2024/3/25

若手社員の挑戦心はどうやって育まれるのか

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 若手ビジネスパーソンは就職先を選ぶ際にどんな点を重視すべきか。
 経営理念、事業の成長度合い、多様な経験が積める職場環境──いずれも重要だが、これら以外にも押さえておくべきことがある。
「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(Diversity, Equity & Inclusion:DEI)」(※)の充実度だ。
※「ダイバーシティ&インクルージョン」に「公平/公正性(Equity)」を加えた概念。組織が個々の人材の特性に合わせた対応を取ることで多様な人材がいきいきと働き、成果を出し続けるための考え方
 若手ビジネスパーソンの中には市場価値が高まるキャリアパスを意識する人が少なくないが、DEIはキャリアや働き方に直結する。
 そのDEIを重要な経営戦略の一つに据えているのが日産自動車だ。
 女性管理職比率では自動車業界の他社を大きく引き離し、男女問わず育休を取得しやすい環境を整えている。
 同社には多様な価値観が尊重される組織ゆえに挑戦的にキャリアを切り拓こうとする若手社員が多い。
 彼ら彼女らのニーズに応えるべく、同社は3~5年目の若手社員を海外の拠点に短期派遣するプログラムを通じて、社員の自律的なキャリア形成を支援している。
 本稿では日産自動車の3人のキーパーソンの話から、DEIの充実が社員の自己成長や理想の働き方にいかに結びつくかを読み解く。
左から下園穣人氏、小林利子氏、布施はる奈氏(全て日産自動車社員)

