2024/3/22

【構想】「KAWAII」だけじゃない。エンタメで拡大するサンリオの新戦略

NewsPicks Brand Design
 今年で50周年を迎えた「ハローキティ」を筆頭に、国内外で愛される数々のキャラクターを生み出してきたサンリオ。
 実は今、サンリオが絶好調だ。2010年代は減収減益が続いていたが、2021年3月期〜2024年3月期の3年間で一気に売上高が2倍になろうとしている。
 営業利益も赤字から一転、2024年3月期は268億円を予想するなど、その驚異的なV字回復に注目が集まる。
 それらを牽引しているのは「物販事業」「ライセンス事業」と、サンリオピューロランドの「テーマパーク事業」だ。それぞれの構造改革や成長戦略が奏功しているためだが、サンリオの深謀遠慮はそこにとどまらない。
 これからは、教育事業やメタバース・Web3.0サービス等のデジタル事業をはじめとする新規事業にも力を入れることで、グローバルエンターテイメント企業への進化を目指している。
 実は3月には同社では珍しく、コーポレートブランディングCMの放映を開始した。
 同CMの最後には「笑おう、いっしょに。」というメッセージが流れており、エンターテイメント企業として更なる挑戦を続けながらも、これからも変わらず様々な人の笑顔をつくっていきたい、という同社の強い想いが込められている。
「みんななかよく」という普遍的な企業理念を継承しながら、ドラスティックな改革を続けているサンリオの戦略を、同社代表取締役社長の辻󠄀朋邦氏に聞いた。
INDEX
  • 7年連続減収減益を招いたサンリオの弱点
  • 驚異の業績回復を成し遂げた改革の背景
  • 企業ブランドCMに込めた理念と進化への決意
  • 時価総額1兆円を見据えた多角的な戦略

7年連続減収減益を招いたサンリオの弱点

──サンリオは2014年3月期〜2021年3月期の間、7年連続で減収減益の状況でした。ちょうど苦境が始まったタイミングで入社された辻󠄀さんは、当時の問題点をどのように捉えていましたか?
 私は、2014年に入社し最初は経理部に配属されました。
 当時は、アメリカやヨーロッパでハローキティの人気が爆発していました。レディー・ガガなどの海外セレブにも愛用していただき、同年の3月期には、営業利益210億円を叩き出し過去最高益を記録。
 翌年からは減益に転じたため、悠長に構えていられないなと考えていたのですが、2年目に企画営業本部へと異動してからは、さらに危機感が増しました。
 というのも、ハローキティという強力なIP(知的財産)があるはずなのに、営業先で商品を提案しても自分が思っていたような反応が得られないことがあったのです。
「うちにメリットあるの?」という相手の心情が、ビシビシ伝わってくるんです。どれだけ知名度が高くても、キャラクター作りが先行していて、各企業が関わりたいと思ってもらえるブランディングが明確にできていなかった。
 そこで専務取締役に就任した2017年には、マーケティング本部を新設し、ブランドの再定義やプロモーション施策を作り始めました。ただ、すぐに結果が出ず、数年後にコロナ禍に突入してしまい、一気に赤字になりました。
──その後、コロナ禍の2020年7月に社長に就任。立て直しを図る、翌年には中期経営計画を発表しました。
 中期経営計画を作るにあたって、まず社員全員に大々的なアンケートをしました。
 その結果、特に評価が低かった項目が「挑戦が称賛される社風」だったので、まずそこを根本的に直していこうと。
 経営チームを刷新するのはもちろん、チャレンジが報われる企業を目指して、評価体系や人事制度の改革を進めました。
 ただ、経営サイドが意気込んでいるだけでは会社は変わらないので、社員との意思疎通を図るため、2021年に「One World, Connecting Smiles.」という新たなビジョンを立てました。
 それまでサンリオは「Small Gift Big Smile」をアイデンティティとして社員に浸透させてきましたが、これをアップデートしようと思ったのです。
 今は、人にモノをあげるだけがギフトではありません。
 自分へのご褒美としてのギフトを選ぶ人も多いし、モノがなくても人を笑顔にできる。
 これまでは競争優位性の高いキャラクターを自社でグッズにしたり、他社商品の販促としてキャラクターを付加したりすることで皆様に笑顔を届けてきましたが、それ以外の形でもキャラクターを生み出してきた源泉である「クリエイティビティ」を起点にして様々な価値を創造し、笑顔を届けていきたい。
 これこそがサンリオの目指すエンターテイメントであると定義して、社内外への発信に力を入れました。

