2024/3/13

衰退産業から課題解決産業へ。再注目の国産シルク

NewsPicks+d 編集者
蚕を育て、蚕が吐き出す繭から良質な生糸を紡ぎ出すシルク産業は、明治期の富国強兵政策を支えた日本の基幹産業でした。しかし現在は、国内の養蚕農家数も繭生産量も激減し、日本のシルク産業は存続の危機に立たされています。

そんな中、シルク生産のDX化と繊維以外の用途の開拓で、日本のシルク産業の再構築を目指す企業も生まれています。

愛媛県からシルクの新しい価値創出に挑戦するスタートアップ企業、ユナイテッドシルク(愛媛県松山市)の河合崇社長に、その狙いと目指す姿について聞きました(第1回/全3回)
INDEX
  • 専業で経営が成り立つ養蚕農家は決して多くはない
  • 再注目される天然繊維
  • 商社勤務時代に危機感を抱いた
  • 「シルクでシャンプーをつくる」と言ったら大笑いされて
  • 全国の養蚕業をつなげたい

専業で経営が成り立つ養蚕農家は決して多くはない

「同業者がここまで少なくなったシルクの業界では、もうライバルなんていません。全国の養蚕農家も事業者も、みんなで手を組まなければ生き残る道はないんです」
愛媛県で養蚕のDX化に取り組むユナイテッドシルク社長の河合崇さんは、こう危機感をあらわにします。
かつて製糸業は、日本の基幹産業として経済成長をけん引していました。明治42年(1909)には日本の生糸輸出量は世界一となり、外貨獲得と近代化の原動力となっていました。それを支えていたのが、生糸の原料となる繭を生産する養蚕業です。
ところが戦後になると、養蚕業は凄まじい凋落の一途をたどります。安価な海外製品や、シルクをまねて生み出された化学繊維に押されて生糸の輸出量は激減、人々の日常着が和服から洋服へと変化したこともあり、生産量もピーク時から95%も減少しています。
hawk111 / Getty Images
今では、世界遺産の富岡製糸場を擁する群馬県のほか、いくつかの小規模な産地が点在するだけ。かつては全国に221万戸(昭和4)もあった養蚕農家は、現在は163戸(令和4)にまで減少し、わずかに残った養蚕農家も、高齢化と後継者不足の問題に直面しています。
伝統ある養蚕地のひとつである愛媛県では、わずか9戸の農家が繭の生産を続けています。
西予市を中心に生産される伊予生糸(いよいと)は、柔らかな風合いと気品ある光沢で、伊勢神宮や皇室の使用する糸(御料糸・ごりょうし)に採用される最高級のシルクです。
蚕の餌となる桑の栽培に適した気候と、繭を熱処理することなく生の状態で冷蔵保存してダメージを防ぎ、張力をかけずにやさしく製糸されているのが特徴で、1953年には故エリザベス女王の戴冠式のドレスにも使われたほど、その確かな品質が世界でも認められています。
夕張メロンや下関ふくなどと並び、食品以外で唯一、GI(特定農林水産物の地理的表示)登録されている地域産品としても知られます。
この高いブランド力を持つ伊予生糸の産地愛媛県から、シルクで世界を変える挑戦に挑むスタートアップ企業があります。2016年に創業したユナイテッドシルクです。
松山市内のショールーム

再注目される天然繊維

創業社長である河合崇さんは、大阪の出身。大学卒業後は住友商事に就職し、さまざまな繊維原料を世界中から買い付ける仕事を担当していました。
その後、今治市にある妻の家業の繊維商社の専務を務めるうちに、地元愛媛のシルク産業に触れ、地域創生のチャンスをかけてユナイテッドシルクを創業しました。
河合「日本では和装離れと人口減少でシルクの需要は低下していますが、世界に目を向ければ見える景色はまるで変わります。
世界の人口は増え続け、上質なシルクを身に着けようとする富裕層の割合も高まっている。そしてなにより、地球温暖化を食い止めるため、石油原料を使った化学繊維に代わる存在として、天然繊維が再注目されているんです」
天然の繊維にはシルクのほかに、コットン(綿)、ウール(羊毛)があります。しかし、コットンは東京ドーム1個分の農場で収穫できるのは200kgほどと、大規模な農場を要します。
牧場が必要なウールも同様で、国土が狭く気候も適さない日本では量産は難しいといいます。
これに対し、シルクはコンパクトな環境で生産することが可能です。それを自動化・機械化して量産することができれば、産業としての将来性は十分にあると河合さんは考えたのです。
河合「そもそも日本でここまで養蚕業が衰退してしまったのは、実入りが悪いからです。養蚕農家が稼げる利益は年200万円程度にすぎず、とても専業では暮らしていけません。
愛媛の養蚕農家の多くは、夏には繭を出荷し、冬にはみかんを栽培・収穫する兼業農家です」

