2024/3/9

2024年春は「銭湯×原宿」。運営者・利用者・地域の三方良し

NewsPicks+d 編集者
シリーズ第1回に登場するのは、高円寺の人気銭湯・小杉湯の隣のシェアスペース「小杉湯となり」を運営する、銭湯ぐらし代表の加藤優一さん

小杉湯から始まった「銭湯のある暮らし」を広める活動は、今や全国に展開しています。後編では、地域資源を生かしたビジネスのヒントについて聞きました。
INDEX
  • 地域資源と組み合わせた三方良し
  • 「銭湯×〇〇」を増やしたい
  • 地方を無理に盛り上げる必要はない
  • 銭湯は「東京の中の地方」を体験できる場所

地域資源と組み合わせた三方良し

2024年4月17日、東急プラザ原宿「ハラカド」に小杉湯の2号店となる「小杉湯原宿」が開業します。
東急不動産から相談を受けて始まった本プロジェクトでは、「原宿に住む人に銭湯のある日常をつくる」をコンセプトに、加藤さんは基本計画を担当。現在は、小杉湯が主体になりオープンに向けて準備を進めています(グランドオープンは2024年5月13日以降)。
写真提供:東急不動産株式会社
小杉湯から始まった銭湯を起点としたまちづくりは、今では高円寺にとどまらない広がりを見せています。その際に加藤さんが重視しているのが、「地域資源と組み合わせた三方良し」の考え方です。
加藤「運営者、利用者、地域の三方にメリットがあるかたちを目指しています。例えば風呂なしアパートを、地域の資源である銭湯と連携して『銭湯付きアパート』として再生する。
そうすれば空きアパートに入居者が集まり、銭湯にはお客さんが増え、入居者は自分のライフスタイルに合った暮らし方ができる。その地域に引っ越し、生活する人が増えれば、地域にとってもプラスです」
小杉湯はまさに「小杉湯×風呂なしアパート×常連のクリエーター」という地域資源の掛け合わせによって運営者、利用者、地域の三方にメリットを生んでいる成功事例です。
こうした「銭湯のある暮らし」の好事例を増やすうえで今後やっていきたいことは大きく2つあると加藤さん。その一つが、全国で銭湯をつくるお手伝いをすることです。
加藤「2023年夏に『銭湯から広げるまちづくり』という本を出したところ、『うちのまちでも銭湯をつくりたい』という声が思った以上にあることがわかりました。
いわゆる銭湯以外にも、共同浴場や地域に根ざした小さなスーパー銭湯、温泉などをつくる動きが広がっていけばいいなと」
『銭湯から広げるまちづくり』(学芸出版社)

「銭湯×〇〇」を増やしたい

もう一つは、日常の延長で使える「銭湯×〇〇」を増やすこと。ライフスタイルとしての銭湯を定着させるために、さまざまなやり方で銭湯のある暮らしを送る人の母数を増やそうとしています。
加藤「『小杉湯となり』は銭湯付きシェアスペースで、『小杉湯原宿(仮称)』は銭湯付き商業施設と言えるかもしれません。
他にも、『銭湯付き福祉施設』『銭湯付き病院』など、ライフステージの変化に応じて関わらざるを得なくなる場所の近くに、ホッとできる場所をつくる。
それはまちのためになるだけでなく、そこに住む個人にとって意味あることなのではと思っています」
こうした「銭湯×〇〇」の考え方は、これまで小杉湯で行ってきたコラボイベントでも生かされています。
2023年10月20~25日の6日間限定で開催された「寝落チルハウス‐CHILL&SLEEP-」。リラクゼーションドリンクブランド「CHILL OUT」、NTT東日本グループが運営する睡眠コミュニティ「ZAKONE」とコラボレーション(写真提供:小杉湯)
例えば、地方の生産者から米ぬかや規格外の果物など天然素材を提供してもらい、「もったいない風呂」として日替わり湯に活用することでPRにつなげる。
そういった「銭湯×〇〇」のサステイナブルな循環が広がり、最近では大手企業ともコラボレーションが生まれるようになりました。
加藤「企業からは広告費などをいただき、さまざまなコラボイベントをしていますね。企業側も地域に根差したリアルなユーザーと接する機会はなかなかないので、その点に価値を感じてもらっています」
最近では花王の製品「めぐりズム」と小杉湯のコラボ企画として「たまには感覚にまかせてフェス2023」を実施。
湯上がりにリラックスした状態で、めぐりズムをつけ、感覚にまかせてピアノの音を聴く。コーヒーの味・匂いを感じる。ゆっくりストレッチする。
そういった、小杉湯と小杉湯となりがあるからこそできるイベントを提供できたことで、めぐりズムの体験をより充実したものにできました。
2023年10月6~12日は花王株式会社パーソナルヘルス事業部ホリスティックヘルスケアグループ「たまには感覚にまかせて Supported by めぐりズム」企画と連動(写真提供:小杉湯)

