2024/3/6

資金調達の「質」を問い直せ。スタートアップが選ぶべきCVCの条件

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 事業会社が自己資金で組成するファンド「コーポレート・ベンチャー・キャピタル」(以下CVC)が近年約3倍(※)に増えている。
※2012年に241社から2021年には764社まで増加(INITIAL「Japan Startup Finance 2021」より)
 スタートアップにとっては、資金調達の選択肢が広がる点で歓迎すべきことだが、それと同時に相手選びの難しさとも向き合わなくてはならなくなっている。
 CVCとの連携は組織成長に正負両面で影響を与え得るためだ。
「だからこそ資金調達を考えているスタートアップ経営者に参考となる情報を提供したい」
 リテールテックを中心に出資をしている東芝テックCVCのリーダー鳥井敦氏はそう語る。
 そこで「スタートアップが選ぶべきCVCの条件」や「スタートアップがCVCと適切な関係を構築するためのポイント」を議論する鼎談を企画した。
 出演するのは鳥井氏のほか、VC目線の語り手として元DNX Venturesの中垣徹二郎氏、そしてスタートアップ側の代表として、数々の事業会社と積極的な資本業務提携を進め、自社を時価総額1000億円超まで成長させたクラウドカメラシステム企業「セーフィー」代表取締役社長CEOの佐渡島隆平氏
 100分を超えるほど盛り上がった鼎談から、鳥井氏と中垣氏が「多くの起業家の参考になる」と絶賛した佐渡島氏の哲学をメインにお届けする。

CVCとの事業提携とは「仲間づくり」

鳥井 この10年で数多くのCVCが誕生し、VC(ベンチャー・キャピタル)や日本政策金融公庫などからリスクマネーを集めることが一般的であったスタートアップによる資金調達に、新たな選択肢として迎え入れられています。
 しかし、事業会社から高すぎるバリュエーション(企業価値評価)で資金調達したことで後に苦労するケースや、協業がうまくいかず挫折してしまうケースなど、さまざまな課題も見えてきています。
 その点セーフィーさんは、CVCを積極的に活用し、IPOを成し遂げ、その後も発展している。その背景にある資本政策や事業会社との付き合い方の工夫をお聞きしたいと思っています。
楽天で約10年間勤務。オークションサービスや動画配信サービス、電子書籍サービスなど数多くの新規事業立ち上げに携わる。2013年に東芝入社。教育分野向けの新規事業PJに従事。東芝テック転籍後、オープンイノベーションを活用した新規事業創出活動を推進し、2019年に東芝テックCVCを新設。2021年より現職としてCVC活動を率いる。
中垣 セーフィーさんは出資先との事業連携でも興味深いユースケースを打ち出しています。
 佐渡島さんがSONYグループのご出身なので、大企業のポテンシャルを引き出す方法をご存じであることが背景にありそうですね。
佐渡島 お褒めの言葉をありがとうございます。
 我々の成功要因は、事業会社としっかりコワーキングしてビジネスを作ってきたことです。その経緯を説明する上で、改めて簡単に事業を紹介させてください。
 当社はリアルタイムであらゆる環境の映像を録画・配信するクラウド型映像プラットフォームを提供しています。
 当社のファームウェア(電子機器に組み込まれたハードウェアを動かすためのソフトウェア)をハードウェアカメラにインストールすると、クラウドプラットフォームに接続され、アップロードされた録画データなどが当社アプリを通じてマルチデバイスで確認できます。
 この仕組みを店舗の防犯から工事現場の業務効率化まで広範囲に活用していただいています。
 起業当時、クラウドカメラは防犯カメラ市場の1%にも満たない領域でしたが、将来的に成長すると確信し、この領域で圧倒的ナンバーワンを取ろうと決めました。
 他方、当時の僕らが持っていたのは、古巣であるSONYやエンジェルから出資していただいた1億円の資金と、カメラ制御などのソフトウェアやクラウド技術だけ。
 そこから事業をスケールするには、あらゆる事業会社と手を組むことが不可欠と考えました。そうした背景から2017年に事業会社5社から9.7億円を調達しています。
鳥井 組む相手はどのような観点で選んだのでしょう?
