2024/3/22

組織を「丸ごと」アジャイルに。仮説検証はこう回せ

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 次なる成長戦略を描くべく、多くの企業が新たな事業やサービス開発に挑んでいる。一方でそうした「戦略領域」の推進には、既存の「コア事業」とは全く異なる時間軸や仕事の進め方が求められる。

「そんな戦略領域の推進にこそ、アジャイルな働き方がマッチする」と語るのは、LIXIL常務役員でMarketing部門リーダーの安井卓氏だ。

 従来の主軸であったBtoB領域から、BtoC領域への注力を進めている住宅設備メーカーのLIXIL。そこにどのようにアジャイルな働き方を取り入れているのだろうか。具体の実践の様子を詳しくお伝えする。

大企業LIXILが抱いていた危機感とは?

──キッチンやお風呂、窓などの老舗メーカーであるLIXIL。BtoC領域を成長戦略の軸に定め、組織改編を含めた変革をしていると伺いましたが、なぜ経営の舵を大きく切ったのでしょう。
安井 現状維持のままでは、いずれ事業が立ち行かなくなる。そんな危機感を抱いていたことが、最大の要因です。
 その背景には、新築着工数の減少という、住宅環境を取り巻く変化があります。
 というのも、従来の日本は新築を建てる文化が強く、お客さまはハウスメーカーや工務店に行って、家や設備のデザインを相談しながら決めるスタイルが一般的でした。
 ですからLIXILが提供するキッチンやお風呂などは、エンドユーザーが選ぶというよりも、ハウスメーカーや工務店のプロが推奨していくのが基本。
 その結果我々の営業活動は、いかに住宅設備のプロに標準採用してもらえるかという、BtoBのビジネスが中心となっていました。
 しかしここ20年ほどは、住宅を初めて取得する人の人口減少も相まって新築着工件数がどんどん減っています。その一方で、ここ数年は中古リフォームの需要は高まっている。
 その潮流の中で、エンドユーザー自身がどんな家にしたいかを、自ら選んで決める風潮が強まっているのです。
──その結果、LIXILとして中長期的な成長戦略を描くには、BtoC領域に注力する必要があったと。
安井 ええ。ですがBtoC領域に注力するといっても、LIXILにはエンドユーザーとの接点が圧倒的に足りていませんでした。その課題意識のもと、2016年以降、大規模な組織改編を実行してきたんです。
 具体的には、BtoCに関連する部署は、すべてマーケティング部門に集約。
 ブランドコミュニケーションはもちろん、ショールームやコンタクトセンター、リフォーム事業、不動産事業など、一見関連がなさそうな部署も、エンドユーザー接点という軸で同じ部門に集めました。
 企業として「エンドユーザーの方を向いていくぞ」という意思を伝えるには、やはりまずは組織構造から変えていくべきだと考えたのです。

アジャイルな仮説検証、実際どうやる?