地方を無理に盛り上げる必要はない

加藤さんが掲げる「銭湯のある暮らし」の根元にあるのは、加藤さん自身の原体験。全市町村に温泉がある唯一の県である山形県で生まれ育った加藤さんは、「物心ついた頃から父親と銭湯に通っていた」と振り返ります。
加藤「学校で嫌なことがあっても、知らないおじいちゃんがニコニコあいさつをしてくれたりして。子どもながらに『世界って広いな』と感じた記憶があります。
 幼少期のうちにあらゆる年代の裸をたくさん見たわけで、人間の多様性も銭湯で理解した気がしますね」
家庭と学校に加え、銭湯があったことが加藤さんの世界を広げ、銭湯の文化を継承し、発展させていきたいという現在の思いにもつながっています。
加藤「これからの社会では、まちに生活拠点がある重要性が増すと考えています。自宅で生活の全ての機能をまかなうのではなく、お風呂に入るために銭湯に行くなど、暮らしの延長の居場所がまちにあることがライフスタイルを豊かにするのではないでしょうか」
やりたいことは、あくまで暮らしを豊かにすること。最近は地域創生やコミュニティーづくりへの関心が高まっていますが、「それが目的ではない」と加藤さん。
加藤「地方を無理に盛り上げなくていいと思うんですよ。人口が減るのは必然であり、全ての空き家を再生できるわけでもありませんから」
「まちづくりは、そのまちに住む人がやるべきもの」というのが加藤さんのスタンス。地域への愛着がある、自分の暮らしを豊かにしたいなど、そういった思いがある人が起点となることが重要だと続けます。
加藤「僕は、まちづくりの基本は自分の暮らしづくりだと思っています。僕がやっているのも自分が暮らす山形と高円寺でのまちづくりであり、自分が望む暮らしを実現するためにやっている。
 だから、他の地域に関わるときも、そういう人がいるかどうかを大切にしています。誰もやりたい人がいないのに『このまちを盛り上げたいのでお願いします』といった依頼はお断りしているんです」
自分の暮らしをより良くするために活動するからこそ、その実感が得られ、さらに周りのメンバーやその先にいる人たちにまで価値が広がっていくのだと加藤さん。
加藤「小杉湯となりでは、それぞれの暮らしが混ざり合う瞬間があるんです。2階で作業をしていた人が1階の料理の匂いに誘われて下りてきたり、普段は話さない人同士が風呂上がりに囲碁に興じたり。
 会員さんが自分の理想の暮らしを実現していることに加え、予期せぬ出会いが生まれた瞬間はめちゃくちゃうれしいですね。
 例えば、山形では空き家を再生したスペースを運営しているのですが、イベントスペースでは子ども向けの英語塾と高齢者向けの認知症予防イベントが同日に行われることもある。
 まず出会わなかったであろう人たちの接点が生まれているわけで、そういう風景が生まれた時は本当によかったなと思います」

銭湯は「東京の中の地方」を体験できる場所

現在、加藤さんは銭湯ぐらし代表のほか、東北芸術工科大学専任講師、地元の山形県新庄市で空き家活用などを行う一般社団法人最上のくらし舎共同代表理事と3つの名刺を持ちます。
主に平日を山形で、週末は高円寺で過ごす生活を送り始めて半年。地方と東京を行き来するライフスタイルは「自分に合っている」といいます。
加藤「僕は東京と地方のどちらにも居たいんです。山形は人間関係が濃密で、時間の流れや季節を感じてゆっくりした気持ちになる。
 一方の東京は人間関係にほどよい距離感があって、文化的な体験など貴重な機会が集まっている。その両方が僕は好きなので、今は良いバランスかなと思います。スイッチの切り替えになりますしね」
とはいえ、新幹線で片道4時間の距離を行き来する日々に疲れを感じるのも事実。そんな加藤さんを癒やすのが、週末の小杉湯での時間です。
加藤「僕にとっての銭湯は、いわば東京の中の地方みたいなもの。銭湯は忙しい毎日の中で、地方特有ののんびりした時間感覚を取り戻せる場所だと思っています」
だからこそ、最近の銭湯ブームは「時代の必然」と加藤さんは分析します。
加藤「情報過多で、常にオンライン状態で、気づかないうちに疲れているんじゃないかと思うんです。オンライン接続や普段の人間関係から離れ、自分と向き合える場所が求められている気がしていて、その一つが銭湯なのだと思います」
銭湯という昔から存在した場所に新たに生まれた、今の時代ならではの価値。こうした視点を持ってまちを見渡せば、地域資源を生かしたビジネスのヒントは思わぬところに潜んでいるかもしれません。