佐渡島 お客様が防犯カメラを必要とした際、どんな購買行動を取るかを考えました。
 その視点で市場を俯瞰したとき、「デバイス」「通信」「警備」「設備」といったポイントが見えてくる。
 それを商流と見立てて、各地点にいるキープレーヤーと資本業務提携を結ぶことを目指しました。
 そこで浮かび上がってきたのが、キヤノンさん、NTTグループさん、セコムさんといった事業会社です。
 また、事業成長には営業や金融の面でサポートをしてくれるパートナーも必要と考え、オリックスさんが見えてきた。以上をまとめたのがこちらの図です。
 ただ、事業を始めてみてわかったことですが、当時の我々は全く市場から信頼を得られていませんでした。
 製品の性能は業界のトップ水準にあったと自負していますが、それだけでは相手にされません。
中垣 事業会社側が組むメリットを感じるかどうか、ということですよね。
 VCがハードウェアのスタートアップへの出資に慎重になるのは、出資した後にプロダクトを作り切れるかというハードルがまず存在する。そして、出来上がったプロダクトがマーケットに受け入れられなかった時にソフトウェアと違いゼロから作り直しになり、リターンがゼロとなる確率が少なからずあるからです。
 他方、事業会社は資金提供だけでなく、プロダクトを開発してあげたり、工場や生産ラインを貸し出したり、さまざまなかたちの支援が可能ですが、それは当然、自社のリソースを提供するだけの価値をスタートアップに対して感じていないと成り立たない話です。
佐渡島 我々の場合は、「市場で直接対決したら負けるかもしれない」と事業会社側に思わせるような状況を作ることに腐心しました。
 当社の事業提携先にはクラウドカメラを持っている企業もあります。その意味で、競合といえば競合ですが、彼らの事業ポートフォリオの中で監視カメラが占めるのはほんの一部。メインのマーケットではありません。
 その状況において我々にとって大事なのは、彼らに負けないことです。
 プロダクトを洗練させることはもちろん、業界を代表するような企業にしっかり使ってもらっている状況を作り出す。そこまでやって初めて事業会社と対等に渡り合えると考えました。
 そこで、アパレルなら大手ファストファッション企業さん、建設なら鹿島建設さんや大林組さんといった各業界でセンターピンとなる顧客を定め、泥臭く現場に入り込んで彼らの課題を徹底的に解決し、現場になくてはならないレベルになるまで製品を作り込みました。
 品質もSONY時代の知見を活かしてUXを洗練させるなど圧倒的なクオリティを追求しています。
 そうやって実績を作り、事業会社側に「悔しいけど、セーフィーと組んだ方がうまくいく」と思っていただけるように仕向けたのです。
1979年兵庫県生まれ。甲南大学経済学部在学中の99年にDaigakunote.comを創業。2002年同大学卒業後、ソニーネットワークコミュニケーションズに入社。その後子会社のモーションポートレートで画像処理技術のサービス開発に携わる。14年セーフィーを創業。
中垣 ビジネス上の圧倒的な成果を見せつけた上でCVC側と話し合うと。
佐渡島 そうです。ただ、そこまでの道のりは本当に苦しいものでした。ARR(Annual Recurring Revenue=年間経常収益)が1億円に到達するのに3年近くかかっていますから。
鳥井 そのときって喉から手が出るほどお金が欲しい状況ですよね。
 手元の資金が減っていく中で、本当はもっと早くCVCと組みたいけれども、やっぱりお金がないのでVCからも調達しよう、といった発想は出てこなかったのでしょうか。
佐渡島 大手VC数社と話をしましたが、考え方の違いで全く折り合わなかったのです。
 なので、CVCから資金調達する直前は、みずほさんからデットファイナンスを引き入れ、ギリギリのところで踏みとどまっていました。
鳥井 それはすごいですね……。提携することで事業シナジーが生まれると感じてもらえない限り、出資をしてもらえないこともあるのがCVCから資金調達することの難しさです。
 佐渡島さんの中では事業会社と対等に渡り合うために必要なアプローチだったとはいえ、その努力が報われ事業会社から資金を入れてもらえる保証はないわけですよね。
 途中で資金がショートしてしまうリスクだって少なからずある。そんな不確実な状況の中で、デットファイナンスのみで経営を維持することを決断するのは、言うほど簡単なことではありません。
中垣 それだけ茨の道を通りながらも、自分たちの実力を見せつけてから事業会社とエクイティの話をすることを選んだのは、そのように進めないと、交渉条件が悪くなるし、結果的に資本コストも高くつくと考えてのことですか?
