2024/3/14

家電のノウハウを車に活用?パナソニックのDNAで革新する車の価値とは

NewsPicks Brand Design Editor
「パナソニック」と聞けば、ほとんどの人が身近な家電製品を思い浮かべるだろう。では、パナソニックグループが車載ビジネスに85年も関わり、売上規模は1兆円を超えることはご存じだろうか?
 パナソニックの持つ家電やデジタルAVの知見を活用し、車載製品で快適性や安全性を追求してきたのがパナソニック オートモーティブシステムズ株式会社だ。
 今、「100年に一度の大変革期」と言われる自動車業界で、モビリティの価値が大きく変わりつつある。車がインターネットに繋がるようになり、自動運転技術が進化。カーシェア市場や移動サービスが拡大し、電動(EV)化の普及も加速している。
 また、車が快適で環境にやさしい乗り物へと進化するなかで、新しいニーズも生まれてきた。これからのモビリティはどう進化するのか?同社の永易正吏社長に聞いた。
INDEX
  • ペルソナごとのニーズを捉え、車をパーソナライズ
  • 車室空間の新しい価値を生み出すのは私たちだ
  • 皇族用カーラジオから始まったカーエレクトロニクス
  • 「コックピットHPC」とソフトウエア開発に注力
  • 高性能車載充電器で充電時間を大幅に短縮
  • パナソニックのDNAを活かした快適な車室空間の創造
  • 一人ひとりのより良いくらしの実現のために

ペルソナごとのニーズを捉え、車をパーソナライズ

「『家電や住宅などくらしに関わるあらゆる事業をやってきたパナソニックだからこそ、生活に根差した視点からいろいろな提案をしていただけますよね』。そんなお声をお客様からいただきます。僕もそのとおりだと思います」
 永易社長は自社の強みをそう話す。
 21世紀に入り、家電は「使う」ものから「つながる」ものへと進化した。
 人々のくらしを支える多くのモノやサービスが情報で接続されるようになり、車も単なる移動手段からIoTによって情報とつながる仕事の場や、電動化によって環境にやさしく安心・快適なリビング空間を代替するものとなりつつある。
 そうした時代の流れで、車には速さ、操作性、安全性といった移動性能だけではなく、移動中の車内がどれほど快適かという快適性能も求められるようになってきた。
 それは、車載事業に長年携わってきた同社の得意分野だ。
「車の中の快適な温度って、人それぞれみんな違いますよね。そんな風に車にもパーソナライズ視点でのマーケティングが求められる時代になりました。楽しく快適に乗りたいという思いとか、事故を起こさず安全に車に乗りたいという高齢者の気持ちとか、ペルソナごとのニーズを捉えていく必要があると思います。当社では『ひと研究』と呼んでいますが、車に乗る人の健康状態をセンシングして、安心・安全につなげる研究にも力を入れていきたい」
 中国のカーユーザーの面白い話を教えてくれた。
「中国は、車の中でカラオケやゲームをするニーズが強いのです。仕事が終わったあと車の中で1時間くらい自分の時間を楽しんでから家に帰る。車を単なる移動手段とは考えず、世代や地域で車室空間の使い方が多様化しています」

車室空間の新しい価値を生み出すのは私たちだ

「当社が強みを発揮できる事業領域はどこか? それは車の中です。パナソニックの家電やくらしの知見を活かして、車室空間に新たな価値を生み出すことができます。車に乗る人に向き合い、ニーズをしっかりつかんで、満足してもらえる空間を作っていきたい」
 これまではエンジン性能や走行性能が車の価値を左右してきたが、EV化の普及に伴い、差別化のポイントが移動中もしくは移動先、止まっているときも含めて、車の中の空間をどれだけ快適にできるのかに移っていくものと考えているという。
 パナソニック オートモーティブシステムズは、パナソニックグループの家電・住宅事業等の知見・ノウハウ活用に加えて、オートモーティブ事業としての開発・製造で培った技術も駆使して車と移動体験に新しい価値を提供し続けてきた。
 時代とともに変化する顧客の要望に応え、 環境や安全への配慮といった社会的責任も果たしながら経営を続けている。
「我々が80年以上にわたって事業を続けてきた強みは、お客様であるカーメーカー様との関係性。これはゆるぎないものです。私は『カスタマーフォーカス』という言葉を好んで使っています。お客様のおっしゃることを何でもそのまま聞くのはよいパートナーとは言えない。言いにくいことを言わなければならないとき、何かまずいことが起きたとき、逃げずにしっかりと向き合うことでお客様との信頼関係を築いてきました」