「多様性」は日産自動車の企業文化

──日産自動車で人事の立場からDEIを推進している小林さんにお尋ねします。就活中の学生や若手ビジネスパーソンが会社を選ぶ際、DEIに注目をしたほうがよいとお考えですか。
小林 答えは「YES」です。当社に限らずDEIは、企業組織の基礎であり、企業文化の中核をなす要素です。
 多様なバックグラウンドや価値観、意見を尊重し、受容することを重視する企業であれば、ご自身のアイデンティティや経験が受け入れられ、前向きな気持ちで働くことが期待できます。
 また、多様な人財が集まることは、組織の強みになります。
 さまざまなバックボーンを持った社員が自由に意見を交わすことで、一つの課題に対して幅広い解決策が生まれるほか、イノベーションの創出にもつながります。
 そういった環境に身を置くことで、学びや成長の機会に恵まれる。これもDEIが充実した会社で働くことのメリットと考えます。
奈良県出身。上智大学法学部卒業後、外資系金融機関で為替アナリストとして勤務。米コロンビア大学大学院を経て2003年に日産自動車に入社。経営戦略室を経て2022年4月から現職。
──日産自動車では、どのような背景からDEIを推進するようになったのでしょうか。
小林 当社には、1999年の資本提携以来、20年以上にわたってルノーとともに多様性を尊重する企業文化の醸成に取り組んできた歴史があります。
 2004年には「ダイバーシティディベロップメント オフィス」(現DEI推進室)を設置し、会社の経営戦略の一環として多様性を推進してきました。
 横浜にある当社のグローバル本社では、さまざまな国籍の社員が働いています。
 そういった環境が日常にあるので、日産の社員であればごく自然な価値観としてダイバーシティの意識が備わっています。
多様な国籍の社員が働く日産自動車グローバル本社
 ただし、この先もDEIを充実させていくことが欠かせません。
 自動車業界を取り巻く環境の変化により、単に「カッコいい車を造って、売る」だけでない、複雑な課題に対応できる多様な価値観を持った人財が求められています。
 また、労働人口減少に伴う人材確保が企業課題となる中、若い働き手のニーズに応えるためにも、DEIのさらなる推進が必要です。
──若手層のキャリアや働き方のニーズに応えるためにどんな施策を導入していますか?
小林 新卒採用においては、学生時代に培ってきた専門性を入社早期から活かせる部門別採用を実施し、個人の強みを活かせる環境を整えています。
 キャリアについては、あらかじめ敷かれたレールに乗るのではなく、自らの意思で自律的にキャリアを選択したいというニーズが若手社員の間に高まっていることを感じます。
 そういった声に応えるため、「オープンエントリー制度」などのキャリア支援制度を設けています。
 また、よりチャレンジングな環境を求める若手社員に対して「グローバルチャレンジプログラム(GCP)」をはじめとする派遣プログラムを提供しています。
 GCPに参加した社員には、普段とは全く異なる環境に身を置くことで自らの価値観を更新する人が少なくありません。
 ここにいる下園さんと布施さんもそんな経験をしている方々です。
下園 実際に価値観は大きく変わりましたね。
 私はもともと海外志向が強く、入社4年目にインドの工場での新車量産の立ち上げに1カ月参加したのですが、さらに海外経験を積みたくなり、GCPの選考を経て、翌年にメキシコの工場に派遣されました。
 布施さんも同じくらいの時期ですよね?
慶應義塾大学大学院卒業後、2015年入社。車体技術部新車試作Gr.に配属され、日本、インド、米国の現地工場にて新車立ち上げ、他グローバル拠点に向けた試作など12車種を担当。2021年にセレナのプロジェクトリーダー任命後、育休を2カ月取得。復職後、現行のセレナ(C28)の立ち上げを完遂。2023年4月より現職にて車体戦略等を牽引。
布施 私も入社5年目です。
 当時はSCM(サプライチェーンマネジメント)部門で部品輸送を担当していたのですが、「この部品を明日までに送ってほしい」といった海外工場からハードルの高い要求が日々寄せられ、やりとりに苦労していました。
 そこで、海外工場の業務プロセスや現地スタッフのニーズを深く理解したく、GCPに手を挙げたところ、選考を通過でき、インドにあるルノーとの合弁会社の工場に派遣されました。
国際基督教大学卒業後、2013年に入社しSCM(サプライチェーンマネジメント)部門に配属。海外にある車両生産工場に向けた自動車部品の輸出業務を担当。2018年GCP派遣から帰国後、生産管理部門に異動。追浜工場にて、車両生産計画立案業務に従事。1年間の産休・育休を取得。2022年オープンエントリー制度を活用し、現在はグローバルプロダクトマーケティング部に現在は所属。
小林 日産自動車は日本にいながらグローバルな職場体験ができる数少ない国内企業だと思いますが、朝から晩まで異国に身を置くというのは、やはり体験の質が異なりますよね。
下園 それは間違いありません。
 例えば私の派遣先はダイムラーと共同で設立した工場で、欧州流のものづくりに触れ、新たな視点を養うことができました。
 これも海外ならではの体験と言えますが、それとは別に私自身が強烈に感じたのは、海外に身を置くことで多様性の意味の深さを知ることになる、ということです。
 私の派遣先では、外部協力会社や製造などとのやり取りの中に日本人は私1人だけ。
 自分がマイノリティになって相手の文化を受け入れることの重要性を、身をもって実感することになりました。
布施 私も同様の環境でした。
 そんな中で少数派の私が自分の主張や意見を伝えるには、待ちの姿勢では全くダメ。
 十二分に思われるくらい積極的にコミュニケーションを取っていかないと相手にされないことを痛感しました。
下園 私もきちんと自分の考えを伝えるべく、必死にスペイン語を学んだことをよく覚えています。
布施 現地スタッフと会話すると本当にいろいろなことに気付かされますよね。インドのスタッフは仕事に前向きで、関心のあることには積極的に携わろうとする。
 当時の私は「キャリアは上司が決めてくれるもの」とどこか受け身の姿勢でいましたが、仕事やキャリアの可能性はあらゆるところに開かれていて、もっとオープンに考えてもいいんだな、と。
下園 確かに私もキャリア観は変わりました。
 メキシコのスタッフは夕食など家族との時間をとても大切にしていて、家庭での様子をいつも楽しそうに話してくれました。
 彼らは会社任せではなく、自ら理想のワークライフバランスを創り出していました。
 そこに感銘を受けて、家族との時間を踏まえたキャリアを考えるようになり、2021年には育休を2カ月取りました。
 この辺りはGCPの経験で得られた個人的な最も大きな変化かもしれません。
──おふたりとも育休を取得されているそうですが、心理的なハードルはありませんでしたか? 特に男性の場合、制度はあっても利用がなかなか進まないという指摘もあります。
下園 実は子どもが産まれるタイミングで、セレナの車体部門のプロジェクトリーダーに任命されまして。
 念願の役職だったので迷いもありましたが、思い切って育休を取りたい旨を上司に伝えました。
 上司は反対することはなく、育児に関する本を貸してくれたり、周囲に「彼もパパになるから」などと伝えてくれたりしました。
 そういったフォローのおかげでハードルは全く感じませんでしたね。
布施 私も育休を1年間取得したのですが、当初は1年のブランクが空いてしまうことに不安を感じていました。
 ただ、実際に取ってみると上司をはじめ周囲が温かくサポートしてくれて、何の問題もなくスムーズに復職することができました。
 職場に子どもを連れていったときも、皆さんが声をかけてくれて、嬉しかったですね。
 いま所属するグローバルマーケティングにも多様なワーキングマザーの先輩社員がいて、ロールモデルが多いのも心強いです。
小林 ロールモデルの発信は人事としても意識しています。
 育休取得者やその上司にインタビューして、メンバー不在時にチームを回すための工夫を発信していますし、ワーキングペアレンツの従業員ネットワークを設け、育休取得者同士の横のつながりを生み出すサポートもしています。
 ただ、いくら制度や仕組みを設けても、自分の意思を安心して伝えられない環境では誰も利用しません。
 DEIは組織の基盤になりうるものだ、とお話ししましたが、さらにそのDEIの基盤となるのが「心理的安全性」です。
 下園さんと布施さんが、育休の取得に際して後ろめたさを感じずに意思を伝え、職場のサポートを受けることができたのも、心理的安全性があってこそ。
 社員同士が互いの価値観を尊重するのが日産自動車のDNAです。