1996年日本アジア投資(JAIC)入社。2011年同社投資本部長。2011年に北米の大手ベンチャーキャピタルDraper Fisher Jurvetson(DFJ)のネットワークファンドDFJ JAIC Venturesを設立しManaging Director就任。2013年にDFJ JAIC Venturesのオーナーシップを他のManaging Directorとともに譲り受け独立(Draper Nexus Venturesに社名変更)。2019年に3号ファンド設立に合わせ、社名をDNX Venturesに変更。2022年から現職。シリコンバレーと東京に拠点を置くDNX Venturesにおいては、スタートアップへの投資とともに出資者を中心とした事業会社との連携を牽引し、General Partnerを務めたシリーズファンド3号まででファンド規模としては合計約5億7000万ドルとなった。これまでに担当した投資先は12社が上場し、6社が大手企業に買収された。早稲田大学法学部卒業。米国のベンチャーキャピタル養成機関Kauffman Fellows Program修了。東証プライム上場企業の株式会社SHIFTを含む4社において社外取締役を務めている。
佐渡島 おっしゃる通りです。「資本コストが低い資金調達を目指す」が経営の基本ですが、CVCは公的資金の次に資本コストが低いと思います。
 頑張って営業利益を出して、キャッシュフローの中でCVCにリターンを返す。そうすれば資本コストはかなり低くなる。
 事業会社側も株を売るメリットがなくなるので、スタートアップとCVCが仲間になります。こういう関係を構築するのが大事だと考えます。
 事業会社が仲間になったとき、僕らでいえば、「○○台カメラを売れば、目標の営業キャッシュフローを達成できる」と双方で目線を合わせることになりますが、認識が揃ったら「一緒に目標を達成するんですよね?」と事業会社に迫って、ヒト・モノ・カネを全て送り込んでもらいます。
 実際、CVC各社にはセーフィー専用チームを立ち上げてもらい、出向者には我々の事業に深く入り込んでもらっています。
 事業会社の事業部の人に、スタートアップ側の本気度を伝え、自分たちも真剣に向き合おうと思ってもらえないと、結局はエクイティリターンを返すだけの資本コストの高い連携になってしまいますからね。
中垣 なるほど。ただ、双方で連携して営業キャッシュフローが稼げるということは、事業会社側にもその分野における技術やノウハウがあるということですよね。
 その場合、事業会社としては自社でやれるように準備してきたことをわざわざ外に出すわけで、そこで生じる社内的なコンフリクトをどう乗り切るかという問題も出てきそうです。
佐渡島 事業を「HOW(どうやって)、WHAT (何を)、WHO(誰に提供するか)」で考えたとき、「HOW」から入ると、おっしゃる通り「自社でもできるよね」という話になってしまいます。
 その点、我々が重視しているのは「WHO」です。
「WHO」を考える際、「鹿島建設」という企業名にとどめるのではなく、「鹿島建設の○○さん」と個人名まで解像度を高めていく。
 彼らのようなリーダーは業界を切り拓く大きなビジョンを描いています。そのビジョンと僕らのビジョンが噛み合ったときに、新たな市場が見えてくる。
 つまり「WHO」とは市場を切り拓ける我々の顧客のことであり、そこに着目すると大企業側も僕らと組む意義が出てきます。
 逆にいえば、新たな市場を切り拓くには、センターピンの人たちが掲げるビジョンを理解し、「この人たちが描いている世界観を絶対に実現するために自分たちの商品を提供する」という気概が必要です。
 そのようなスタンスでスタートアップと一緒に汗をかきながら製品を作り込むことができる事業会社が、“スタートアップが選ぶべきCVC”と言えると思います。
鳥井 非常に重要なポイントだと思います。一方でCVCの立場から正直にお話しすると、出資先の数が増えるほど、全てのスタートアップさんに全力でリソースを振り向けることが現実的に難しくなってきます。
 なので、多くのCVCが出資先の状況を見ながら関わり合い方に濃淡をつけていると思いますが、一緒に汗をかいてほしい経営者からすると温度感のズレを感じるかもしれません。
佐渡島 CVCは10社、20社と出資しながらポートフォリオで考えるのですから、濃淡が出るのは当然ですよね。
 厳しいことをいえば「CVCだから面倒見てくれる」と思った時点でそのスタートアップは負け。事業会社側に汗をかいてもらうように自ら働きかけることが必要です。
 その上で、CVCの担当者がそういう場を用意してもよいかもしれません。
 例えば、デモデイのようなものを企画して、出資先のスタートアップを集めて成果物を披露する機会を提供する。
 そういう場で事業会社のトップや事業部の人間がスタートアップの成果物を見て、「これなら一緒に製品を作りたい」とか「この製品を売ってみたい」などと気持ちにスイッチが入る可能性は十分にあります。

バリュエーションに「正解」はあるのか

