2024/3/25

ビジネスの“兆し”をつかめて、助けられがち? 新時代の「いい人材」を定義する

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 かつて日本には、終身雇用制が盤石だった時代があった。当時は、多くの企業が成長基調にあり、会社への従順性や、パフォーマンスの安定性が多くの人材に求められた。

 そこから時は流れ「VUCA」と呼ばれる、変化の激しい時代に突入。次第に、企業は変化に対応できる柔軟さや、社会の持続的成長、多様な価値観の包摂などが求められるようになった。

 こうして“企業像”が大きく変わる中、それを構成する人材の定義も、大幅にアップデートされている。

 経営戦略・競争力・グローバル人材のスペシャリストである一橋大学名誉教授の石倉洋子氏と、武田薬品工業 ジャパン ファーマ ビジネス ユニット プレジデントの古田未来乃氏の対話を通し、新時代の「いい人材」の定義と、その獲得法・育成法について考察した。
INDEX
  • 20〜30年先を見据えた「兆し」を捉え、周囲を巻き込める人材
  • 自由に発言できる環境が人を大きく育てる
  • 今後は特定領域に“尖れる”人材が重宝される
  • 日本のルーツを人材獲得の武器に

20〜30年先を見据えた「兆し」を捉え、周囲を巻き込める人材

──まず単刀直入にうかがいますが、現代における「いい人材」とは、どんな人でしょう?
古田 真っ先に思い浮かんだのが、「周りを巻き込める人」です。これがとても大切だなと。
 どんなに高い能力を持った人でも、一人でできることは限られています。だから社会に大きなインパクトをもたらし、広く貢献しようと思ったら、仲間と協力して相乗的に力を発揮することが不可欠です。
 それに、人とやりとりする中で、思ってもみなかったインスピレーションが生まれたりもしますよね。
 また、自分から人を巻き込んでいくことももちろんですが、周囲がつい何かを言いたくなってしまうという人も、実はとても大切なのかなと。
──周囲がつい何かを言いたくなるとは?
古田 周りが「こんなことは考えられませんか?」「こんなふうにやるのはどうでしょう?」などと、提言や提案をしたくなってしまう人ですね。
 要は、周りがついコミットしたくなるような人材。人と関わり、シナジーを生みながら大事を成し遂げるには、その素養も重要だと思います。
石倉 周りにコミットしてもらえる人材という視点は、ユニークですね。
 私が考える「いい人材」は、まず「意思表示ができること」です。情報過多な世の中で、自分の頭と心を使って「私はこう思います」とはっきり言える。
 もちろん間違えていたり、考えが変わるときもあるんだけど、しっかり意思表示をするから生まれるものがあります。
古田 わかります。口火を切ってみて、そこに互いが意見を乗せ合っていく発展性が大事なんですよね。
 そうして結果的に、自分たちが考えもしなかったアイディアやモヤモヤしていたものを浮かび上がらせられたら、それは得がたい成果になります。
石倉 だから、最初から正解である必要はないんですよね。
 その点、日本人は子供の頃から「あなたはどう思うの?」とあまり聞かれない環境で育っている人も多く、はっきり言える人が少ない。
 だから、声の大きなグローバル人材からの一方的な意見を受けてしまうことも多い。
 でも、実は日本人のほうが実力は高いときも多いので、「よく聞いてみたら、本当は大したことを言っていないな」と自ら気づき、次第に力を持つケースもよくありますから。
 それと、これだけ社会の変化が激しいからこそ、「兆し」をつかみながら適応していける点も「いい人材」の要件ではないでしょうか。
古田 認識がひとつの場所に留まってしまうのではなく、常に自分を一歩先へとアップデートし続けられるような人ですね。
石倉 世の中が変わっているからこそ、変わり続けることに抵抗を持たず、自身も変わり続けると。
古田 「兆し」でいえば、今年1月に出席したダボス会議で一番心に残ったのが、過去10年間で生まれたテクノロジーを振り返るワークショップでした。
 意外にも、この10年間に世に出た新しい技術は、まだ今日の生活を一変させるステージに辿り着いておらず、それがないと生活が想像できなくなるような技術は、20〜30年前に生み出されたものだったりします。
 つまり、時間軸と影響の幅を正しく見ないと、「この技術は数年以内に世界を一変させる」とか「その技術の影響度はそれほど高いわけではない」など、短期的な視点で誤った判断をしてしまう。
 AIも、期待外れと思われていた時代が長くありましたが、ある一定時点での影響度を正確に予測するのは、さらに難しい。だからこそ、その兆しをつかめる素養には大きな価値があります。
石倉 そうした兆しをつかむには、俯瞰的な視点から、その事象にどんな意味があるのかを捉える点が肝要です。
 それには、歴史という“縦方向”の俯瞰と、今、世界で何が起きているのかといった“横方向”の俯瞰の両方がカギになると考えています。