──BtoC領域に戦略的に注力すべく、そのマーケティング部門ではアジャイルな働き方を導入したそうですね。大企業のLIXILがアジャイル、というのは正直意外でした。
安井 もともとLIXILのデジタル系の開発部門では、アジャイルな働き方を取り入れていました。だからこそこのBtoC領域も、アジャイルな働き方が合っているだろうと確信できたんです。
 というのも、BtoC領域はお客さま自身の好みやトレンドの移り変わりも速い上に、LIXILとしてもお客さまの解像度が高くない。そこでお客さまに価値を提供するために重要になるのは、「いかに仮説検証を速く回せるか」という点です。
 製造業は従来、製造にかかるコストも大きいため、綿密な計画とロードマップを引いてから開発に着手する、いわゆるウォーターフォール的な仕事の進め方が主流でした。LIXILも、製品開発の部分は、今もそうした働き方がメインです。
 ですが、お客さまからの共感や愛着が成功の鍵を握るマーケティング部門では、「やってみてダメならやり方を変える」というアジャイルな仕事の進め方が、一番マッチすると考えているのです。
焼田 そのアジャイルな働き方を実現するために、組織運営モデルであるScrum@Scale(スクラム アット スケール)を、2021年からマーケティング部門に導入しました。私はその推進を担当しています。
 スクラムの考え方のベースには、「常に顧客の声を取り入れ、改善を繰り返して顧客に価値を提供していく」ことがあります。
 そのためスクラムでは、重厚長大な階層組織ではなく、少人数のフラットなチームを複数作ります。その小さなチームごとにゴールを設定した上で、そのゴールに近づくための仮説を作るのです。
 実際に顧客の声を聞いたりデータを取ったりしながら、スプリントと呼ばれる1週間単位の短いサイクルでその検証・改善を繰り返すことで、アジャイルな働き方を実現していく。それがスクラムのモデルなのです。
──そうしたスクラムの働き方を、マーケティング部門は組織として導入していると。実際にどのようにチームを構成しているのでしょうか。
 現在は、約70程度のスクラムチームがあり、そのスクラムごとのまとまり(スクラム・オブ・スクラム)は5つあります。
 そもそもマーケティング組織は、組織全体の方針である「顧客視点(お客さまの視点に立つ)」を中心に据えて、お客さまのジャーニーに沿って構築されています。
 その中でも、LIXIL商品に関心が薄い潜在層・購入してくださりそうな購入検討層といったフェーズに合わせて、スクラムチームを配置しているのです。
 現在は、このジャーニーに沿ってスクラムチームの数を増やしている最中です。
──顧客に共感される/求められるサービス・施策作りにおいて、具体的にどのように仮説検証を進めるのでしょうか。
安井 仮説を検証するには、当たり前ですが検証のためのデータが欠かせません。
 たとえば、ショールームでのサービスの質向上を目標に掲げるチームでは、アンケートツールを活用。お客さまからの声を分析し、顧客ロイヤリティ値を測るNPS(ネットプロモーションスコア)を見ています。
 寄せられたフリーコメントの中に、「ショールームでキッチンに関する説明時間が短かった」とあれば、まずはアジャイルに説明時間を長くしてみて、またアンケート結果を見る。このスピードが命です。
 お客さまの声を収集している企業は多いでしょうが、結果が出るのが数か月後では、改善スピードは追いつきません。
 ツールを導入してすぐに結果がわかるようにした上で、少人数のスクラムチーム内で迅速なPDCAを繰り返していくことが重要なのです。

組織全体で同じ方向を向くには?

──スクラムチーム内では迅速に仮説検証が進められる一方で、組織全体を見るとどうでしょう。スクラムチーム内で課題を解決できないことがある場合、改善や戦略実行のスピードは止まってしまいませんか。
安井 部門を横断した課題解決のスピードを速めることは、非常に大事なポイントです。
 たとえばコールセンターに寄せられたお客さまの声が、次の日に担当部署に届くかどうか。
 ここで大事なのは、「手戻り」と「待ち」をいかに減らせるかです。課題解決に着手してからは、どんなにスピードを上げようとしても無理がありますが、無駄な待ち時間は減らせる。
「来週1on1があるから来週言おう」では、1週間がタイムロスになってしまいます。
焼田 そうしたスピードを速め、組織全体が同じ方向を向けるよう、Scrum@Scaleの仕組みが機能していると感じます。
 そもそもScrum@Scaleの仕組みの中には、2つのリーダーシップが存在します。
 その2つとは、まずはスクラムチーム同士のタスクの優先度を調整し、各チームの方向性と組織全体の方向性を揃える役割のリーダー(プロダクトオーナー・PO)。
 そしてそれを実行する上での障害物を取り除き、チーム間の仕事の重複や待ちが出ないよう調整するリーダー(スクラムマスター・SM)の2つです。
 両方のリーダーが互いに連携することで、仕事の手戻りや重複による待ちを発生させずに、迅速に仕事を進めることができるのです。
 もう少し具体的な運用を見てみましょう。チームごとのPOとSMは、それぞれ週に1度集まるよう、フレームワークの中に定例が組み込まれています。
 PO定例では、各チームが取り組むタスクを共有し合い、全体最適となるようなタスクの優先順位を決めます。
 Scrum@Scaleの実践では、各スクラムチームのタスクと、組織全体の方向性を揃える目的で、その部門を統括するリーダーを含めた定例会議も、月に一回組み込まれています。
 そこで決まったタスクを迅速に実行できるよう調整するのが、SMの仕事です。
 POとSMのデイリーの定例では、各チームで起きている障害を共有して、それをいかに潰せるかを確認。
「チームAでのタスクが終わらないと、チームBが仕事に着手できない」というように、待ち時間が発生していないか等も、SMが確認して調整役を担います。
 こうした仕組みがあることで、各スクラムチームはサイロ化せずに連携できます。結果的に、仕事のスピードが落ちたり、部分最適になって効率が悪くなったりする事態を防げているのです。