鳥井 やや現実的な話になりますが、バリュエーションについても話しておきたいと思います。
 事業会社によるスタートアップの企業価値評価は、基準がおかしいと思わざるを得ないケースが散見されます。
 例えば、事業会社が高すぎるバリュエーションをつけたスタートアップの事業進捗が悪かった場合、次の投資ラウンドでダウンラウンドしないと資金調達が難しくなりますが、事業会社がそれを認めず、スタートアップと揉めることがありますよね。
 セーフィーさんは、自らバリュエーションをつけて事業会社と交渉しているように見えますが、この問題についてはどうお考えですか。
佐渡島 スタートアップの主役は起業家ですが、バリュエーションに関しては、VCなどの視点が絶対に入った方がよいと考えます。
 プロはn=1ではなくn=100などの経験値から数字を弾き出すので、そこは信頼できる。
 その上で、僕はフェアバリューにかなりこだわっていて、自社についてもべらぼうな値付けはせず、出資者に確実に儲けていただき、IPOまで達成できる設計にしました。
 それがあるべき会社のガバナンスだと考えてのことです。
 とはいえ、バリュエーションって、これが正解という一義的なものではありませんし、何をもってフェアバリューとするのかは正直難しい。
中垣 VC目線で言えば、バリュエーションは安ければいいというわけではないです。
 あまりに経営者のシェアを低くすると、誰の会社かわからなくなり、起業家のやる気を損ねることもあれば、会社の方向性が不安定になったり、結果として上場なりM&Aまでのトータルの資金調達が最大化されなくなる可能性もある。
 やはり安すぎず高すぎずを意識しながら、上場するまでのトータルなファイナンスで一番バランスの良い手法を探らなければなりません。
鳥井 上がりまでに必要なお金を算定し、「今のフェーズだと資金はこれぐらいで十分ではないか」と判断するといったことですよね。要は全体感を持ったバリュエーション。
 CVCでそういったことができる会社はまだ少ないと思いますし、我々も常に改善をしています。
佐渡島 バリュエーション議論の根本は「なんでその事業は必要なんですか」という点を徹底的に詰めることですよね。
 事業の必要性や稼げる営業キャッシュフロー、返済金などを弾き出した上で、「だったら調達額はこのぐらいでいいよね」ときちんとコミュニケーションできるVCやCVCは素晴らしいと思います。
鳥井 スタートアップにとって、ある意味きついことを言っているようだけど、きちんと向き合っているからこその適正な評価ということですよね。
佐渡島 おっしゃる通りです。出資をする側もされる側も互いにガバナンスを利かすことが将来的には良い結果をもたらすのではないかと思いますので。
鳥井 とはいえ、現実にスタートアップとしては喉から手が出るほどお金が欲しいこともあるし、冷静に判断をくだすことは簡単ではありません。
 また、高いバリュエーションで資金調達したことが華々しく報じられる風潮も、スタートアップさんの自己評価を狂わせる遠因になっているのではと感じています。
 だからこそ、過剰な評価に絡め取られないよう自らを律するセーフィーさんは本当にすごいと思います。
中垣 僕はいろんな事業会社とスタートアップをおつなぎする仕事をしていますが、事業会社には、今順調に動いている事業とは別のところに新規事業やイノベーションのチャンスが眠っている。
 そういった将来の種を見つけられる人がいる会社からオープンイノベーションは生まれます。
 スタートアップとしては、そういう人を見つけて、時間をかけてしっかり向き合い対話をすることが何より大事であることを今日のお話の中で再認識しました。
 というのも、セーフィーさんの成功事例ってもちろんセーフィーさんもすごいのですが、一緒に動いている事業会社側もすごい。
 事業会社側に自社のカルチャーとは別の視点を持てる人がいて、その人が覚悟を持ってセーフィーさんと一緒に汗をかいているから、結果として新しい市場が生まれている。
 それってすごいことですよ。
佐渡島 双方が仲間になる、ということですよね。
 改めて思いますが、起業家にとって大切なのは自分なりのストーリーを語ることです。
 どんな人と、どんなプロダクトを作り、その先にどんな社会を描くのか。そのストーリーに合わせて自分がやるべきことを定義し、ヒト・モノ・カネを選んでいく。
 これは往々にして大変な道です。その大変な道のりを乗り越えるための仲間づくりが、資本政策の根底にはあります。
 出資交渉で、不利な条件をのむスタートアップもあります。起業して新しいビジネスを生み出すことの希少価値は高いのに、なぜ、不利な条件をのむのか僕には不思議です。
 スタートアップは自分たちの価値をもっと誇っていい。逆に、CVCには「些細なことよりも、成長してほしい」というメッセージを打ち出してほしい。
 互いに仲間づくりの精神を大事にしていくことが長続きの秘訣ではないかと思います。
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