皇族用カーラジオから始まったカーエレクトロニクス

 同社の車載事業は快適な車での移動の実現に挑戦し続けてきた。その歴史は皇族の車に搭載する「カーラジオ」の開発から始まった。
 モビリティ体験の先駆けとなる車載用カーラジオを手がけるようになったのは、1939年に皇族・朝香宮家の御召自動車用のスーパー受信機を製作したことがきっかけだった。 
 1948年に発明されたトランジスタの普及によって自動車へのエレクトロニクスの導入が急展開していく中、同社もカーラジオの量産に参入。車載事業へ本格的に取り組むようになっていく。同社にとって初めての車載機器の量産は1950年に発売した「オートラジオA-601」だった。
 真空管を活用したカーラジオから始まったカーエレクトロニクス事業として、デバイスの小型化・省電力化・高性能化によって幅広い製品とサービスを扱うようになった。 
 1970年代にアメリカで成立した「マスキー法」による排ガス規制の強化は、自動車の基本性能に本格的にエレクトロニクスを採用させる後押しとなった。
 日本では1968年に大気汚染防止法が制定され、1972年には環境庁が設立した中央公害対策審議会が答申を発表、「日本版マスキー法」と呼ばれる公害対策は世界一厳しい規制と呼ばれた。
 この逆境を日本企業はアイデアと技術力で乗り越えていく。それは結果的に日本車を世界のトップレベルに引き上げることとなった。
 ハイブリッド車の登場やETCをはじめとした車のIT化などで自動車は目覚ましい進化を遂げた。同社もカーオーディオやカーナビゲーション、情報・娯楽の両要素をさらに加えた車載インフォテインメントの開発・商品化などで業界をリードする存在となった。
写真提供元:パナソニック ホールディングス株式会社

「コックピットHPC」とソフトウエア開発に注力

 永易社長によると、このような車載インフォテインメント領域での実績とコックピット系関連の商品や技術を幅広く展開している強みをベースに「コックピットHPC(High Performance Computer)」の領域へ重点的に投資をしていくという。
 自動車の性能は、従来はエンジンや走行性能など、ハードウエアが決定づけていたが、現在はソフトウエアの性能が、車の性能や価値までも左右する時代になっている。
 現在の自動車には100個以上の車載コンピューターが搭載されているが、近年、それらを統合・集約化する動きが自動車業界全体で加速している。
 同社は、強みとするインフォテインメントシステムを核に、コックピット(運転席周辺)全体の機能を集約した「コックピットHPC」の開発に取り組んでいる。開発効率を向上するとともに車の性能アップも可能にする。
「パナソニックがこれまで、デジタルテレビや携帯電話の事業でGoogleなどのITプレーヤーと協業してきた強みが生きています。グローバルで業界最高の開発プラクティスを保有する会社になりたいのです」(永易社長)
 その実現に必要不可欠なのがソフトウエアを開発する人材の獲得だ。大規模化・複雑化が進む車載システムのプラットフォームの開発やアップデートを、スピーディーかつハイレベルに実現できる人材を求めているという。
 機能が進化する中で新たな脅威も現れてきた。ハッキングの問題だ。
 車載コンピューターが100個から数個、さらに1個に集約されれば、その1個のコンピューターのソフトを書き換えるだけで車全体の性能がアップデートされる。
 しかし、その1個のコンピューターがハッキングされてしまったら、車は全てのコントロールを失い、人の生命や財産に関わる深刻な事故につながる可能性もある。したがって、コンピューターの統合化を進める上ではセキュリティーの技術も同時に高めていくことが非常に重要となる。
 同社はIoT化で同様の問題と長年向き合ってきたグループ内の家電事業の経験を活かし、車載セキュリティーへの取り組みでも存在感を発揮している。