自由に発言できる環境が人を大きく育てる

──これまで「いい人材」の素養をうかがってきました。では企業側は、そうした「いい人材」の獲得や育成を実現するには、どうすればいいでしょう?
古田 そのためには、最初に「なんのためのいい人材か」を、会社が考えなければなりません。
 つまり、会社そのものが明確な“軸”を持つことが重要になってくると思います。
石倉 会社の主業はもちろん、時々の直面する状況によって、いい人材の要件もガラッと変わってきますよね。
 だから、会社が「何をしたいか」の明確化は、いい人材を獲得・育成する上での前提になる。
 そして同様に大切なのが、働き手も「自分は何がしたいか」を明確にすること。
 どんなライフスタイルを送り、キャリアを築きたいのか。もっと言うと、どんな人生を送りたいのか。
 それがないと「あなたはこの道がいいのでは?」といった周囲のノイズに、すぐ惑わされてしまいます。
古田 自分は何をしたいのかが見えていないと、自律的な成長やキャリア構築を実現するのが難しくなりますよね。
 人材育成の面でも、何をしたいか、どんなことに興味があるのかがはっきりしている人ほど、会社は力になれる。
 ピンポイントの仕事があればすぐにお願いできるし、逆に現状の仕事とギャップがあればそれを埋める方策も採れますから。
 一方で「自分が何をやりたいか?」という点に悩んでいる方もおられると思います。
 そんな人は、今取り組んでいる業務や与えられている役割の中で高い成果を目指して、真摯に取り組んでみる。
 そうしていくと、自ずと自分が目指すべき方向性が見えてくることも多いと思います。

今後は特定領域に“尖れる”人材が重宝される

──実際にタケダでは、どんな基準で人材を集め、育てていますか。
古田 タケダには、「リーダーシップ・ビヘビア」というものがあり、それが人材の採用や育成を行う際の基準になっています。
 これは当社で活躍している人を調査して、その方々がどのような考え方で行動を実践しているかを把握し、それらをまとめて“理想のリーダー像”として言語化したものです。
 言葉や説明の一つひとつをタケダのエグゼクティブチームで詳細に議論し、企業理念や価値観との繋がりも含めた、タケダ独自の指針です。
大まかには、以下の4つになります。
  1. 戦略的に考える
  2. 人々を鼓舞する
  3. 優先事項を達成する
  4. 能力を向上させる
 私たちはこうした理想の姿を、すでにリーダーのポジションにいる人のみならず、すべての仲間に求めています。
 全員がこの素養を持っていれば、今後、社会が変容したとしても、その時々に必要な組織をオーガニックに作っていけると考えています。
石倉 2と3に関しては、これまでお話ししてきたこととも繋がってきそうですね。そして4についても、共感を覚えます。
 人のエネルギーと体力は有限で、全部はやれないからこそ、何かに絞る必要がある。
 そこで重要になるのが、自身の弱みを埋めるのではなく、強みを磨いていくアプローチです。
 これからは“あれもこれも、そこそこできます”といった人より、特定の領域であればすごい成果を上げられるといった人材が、より重宝される時代になります。
 もちろん、多くの人をリードする立場となると、能力が偏りすぎていても難しいかもしれませんが。
古田 おっしゃるとおり、リードする組織が大きくなればなるほど、コミュニケーションのウェイトがすごく高くなったりもするのでその素養は必要です。
 一方で評価の観点では、尖ったものを持っている人も適正に、そして積極的に評価しようとする考えを持っています。
石倉 やはり日本でも、ジェネラリストよりスペシャリストが求められる流れに変わりつつあるのかなと。
 ただ海外と比べると“とんでもない人材”は、なかなか出ない印象があります。だからそうした変化の流れが、もっと強まってもいいのかなと感じますね。

日本のルーツを人材獲得の武器に

──この先、グローバルな事業環境で優秀な人材を集めるには、何がカギになるでしょう?
石倉 働き手が誇りを持てる会社であることが、ひとつのカギになると思います。「私はこんなにいい会社に勤め、すばらしい仕事ができています」と言いたくなるような。
 誇りを持つには、会社がいい会社であるのは前提ですが、結局は働き手と会社のビジョンの一致が肝心という話に戻ってくるのかなと。
古田 手前味噌にはなりますが、それでいえば当社は、タケダで働くことに自負心を持っている人が多いと思います。
 新入社員だけでなく、タケダを離れた社員に聞いても、タケダのビジョンやカルチャーに対し、強い誇りを持っている、あるいは持っていたと話す人が多いですね。
 そのぶん、社員がマネジメント層や管理職に求めるレベルも、非常に高い。「このままでいいんですか」「あの時の対応はどうなんでしょう?」等々、自社への想いや自負心があるからこそ、マネジメントに対する目も厳しい。
 また、日本にルーツを持つ会社に誇りを感じる、という社員が、日本人従業員のみならず海外の従業員にも少なくありません。
 当社はグローバル企業であって、ローカル企業ではありません。しかし、日本のアイデンティティを大切にする“日本企業”でもあるわけですね。
 そうして、グローバル企業としての誇りと日本をルーツに持つ誇りを両立させながら、グローバルで優秀な人材を惹きつけていけたらなと。
石倉 今日お話しして、タケダはイメージ以上にいろいろな試みや変革のチャレンジに取り組み、それが実を結びつつあるんだなと感じました。
 今後も日本がルーツのグローバル企業の代表として、すばらしい人材とともに成長し続けていただきたいですね。