2024/3/22

目立たないけれど成果は続々。ビジネスパーソンが知っておくべき、行政変貌の最前線。

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 公務員は仕事が遅い、行政は効率が悪い──。「お役所仕事」という言葉があるように、日本では公務員に対してネガティブなイメージが持たれている。
 日頃ニュースに接するなかで、公務員の不祥事を報道で目にする機会も多い。
 そんな世間的な厳しい視線を覆すべく、仕事で成果をあげた地方公務員を表彰するイベントが存在する。それが「地方公務員が本当にすごい!と思う 地方公務員アワード(以下地方公務員アワード)」だ。
 昨年はKDDIやLINEヤフー、NECソリューションイノベータ、PR TIMES、テレビ東京ダイレクトといった大手企業が協賛、Jリーグも後援に名を連ねている。過去約250回ものメディア露出があり、最も掲載回数が多いのはNHKと朝日新聞だという。
 なぜ、このようなアワードが始まったのか。今、地方公務員の最前線では何が起き、今後何が起こるのか。
 そして、ビジネスパーソンは地方公務員・地方自治体とどのようにかかわるべきなのか、地方公務員アワード創設者であるホルグ 代表取締役の加藤年紀氏に話を伺った。
受賞した久喜市の金沢剛史さん。表彰式には市長や町長らを含め各地から100人超が参加、受賞者を祝福した。会場はLINEヤフー(株)の「LODGE」。
地方公務員として福祉の仕事をしていたこともあるアントキノ猪木さんも受賞者をねぎらった。

「すごい地方公務員」を多くの人に知ってほしい

──なぜ、活躍している地方公務員を表彰する、というイベントを始めようと思ったのでしょうか。
 一つは地方公務員が活躍できる環境を作れれば、世の中がよくなると思ったからです。
 地方自治体はその地域の行政を一手に担う独占企業のようなもの。住民はそこに住む限り、生活に直結する行政サービスをその自治体から受けるほかありません。
 例えば、水道料金は全国の自治体で異なりますが、自分が住む地域で値上げがあれば、引っ越しをしない限りは逃れることはできません。
 こうしたサービスの質を上げるために、地方公務員の活躍や働きぶりが認められ、挑戦しやすい社会環境を創ることが重要だと考えました。
 もう一つの開催理由は、『地方創生』という風潮に覚えた違和感です。
 アワードを始めた2017年頃、『地方創生』という言葉が流行っていました。当時、派手な取り組みをする商工観光系の部署のメディア露出が急激に増えましたが、一つの自治体で50超のゆるキャラを制作したり、ただバズるための動画が作られたりと、住民生活の向上につながるか疑問に感じる取り組みも多かったのです。
 私は地方行政でもっとも価値のある役割は健康、医療、福祉、インフラ、防災などのセーフティネットだと思っています。
 アワードを通じて、こうした領域で成果をあげる地方公務員のノウハウを広めることで行政サービスが向上する。その結果として、住民が恩恵を享受できることにつながると考えていました。
──アワードは誰がどのように推薦するのですか?
 地方公務員が同じ地方公務員を他薦します。わかりやすく派手な成果だけでなく、地味な分野の成果にも光を当てるためです。審査員も地方公務員が担うことで、地味な領域であっても評価されるようにしています。
 また、各協賛企業が約10名の受賞者の中から一人を選び、例えばKDDI賞などの特別賞を贈呈します。贈呈理由を聞くと、公務員とは異なる視点で受賞者をリスペクトしていることがわかり、志の高い企業と、志の高い公務員の相互理解につながっています。

