駐在員妻は見た_20150517

友人を呼ぶのは断念せざるを得ず

美人は拒否?妹も駄目?サウジ入国ビザ取得の耐えられない難しさ

2015/5/17
ビジネスパーソンなら一度は憧れる海外駐在ポスト。彼らに帯同する妻も、女性から羨望の眼差しで見られがちだ。だが、その内実は? 駐在員妻同士のヒエラルキー構造や面倒な付き合いに辟易。現地の習慣に適応できずクタクタと、人には言えない苦労が山ほどあるようだ。本連載では、日本からではうかがい知ることの出来ない「駐妻」の世界を現役の駐在員妻たちが明かしていく。今回は「サウジアラビア駐在員妻」編です。

この連載がきっかけとなっているのか、友人から「ぜひ、サウジに遊びに行きたいのだけど、どうしたらいい?」という相談を受けることが増えました。ここがロンドンやシンガポール、ドバイであれば、二つ返事で「遊びにおいで!」とも言えるのですが、サウジアラビアで暮らす私は、いつも返答に困ります。なぜならば、この国では観光ビザは発行されない、と聞いているからです。

ところが今回、「是が非でも遊びに行きたい」と言ってきたのは私がイランで暮らしていたとき、2回も遊びに来てくれた大親友。2度のイラン訪問では、地元の人顔負けの格好でグランドバザールを闊歩し、砂漠の真ん中にある18世紀のキャラバンサライでキャンプも経験し、「イスラム文化って奥が深いね」とひとしきり感動して帰っていきました。

だから今回、私は何がなんでも彼女のサウジ旅行を実現させたいと思ったのです。彼女ならばイスラムのルールを十分に理解してリスペクトできるし、この国のご迷惑となる問題行動は一切ないはず。観光ビザは下りないと知っていながらも、どうにかこうにか、ビザが取得できないか考えたのです。

家族として「戸籍」に乗っている人しか招待出来ない

サウジアラビアへ入国するには、それぞれ目的にあったビザの取得が求められます。ビジネスのため、家族に会うため、巡礼のためなど。いずれのビザであっても審査が厳しく、揃えるべき書類も複雑で、ビザ申請は素人の手に負えるものではありません。

今回、親友からの依頼を受けて、私はすぐに自分のビザ申請をサポートしてくれた旅行代理店に問い合わせました。しかし担当者から帰ってきたのは予想通り「友人をサウジに招待できた前例はない」という答えだったのです。

粘り強さが取り柄の私。どこかに抜け道はないかと、代理店の方に思いつくがまま、代案ともいえない稚拙なアイデアをぶつけてみることにしました。

まずは親友を「親戚」と偽って、サウジに滞在している家族に会うために発行される「ファミリービジット・ビザ」を取得できないだろうかという案。嘘をつくわけですから、いけないことだとはわかっています。

でも、もしかしたら「親戚」ってことですり抜けられるかも……、という甘い考えで尋ねてみました。すると「家族というのも、戸籍に乗っている人しか呼び寄せられないんです」というシビアな回答が。

「え? 戸籍に乗っている人ですか?」と私。

慌てて手元にあった戸籍を見てみれば、私の戸籍には夫、私、子供、そしてそれぞれの両親の名前があるだけ。ということは、ファミリービジットで呼び寄せられるのは、お互いの両親のみ。私の妹も戸籍に名前がないから無理とのことらしく、ファミリービジット・ビザの取得は不可能ということがわかりました。

では、ビジネス渡航用の「コマーシャルビザ」の申請をして呼び寄せたらどうか? イランのときもそうだったのですが、夫の会社に「Invitation Letter」を書いてもらい、彼女の身元保証人となれば、ビザが下りるのではないか、と考えました。ところが、このコマーシャルビザの申請というのも、すごく面倒くさいことが発覚。

まず、現地受け入れ会社による招聘状を1部用意。それはサウジアラビア商工会議所の認証印およびサウジアラビア外務省の許可を得たElectrical invitation letterか、女性であればサウジアラビア外務省発行の数字10桁の訪問許可番号通知書が必要。この招聘状はアラビア語で記載されるので、日本人の私たちには中身の確認すらできません。

これに加えて、日本での所属会社作成の英文会社推薦状(日本の商工会議所のサイン証明が必要)、旅程表やフライトチケットのコピー、証明写真が必要となるのです。

呼べるのは「ブサイクな女性」?