柔軟に変われるスクラムチーム

──アジャイルな働き方を導入してから、実際に現場はどのように変わったのでしょうか。
焼田 まずは、仕事の進め方がかなり柔軟になったと感じています。従来は、期初に全体で決めた方針や目標を追いかける、といった思考で仕事をしている感覚がありました。
 それがScrum@Scaleを導入した後は、本当に進んでいる方向が正しいのか、お客さまの声を取り入れながら、1週間単位で点検しながら仕事ができるようになりました。
 担当者の担当領域の変更に関しても、人事異動のような大袈裟なことをしなくても、スクラムチームならすごくやりやすいんです。
 実際、POとSMの定例をやっていると、比較的余裕のあるチームとかなり多忙なチームがあることが見えてきます。そんな時は、チーム間で柔軟に役割を分担して、助け合えるようにしています。
 チームメンバーが循環する頃で、個人に閉じていたノウハウや知見が、チームに共有される良い機会にもなっていると感じますね。
 また一番大きな変化は、チームがより「チームらしく」なったことでしょうか。
 リモートワーク中心なのでリアルに会う機会は多くないのですが、スクラムで働くことで、メンバーと接する機会がぐんと増えました。その結果、相互理解や信頼が高まって、より生き生きと働けていると感じます。
──さらに顧客への価値を最大化するために、最終的にはどのような組織を目指していますか。
焼田 現在は、Scrum Inc. Japanの研修や伴走で立ち上げられた、5人のコーチチームがあり、スクラムチームの立ち上げを支援しています。
 現在、マーケティングの中でスクラムチームで働いているメンバーは4割程度ですが、今後はその割合を10割にしていきたい。そのために、コーチチームの拡充やより良いスクラムチーム立ち上げの方法を模索していきたいですね。
安井 ええ。長期的には、製品開発部門も含めてアジャイルな働き方を浸透させていきたいですね。
 もちろん製品開発は、長期的なプロジェクトである上、関わる人も動くお金も多く、すぐに「すべての工程をアジャイルに」というわけには行かないことは理解しています。
 一方でアジャイルに働く文化が根付き、先ほどお話ししたような「手戻り」や「待ち」の時間が減るだけでも、改善に1年かかっていたものが9ヶ月になるかもしれない。
 その分、お客さまにより早くより価値のある製品を届けられることになります。
 私が究極的に目指したいのは、誰もが自律的に楽しんで働ける組織です。個々のメンバーも自分がやりたいことがわかっていて、主体的に動ける。そしてその方向が、組織全体が目指す方向と、しっかり合致している。そんな組織です。
 ビジネスパーソンがそんな風に主体性を持って働けるようになれば、日本企業は大きく変われるんじゃないでしょうか。それを目指して、諦めずに進んでいきたいと考えています。