな働き方の導入に至った背景を、発起人であるKDDIエグゼクティブ・アドバイザーの森敬一氏はこう話す。
「我々のコアである通信事業には、長年の経験やノウハウが蓄積されています。一方で、法人サービスなどの『戦略事業』は、私たちにとっても未知の分野も多い。
 競合プレイヤーやお客さまの需要など、私たちもゼロから研究する必要があるのです。
 そんな分野で事業を成功させるには、市場に出てお客さまの意見を聞きながら、サービスを迅速に改善していかねばなりません。
 コア事業の働き方とは異なり、短いスパンで仮説検証サイクルを回していく、アジャイルな働き方が合っていると考えたのです」(森氏)
 一方で、KDDIのような大企業で、働き方を丸ごと変えるのは至難の業だ。ビジネスが大きくなるほど、組織はサイロ化するもの。KDDIも例外ではなかった。
 そんななか、森氏はどのようにリーダーシップを取り、アジャイル導入を推し進めてきたのか。
「真摯に対話して、協力を仰ぐしかありませんよ」と森氏は朗らかに振り返る。
「サイロ化する組織に横串を指すのは、ボトムアップでは難しい。では、自分が音頭を取るしかないな、と。
『こうした組織を目指したいから、ぜひ協力してほしい』と現場の本部長たち一人ひとりと対話して協力を呼びかけ、共感の輪を地道に広げていったんです」(森氏)

マネジメントのコミットが命

 アジャイルの導入は決まった。だが、そこからどう実践を進めるか。
 悩むなかで出会ったのが、アジャイルな組織運営を実現するScrum@Scaleのフレームワークだったという。
 KDDIグループの1つでもあるScrum Inc. Japanがその実践を支援していることを知り、まずはシニアマネジメント陣がScrum@Scaleを学ぶことになる。
 森氏とともに法人サービス事業部へのアジャイル導入を進めてきた、ソリューション推進本部副本部長の中村哲也氏は、こう振り返る。
「正直当初は、乗り気でないメンバーもいたと思います。
 アジャイルってハードルが高く聞こえますし、ただでさえ忙しいのに仕事が増えるんじゃないか、と。でも食わず嫌いでは何も前に進まない。
 そこでまずはシニアマネジメント陣が率先して研修を受け、アジャイルとScrum@Scaleとについて学びました。実践まで考えられたフレームワークをみっちり学び、これなら自分たちでもできそうだと確信を持てたんです」(中村氏)
 そうした決意のもとスクラムを導入した法人サービス事業では、まずは5つのスクラムチームが始動。
 セキュリティやマネージドサービスのチームが、仮説検証を繰り返しながら、サービス開発に励んでいる。
 今回のKDDIのスクラム運営でこだわったポイントは、何と言ってもシニアマネジメント層のコミットメントだ。
  というのもKDDIグループ全体でみれば、10年以上前からアジャイルな働き方は導入されていた。一方でチーム単位の導入にとどまるものが多く、組織を横断した取り組みにはなっていなかったのだ。
 マネジメント層のコミットメントの具体としては、シニアマネジメント自らがスクラムのトレーニングを受け、組織の変革をゴールとするスクラムチームを結成。
 そして各スクラムチームが抱える現場の課題を、このリーダーシップチームが吸い上げ、定例で毎週確認する。
 つまり、シニアマネジメント層が問題の解決策を現場と一緒になって考える体制を構築したのだ。
「 いくらアジャイルな働き方を実践しても、現場で解決できない問題はどうしても出てきます。そこで仕事がスタックしてしまい、結局企画や開発のスピードが変わらないという失敗例は、多いんです」
 そう話すのは、Scrum Inc. Japanのアジャイル・トランスフォーメーション・コンサルタントとして、KDDIに伴走する内山遼子氏。リーダーがコミットすることで、部門を横断した課題解決もやりやすくなると話す。