受賞した「すごい公務員」たち

下水道事業の経営に危機を感じ、住民の理解を得たうえで、高額な工事費用が発生する工法を修正して事業費を28億円から8億円へ削減。一級建築士や中小企業診断士とならぶ難関資格「技術士」を取得し、技術力と影響力を役所で発揮。市全体の年間予算(一般会計当初年度)が200億円規模であることから、20億円の削減の影響力は大きいという。
県庁内で成功請負人と呼ばれ、医師不足の佐渡で3か月の間に医療再編を遂行。県内の医療課題解決のため、研修医育成プロジェクトを整備。コロナ禍では、最大1日5,000人にワクチン接種をおこなう大規模接種会場の企画・運営のリーダーに抜擢。電通への1年間の出向経験もある。
──地方公務員の方々の中にも、クリエイティブな人材がたくさんいらっしゃるのですね。
 そうなんです。岡山県備前市の同前嘉浩さんは、下水道の事業費を28億円から8億円へ削減しました。コストカットの幅もさることながら、地域住民や関係各所への説明なども粘り強くおこなった成果です。
 新潟県職員の市橋哲順さんは、医師不足に悩む佐渡の4つの病院機能をわずか3か月で再編し、ニーズに合わせた持続可能な医療体制を強化。さらに新型コロナウイルス流行時には、大規模接種会場を4週間で立ち上げています。
 滋賀県野洲市の生水裕美さんは、生活困窮者支援を担いました。多重債務者など、一人ひとりの住民をサポートしていくとともに、その経験から課題全体を解決するスキームを構築。支援のために、直接、対峙した闇金業者から「電車のホームでは前に立つなよ」「夜道に気をつけろ」などと脅されても使命をまっとうされました。
 彼らのように、地道に成果を挙げている職員が、全国で少しずつ現れているんです。
生活困窮者支援のなかで、『闇金』と呼ばれる違法な金融業者の犯罪が流行したタイミングで、自治体が対応しきれていなかった、多重債務者の支援スキームを確立。厚生労働省や消費者庁などでさまざまな委員を歴任、法律制定のアドバイスや講演会などをおこなっている。
──「お役所仕事」のイメージとはかなり違いますね。
 この方たちが実現している成果を考えたら、仮に彼らの年収が2000万円だったとしてもペイしますよね。
 実際の給与はその半分にも満たないことがほとんどですが(笑)、地方公務員のなかには、大手企業のエース級の社員たちと遜色ない能力を持つ地方公務員も存在します。
 また、「市民生活をより良いものにしたい」と考え、限られたリソースの中で頑張る公務員も多く存在しているのです。
 私たちが公務員と聞いて想像するのは、住民票の発行や婚姻届けなどの窓口業務だと思いますが、公共事業のための立ち退き交渉、税金滞納者への徴収、児童虐待への対応など、生々しく身の危険を伴う業務も全国でおこなわれています。
 地震や台風といった災害が発生した時も、警察や自衛官だけでなく一般行政職が緊急対応で復旧活動に入ってくれています。
 自分や家族も被災しているのに、過酷な役所の仕事を優先しなければならない。東日本大震災では連日、損傷のある遺体を運ぶ方もいましたし、火葬場のキャパシティが足りなくなったために、土葬の実作業を担う方もいたのです。

実態と乖離した世間の公務員像

──ただ、「定時で帰宅」「前例主義」など、地方公務員に対しては、ネガティブな印象を持つビジネスパーソンも多いですよね。今、地方公務員はどのような状況にあるのでしょうか。
 私も元々公務員に対するイメージは悪かったので、ネガティブな印象を覚える気持ちはよくわかります(笑)。
 ただし、エースとされる職員や大きな法改正に関わる部署の職員などは、時期によって月間残業時間が過労死基準の80~100時間を越えることもあります。
 元旦に起きた能登半島地震でも、石川県輪島市役所の職員の77%が100時間を超える時間外勤務を1月にしています。穴水町では80~90%が100時間超えだそう。もっとも被害の大きい珠洲市はそれ以上ではないかと言われています。
 役所に余裕がなくなる中、近年ではメンタル不調をきたす職員も多くなりました。民間ではメンタル不調による休職者は全体の0.4%ですが、国家公務員は1.38%、意外にも地方公務員が2.3%と、この中でもっとも高いです。
 実は日本の公務員は世界的に見て、とても少ない人数で行政の仕事を回しています。OECD34か国への調査では、日本の労働者数に対する公務員数は5.9%で、34か国中最低でした。これは、30.4%ともっとも高いノルウェーの5分の1以下の人数比率です。
──なぜ、公務員の活躍はあまり世間から注目されないのでしょうか。
 行政の業務内容って地味で小難しくて、つまらなそうじゃないですか(笑)。それをメディアが視聴者に見てもらおうとすると、分かりやすくかみ砕いたり、エンタメ性を高める労力が必要となる。
 また、メディアからすると行政は監視の対象という側面もあり、ネガティブなニュースのほうが取り上げられやすい。
 そのため「公務員は不祥事ばかり」と思われがちですが、犯罪白書などの統計から計算すると、公務員が起訴される確率は1万人に約5.6人、民間人は1万人に約18.5人と、民間人の約3分の1なんです。
 注目されない理由は公務員側の出る杭は打たれる文化にもあります。つい10年くらい前までは「公務員は黒子であれ」というポリシーを拡大解釈して、同僚や部下への嫉妬も強くありました。
 仮に出演することになれば悪い噂を流されたり、進めたい仕事を潰されたりすることもあります。そのため、ポジティブなニュースが世に出ない構造が生まれていました。
 この状況を打開するために、2017年に「地方公務員アワード」を始めたのです。
──アワードを始めたことによって、行政に何か変化はありましたか。
 役所のウェブサイトやプレスリリースなどに「うちの職員が受賞しました!」と積極的に広報するケースが、ここ数年で増えました。
 また、市長が表彰式会場を訪れて、直接ねぎらいの言葉をかけるなど、公務員個人の活躍を好感する傾向が出てきたと思います。
 他にも、役所の外郭団体が受賞者を分析し、活躍するためのノウハウをまとめたレポートを作ったり、全国の自治体や府省庁が受賞者を講師に呼んだりして、職員研修をおこなうことも増えました。
 地方公務員アワードは7年間で81人が受賞者しましたが、彼らが他の自治体や企業と直接つながりを持ち、成功事例やスキルを全国の自治体に共有しています。
 役所が民間企業と大きく異なる点は、同業同士でも、積極的にナレッジを共有する文化があることです。
「前例主義」はネガティブな面もありますが、見方を変えると他の役所の前例があれば、新たな事業に着手しやすくなるという利点もあります。一人の公務員が生み出す良き前例は、全国の自治体の成果を高める可能性を秘めているのです。