自動車業界ではすべての業務が「最前線」になる

──NewsPicksには20代の読者も少なくありません。改めて下園さんと布施さんにもお尋ねしますが、ご自身と年齢の近いビジネスパーソンや就活生が就職先を選ぶに際して、DEIの充実度に注目したほうがよいと思いますか。
下園 私は注目すべきだと思います。日産には、社員の多様な考えや意思を受け入れてくれる文化がある。
 だからこそ、主体的にキャリアパスを思い描き、選択できていることを、私は身をもって実感していますので。
布施 私もDEIの充実度は会社選びの大事なポイントだと思います。私自身、幸いなことに入社してから、会社を辞めたいと思ったことが一度もありません。
 なぜだろうと振り返ってみると、やりたいことに挑戦させてもらえる機会がたくさんあり、「これを言ったらダメ」という空気がまったくなく、のびのびと仕事をさせてもらえているからだと思っています。
小林 DEIを推進する側として、とても嬉しい感想ですね。
 私たちは今、一人ひとりの社員の働き方がより充実することを目指し、誰もがさまざまな支障を乗り越え能力や個性を発揮できるような「エクイティ」の施策にも力を入れています。
 昨年にはフェムテック(※)を含むDEIの拡大に資する法人サービスも導入しています。
※女性(Female)と技術(Technology)を組み合わせた造語。女性のライフステージにおける様々な健康課題を技術の力で解決するというコンセプトに基づく製品やサービスを指す
 自動車業界全体が変革期を迎えている中、社員のキャリアや働き方も多様化しているので、会社も時代に合わせて変化していかなければなりません。
──変革期というお話がありましたが、その中で、日産自動車で働く魅力を現場のおふたりはどうお考えですか?
下園 個人的には今、自動車業界ほど面白い業界はないと思っています。
 変革期ゆえに今までの常識がそうではなくなり、業界全体で新たなアイデアが求められています。
 それは未知なる挑戦であり、“最前線”の取り組みができる舞台と言ってもいい。
 常に業界のパイオニアとなるアイデアを実践できるチャンスがあるわけです。
 私の職場では今、女性や高齢者など多様な人財が活躍する「スマート工程」の実現に向けて議論しています。
 役員に対して自分の考えを提案できるチャンスも多く、私自身も入社5年目から役員の方々へ報告できる機会がありました。
 そういったチャンスを若いうちから与えられるところが日産らしさです。
布施 同感です。日産には年次とか立場にとらわれず、チャレンジを後押ししてくれる人がたくさんおり、制度も充実しています。
 いろいろなチャレンジをしたい人には、ぜひ日産に!とお伝えしたいですね。