2024/3/9

【小杉湯】場と人をつないで「銭湯のある暮らし」を事業化

NewsPicks+d 編集者
まちを鼓動させ、地域を元気にしている話題の温浴施設からビジネスを学ぶ連載がスタートします。銭湯、日帰り温泉、サウナといった“入浴の場”に新たな意味づけをし、温浴文化を再定義したイノベーターたちにインタビュー。

異質なものの掛け合わせで新たな付加価値を作る方法やビジネス哲学を前後編に分けてお届けします。
シリーズ第1回に登場するのは、高円寺の人気銭湯・小杉湯の隣のシェアスペース「小杉湯となり」を運営する、銭湯ぐらし代表の加藤優一さん。「銭湯のある暮らし」を広げることを目指す加藤さんの活動から、まちと暮らしのデザインを学んでいきましょう。
INDEX
  • 創業メンバーは小杉湯の常連客
  • 交流のグラデーションを整える
  • 運営のベースは“銭湯の常連モデル”
  • 場に向き合うから、多様な世代が集まる

創業メンバーは小杉湯の常連客

東京の中央線文化が色濃く残る高円寺の人気銭湯、小杉湯。昭和8年創業の歴史を感じさせる宮造りの銭湯には、平日約500人、休日約900人もの利用客が訪れます。
そのにぎわいの一端を担うのが、加藤さんが代表を務める株式会社銭湯ぐらしが運営する「小杉湯となり」。実は同社の創業メンバーは小杉湯の常連客。加藤さんも大学卒業後に上京し、設計事務所で働いていた頃に小杉湯に通っていた常連客の一人です。
加藤さんが小杉湯通いを始めて1年ほどたったある日。小杉湯3代目の平松佑介さんと雑談をする中で、何げなく「仕事で全国各地の地域再生に関わっている」と伝えたことが「小杉湯となり」誕生のきっかけとなりました。
加藤「当時、小杉湯の隣にあった風呂なしアパートの建て替えが予定されていたのですが、解体までの1年間、アパートが丸ごとぽっかり空いていたんです。
 最初は解体後に何を建てたらいいかを平松さんから相談されたのですが、既存のアパートを活用したら面白いのではという話で盛り上がってしまって」
高円寺はクリエーターが多く住む地域であり、それこそが地域の資源。そう考えた加藤さんは、「アパートの各部屋に異なるジャンルのクリエーターに住んでもらい、銭湯を盛り上げる活動をする」ことを提案。
実際に加藤さんが手書きした企画書
自らも住まいを移し、「銭湯のある暮らし」の可能性を探る実験が始まります。
その結果一番よかったのは、「毎日銭湯に入る暮らしそのものだった」と加藤さん。
加藤「集まったクリエーターは休むのが苦手で、ワーカホリック気味な人が多かったんです。でも、銭湯があることで1日1回は心身の力を抜いたり、程良くご近所付き合いができたりする。それがすごくよかった。
 この暮らし方を多くの人に伝えたいと思ったことが、『小杉湯となり』の企画につながりました」

交流のグラデーションを整える

2020年3月にオープンした「小杉湯となり」は会員制のシェアスペース。仕事をするためだけのコワーキングスペースや交流を前提としたコミュニティースペースではなく、「目的を限定しない場」であることがポイントです。
それゆえに「小杉湯となり」を仕事場として活用して疲れたらお風呂に入る人もいれば、仕事は自宅で行い、『小杉湯となり』で自炊をしたり本を読みながらゴロゴロしたりと、「この場所をリビングのように使っている人もいる」と加藤さんは話します。
加藤「人の気配を感じる場所で一人で過ごしたい人、居合わせた人と軽く話したい人、集まる人と仲良くなりたい人、一緒に何かやってみたい人。集まる人のニーズが多様だからこそ、交流のグラデーションがある場を整えることが大切だと思っています。
 何より、交流が前提の場って苦しいじゃないですか。僕だったらたぶん行きません(笑)」
仕事をする、お風呂に入る、料理を作る、のんびりする。そういった日常生活の延長にある場所として、「小杉湯となり」の会員は50人50通りの過ごし方をしています。
加藤「生活を自宅の中で閉じることの弊害がコロナ禍で顕在化されました。一人暮らしの人は人との接点がなくなり、同居している人は息が詰まる。だからこそ、自宅以外にまちの居場所が求められているのだと思います」

運営のベースは“銭湯の常連モデル”