女性の場合、この証明写真が肝。「ブサイクな写真」がふさわしいのです。某日本企業であった本当の話。日本から20代の独身女性を出張で呼び寄せようとしたところ、すごく可愛い独身の女の子でした。写真は実物そのものですから、写真も可愛かった。すると会社が責任もって、正しい申請書類を用意したというのに、なんとビザが下りなかったというのです。

こんな話から、未婚の若い女性の写真は「可愛く」撮影されたものはNG。ヘン顔をしてでも、ノーメイクでも、ブサイクな写真を申請書類に添付したほうがいいのかもしれないと、まことしやかに伝えられている噂話です。

ここまで聞いて、親友ひとり呼び寄せるのに、夫の会社の日本人&現地スタッフに頼むことを躊躇した私。あまりにも、多くの方々の労力がかかりすぎます。最後の手段ということで、自力で在京サウジアラビア大使館に問い合わせてみたのですが、私の長い問い合わせメールに対しての返事は、ビザ申請のためのURLがたった1行送られてきただけ。

「このURLから申請してください」と書いてあるのですが、申請書類の中にはアラビア語のものもあり、友人と2人で、自力でそれら書類を揃える気力もなく途方にくれたのでした。折しも、ISILによる日本人の人質殺害事件が起こり、イエメンの空爆も開始。「何も、このタイミングでサウジに来ることはないだろう」ということで、友人のサウジ訪問はとりあえず中止となったのでした。

そういえば、私が渡航するときも大変でした。

ビザの最初の手続きは、警視庁に出頭し犯罪経歴証を取得するところから始まりました。証明写真も背景や顔の大きさなどが厳しく決められていて、写真屋さん曰く「申請書類提出の段階で、ビザセンターから再撮影を命じられる人が多いんですよ」と。

他人事だと思って聞き流していたら、私も「背景の白色と服の色が溶け込んでいて、ビザセンターで受理されない恐れがある」と旅行代理店から指摘を受け、写真を再撮影しなくてはいけなくなりました。

代理店の女性が、確認に確認を重ねて揃えたビザ申請用の書類も、ただ束ねて渡すのでは受理されないとのこと。これら書類には「正しい順番」が決められていて、それ通りに上から順番に揃え、丁寧にクリップで留めてあります。「この書類の順番を、絶対に、絶対にバラさないでください」と再三にわたり忠告されました。

これらの書類を持って、渡航希望者全員が東京・港区にあるビザセンターを訪問しなければなりません。北海道に住んでいても、福岡で仕事をしていてもサウジを訪れる人はこのセンターに出向き、自らの手で書類の申請をしなくてはならないのです。

その際にはアポを取ることが必須。これも、「確実に行ける日を選んでほしい」と代理店から頼まれました。なぜならばドタキャンすると、ペナルティとして、むこう2週間のアポが取れない、からだと。

「一体、どれだけ高慢なビザセンターなのか?」と、訪れてみれば、そこは高級プライベートクリニックの待合室のような清潔感溢れた場所。女性スタッフはエアラインのCAのような制服を来て、美人揃い。サウジのビザセンターで働く女性だからと勝手に全身黒ずくめの強面を想像していたのですが……。なんだか拍子抜け。

ここを訪れる人のほとんどは皆、仕事でサウジを訪れる人ばかりのようで、男性が中心。合計4度ほど足を運びましたが、結局、このサロンで女性のビザ申請者に会うことは1度もありませんでした。

なぜサウジは外国人を受け入れないのか?