クリエイティブな地方公務員をビジネスパートナーに

──従来の枠にはまらない地方公務員が増えている背景は何でしょうか。
 一つは、組織の財政面や人事的な面から、危機感を持つ人が増えていることです。高度成長期と異なり、自由に使える財源は減少していきます。
 同じことをやっているだけでは今の行政サービスすら維持できません。
 二つ目は、地方自治体における世代交代です。1999年の「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」が成立するまでは、地方自治体は国の下請けのような立場で、誤りをおかさないことに高い優先順位がありました。
 近年ではそういった環境で昇進した人たちが定年退職していき、新しい時代の地方公務員が重要なポストを担うことが増えてきています。
 三つ目は、民間からの転職者が増えていることです。実は「地方公務員アワード」受賞者の中には、若手中堅時代にキーエンス、東京電力、SUZUKI、大手ゼネコンや大手百貨店などの民間経験がある方も多い。
 あまり知られていませんが、役所から民間企業への出向も多くあり、先ほど紹介した新潟県庁の市橋さんは研修として電通に1年間出向していました。
キーエンスから複数の転職を経て公務員になった西東京市の海老澤功さん(左)、地方公務員アワード2023を受賞。海老澤さんの受賞を労う同市の池澤隆史市長(右)。
 昔は「民間企業で成果を出せず、楽な公務員を選びたい」という人も多かったと聞きますが、近年は副市長、あるいは各種の高度人材の公募も増え、地域を良くしたいと優秀な転職者が増えているようです。
──ビジネスパーソンが自治体や公務員と仕事をする際に、意識すべきことはありますか?
 自治体の「意思決定プロセス」を積極的に理解し、「時間軸を長く見ること」が大切です。
 極端に言うと、地方公務員は金銭的利益に関心がありません。彼らが意識しているのは、地域や住民全体に対する公益性と、批判を受けるリスクを低減することです。
 そして、大きな意思決定には役所だけでなく、地方議会も関わります。安芸高田市の地方議会が紛糾して注目を集めましたが、他にも労働組合、医師会などの業界団体、自治会、地域住民、他自治体、府省庁など、さまざまな関係者との調整が必要です。
 企業よりも遥かに広範囲な影響をおよぼす事業が多く、慎重さが求められるため、すぐに物事が進まないことも認識しておいたほうが良いでしょう。
──ビジネスパーソンは、自治体や公務員とどう関わるのが良いでしょうか。
 官民連携はモチベーションが高い自治体や公務員と連携すると前進していきます。
 連携に積極的な自治体は、連携に関する情報発信も積極的な傾向があるので、そうした情報を追いかけるのが第一です。
 その自治体の総合計画(企業の経営計画のようなもの)や市長のマニフェストを確認し、自治体のビジョンと自社のサービスが合致していれば、役所からみてもパートナーになり得るでしょう。
 正直、役所に対して正面玄関からアプローチしても、なかなか進まないのが実情です。一緒に挑戦してくれる地方公務員を見つけるには、意欲ある地方公務員がプライベートで開催している勉強会に参加するのも手です。イベントによっては民間人の参加も可能です。
 もちろん、地方公務員アワードの協賛企業にも、多くの公務員とのネットワークが生まれています。
 ホルグでは、地方公務員アワード意外にも、地方公務員オンラインサロンという有料コミュニティを運営しています。アワード受賞者をはじめ、さまざまな実績を残した400人超の地方公務員が自腹で参加し、学び交流する場です。
 サロン参加者がその経験やノウハウをまとめて出版した書籍の総数は、単著だけで50冊以上、共著を入れると150冊以上あります。良い意味で「変態」と呼ばれるような(笑)、意欲や影響力のある公務員が多く在籍するため、彼らとのネットワークづくりも有益だと思います。
──最後にNewsPicks読者に伝えたいメッセージはありますか。
 本来、社会や地域は官と民で一体となって作り上げるものだと思いますが、日本では高度経済成長期時代の役割分担そのままに、官と民における率直かつ建設的な関わりが不足しています。
 税金を扱っている以上、批判されるべきことがあれば役所は叩かれてもしょうがないと思います。一方で、良い仕事をした自治体や公務員については是々非々で認めていかないと、公務員はさらに萎縮し、リスクを避け、挑戦を放棄することになります。
 それはゆっくりと、でも確実に行政の成果を棄損し、非効率に税金が使われる未来を助長します。
 近代日本の地方自治は1868年以降、戦中戦後も含めて様々な社会課題を解決してきました。それでもなお我々の周りに存在する社会課題は、行政だけでは解決できなかった課題です。社会や地域は官だけで作ることはできません。
 読者の方には良い公務員の存在に目を向け、よきパートナーとなり、率直かつ建設的に、地域の未来を支える連携を進めてもらえるとうれしいです。