「小杉湯となり」の運営について、加藤さんは「会員さんの主体性で成り立っている」と説明します。その運営モデルのベースにあるのは銭湯の仕組みです。
加藤「銭湯は基本的にワンオペで運営が成り立っていて、浴室内では自分で掲示物や周りの人の動きなどを見ながら、使い方を把握します。
 そうやって手取り足取り教えなくても成立する、場を介したコミュニケーションを『小杉湯となり』でも大事にしていますね。この場所にも掲示板をたくさん設けています」
もう一つ重要なのが、常連客の存在。「銭湯の価値を支えるのは常連客」と加藤さんは指摘します。
加藤「銭湯は各自の主体性と善意によって成立している場所。おのおのが好き勝手なことをし始めたらとんでもないことになってしまいますが、良い常連さんがいるから秩序や文化が保たれ、場の価値が常連さんを通じて他のお客さんにも伝わっていきます」
この考え方にのっとり、オープン当初は誰でも利用可能だった「小杉湯となり」は、コロナの影響もあり会員制に切り替える決断をします。
加藤「『会員さん=常連』と考えれば、この場所を理解し、より良く使ってくれる会員さんの存在は『小杉湯となり』の価値をつくることにつながります。
 『小杉湯となり』には厳格な利用ルールがありませんが、銭湯同様、会員さんたちによって秩序が保たれていますね」
同時に、「小杉湯となり」を日々アップデートし、価値を高めているのも会員の存在です。「集中するためにスマホを預かってほしい」「子どもも会員になれるようにしてほしい」といった会員のリクエストから、日々新たな仕組みやサービスが生まれています。
加藤「最初の半年ほどは、運営側が新たなことを仕掛けながら『やりたいことをやっていいんだ』ということを示していきました。
 すると、だんだんと会員さんから『こういうことをやってみたい』という手が挙がる。そのアイデアをどう実現するか、会員さんと一緒に考えていくうちに、自然発生的に新たな企画や仕組みが生まれるようになりました。
 使う人のニーズを元に日々アップデートしていくのもまた、銭湯的なアプローチだなと思います」
また、「“常連モデル”はPRや集客面でも功を奏している」と加藤さん。
加藤「銭湯ぐらしのメンバー1人あたり約100人に小杉湯をおすすめしていることがわかっています。その100人のうち1人でも常連さんになってくれれば、その人がさらに100人に小杉湯をすすめてくれるかもしれない。
 不特定多数に広くプロモーションをするよりも顔の見える関係性を少しずつ広げるように、この場所を愛してくれる常連さんをつくることが、結果的に集客につながるのだと感じています」

場に向き合うから、多様な世代が集まる

良い場を用意し、そこに集まる人を大切にし、その人たちのためにすべきことを考える。そうするうちに集まる人たちがその場の価値を他の人に広め、場のファンが増えていく。
出発点にあるのはあくまでも「場」。運営者の仕掛けによるものだけではなく、人が集まる場があることで結果として「小杉湯となり」では新たな取り組みが生まれています。
加藤「場そのものに向き合うことが何より重要なのだと思います。特定の誰かに向き合ってしまうとそれ以外の人が排除されてしまうけど、場に向き合えばいろいろなコミュニティーが重なり合う。結果として、多様な人に開かれた場になっていきます」
「場に向き合うことは、あらゆる世代に向き合うことでもある」と加藤さん。
事実「小杉湯となり」では、医療・福祉系の仕事をする会員が始めた日常的な健康づくりを支援する『となりの保健室』や、子育て中の会員とスタッフのアイデアにより生まれた子連れでも安心して入浴できる『パパママ銭湯』など、多様な世代に向けた取り組みが生まれています。
小杉湯が3代目に代替わりをして、加藤さんが関わるようになってからの約6年間で、小杉湯を訪れる人は1.5倍に増加。
それでも「場」を起点に、そこに集まるさまざまな人と向き合うからこそ、「小杉湯となり」をはじめとした小杉湯の新たな取り組みに対するネガティブな声はほとんど上がらないといいます。
加藤「小杉湯はたくさんのコミュニティーが重なる場所。イベントや『小杉湯となり』などの新しい取り組みに対しても、利用者全員が興味を持つ必要はないと考えています。
 昔からの常連さんは早い時間帯にお風呂を楽しみ、若い層は遅い時間帯に仕事の疲れを癒やしたりイベントを楽しんだりする。同じ場ではあるけど、時間帯によってコミュニティーがずれているのもポイントですね」
その一方で、例えばバス用品メーカー「LUSH」とのコラボ企画として行われた、小杉湯の浴室に置かれたLUSH製品を自由に試せるイベントでは、地元の常連のシニアたちも若者向けのLUSH製品を楽しみました。
1200人もの人が訪れた大盛況のイベントながら、その光景はシームレスであり、小杉湯に集まる人たち全員に開かれています。
2023年10月27日~11月1日までか6日間限定で開催されたLUSHインスタレーションイベント「Bathing&Poetry」(写真提供:小杉湯)
加藤「小杉湯も小杉湯となりも、変わらないために変わり続けているような気がします。
 小杉湯には築90年の立派な建物がありますが、約20年に1回大規模改修を行い、水風呂を増設したり、待合室を改装したりしている。
 昔ながらの変わらない建物を残しながら、人の手に触れる部分は時代やニーズに合わせて変わり続ける。そうやってアップデートをしています」
「銭湯は、建物や人によって、その営みが継承されていることが重要」と加藤さん。
加藤「改修されてピカピカになった、スーパー銭湯のような銭湯に行ったことがあるのですが、椅子の片付け方を常連さんに教えてもらった時に『ここは銭湯なんだ』と思いました。
 昔ながらの建物が残っているだけでなく、そういう人が根付いているのもまた、銭湯らしさ。そして、建物と人の両方が残っているからこそ、小杉湯は多くの人から愛されるまちの大切な場所なのでしょうね」
小杉湯から始まった銭湯を起点としたまちづくり。今では高円寺にとどまらない広がりを見せています。後編では、地域資源を生かしたビジネスのヒントについて聞いていきます。