ここまでして、サウジが外国人の入国を厳しく制限するのはなぜだろうか? と考えます。日本とサウジの貿易を見ても関係性はとても深く、例えば、日本の輸入相手国の第4位はサウジアラビア(2014年)。サウジ側から見ても、日本は輸入相手国の第5位に入ります(2013年)。政府や王家・皇室の人的交流も行われています。

ここからは私の憶測なのですが、イスラム教の聖地、メッカ・メディナに安易に来てほしくないからビザを下ろさないのではないかと思うのです。

サウジアラビアには観光する名所がありません。リヤドには世界遺産もあるけれど、密かに「金で買われた世界遺産」と呼ばれているくらい、期待ができない内容のもの。

一方、サウジがショッピング天国かと言われると、ブランドショップの品揃えは明らかに「中東趣味」で日本人が好むものでもなく、また高級ブランド品は日本に比べて割高、こんな観光資源がないところに日本人がきて、さて、どこに興味が向かうかといえば、おそらくイスラム教の二大聖地のメッカ・メディナであることは間違いありません。

しかし、現在でもメッカ・メディナは、異教徒が街中に入ることができない敬虔な場所。観光客が興味本位で来られないようになっています。しかし、今後観光客が増えれば、「自分はイスラム教だと」嘘をついてカーバ神殿に近づく人もいるかもしれない。

メッカ・メディナを荒らされたくないという理由もあって、観光客ができる限りサウジに訪れないようにしているのではないかと考えるのです。

実はサウジには、観光名所となりうる世界規模の巨大建築物があります。カーバ神殿のすぐお隣り、メッカ・メディナにある「アブラージュ・アル・ベイト・タワーズ」は601mの超高層ホテル・タワーを含む、延床面積51万平方m、2013年7月まで世界一の床面積を誇る巨大ショッピングモール。

アラビアのバフェットという異名をとる「アル・ワリード王子」が運営するキングダム・ホールディングカンパニーによる事業。完成すれば、前人未到の1000mを越す世界一のタワーとなる予定。町の中心から北に向かった海岸近くに敷地が確保されているが、2015年現在はほとんど土漠の状態。2019年の完成を目指す。(写真出所:http://www.kingdom.com.sa/)

アラビアのバフェットという異名をとる「アル・ワリード王子」が運営するキングダム・ホールディングカンパニーによる事業。完成すれば、前人未到の1000mを越す世界一のタワーとなる予定。町の中心から北に向かった海岸近くに敷地が確保されているが、2015年現在はほとんど土漠の状態。2019年の完成を目指す(写真出所:http://www.kingdom.com.sa/)

どれだけの規模を誇る建物なのか、一度、この目で見てみたいと思うけれども、非ムスリムは街に入ることすらできないので、無理。しかし紅海側の都市、ジッダに建築予定のキングダムタワーなら、サウジに入国さえできれば、ムスリムでなくても見ることができます。こちらは完成したら世界初1100mを超えるとも言われている高層ビル。土漠の中、すでに工事は始まっています。しかし、これら度肝を抜かれる人工の建造物も、このままだと日本人は見ることができません。

601mを筆頭に7つの超構想ビルからなる大型ショッピングモール&ホテル。時計台のついているホテル棟には高級ホテルチェーンの「フェアモントホテル」が入っている。カーバ宮殿側のビューのお部屋はもちろん、割高。中には275平方メートルのグランドロイヤルスイートという豪華な部屋もある。お値段は約45万円ほど。 (写真出所Tallest Building in the World . COM)

601mを筆頭に7つの超構想ビルからなる大型ショッピングモール&ホテル。時計台のついているホテル棟には高級ホテルチェーンの「フェアモントホテル」が入っている。カーバ宮殿側のビューのお部屋はもちろん、割高。中には275平方メートルのグランドロイヤルスイートという豪華な部屋もある。お値段は約45万円ほど。
(写真出所Tallest Building in the World . COM)

サウジアラビアと日本は、今年で国交樹立60周年を迎えます。都市を絞って、もう少し日本からの観光客を受け入れてくれたら、また日サの関係がさらに深まるかもしれません。日本から不安定な中東地域ですし、そんな日が来るのか、こないのかはさっぱりわかりませんが、少しの期待を胸に状況を静観していきたいと思っています。

【本文執筆】lulu
プロフィール:1970年代生まれの30代後半の主婦(子持ち)。資源ビジネスに携わる夫に帯同し、中東駐在2カ国目。マスコミやPRの経歴を生かし、リモートでのキャリア継続を計画中。趣味は料理と旅行。

※本連載は、「サウジアラビア」「インドネシア」「ロシア」「ロサンゼルス」のリレーエッセイで、毎週日曜日に掲載する予定です。