商社勤務時代に危機感を抱いた

シルクは高級品のはずなのに、なぜそんなに採算が悪いのでしょうか。
河合「価格の安い海外の製品に、勝てないんです。特に中国は国が戦略的に補助金を投入し、安く販売しています。
日本の従来型養蚕のコストを削減したり効率化したりすることも重要ではありますが、それだけでは政府が資金を投じて後押ししているような国とは戦えないでしょう」
河合さんがこうした現実に直面したのは、繊維業界を担当していた住友商事時代でした。
良質な日本のシルクには大きなポテンシャルがあるはずなのに、生産農家がどんどん減少していることに、「誰かが立て直さなければいけない」と危機感を強くしていました。
そんなときに関わった仕事のひとつが、熊本県山鹿市で世界最大級の養蚕工場をつくる『SILK on VALLEY YAMAGA』(新シルク蚕業構想)のプロジェクトです。
河合「新しい形の養蚕工場をつくろうとする社長の熱い思いが、少しずつ実現に近づいているのを見て、自分も挑戦したいと強く思いました。世界に誇れる伊予生糸の産地である愛媛でも、きっとできることがあるはずだと確信できたんです」
河合さんの背中を押した『SILK on VALLEY YAMAGA』は、地元で人材紹介を営む企業のトップが「養蚕を起爆剤に地域を活性化したい」と、私財を含む30億円以上の資金を投じたプロジェクトです。
河合さんがユナイテッドシルクを創業した翌年、人工飼料の調製・開発から繭の生産までを一貫して行える、最新鋭の周年無菌養蚕工場が竣工、操業を開始しました。

「シルクでシャンプーをつくる」と言ったら大笑いされて

当時すでに住友商事は退社し、今治市で妻の家業の繊維商社を率いてはいましたが、愛媛県に住んだ期間は短い「よそ者」です。地元の養蚕農家や事業者の協力を得ようとしてもなかなか信用してもらえず、当初は苦労したといいます。
河合「よそから来た素人が、いきなり養蚕をやりたい、養蚕をDX化したいと言っても、そりゃあ信じてもらえませんよね。蚕や繭を分けてほしいとお願いしても相手にしてもらえませんでした」
それでもあきらめることなくコミュニケーションを続けたことで、ようやく繭の副産物である「きびそ」なら譲ってもいいと言ってもらえました。
きびそは蚕が繭をつくるとき、最初に吐き出す糸です。固くて太さもまちまちで品質が悪いという理由で、廃棄されるのが当たり前とされてきました。
こんなもので何をするのかと聞かれた河合さんが、『捨てられていたきびそを活用してタオルやスカーフにできたら、大きな価値がある。シルク成分を抽出して、髪や肌をなめらかに洗い上げるシャンプーもできると思うんです』と答えると、大笑いされたそうです。
それでも、河合さんは有言実行しました。3カ月で自社ブランドを立ち上げ、きびそとコットンを混合したタオルを完成させたのです。続いて、シルク成分を配合したシャンプーも完成させると、養蚕農家や事業者の人たちが河合さんを見る目が変わりました。

全国の養蚕業をつなげたい

2018年、西日本一帯に甚大な被害をもたらした西日本豪雨は、愛媛県の養蚕農家も直撃しました。集落を流れる川が氾濫し、養蚕場が浸水、収穫直前の蚕が全滅し、蚕の餌となる桑の畑も大きな被害を受けています
河合さんはスタッフと一緒に1カ月間、泥まみれになりながら農家の操業再開に向けた復興作業に汗を流します。さらに、復興フェアと銘打って、都内のデパートなどで愛媛の地域産品を販売する取り組みなどに奔走しました
写真提供:ユナイテッドシルク
一朝一夕では得られなかった信頼も、地道に有言実行を続けることで、距離を縮めていくことができたといいます。
愛媛県は、蚕の卵である蚕種から、養蚕農家、そして生糸を生産する製糸工場まで、シルク産業のすべての工程が集積している貴重な産地です。
まずはシルクにかかわる農家や組織が協力することが重要だと考えた河合さんは、地元愛媛県のシルク産業にかかわる業者や農家、そして地元自治体や愛媛大農学部、松山大薬学部などに声をかけ、「愛媛シルク協議会」を設立します。
当初は20団体でしたが、粘り強く仲間を募り続けたことで、47団体が所属する組織になりました。すでに地元企業と共同で、愛媛のシルクを使った食品やヘアケア、スキンケア製品などを開発しています。
河合「養蚕農家は繭をつくれても、単独でそれを商品化することはできません。それでも他の事業者と協力することで、できることは大きく広がります。地元愛媛だけでなく、全国規模で連携を拡大すれば可能性はさらに広がります」
2019年には、全国のシルク産地を結ぶ「全国シルクビジネス協議会」を設立しました。また、若手養蚕家が集まる勉強会に講師として呼ばれたのを機に個別の農家にも連携を呼びかけ、さまざまな協業がスタートしているそうです。
河合「かつては多くの農家を抱えた産地も、今では一つの産地にある農家は1桁台というところがほとんど。最終的には産地というより、養蚕農家との一対一のコミュニケーションになる。地道にコツコツと仲間を増やしているところです」
ユナイテッドシルクの社名は、地域住民や自治体、企業など、シルクを通じて多くの人を巻き込み、つながっていく「ユナイテッド(団結した)」から来ています。
河合さんが目指すのは、国内の各地にアライアンスパートナーを拡大し、現在は年間51トン(2022年)である繭の国内生産を1,000トンまで引き上げること。
「日本シルク株式会社」といえるような組織体、連携をつくるべく、愛媛の地から地域創生のメッセージを発信し続けています。
Vol.2では「シルク生産のDX化」について伺います。