驚異の業績回復を成し遂げた改革の背景

──なるほど。大胆な改革には反発の声もあったのでは?
 そこは私も注意していたポイントですが、社長就任時がコロナ禍だったこともあり、結果的に取引先への挨拶回り以上に、社内コミュニケーションに時間を使えたのが大きかったですね。
 具体的には、1年以上かけて全社員との対話を行いました。自分の言葉で、会社が目指す方向性や改革の内容を一人ひとりに伝え、同時に社員の意見も聞けたので、非常に有意義な時間になりました。
 そんな取り組みを続け、3年経ちましたが、私の実感では組織風土が大きく変わったと思っています。
 これまでなかった商品やパートナーシップも生まれ、業績も上がり、ようやく組織の歯車が回ってきた感覚があります。
──2021年から僅か3年で売上高は2倍。驚異的なV字回復ができた理由とは?
 理由の一つとして、物販事業の構造改革があげられます。 
 もともと創業者で、現在会長の辻󠄀信太郎は物販事業を重視していて、年間4800SKU(Stock Keeping Unit)もの新商品を出していた時期もありました。
 つまり毎月でいうと400SKU、毎週100SKUもリリースしていたわけですが、それだけ多いと、さすがにお客さんも全ての商品はチェックできませんよね。
 その事実を客観的に分析できるようになったのは、デジタル施策の一環で紙の会員カードをアプリに移行し、お客様の購入回数などのデータ収集を可能にしたことがきっかけです。
 少し話は逸れますが、私が社長になってから最初に上がってきた稟議が“廃棄”だったんです。
──廃棄、ですか。
 商品を作り続ける以上、どうしても廃棄が生まれてしまう業界ではありますが、結構な金額だったので、自分の目で実態を確かめたいと思ったんです。
 倉庫に行き、未開封のハローキティやマイメロディの商品を目の当たりにしました。今まで数字で見ていた”廃棄”という状況を、実際に自分の目で見て、非常にやるせない気持ちになりました。
 キャラクターのためにも、赤字幅を改善するためにも、商品数の削減は避けられないと思いました。
gettyimages / Rost-9D
 そうして、毎年の新商品開発を1900SKUまで減らすことを目指しました。現在は、インバウンドも含めて売上が上がっているため増えていますが、2700〜2900SKUにまで調整できています。
──「プロダクトアウト」ではなく「マーケットイン」の視点に切り替えたと。
プロダクトアウトが悪いわけではありませんが、「我々のハローキティはこういうものだ」というエゴを捨てないと、また廃棄の問題に直面するかもしれません。
 お客様に求められるものを提供するためにも、マーケティング組織の中にデータサイエンスのチームを置いています。
 もともと、サンリオは「みんななかよく」という企業理念を掲げているので、それを実現させるためには世界中のお客様を理解する必要があります。
 他にもデジタルの施策に関しては、例えばオンラインゲームプラットフォーム「Roblox」で公式ワールド「マイ・ハローキティ・カフェ」を始めています。
 それによって、最近はハローキティ以外のクロミやシナモロールなども注目を集め、人気キャラクターのポートフォリオが多角化してきています。
 デジタルコンテンツをもって露出を増やし、絶対的な“エース”であるハローキティだけに頼らなくてよくなってきたことも、中期経営計画の成果の一つです。