“ピリピリした”承認会議が、変わった

 そうしたアジャイルの実践体制により、課題解決のスピードや現場の雰囲気はどう変わったのか。中村氏は「かなりの変化があった」と語る。
「それまで現場とシニアマネジメント層の接点は、 “承認会議”でした。上層部に承認してほしい事柄を、メンバーがガチガチに固めた上で持ってくる。
 正直、“お伺いを立てる”雰囲気もあり、結構ピリピリしていたんです。
 ですが今ではそれが「承認の場」から、「対話の場」に変わりつつあります。現場のスクラムチームから上がってきた課題について、対話をしながら一緒に解決方法を考えていく。
 そのやり方が定着すると、検討段階のアイデアも、早い段階でマネジメント層まで上がってくるようになるんです。
 そうすることで、別部門との連携も迅速にできるようになりましたし、手戻りによる無駄な時間も減りました」(中村氏)
 ちなみに、シニアマネジメント層が現場の課題を吸い上げ検討する週1の定例は、「パックMAN定例」と名付けられた。課題を“食べる”ように解決しよう、との意思を込めたのだという。
朗らかな雰囲気で行われるパックMAN定例の様子
 パックMANチームのスクラムマスターである松山繁氏は、課題解決のスピードを上げられた秘訣として、「チームで解決できる課題と、シニアマネジメント層にしか解決できない課題とを分けて考える」運用を挙げる。
「解決が難しい課題を前に『どうしたらいいか分からない…』と、チーム内の時間が止まることがないようにする。これがとても大切です。
 Scrum@Scaleには、3カ月に1回は中間レビューがあります。プロジェクトにかかわる全員が集まって現状を振り返ったり、一体感を醸成したり。
 そこでメンバーから出てきた改善案があればすぐに、パックMANチームで議論すべきアジェンダとして追加されます。情報の透明性が高まるのはもちろん、課題を漏らさずに拾える仕組みがあるのは有用ですね」(松山氏)

シニアマネジメント層が1つになれるか

 Scrum@Scale導入から約半年。ここまで順調に進んでいるこの取り組みだが、その要因はどこにあるのか。
 Scrum Inc. Japanの内山氏は、「シニアマネジメント層がワンチームになっていること」を挙げる。
「週に一度、シニアマネジメントの皆さんが必ずこのソファに集まって、本音で意見交換をする。組織全体の働き方を変えるには、このようにリーダーの中で目線が合っていることが欠かせません。
 実は、マネジメントの中で一枚岩になれずに、組織変革が頓挫してしまう例は多いんです。
 私も毎週一緒に参加していますが、その点KDDIのパックMANチームには、スポーツチームのような一体感を感じますね」(内山氏)
 一方で森氏は、ビジョンを掲げた重要性を振り返る。
「ここまでScrum Inc. Japanには、密に伴走していただきました。その中で印象に残っているのは、ビジョンやプロジェクト名を決めるワークショップ。
 このアジャイル変革のプロジェクト名は、『アジャイルを導入せよ』という手法起点の名前にせずに、あえて『Smart Way Project』にしました。
 上から新しい仕事のやり方を押しつけるのではなく、『よりスマートに働ける方法を見つけよう』と、現場を巻き込んだメッセージにしたかったんです。
 ビジョンもシニアマネジメントメンバーが、膝を突き合わせて考えて決めました。ビジョンを考えるプロセス自体も、全員の目線を揃える上で大切だったと感じます」(森氏)

リーダーシップを顧みる機会に

 承認会議のあり方や、サービス開発の進め方を大きく変えているScrum@Scale。一方で、リーダー自身の変化もあったと話す、パックMANチームのスクラムマスターの松山氏。
「多くのメンバーと対話をすることが増えて、自分を顧みる機会が増えましたね。対話をするって、指示を出すのとは違って、相互的なもの。
 だからこそ、今の伝え方でよかったのかとか、違うやり方があったんじゃないかとか、自分のリーダーシップを見直す経験になっています」(松山氏)
各スクラムチームも、Scrum Inc. Japanの支援のもとビジョンとワーキングアグリーメントを策定。各チームの個性が溢れたユニークなビジョンが並ぶ
 一方で、DX推進本部システム開発部の荒木氏は、「未来からバックキャストする」という観点をより意識するようになったという。
「これまでは、『目の前の仕事をしっかりこなす』という感覚が大きかったんですが、今では自分たちのあるべき姿を考えながら働けていると感じます。『あるべき姿』から逆算して考えて、仕事に優先順位を付けている感覚。
 その優先順位も、お客さまの要望や状況によって変えていくので、柔軟性も高まりましたね」(荒木氏)
 コア事業と戦略事業の両立を目指し、働き方や組織風土に新たな風が吹き始めているKDDI。これからの展望を、森氏はどう捉えているのだろう。
「まだ変革は始まったばかりです。今までどおりのやり方で進む仕事と、アジャイルを取り入れた仕事のやり方。お互いの帳尻を合わせていくことに、まだまだ現場は苦労しているでしょう。
 ですからまずは、この“スマートウェイ”によって生まれた成功プロダクトを示していきたい。その成功体験をもとに、よりお客さまの方を向き、楽しく仕事できるこの働き方を、広げていきたいと考えています」(森氏)。
記事内の部署名、役職は取材当時のものです。