高性能車載充電器で充電時間を大幅に短縮

 地球環境を守り、持続可能なモビリティ社会を実現するための車の電動化事業への注力も忘れてはいない。
 同社が世界有数のシェアを誇るのが電気自動車(EV)用の電力変換システムである車載用充電器。2008年ごろから車載用充電器の研究開発に着手し、2012年には日系カーメーカーへの製品提供を始めた。
 2014年には欧州カーメーカーのEV向け製品の開発を開始。2017年には注力事業である9.6 kW、11kWや22kWの高出力充電器の開発を行い、現在は全モデルを量産している。
 数多くの中国系企業が台頭する低出力充電器の市場に比べて、高出力充電器の市場ではプレーヤーがまだ少ないという。
 特に22kWの高出力タイプを提供できる企業はパナソニック オートモーティブシステムズを含めて世界で数社のみ。この市場において、同社は高い競争力を持っている。
「お客様のお困りごとは充電時間です」と永易社長は言う。
 EVの普及を進める上で重要な課題の一つがバッテリーの充電時間の長さ。バッテリーの大容量化に比例して充電時間は長くなってしまう。
 効率的で安全で、しかもコンパクトな車載用充電器の開発で世界中のメーカーがしのぎを削っている。そんな中で注目を集めているのが充電器の高電圧化だ。
 現在のEV用充電器はほとんどが400V対応だが、同社は800V対応の製品開発を進めている。400V対応の充電器では満充電までに数時間かかるが、それが800V対応になれば充電時間を大幅に短縮できるという。
「充電時間を短縮する方法として、充電システムを高出力にするか高電圧にするかという選択肢があります。高出力化の技術はすでに限界に近く、開発の余地があるのは高電圧化です。世界で勝負するために800Vの高電圧に耐え得る充電器を作る。ここに今チャレンジしています。パワーエレクトロニクスと呼ばれるこの分野は、国内だけでは技術者などの開発リソースの確保が非常に難しいため、M&Aを視野に入れた開発投資も必要です」(永易社長)

パナソニックのDNAを活かした快適な車室空間の創造

 同社は、松下電器の時代からパナソニックへと受け継がれた技術や知見を活かした新しいモビリティ空間を提案している。最新の事例として、2024年1月「東京オートサロン2024」に出展した「WELL Cabin concept」を紹介したい。
 ディスプレイは運転席・助手席と後部座席の間に取り付けられ、動画の視聴をはじめ、スマートフォンやPCのミラーリング、オンライン会議を行うこともできる。ディスプレイをモニターとして使用しないときには画面が半透明になり、車両の前方向を見通すことが可能。
 まるでリビングやオフィスにいながら移動するような新しいモビリティ体験を味わえるという。
「インバウンドで訪れる富裕層の送迎に使ってもらえないかと期待しています。あるいは特別なスポーツ観戦の体験にも活用できるでしょう。例えば、ホテルや空港からスタジアムまでの移動中の車内で、チームの情報や試合動画などをディスプレイに映し出すのです。盛り上がりますよ。ビジネスエグゼクティブ向けには移動会議室としても、使ってもらいたいですね。厳しい決断を連続して求められるVIPにはリラックスタイムが必要です。そんな時に車内に美しい自然の映像と音を流し、アロマの香りでくつろいでもらう。心地よい移動空間ですよね。これらの空間創出がパナソニックの技術力を集めれば実現可能です」(永易社長)

一人ひとりのより良いくらしの実現のために

 パナソニック オートモーティブシステムズは、ミッションに「一人ひとりのより良いくらしの実現のため、持続可能なモビリティ社会を創造する」を掲げている。
「私は『愛』という言葉が好きです。「愛をもって人に寄り添うことで、一人ひとりのくらしをより良くしたい。車で移動する間だけではなくて、移動した先で待っている楽しい時間を考えるとワクワクしますよね。人の心をそうやって動かし続けるようなモビリティ社会を創りたいと思います」