企業ブランドCMに込めた理念と進化への決意

──3月には、サンリオは新たにコーポレートブランディングCMを打ち出しました。業績がV字回復している今、どんな願いを込めて放映を決意したのでしょうか?
 繰り返しになりますが、我々のゴールは先ほど申し上げた企業理念の「みんななかよく」の実現です。
 そこに向かってやるべきポイントを表現したのが今のビジョンである「One World, Connecting Smiles.」。
 一人でも多くの人を笑顔にしていくことが、我々の企業としての役割だと考えています。
 この壮大なゴールに一歩近づくためには、まずは皆様に「サンリオ=キャラクターの会社」ではなく「サンリオ=グローバルなエンターテイメントの会社」だと思っていただかなければなりません。
 そういった我々の挑戦や想いを改めて皆様に届けたいと思い、今回コーポレートブランディングのCMを制作することを決めました。
 実際のCMでは、我々が皆様の人生に寄り添って、さまざまなシチュエーションで笑顔を届けるお手伝いをしたい、という思いを表現しています。
 生きている中で、必ずしも楽しい時間ばかりではないことも多いと思います。そんな時に、ふと手を伸ばしたペットボトルのラベルに描かれたハローキティを見て、不意に笑顔が生まれるときがあるかもしれない。
 そういった小さくても確かな笑顔が生まれれば、その人の日常がより幸せなものになるかもしれない。
そしてその幸せを、今度は他の誰かに分けたくなる気持ちが生まれていくはず。そんな、笑顔の連鎖を生みだすお手伝いをしたい、という願いが込められています。
──サンリオのキャラクターは女性の支持率が高いイメージがありますが、「みんななかよく」の“みんな”は老若男女を対象にしているわけですね?
 女性のファンが多いのは事実です。ただ、例えばキャラクターのぬいぐるみも、もらった人だけが笑顔になるわけではなくて、プレゼントした側の親や祖父母、恋人も嬉しい気持ちになりますよね。
 そうやって笑顔の架け橋になれるのが、エンターテイメントビジネスの素晴らしいところだと思っています。
 私としては、サンリオは年齢も性別も、国境も言語も、いろんな壁を越えて価値を提供できると信じていますし、そんな企業こそが真のグローバルカンパニーだと思っています。
 また、我々は非財務目標として「サンリオ時間」を増やすことを目指しています。
 日常のさまざまなシーンに、サンリオのデザインやサービスを提供し、お客様が笑顔になった時間=「サンリオ時間」を増やしていく。
 それを、2021年からの10年間で3000億時間以上作りたいと考えています。
 独自のリサーチでシビアに計算しているのですが、2023年の9月時点での累計では648億時間。
 道のりはまだまだですが、それだけの笑顔を作ってきた実績は社員のモチベーションアップにもつながっていると思っています。

時価総額1兆円を見据えた多角的な戦略

──総合エンターテイメント企業を目指すために、今後どのようにビジネスフィールドを広げていく予定ですか?
 幸いなことに、我々はハローキティをはじめとする、皆様から多くの支持をいただいているIPを持っているため、しっかりビジネスを回していけば、時価総額1兆円は手が届かない目標ではないと考えています。
 現在の時価総額が7400億円を超えていて(2月29日時点)、今期の営業利益予測が268億円なので、約2倍の500億円を達成する頃には時価総額1兆円にかなり近づいているのではないかと。
直近5年の株価推移
 私としては、今後もキャラクタービジネスにポテンシャルがあると感じています。人口が15億人のインドにはまだまだサンリオの商品が流通していませんし、欧州にも伸び代があります。
 そして、次の中期経営計画の軸になるゲーム事業やデジタル系の事業が成長する。将来的には、新たにチャレンジしている幼児向け英語教材などの教育ビジネスも伸ばしていく。
 いずれの新規事業にも共通しているのは、サンリオのクリエイティビティが起点となり、「つまらない・とっつきづらい・うまくできない」を「おもしろい・親近感がある・楽しみながらできる」に変えること。
 結果として、それぞれの活動が笑顔でできる、という価値を提供していく点にあります。
 さらに、今後はメタバースやWeb3の世界で存在感を発揮するためのデジタル戦略も立てており、総合エンターテイメントとしてのフレームができてくれば、営業利益500億円は狙えるはず。
 20年や30年も先の話ではなくて、もう少し近い未来に達成していきたいですね。
 ただ、どんなに新しい挑戦を打ち出したとしても、根底にある「みんななかよく」という企業理念や、皆様に笑顔を届けたいという強い気持ちは今後も変わりません。
「One World, Connecting Smiles.」のビジョンの実現を目指し、社会へ貢献していきたいと思っています。
──そういえば、実際にハローキティはライバルになりうる他社のキャラクターとも仲が良いですよね。
 コラボレーションについては、積極的にやっていきたいなと思っています。
 近年もハローキティは「ちいかわ」ともコラボレーションしましたし、ちいかわをはじめとするコラボをきっかけにサンリオのキャラクターも好きになってくれたら、サンリオがその人の笑顔の時間を増やすことができるかもしれない。
 まさしく「みんななかよく」の好例。
 だから、我々は他社のキャラクターをライバルとは認識していません。もちろん、皆様にとっていちばんのお気に入りがサンリオのキャラクターだったらこれ以上の喜びはないのですが(笑)